起業家インタビュー

Vol.6 株式会社クロスカンパニー 代表取締役社長 石川康晴さん

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1970年岡山県生まれ。94年、わずか4坪のセレクトショップを開業。95年、クロスカンパニー設立。99年にSPA(製造小売業)へと組織転換し、業績をさらに伸ばす。earth music&ecology、E hyphen world gallery 、Green Parksなどグループで15のブランドを展開。2013年度のグループ売上高は、1000億円に。

一度もほかの職業に興味が移ったことがない

祖母が日本舞踊の師範をしていて、母も30代後半まで日舞を習っていました。お盆やお正月になって大勢が集まると、着物や帯や、色あわせで賑やかになる家だったんですね。洋服が好きになったのは、そんな環境も影響していたと思います。小学校6年のときに、初めてお年玉で洋服を買いました。中学2年のときは、お年玉全部を使って洋服を買っていたら、お店の人に「そんなに洋服が好きなら、自分で洋服屋をやればいい」と言われて。それを真に受けちゃったんです(笑)。

 

洋服は、着ることで、自分のアイデンティティを身にまとえるもの。それによって人の評価を得られたりもするし、ほめられたりもする。僕自身も、祖母や母から「おしゃれだね」とほめてもらえるのが、うれしかった。そうした経験が鮮烈だったからか、23歳で起業するまで一度もほかの職業に興味が移ったことがないんです。将来、起業してアパレル業界にかかわるんだとストレートに向かいました。実際、洋服への愛情は、どんどん増していって、それこそ起業した23歳でピークになっていました。

 

しかし、起業するには勉強しないといけない。それで専門学校に行くことにしました。卒業して就職するときも、その目的は起業に役立たせること。面接でも、「将来、起業したいので」と言っていました。百貨店や婦人アパレルなどから内定をもらったんですが、選んだのは紳士服チェーン。理由は、一番勢いのある会社だったから。入社してからどのくらい自分を成長させられるか、どのくらいチャレンジをさせてくれるか、それを真っ先に考えたんです。

 

会社に入ってからは、猛烈に働いていました。会社にい過ぎだと、よく叱られていましたね。でも、楽しくてしょうがなかった。急成長中ですから次々と開店があり、休みの日に応援に行っていた時期もありました。おかげで、生地の原料はどうやって作られるのかに始まり、洋服づくり、小売りに至るまでのサプライチェーンを予定通りすべて学ぶことができました。やがて入社から2年半ほどして、部長に呼ばれまして。「課長をやらないか」と。これが急成長企業なんですね。でも、僕は退職を決断しました。部長の言葉は、僕にとって卒業証書でした。

 

学生時代から、お金をためていました。複数のアルバイトをして。引っ越しなど肉体労働系もやりました。会社に入ってからも、貯金をせっせとしていました。服以外に欲しいものは特になかったですから。起業しか頭になかったんですよね。結局、学生時代に100万円、会社員2年半で150万円。それから退職して半年間は、朝の引っ越し業務とジーンズショップのアルバイトを掛け持ちして50万円をためました。この300万円が、独立の資金になったんです。

 

僕を信じて残ってくれた従業員のために

生まれ故郷の岡山で最初に作ったのは、4坪の小さなセレクトショップでした。前職に足を向けてはいけない、と紳士服ではなく、婦人服を選びました。ところが、売るものを仕入れようとしても、23歳の若造ですから企業が相手にしてくれない。国内のメーカーから仕入れることができなかった。そこで、海外で仕入れることにしたんです。月一度、欧米に買い付けに行きました。結果的には、これが個性になるんですね。岡山のどこの店にもないような品ぞろえの店になったんです。

 

日本で初めて扱うような商品を、積極的に買い付けました。すると、遠く四国や中国地方からも買い物に来てもらえるようになった。岡山で最も高感度なお店になることができたんです。それを3年ほどで実現させることができて、次は岡山のセレクトショップで一番の売り上げを持つ店を作ろうと考えました。ところが、売り上げを上げるために、単価を大きく上げてしまったんです。価格が2倍、3倍になって、お客さまがついてこられなくなってしまった。

 

初年度の売り上げが4000万円、その後1億円、2億円、4億円と伸びていきましたが、創業から5期目の1999年は、とうとう赤字に転落しました。しかも、価格をどんどん上げていく僕のやり方に、とてもついていけないと、13人いた従業員のうち10人が、なんと退職届を僕のもとに持ってくるんです。お金もなくなり、社員もいなくなる。絶体絶命のピンチ。しかし、3人は残ってくれた。「私たちは絶対に辞めない」と宣言してくれました。

 

