ハイパー学生のアタマの中

Vol.23 慶應義塾大学 松永武士さん

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まつなが・たけし●1988年生まれ、福島県浪江町出身。インターンシップ先で社内ベンチャーを立ち上げたのをきっかけに、ニーズを合致させるという意味でGatch株式会社を創業。知り合いのつてで中国ビジネスに参加し、大連で内科クリニックの運営に携わるほか、カンボジアでマッサージ店を経営。帰国後は、東日本大震災で大きな被害を受けた地元のための復興支援事業にシフトし、地元の伝統的工芸品のブランド再生活動に取り組む。現在は焼き物のかけらを使ったアクセサリーブランド「Piece by Piece」、大堀相馬焼の食器ブランド「SOUMA」の立ち上げに注力。

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大堀相馬焼は、二重構造で持っても熱くないのが特徴。「相馬のシンボルである馬は、すべて左を向いています。これは『右に出るものはいない』という意味なんですよ」。

復興支援の手段として、優れた地方の伝統文化を海外発信しようと決断

僕が起業を決断したのは、当時好きだった女の子にふられたからです(笑)。そもそも慶應を選んだのも「かっこいい大学」のイメージから。大学に入ったときは、自分が起業するとは夢にも思っていませんでした。

 

僕の人生を大きく変えたのが、2011年3月11日に起こった東日本大震災。当時、僕は中国に日本人経営の病院を作るという事業を始めるところで、休学の手続きを済ませ、出発を2日後に控えていました。

 

僕の出身は福島県浪江町というところで、今でも警戒区域に指定されているため全住民が避難を続けています。東京にいた僕は、真っ先に両親の無事を確認しました。しかし、事業のために借りたお金や、たくさんの協力者のことを考えると、僕だけ中国に行かないという選択はできず、後ろ髪をひかれる思いで中国に向かいました。とりあえず、今できることで一年間頑張ってこようと、自分に言い聞かせたのです。

 

僕の実家は、300年続く窯元(かまもと)で、大堀相馬焼(おおぼりそうまやき)という伝統工芸品を作っていました。しかし、震災によって廃業を余儀なくされたんです。1年後に中国から戻った僕は、地元のために何かできることがないかと考えた際、韓国の文化がアジア圏に広まっているのをヒントに、日本の文化を世界に発信するという事業に取りかかろうと決めました。

 

実は、僕は地元が大嫌いな人間でした。早く田舎から脱出して、東京で一旗揚げようと上京したくらいです。ところが、震災によって生まれ育った場所がなくなってしまうかもしれないことがつらくて、不安になりました。もし帰ることができなくなっても、帰れないなりにもともとあったコミュニティだけでも存続させないといけないと。とにかく「地元のために何かしたい」という思いが強くなりました。

 

それまで自社で手がけた事業はすべて譲渡し、「震災復興事業」として仕切り直したのが2012年6月です。「地元の素晴らしい焼き物である大堀相馬焼を、より多くの人に知ってもらう」という目的を掲げ、事業を本格化させました。

 

真っ先に手がけたのが、伝統工芸品と今のファッションを組み合わせた加工品の生産です。地元に大量にある陶器の破片を活用したマネークリップやネックレス、カフスなどを作り、それを「piece by piece」というブランド名でくくってアンテナショップに流通させる準備をしています。僕は商品を企画し、営業する役目。ネットを通じて知ったアクセサリー職人と、グラフィックデザイナーの3人でチームを組んで進めています。

 

学生時代にこういう取り組みを始めたことで、自分の引き出しがすごく増えたと感じています。それは、出会いの幅が圧倒的に広がったことが大きいです。やろうとしていることを多くの人に聞いてもらえますし、学生・社会人などの立場は関係なく、ビジネスを一緒にする者同士として話ができます。

 

もともと僕は「目に見えるものしか信じない」というような、どちらかというと左脳寄りのロジック重視の考え方でした。しかし、最近は右脳寄りになったというか、左右のバランスがとれるように。これは、付き合う人が変わったことで自分が変わったという感じです。もちろん、常に福島のことを考えている自分がいますから、地元をシャットダウンしていた震災前までの僕からは想像がつきませんよね。

 

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復興ではなく、「震災前よりも盛り上げる」という気概で

僕は今、大学で2つのことを学んでいます。1つがアントレプレナーシップ(起業家精神)で、起業家について分析するゼミに入っています。もう1つがデザインです。絵、プロダクト、広告など、包括的に幅広くデザインを学ぶことで、商品企画に生かしたり、起業家として地域活性を考える際にうまく取り入れていきたいと思っています。

