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Vol.348 株式会社パラドックス

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たじま・ひろゆき●執行役員 ブランディング・ディレクター。立命館大学法学部法学科卒業。「就職せずにいかに生きていくか」を考え、就職活動をしないまま卒業。1年後「言葉を生業にして働こう」と思い立ち、新聞チラシなどを制作する会社に就職。3年間コピーライターとして働いたのち「もっと面白い作品をつくりたい。そのためには面白い人と仕事をすべきだ」と考え転職。TCC年鑑(株式会社宣伝会議が発行する年鑑。広告、宣伝に使用されたキャッチコピーを掲載している)でよく名前を見かけた現社に、2003年4月入社。

自分の表現が評価されて仕事が広がり、言葉が経営に影響を与えた手応えに喜び

企業の戦略、採用、広報などの各種ブランディングやクリエイティブ開発を行っている株式会社パラドックスの執行役員であり、ブランディング・ディレクターとしても活躍中の田島さん。「私が入社した2003年当時のパラドックスは、社員が5名。社員は全員クリエイターで、お客さまとの折衝もクリエイターが行っていました。以前働いていた会社では営業担当がクライアントとの折衝を行っていたので、お客さまとどう接すればいいのかわからず、面食らいましたね(笑)」

 

最初に手がけたのはリクルーティング。採用パンフレットや求人募集広告の制作だ。打ち合わせ相手は、主に経営者。取材相手は、猛烈に働く通信会社の社員や口数が少ないラーメン店の店長など、初めて出会うタイプの人たちばかりだった。「働く世界を全然知らなかった自分に気づき、『世の中の人たちはそれぞれに理由を持って働いているんだ』とカルチャーショックを受けましたね。時代の革命児のような人たちと出会えることは刺激的で面白かったし、その面白さをきちんと伝えていきたいという一心で、懸命に仕事に取り組んでいました」

 

2年目、ディレクターとして独り立ちした田島さんは、創業社長が住宅の建築価格に革命を起こして話題となっていたハウスメーカーの採用広告を担当することに。住宅価格の相場をつくり変えた彼らをどんな言葉で表現すべきか――考え抜いて提案した渾身のキャッチコピーだったが、人事担当者は「表現が過激すぎる」とためらいを見せた。納得できなかった田島さんは、たまたま通りかかった社長に意見を求め、提案通りのコピーでOKをもらうことに成功した。
「今思えば、自分のコピーを通したい一心でした。今なら、お客さまの意見をもっと取り入れていたでしょうね。でも、新しい常識をつくろうとしていた創業社長だからこそ、私の提案を採用してくれたのだと思います」

 

この時に制作した『価格が正しくない家も、欠陥住宅です』というコピーは、2005年のTCC賞(東京コピーライターズクラブが選ぶ広告賞)にも入選。クライアントもこの結果に満足し、担当者とは戦友のような関係性が続いている。パラドックスの仕事は、こんなふうにクリエイティブの成果が次の仕事につながり、既存クライアントからの紹介で新たなクライアントとの取引へと広がっていくケースが多い。

 

3年目になると、制作を担当した会社案内を評価してくれたデベロッパーから採用パンフレットを、次は会社の経営理念やホームページの作成を、と企業のコミュニケーションツール一式を依頼されるようになった。田島さんは、自分の表現力が経営者に認められて仕事が広がっていく喜びを実感し始める。

 

さらに、業界内で「パラドックスに田島というコピーライターがいる」と知られるようになり、自分の名前で仕事の依頼が舞い込み、ブランディングも手がけるようになる。最初に手がけたのは、大手広告会社からの依頼でコピーライターとしてプロジェクトに参加した大学のブランディングと、ブランディング会社から依頼を受けたアメリカのファストフードチェーンのブランディングの2件だった。

 

