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起業家インタビュー

Vol.11 株式会社エー・ピーカンパニー 代表取締役社長 米山 久さん

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1970年生まれ。東京都八王子市出身。高校卒業後、電話回線の販売、不動産、ブライダルプロデュースなどを手がけ、2001年に有限会社エー・ピーカンパニー(現在は株式会社)を設立。生産者(一次産業)、加工・流通業者(二次産業)、飲食店(三次産業)を結ぶ「食の六次産業化」に成功し、現在は「塚田農場」「四十八漁場」など200店以上の直営店舗を持つ。著書に、『ありきたりじゃない 新・外食』(商業界/税抜1429円)。

「一生を捧げる仕事」を探して、いろいろな可能性を試した

父親も祖父も公務員で、「お前も公務員になれ」と言われたことがありましたが、私は他人に何かを決められることに対して、すごく違和感を覚えるタイプでした。将来は、きちんと自分でやりたいことを見つけて、それに打ち込んでいこうと思っていたのです。高校を卒業する時も決まった形での就職活動はせずに、卒業してから自分がやりたいことを見つけるためにいろいろな経験を積み、いろいろな場所に足を運ぼうと考えていました。

 

実際、高校卒業後はフリーターをしていた時期もありましたし、自分でビジネスを始めたこともあります。ただし、何かやりたいことを実現するためには元手となるお金が必要になりますので、どうやって短期間で効率良く稼ぐかは考えていましたね。例えば、小さなオフィスを用意して、契約を取ってくることで手数料を稼げる電話回線の販売会社を経営していたことがあります。ほかにも不動産やブライダルプロデュースなど、新しい会社を作っては数年でやめるということを繰り返していました。こうしたいくつものビジネスを経験することで、「どんなものを売ったらどう利益が生まれるんだろう?」ということを自然と考えるようになっていったのです。

 

どの事業もそれなりに利益を出すことはできていましたが、本気で一生取り組みたいと思えるものはありませんでした。今振り返ってみると、20代のころは、いろいろなビジネスをしながら自分のやりたいことを探していたのだと思います。

 

お客さまの喜んでくれる顔と、業界の常識を見て、「飲食業に懸けたい!」と思えた

そんな中、30歳くらいの時に立ち上げたのが有限会社エー・ピーカンパニーです。当時、ダーツバーがはやっていたので、ダーツバーにダイニングレストランを併設したお店を作ることにしました。飲食店は、新規のお客さまに来ていただくことも大事ですが、リピートしてもらえるかどうかもとても重要です。当時の私たちは料理についても接客についてもノウハウを持っていなかったため、お客さまと一緒にスタッフもダーツをするお店にすることで楽しい時間を過ごしていただき、仲良くなったお客さまにまたご来店していただけるお店作りを目指しました。

 

そのころはまだ不動産事業も続けていて、昼間は何億円という大きなお金を動かしていましたが、あまりやりがいは感じていませんでした。一方で、夜のダーツバーでは単価500円前後のビールや食事、そしてそれに付随する接客サービス。労多くして益少なしでしたが、お客さまが喜んでくださっている光景を目の当たりにして、自分はこういうことをしたかったんだなということに気がつきました。

 

それに、飲食業界の慣習といいますか、常識と言われているようなやり方を知るうちに、まだまだ工夫の余地はありそうだなと感じました。最初から飲食をやりたいと思い、飲食の経験だけを積んできていたら、常識を破るようなことはできなかったかもしれません。これまでにさまざまな経験をしてきたからこそ、それを生かした新しい飲食業界の常識を作り出せるのではないかと思ったのです。そして私は、「食」をメインにした事業に人生を懸けようと決意しました。

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おいしい地鶏を低価格で提供するために、業界の常識を変えていった

ダーツバーを経営していた当時、よく通っていた飲食店があるのですが、そこで初めて地鶏料理を食べた時「こんなにもおいしい鶏肉があるんだ!」と感激しました。一方で、地鶏料理は1人1万円くらいかかるものだったので、私はもっと手頃な価格で地鶏料理を食べることができるお店を作りたいと思い、「わが家」という居酒屋を始めました。設定した客単価は、ほとんどの社会人がお小遣いの範囲内で出せる3500円です。

 

しかし、地鶏の仕入れ価格は高く、料理は安く提供していましたので、利益は出ませんでした。ある時、飲食業專門のコンサルタントの方にも「これは客単価を7000円から8000円くらいにしないとやっていけないよ」と言われましたが、ここで「さすがコンサルタントの先生は違うな。言われた通りにしよう!」と考えていたら、今のエー・ピーカンパニーはなかったでしょう。利益は出なかったものの、予想通り、お客さまにはとても喜んでいただいていたのは事実。ですから私は「お客さまは、お手頃な価格でおいしい地鶏を食べられるから来てくださっている。この点を妥協することなく利益を出すためにはどうすればいいだろうか?」と考えたのです。

 

そこで思いついたのが「今までは肉の問屋から地鶏を買っていたけど、その問屋に卸している生産者から直接仕入れたらコストを抑えられるのではないか?」ということです。私はすぐに、宮崎県で養鶏場を営んでいる生産者に会いに行きました。そして、「この地鶏はお客さまにとても喜ばれている」「でも価格が高いので多くの人は手軽には食べられない」といった状況を話し、問屋さんに卸している価格を聞いてみたところ、私たちが仕入れている価格の3分の1くらいであることがわかりました。当時は生産者側もどこにどうやって地鶏を売るのかで困っていましたので、生産者は今までよりも高く売れて、私たちは今までよりも安く仕入れられる価格で取引をすることになったのです。

 