 

卒業後も、引き続き今の流れで復興支援事業を続けていくつもりです。卒業したら就職し、働きながら地域のことに携わるという道も考えたのですが、今できる復興は今しかできません。後回しにして、復興そのものが風化してしまったり、伝統産業が途絶えてしまってからでは遅い。だから、今、できることを全力でやりたいと思っています。

 

今、計画しているのは、大堀相馬焼の新しいブランドを作ること。地元の土はすべて放射能でダメになってしまいましたが、地元の大学との共同研究で再現に成功したため、今後はその土を使って作った焼き物を流通させていきたいと思っています。首都圏の有名セレクトショップに置いてもらおうと営業活動も始めていて、うまく日本で売れれば、フランスやドイツに持って行くことも計画しているんです。ブランド名は「souma」にしました。

 

地元では、比較的若い窯元は復活に向けて動き始めましたが、高齢の方の中にはあきらめムードの人も多く、なかなか難しい課題の一つ。後継者の問題にしても、世襲ではなくやりたい人が継いでいけるよう、間口を広げていくことも大事なのかなと考えています。まだまだ僕は大堀相馬焼にかかわって1年程度の若造ですが、そうした問題をうまくまとめながら、地元全体を盛り上げていきたいです。

 

僕自身の気持ちとしては、今は「復興」というよりも「震災前よりも盛り上げていこう」という気概でやっています。両親は、僕がこういうことを始めるのを反対していました。長いこと窯元の仕事に携わり、この仕事の厳しさをよく知っているからです。そんな両親の反対を押し切って始めた復興事業、少しずつですが、いい方向に進んでいるんじゃないかなと思っています。

 

松永さんに10の質問

Q1. 好きな異性のタイプは?

厳しく指摘してくれる人。気づかせてくれる人がいいです。

Q2. 血液型は?

B型です。周りに相談せずに何でもやってしまい、人を怒らせてしまうマイペースぶりが、B型っぽいとよく言われます。

Q3. 趣味は?

映画を見ること。サスペンスものが好き。一番のお気に入りは『バタフライ・エフェクト』。

Q4.好きな食べ物は?

ウニなどの海鮮が好きです。

Q5.尊敬する人は?

バーニーズ社長の上田谷真一さん。ディズニーストアやクリスピー・クリーム・ドーナッツの運営を手がけるなど、業種にかかわらず成功されていて、「何でもできる人」というイメージ。すごいと思います。

Q6.今、一番会ってみたい人は?

中川淳さん。表参道ヒルズに「中川政七商店」という麻製品のショップを出店した奈良の老舗の方で、会って話を聞いてみたいです。

Q7. 100万円を自由に使えるなら何をする?

1カ月だけ、100万円で住める家に住んでみる。家賃100万円の富裕層がどのような生活スタイルで過ごしているのかが気になります。

Q8.好きな本は?

サイバーエージェントの藤田晋社長が書いた『渋谷で働く社長の告白』。起業する直前に読んだのですが、起業という概念が頭に入ったきっかけの本です。

Q9.好きな場所は?

実家の浪江町を流れる、高瀬川のある風景。18歳までの記憶が全部詰まっています。

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Q10.座右の銘は?

「やらぬ後悔よりやる後悔」。

 

一日のスケジュール

on
8:00 起きたらすぐ、学校に向けて出発。
9:00 1限が開始。授業は週に2日にかためて入れている。5限までノンストップ。
12:30 生協で買ったお弁当を食べながら、3限のデザインの授業を受ける。
18:00 5限のアントレプレナーシップ論が終了。
20:00 外で夕食を済ませてから帰宅。この日に届いたメールの処理に追われる。
22:00 課題で出たレポートをひたすら書く。
1:00 就寝。「睡眠はたくさんとりたいタイプです」。

 

off

8:00 起床したらメールをチェック。その日の予定を確認する。
10:00 デザイナーさんの事務所にうかがい、商品開発のためのミーティング。
12:00 打ち合わせ後、一緒にランチへ。
13:00 商品を置いてもらっているセレクトショップを訪問し、売れ行きや客の反応をヒアリング。
15:00 ミッドタウンや表参道ヒルズなどの、セレクトショップを偵察し、人気商品のチェックや置かれている商品の研究。
20:00 夕食は牛丼を食べてから帰宅。ECサイトに入った注文を確認し、商品発送の手配をする。売れ筋商品の分析なども行う。
1:00 翌日の学校の準備をして就寝。

 

 

取材・文/志村江 撮影/刑部友康

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