海外駐在員ライフ

Vol.337 【ブラジル編】移民国家ならではの「二面性」が垣間見えるブラジル

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Reported by E.カルロス
ブラジルにある日本のとある法人のサンパウロ事務所に勤務。現地での楽しみは、サンパウロ近郊への小旅行や日本人同士の飲み会、読書など。

利害が絡んだ途端に態度が豹変

はじめまして。E.カルロスです。ブラジルにある日本のとある法人のサンパウロ事務所に勤務しています。

 

同僚は、日本人が約4割、ブラジル人が約6割。ブラジル人の中には、日系ブラジル人も含まれています。仕事でかかわるのは、日本人とブラジル人が半々というところ。ただし、ブラジル人には二重国籍の人も多く、オリジナルな国籍がどうなのかわからない人も少なくありません。

 

仕事で使う言語は、日本語が60パーセント、ポルトガル語が30パーセント、英語が10パーセントといった感じです。ブラジルは、ごく一部の場合を除けば、英語があまり通じないため、どうしてもポルトガル語に対応しなければならない場面が出てきます。ポルトガル語がよく理解できないときは、機械翻訳を使うこともありますが、年配の日系人が相手だと、日本語が通じやすいように思います。

 

ブラジルでのビジネスで感じるのは、対面でも書面でも、結論を先に言わないということ。相手に対して、まずはフレンドリーな態度を大事にする国だからです。ただし、ひとたび結論を言う場面になると、非常にはっきりとYES/NOを言う傾向があります。だから、利害が正面から対立しなかったり、ビジネスのシリアスな局面に立ち入らない限りは、気持ちの良い対応をしてくれます。常に、こちらをほめてくれたり、敬意を表してくれるからです。ところが、お互いに明確な利害関係が生じると、態度が豹変(ひょうへん)します。移民国家であるため、文化の違う移民間同士での無駄な争いを起こさないための立ち居振る舞いが確立しているということなのかもしれません。さし障りのない場面では無難に表面的な親しさを演出しておくけれども、利害に関しては非常にシビアに対応するということのようです。極力、自分が損することのないように立ち回る習性のようなものがあるのではないかと思われます。

 

例えば、ブラジルの役所との打ち合わせでは、「日本は素晴らしい国」「日本のブラジルへの貢献は本当に大きい」といった日本への礼賛や感謝の美辞麗句を連発するものの、契約上の資金調達の履行や、それへの対応方策といった契約の核心部分になると、態度は途端に頑(かたく)なになり、「できない」「検討中だ」「なかなか難しい」と言ってより深い話を拒絶する態度に出てきます。アメリカのビジネスのように、結論だけを言って終わりにするよりマシと考える人もいるようですが、話し合いの序盤に美辞麗句を述べて、ある種本題に触れさせないように自分たちを守るというところに、私は一種の“作為”を感じています。ほかの組織でも同じような傾向だそうなので、これがブラジル流の“礼儀”なのかもしれません。

 

このようにYES/NOをはっきりと言うのがブラジルの文化なので、日本人の中には、面と向かって「NO」と言われることで、自分の人格を否定されたように感じて気分を害する人も多いようです。私自身、現地スタッフに「NO」と言われると、内心腹が立つときがあります。しかし、そこで怒ってはいけません。なぜNOなのか、理由を聞くなどして、平静に対応するように心がけています。ブラジルは、日本のように、職場での上下関係に気をつかう国ではないからです。これは、職場の中だけに限ったことではなく、レストランなどでも同様。人間同士は対等、平等とされているので、日本のように「お客さまは神様」ではなく、席に着いても呼ばないと来ない、呼んでもすぐには来ないという店が多いのです。店員ごとに担当するテーブルが決められているという事情もあるようですが、呼ばれていることにいちいち対応していると忙しくなるので、それを避けるという意味合いもあるようです。労働については、社会主義的な傾向があり、「働いても働かなくても給料は一緒」といった感覚があるのか、「なるべく少なく働いてたくさんの給料をもらおう」と考えているような印象を受けます。

 