「ブランディングとは、端的に言えばその企業の営みに意味づけをすること。例えば、業績不振で店舗数を減らしていたファストフードチェーンに対して、約2年かけて戦略を練り、『野菜のファストフード』というブランデッドポジションを提案しました。それによって80店だった店舗数を500店にまで増やして、業績もV字回復。言葉が経営に影響を与える手応えを実感できた、初めての経験となりましたね」

 

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東京のオフィスで、来訪したクライアントと打ち合わせ。毎日のようにクライアントの経営層とのアポイントが入っていて、地方への出張も多い。

 

2010年からは執行役員として、経営に携わりながらブランディングも継続

08年ごろになると、中途入社の社員が増えていったパラドックスでは、外部から来た人たちの仕事の進め方と、社内で培われてきたカルチャーとがぶつかり合い、軋轢(あつれき)が生まれることが多くなった。これまで阿吽(あうん)の呼吸でわかり合ってきた“志”を明文化し、構築していくことの重要性を、実体験をもって感じるようになった田島さんは、それを機に、社内のチーム編成や組織の在り方に至るまで「理念経営」の構築に力を注ぐようになる。
「企業理念とは、会社の思想であり、自分たちらしさ。『自分たちはこのために働いているのだ』という哲学です。それまで、いろいろな企業の経営理念を手がけてきたのに、自分たちは経営理念を持っていなかったなんて、まさに医者の不養生でした(笑)」

 

こうして “志あふれる、日本へ。”という経営理念をつくり上げ、それにリンクさせた人事評価制度を構築。社内の価値観の軸がはっきりと示されることにより、その志に賛同する人が入社するようになり、13年ごろには社内の一体感を取り戻すことができた。

 

10年に執行役員に昇進してからは、経営に携わりながらブランディングのディレクション業務にも携わっている田島さん。紹介を受けた地方企業など、全国各地の経営者と会う日々を送っている。
「自分自身が自社の経営にかかわっているからこそ、経営者と同じ視点で話ができるし、経営理念に基づいて会社を再構築してきた自分の経験など、説得力のある話ができる。何より、各業界の最先端にいる経営者と話していると、学ぶことがたくさんあります。いろいろな経営者の話を聞くことで、会社を拡大していく過程でどんな課題や苦労があるのかが感覚的につかめるようになり、それが仕事に役立っています」

 

キャリアの変遷とともに、自分のやりがいも変化してきたという田島さん。
「入社当初は、面白いお客さまに面白いコピーを提供できることがやりがいでした。それが、お客さまに丸ごと頼られることに変わり、自分が考えたひと言が会社の経営を動かすことへとステップアップしていった。そして現在のやりがいは、決めたひと言をカタチにしていくこと。それこそがブランディングの仕事だと思っています」

 

田島さんが、一生をかけてやりたいと考えていること。それは、出会った人の仕事の意義やいいところを見つけ、言葉でその人の背中を押してあげること。

 

「その手段は、クリエイティブでもブランディングでもいい。言葉の力で、人を温めること。それが自分の仕事だと思っています。もしかしたら、引退後に絵本創作をしているかもしれません。そしてもう1つ目標としているのは、パラドックスをここからワンステージアップさせること。社員50名で年商10億円という現状を打開するため、16年、中期経営計画を策定しました。全国には、自分たちの力を必要としてくれる企業が、まだまだたくさんあると思います。情報の中に埋もれた素晴らしい価値を、経営者と一緒に磨いて、共に育てていくような人を増やしていくことが、ブレイクスルーにつながると思います」

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オフィスはフリーデスク制で開放的な雰囲気。忙しい田島さんをつかまえたメンバーが、進行中の案件について相談する。

 

田島さんのキャリアステップ

STEP1 2000年 印刷会社でコピーライターとしての基礎を習得(入社前3年間)