そして宮崎県のブランド地鶏「地頭鶏(じとっこ)」を主軸商品にしてオープンした居酒屋が「じとっこ」です。そして私たちは、もっと高品質で、もっと低価格な地鶏を提供したいと考え、自分たちで鶏を育てる農場を作ることにしました。その農場は宮崎県日南市にある塚田という地域に作ったので「塚田農場」と名付け、居酒屋でも同じ名前を使うことにしたのです。

 

社会に貢献したいという気持ちが、大きな武器になる

生産者から直接仕入れることで原価を抑えることに成功したわけですが、単に流通の中抜きをしたわけではありません。私たちは生産者の利益も上げたかったので、お互いが納得する形で取引するための話し合いをしました。すると、エー・ピーカンパニーと取引している生産者からその話を聞きつけたほかの地域の生産者からもお問い合わせを頂くようになり、取引農家が増えていきました。また、多くの生産者は、子どもたちが都会に就職して後継者がいないことに悩んでいましたが、私たちと一緒に取り組むことで収入が増えた親の姿を見た子どもたちが地元に戻り、親の養鶏場を継ぐようになっていったのです。さらに、養鶏場の近くに加工施設を作ることで、地域に新しい雇用も生まれました。

 

こうした取り組みを重ねていくうちに、私たちは飲食店としてお客さまに手頃な価格でおいしい料理を出して喜んでもらうことや、会社が利益を得ることだけでなく、社会的にとても価値があることをしているということに気がつきました。そして、一緒に働く社員やアルバイトもそれに共感し、自主的に「生産者の想いを伝えるお店」を作っていってくれたのです。例えば、私たちのお店のメニューは、1ページ目を開くと、まず生産者の紹介が載っています。社内全体に、自然と生産者にも喜んでいただくことを考える文化が生まれ、根づいていくのを感じました。

 

これまでにいくつものビジネスを経験してきましたが、エー・ピーカンパニーを始めるまでは、会社を大きな組織にして次のステージに進もうと思える理由を見つけられませんでした。しかし、飲食業を始めてみて、お客さまに喜んでいただくだけでなく、生産者側の想いにも共感することで、ようやくその理由を見つけることができたのです。現在のエー・ピーカンパニーは、単に飲食店を経営しているわけではありません。生産者から消費者までをつなぐ「食の六次産業」を担い、その一部としてお店の運営もしていると私たちは考えています。

 

会社には、経営者のように物語を作る立場の人もいれば、それに共感する側の人もいます。人によってそれぞれ価値観は違いますので、私の考えだけを押しつけることはしませんが、私たちが取り組んでいること、そしてそこに込められた想いのどこかに共感してくれる人と一緒に、これからも「常識に縛られない会社」を作っていきたいですね。

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これから社会に出る皆さんへ

自分が何をしたいのかわからずに困っている学生さんが多いのかもしれませんね。「とりあえず大きい会社に入っておけばいい」と思ってしまいがちなのも、その表れかなと思います。ただし、まだやりたいことが見つかっていない人に、「今すぐやりたいことを見つけよう」と言っても、簡単に見つけられるものではないですよね。ですから、すぐに決められないのであれば、転職する前提で、自分がやりたいことを見つけるための就職をすればいいのではないでしょうか。

 

ただし、大事なのは「必ず成果を残してから次に行く」ということです。働いた会社できちんと成果を残さないとキャリアアップにつながりませんし、いつまでたってもやりたいことは見つからないでしょう。そう考えると、成果を出すために5年や10年もかかるような仕事よりは、例えば営業職のように2年から3年で成果を出せる仕事を選び、フットワーク軽くまた次の新しいことを始めてみるのも良いのかもしれませんね。単に転職が多いのではなく、いろいろな経験をして、それぞれの会社できちんと成果を残してきた人はとても貴重です。経営者は、その人を採用することで、それまでの経験を買いたいと思うはずですよ。

 

そして成果を出すことは、仕事をする上で一番大きな財産である「自信」につながります。自信は会社や上司が与えてくれるものではありません。どんな仕事でも、自分で成果を出すことで勝ち得るものなのです。

 

米山さんHISTORY

1989年 高校を卒業して、電話回線の販売代理店、不動産、ブライダルプロデュースなど、さまざまなビジネスを行う。
2001年 有限会社エー・ピーカンパニー(現在は株式会社)を設立し、飲食店併設のダーツバーを開店。
2004年 地鶏モデル1号店となる居酒屋 「わが家 八王子店」オープン。
2006年 宮崎県日南市で自社養鶏場の設立。
2007年 居酒屋「塚田農場」の出店を開始。
2012年 東証マザーズ上場。シンガポールに「塚田農場」をオープン。
2013年 東証1部上場。

 

愛読書は?

私はさまざまな決断をしなければならない立場にいますので、遊びも含めて、生き方における感性を磨き続けていかないといけないと思っています。私の感覚が古臭くなって、会社が時代に取り残されるようではいけませんから。世の中には、40代でかっこ悪いオジサンになってしまっている人もいれば、60代になっても自分らしくかっこ良く生きている人もいます。何歳になっても、気持ちは老いることのないように生きていきたいですね。そんなことを考えていて、最近響いたのが生和寛さんの『50歳からの男の嗜み 趣味か教養か』(講談社/税抜1800円)という本です。男の理想的な生き方について書かれていて、自分のこれからの生き方を考えながら読んでいます。

 

米山さんの愛用品

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4年間くらい使っている革の手帳で、ちょうどiPad mini(R)が入ったので、いつもiPad mini(R)と一緒に持ち歩いてます。そういう仕様ではないのですが、たまたま良いサイズでしたので(笑)。あとは手帳を開いたらすぐにメモをする紙が出てくるようにしてあります。デジタルとアナログを兼ね備えた手帳ですね。

 

取材・文/芳野真弥 撮影/鈴木慶子

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