僕が考えたのは、この3人を守らないといけない、という思いでした。3人のために、この危機を乗り越えないといけない。もうけたいとか、大きくしたいとかでなく、僕を信じて残ってくれた3人に応えたかった。そこで浮かんだのが、それまでやってきたことと、まったく逆のことをやることだったんです。思い切って、反対をやってみよう、と。

 

高級品をやめて、リーズナブルな商品を扱う。モード系のアバンギャルドな製品ではなく、ベーシックな製品にする。欧米からの仕入れをやめて、自分たちで製造も販売も行うSPAをやる。逆転の発想です。幸いにも岡山には、デニム工場がたくさんありました。小ロットのサンプル生産ができる環境があった。春から夏にかけて複数展開していたセレクトショップを閉じ、秋に新しい店をスタートさせました。ここから、earth music&ecologyは始まったんです。

 

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業界の常識に反し、従業員は全員正社員に

earth music&ecologyの「earth」とは、実はeden、art、heavenの頭の文字から組み合わせています。musicという言葉がブランド名に入っているのは、とても珍しいと感じられると思いますが、この言葉は世界共通の言語だから。英語が通じないところでも、musicは通じるんですね。実は、極めて概念的に作られたブランド名なんです。いろんな意味があって、できている。

 

でも、こんなに長いアパレルのブランド名はなかったのではないかと思います。普通、ファッションブランドの名前は短いもの。ただ、そういう常識のようなもの、思い込みのようなものを、すべてにおいて排除したんです。これまで起業してからの20年間、一貫して変わらない自分たちの価値観があります。それが、いつも人と違うことを考えよう、ということです。そしてもう一つが、思いついたら即行動に起こすこと。

 

従業員を全員正社員にしているのもそう。かつてアパレルのベテラン先輩経営者からは、よくこう言われていました。人は調整弁、いつでも切れるようにしておかないと、と。だから、パートやアルバイトが多かった。でも、僕はおかしいと思ったんです。そんなことをしていて、いい人材は集まるのか。だから、僕は全員正社員にした。これは当初からそうです。人と人が支え合い、いい意味での化学反応を起こしていくような会社にしたかった。

 

それこそ、13人いた社員のうち10人が辞めてしまったときに残った3人のうちの一人は今、女性執行役員として2つのブランドを見てくれています。もし、調整弁としてアルバイトで雇っていたら、辞めてもらっていたかもしれない。彼女は会社に何十億円もの利益をもたらしてくれました。

 

人と違うことを考える。それは、すべてにおいてそうです。4時間正社員という制度もそう。イクメン推進休暇もそう。駅ビルに僕たちが出店を始めたとき、駅ビルは今のようなおしゃれな存在ではなかった。年配層向けの落ち着いた店が出店しているようなイメージを誰もが持っていた。でも、僕はそれが大きく変わっていくと読んでいました。それが時代の流れです。実際に大きく変わっていった。それに伴って、僕たちも大きく成長できたんです。

 

目指すは兆単位の売り上げ。新しい日本を発信したい

こうした、人と違うことを考え、実践してきたということが、僕たちが1000億円企業になることができた最大の理由だと思っています。ショッピングセンター戦略しかり。アパレルブランドなのに、と驚かれたテレビCMしかり。日本企業が撤退を始めていた中国にあえて進出したのもそうです。人と違うこと、人がやらないこと、やらない方がいいと考えることにあえて挑む。

 

もちろん失敗だって、たくさんします。でも、人と違うことで成功したときの大きさは途方もないんですね。大量の失敗を、一撃でカバーできてしまえるくらいの成功が待っているんです。振り返ってみれば、僕自身がずっと人と違うことが好きでした。そうすることで、うまくやってきた。それが、結果的にニッチと言われる戦略につながっていたんだと思います。

 

今、会社は急激な成長途上にあります。でも、目標は限りなく大きいです。大きな目標を掲げなければいけないと思うようになったのは、売り上げが100億円を超えた2006年でした。多くのアパレルの先輩経営者が、100億円の壁、500億円の壁にぶつかっていました。僕たちは幸いにも駅ビルとショッピングセンター展開という2つのハイブリッドでその壁をあっさり乗り越えられた。earth music&ecology 、E hyphen world gallery、Green Parksの3つの主要ブランドが成長できたことも大きかった。

 

今後、目指すは日本一であり、世界一です。それは、目指さないといけないと思っています。23歳で思い通りに起業の夢を果たせた僕は、この国に何かを残さないといけない、という役割が課せられていると感じています。日本のファッションに、自分がやらないといけないことがある、と。数兆円単位の売り上げを作ることができれば、トヨタ自動車やパナソニックのような日本を代表する企業の売り上げに匹敵します。重工業やエレクトロニクスではない、新しい日本を世界に発信できるんです。