大学を卒業して1年後、創業40年の会社にコピーライターとして就職。大手ハウスメーカーの住宅展示場のチラシづくりに従事。丁寧な文章を書くという基礎を学ぶことはできたが、営業担当者を介して伝えられる先方の要望に沿って行うので、パターン化されたコピーワークが多く、自分のアイデアを反映させることができないジレンマに陥る。転職するにはプロフィールに書ける武器が必要だと考え、宣伝会議賞に応募。02年に金賞を受賞し、TCC年鑑で名前をよく見かけていたパラドックスの求人募集を見つけて応募。

STEP2 2003年 パラドックスのクリエイターとしてリクルーティング広告に携わる(入社1年目)

4月、パラドックスにクリエイターとして入社。1年目は代表取締役や先輩の下でクリエイティブ活動に従事。制作の傍ら、成果物に対する請求書を作成して自分の仕事の予算やお金の流れを知り、朝の掃除やお茶出しを行って人間力を養った。自分の業務の全体感がつかめていなかったため、先方担当者に「コミュニケーション力が低い」と言われたり、クライアントと接した経験がなかったことから、お客さまより先にタクシーに乗り込んで叱られたりしたが、自由に仕事をできることがうれしかった。2年目にはディレクターとして独り立ちし、企業経営者と渡り合いながらリクルーティングの領域で活躍。

STEP3 2005年 自分の名前で仕事の依頼が舞い込み、ブランディングにも携わる(入社3年目)

仕事では、クライアントの立場に立って、深く気持ちを理解するため、相手に「憑依(ひょうい)」して言いたいことをアウトプットする“イタコ力”と、お客さまとやりとりするという点での“サービス精神”を大切にすること、お客さまより一歩先のことを考え、悩みや課題を予見することを心がけた。作品が評価されるにつれ、その企業のリクルーティングだけでなく、トータルのクリエイティブ提案を依頼されるように。また、「コピーライター田島」の名前で他社のプロジェクトに指名されることも増え、ブランディングにも仕事の領域を広げる。社員が約30名に増え、グループリーダーとして3チームを統括しながら約30社を担当。

STEP4 2010年 執行役員に昇進。ディレクターとしてブランディングにも携わる(入社8年目)

クリエイティブの最前線でプレーヤーとしてメンバーと共に走り続けてきたが、10年に執行役員に昇進してからは、実務と経営に同じ比重を置くようになった。自社の経営に携わり、経営者としての視点が磨かれたことで、事業継承に伴うブランディングなど、クライアントの経営課題に直結する仕事のボリュームが増加。16年からは人材教育に着手。地方の企業などからも依頼が多く、週の半分は出張している。

ある日のスケジュール

7:55 出社。8時より、社長と役員5名で毎週行う経営会議に出席。
10:00 約10名で毎週行うリーダー会議に出席。売り上げ数字や進行中の案件の進捗状況を確認。
13:00 午後のアポイントのために外出し、途中でランチをとる。
14:00 クライアントを訪問し、社長と進行中の案件について話し合う。
15:00 帰社し、社内ミーティングに出席。今日の訪問先での課題と対応策について話し、メンバーの案件の相談にのる。
16:00 中途採用の面接を行う。
18:00 手がけている案件の企画を考え、19時ごろ退社。

プライベート

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週末は、8歳と5歳の息子と外で遊ぶことが多い。写真はパラドックスがスローガンも手がけスポンサーも勤める湘南ベルマーレ競技場。平日の朝は、8歳の息子とサッカーの練習をし、ジョギングをしてから出社している。

 

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平日の朝食と週末のランチは田島さんが担当。「妻も仕事をしていて、夕食の支度や子育てで忙しいので、2人目が生まれてから始めました。料理はかなり上達したと思いますよ(笑)」。

 

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15年から子どものPTAの野球部に所属。日曜の午前中は毎週練習に参加している。「高校まで野球少年だったので、朝のジョギングや素振りなど、大会に向けて真剣に取り組んでいます!」。

 

取材・文/笠井貞子 撮影/刑部友康

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