そもそも、「労働」に対する考え方が、日本とは違うという事情もあるようです。労働は、日本のように「美徳」ではなく、「苦役」「我慢」として認識されている傾向があるのか、給与はその「代償」としての意味合いを持つようです。そのため、労使間に信頼関係はなく、仕事を自己実現手段と考える者も少数。経営者や責任者といったトップクラスを除く一般的な労働者の感覚では、仕事はアルバイト的なものであり、自分が責任を負っているという自覚もないもようです。したがって、彼らに任せた業務は、必ずこちらでしっかりチェックする必要があります。この傾向は、ブルーカラーだけでなく、ホワイトカラーとされるブラジルの役人にも同様に見られます。

 

実際、頼んでいたはずの早朝の迎えのタクシーが来なかったことがあります。日本から来る客人を迎えに行く予定だったので、以前から用意周到に頼んでおいたのですが、いくら待っても来なかったのです。あわてて電話したところ、運転手は「子どもの用事が急にできた」と言い訳していましたが、寝ぼけていたので、単に寝過ごしただけなのでしょう。「約束したのだから守って当たり前」と思わずに、直前にもう一度しっかり確認しないといけないと反省したものです。

 

物事を計画通りに進めるのが苦手

また、あれこれと計画を立てる割に、それを実行に移すことは少ないように思います。日本では、一度、計画を立ててしまえば、後はそれが実行されるものとしてある程度信頼して任せておくことができますが、こちらでそれをやると大変なことになってしまうのです。なぜなら、彼らは、計画通りにいかないことについての危機感や、計画に対する責任感が薄いから。そして計画を変更することについて、社会全体も寛容だからです。FIFAワールドカップ大会の時に、関連施設の整備が開催時期までに間に合わなくてもさほど騒ぎにならなかったのは、そのせいだと考えられます。したがって、計画を立てた後も、しつこくせっつく一方で、最初からそのスケジュールで進めることはできないことを見込んで対応する必要があるのです。

 

彼らが計画通りに物事を進めるのが苦手な理由を、私はこう考えます。ブラジルはインフレがひどい国であり、そもそも生活の計画を立てにくいのです。事実、過去にデフォルト(債務不履行)も経験しています。加えて、治安が悪いことや生活上の突発事項が多いため、長期的な展望よりも、「その日暮らし」の発想が基本になったと思われます。彼らにしてみれば、「計画した遠い将来のことよりも、今日や明日のことが大事」というのが本音ということなのでしょう。

 

論理よりも人間関係を重視する傾向も顕著です。「アミーゴ社会」(訳すと「親友社会」という感じでしょうか)といって、合理性や経済性よりも、個人の利益や個人間の関係、自分と近しい人間関係を優先するのです。そのため、ビジネスにおいても、相手と深いアミーゴ関係になれば、物事は極めて円滑に進みます。心付けや賄賂が横行するのもそのためです。

 

私自身、現地の方々との会議で、英語でなんとかコミュニケーションを取っていたある時、あまりにその場の雰囲気が堅苦しかったので、現地のテレビ局の社長で人気クイズ番組の名物司会者でもある人物の話題をポルトガル語で振ってみたところ、彼らはにわかに活気づき、「この人、×××を知ってるって!」と大いに盛り上がったものでした。この件をきっかけに、実際にアミーゴ関係になれたかはともかく、打ち解けない態度だった彼らが急に和やかなムードになり、一気に話しやすくなったことは確かです。

次回は、ブラジルの社会についてお話しします。

 

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サンパウロのパウリスタ大通り。週末は歩行者天国になり、自転車と歩行者に開放される。

 

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19世紀後半にイタリアやドイツ、ポルトガルから大量に押し寄せた移民がサンパウロに到着した後、最初に過ごした収容所が、今は「移民博物館」となっている。

 

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移民博物館内、移民たちが寝ていたベッドを再現した部屋。

 

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サンパウロから約40キロメートルの距離にあり、ブラジルで「鉄道の街」として知られる「パラナピアカーバ」の駅。今は旅客の輸送は行わずに、貨物のみを取り扱う。

 

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パラナピアカーバの鉄道博物館。パラナピアカーバ自体、標高1000メートル程度の高地にあるが、さらに高地へと上る急坂越えのために、登山電車によく用いられるアプト式施設(2本のレールの真ん中に歯車レールを敷き、車両の床下に設けられた歯車と噛み合わせることで、急坂の線路を上り下りする装置)が設けられた。

 

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高台にある教会から見下ろしたパラナピアカーバの街の風景。標高が高いため、すぐに霧が出る。

 

構成/日笠由紀

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