 

2020年、30年、世界に向けてトレンドを送り出している日本をイメージしてみてください。でも、それは決して夢物語ではない。すでに青写真も描いています。その一つが、14年2月に発表したグローバル新ブランド「KOE(コエ)」です。欧米進出を担う国際戦略ブランドで、環境や人権にやさしいフェアなサプライチェーンをコンセプトに掲げています。既存ブランドで国内やアジア展開をしつつ、このブランドで世界に仕掛けていく。大型M&Aも積極的に行っていく。まずは、売上高1兆円です。すでに、イメージは見えてきています。

 

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これから社会に出る皆さんへ

好きなことをやろうぜ、と申し上げたいですね。見栄とか、待遇とか、一度そういうものをすべて捨てて考えてみてほしい。会社の名前とか、給与とか、休日とか、働く場所とか、そんなもので会社を決めるのは、すごく不幸なことだと思う。

 

好きなことをやっていると、熱が入るものです。会社の中で、熱が入った取り組みをしていると、必ず上司から評価されます。評価されたら昇給するし、昇進する。ところが、好きでもないことをやると、こうはならない。見栄えが良かったり、いろんな条件が良かったりしても、結果的に自分が困ることになる。あまり目先のことに振り回されない方がいいんです。

 

好きなことをそのまま仕事にするのは、なかなかイメージがわかない、というのであれば、共感できるかどうか、を大事にしてみてほしいと思います。例えば、会社に共感できるところはあるか。ブランドへの共感。成長戦略への共感。未来戦略への共感。CSRへの共感。社長の言葉への共感…。

 

すべてに共感できなくてもいい。一つでも共感できれば、それは働く大きなモチベーションになる。それを、会社もよく知っています。だから、就活でも何に共感できたのか、語れるようにしておくといい。なんとなく就活してしまうと、共感が見つからないし、会社にも伝えられないことになる。何か一つ、強い共感を見つけること。それは、大きな意味を持ってくるんです。

 

僕の尊敬する人物は、レオナルド・ダ・ヴィンチなんです。なぜかといえば、彼は万能人だったから。何でもできる人だったから。NPOに関心があるので利益には興味がない、なんて声が聞こえてくることがありますが、万能人はそういう発想はしない。全部、かなえるんです。利益も、ボランティアも、家庭を大事にすることも、人を愛することも。何かを捨てて、何かを取るのではなく、全部、手に入れようとしてみる。これが極めて大事なことだと僕は思っています。

 

石川さんHISTORY

1983年
買い物をした洋服のお店で「そんなに洋服が好きなら洋服屋になれば」という声をかけられる。
1994年
専門学校で学び、アルバイトで資金をため、紳士服チェーンで仕事をしたのも、すべて起業のため。小さなセレクトショップをオープン。
1999年
SPA(製造小売業)に組織転換。駅ビルやショッピングセンターへの出店、その後、CM戦略などで売り上げを急伸させる。
2008年
女性支援制度を中心とした社内制度の充実、環境活動や地域活動で知られるようになる一方、岡山大学経済学部に通い始める。
2011年
東日本大震災で被災者180名の採用枠を設けた。中国にも進出。03年から12年度の10年で、売上高は約22倍に。創業から20年目にあたる2014年1月期にはグループ売上高が1000億円に。グループ全体で全国約1000店あり、約3800人の社員がいる。

 

愛読書は?

ハーバードビジネススクールのクリステンセン教授の最終講義をまとめた『イノベーション・オブ・ライフ』(翔泳社/税抜き1800円)をぜひ読んでみてほしいですね。端的に言えば、お金や立場だけを追いかけて、君は本当に幸せなのかい、という問いかけをしてくれる本。友人や家族を大事にすることをあらためて教えてくれる。どんなキャリアを目指してもいいけれど、大切なものは大事にしないといけない。そんなことを学べます。あとは、やっぱり自分の本『アース ミュージック&エコロジーの経営学』(日経BP社/税抜き1500円)をぜひ(笑)。

石川さんの愛用品

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名刺入れとボールペンはいつも必ず持っています。財布を忘れても、名刺入れは忘れてはいけない、とよく社員にも伝えます。ビジネスパーソンにとって、名刺は大事なコミュニケーションツールだから。ボールペンや万年筆は、海外出張に出て、新作を見つけると買ってきます。いつも弾丸出張で、現地でゆっくり買い物する時間なんてありませんから、空港の免税店だけがゆったりしている時間なんですよね(笑)。だから、よくチェックしています。でも、いいものは、やっぱり疲れないし、筆が走るんですよ。

 

取材・文/上阪徹 撮影/刑部友康

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