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Vol.352 独立行政法人日本芸術文化振興会

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よこやま・よういち●国立劇場等大規模改修推進本部 総合調整課 総合調整係。京都大学文学部人文学科卒業。2009年入職。大学で演劇を研究テーマに選んだきっかけで、「何か舞台にかかわる仕事がしたい」と考える。一つひとつの舞台を作り上げていくだけではなく、文化や芸術全体を盛り上げていくことができるような仕事を探した。採用説明会で現団体に出合う。「ここなら自分のやりたいことができるかな」と考え、入職を決意。

入職後、舞台公演の映像記録や写真記録を作成する部署に配属。伝統芸能の知識を蓄え、その魅力に気づいた

独立行政法人日本芸術文化振興会は、日本の伝統芸能の保存・振興、文化芸術活動の援助などを手がける団体だ。横山さんは「文化や芸術全体を盛り上げていく仕事がしたい」と考え、この道を選んだ。

 

入職後、横山さんが配属されたのは、国立劇場で上演される歌舞伎や文楽などの伝統芸能の舞台公演の記録を作成する部署。仕事内容は、国立劇場の主催公演の記録を映像や写真で残すことだった。
「伝統芸能の演出や演技を次世代に残し、古典を伝承していくことが目的です。映像記録の場合は、定点カメラを置いて撮影するのではなく、複数のカメラを使って、映画のようにカット割りをして映像を作っていきます。例えば歌舞伎公演では4台のカメラを使うのですが、演目の台本とにらめっこしながら、どのシーンをどのカメラで撮影するのかを考えることから始まります。演劇を見るのは好きでしたが、映像づくりに携わった経験などなかったので、何から何まで不安でしたね。最初は先輩がどうやっているのかを隣で見ながら学んでいきましたが、やっぱり自分でやってみないとわからないもの。カット割りを書き込んだ台本に何度も意見をもらって進めていきました」

 

まずは台本をしっかり読み込み、話の展開を頭に入れることが大事だが、横山さんにとって伝統芸能である歌舞伎や文楽などの内容は、すぐには理解できるものではなかったという。
「そもそも時代背景もセリフの言葉遣いも違いますし、専門的な知識がないと理解できない点もあります。解説書や専門書を読みながら一つひとつ調べていきました。歌舞伎や文楽の公演は、1カ月近く行われるので、その間に何度も公演を見ながら『このシーンは3番のカメラで1ショットにしよう』『こっちは2人の演者をクローズアップするために2番のカメラで2ショットを撮ろう』など、シーンを想定しながら細かく決めていきました」

 

また撮影は、映画のように鑑賞に堪えうるものにするのはもちろん、公演の“記録”として後生に残す重要な目的がある。それぞれのシーンにどんな意味があり、演者がどう動き、どんな演出がされているのかを理解し、舞台上でどんな動きをするのかを把握することが重要だった。
「例えば、2人の演者を中心に展開するシーンでも、その向こう側で誰かが動いていたら、それも記録しなくてはなりません。舞台全体の動きを“記録”する一方で、物語として“鑑賞”にも堪えるものをつくる。この矛盾する2つの視点を両立させることが難しいです。どう撮影すればいいのかわからないところに突き当たると、過去の同じ演目の記録をチェックして学んでいきました」

 

撮影は、それぞれのカメラで撮った映像を後で編集するのではなく、その場でカメラを切り替えながら、リアルタイムで収録していく。この時、調整室からモニターを通して舞台を見ながら、4台の各カメラマンに対し、自らインカムで指示を出していくという。横山さんが初めて演目の撮影に臨んだのは、入職3カ月後のこと。それまでの間、先輩から台本が真っ赤になるまでダメ出しをされたという。また、外部のベテランのカメラマンたちとも何度も打ち合わせをしたが、ここでもカット割りやカメラの切り替えのダメ出しを受け、トータルで5回以上もの手直しを加えたのち、本番に臨んだ。
「中学生や高校生向けの歌舞伎の解説付き公演で、演目は『矢の根』と『藤娘』の2本立てでした。本番は1回きりなので、もし間違えたら、間違えたまま記録が残ってしまう。めちゃくちゃ緊張しましたね。本番までに10回以上は公演を見て、定点カメラの映像も繰り返し見続け、夢にまで出てきてうなされたほどです。当日を乗り切った後は、ホッとし過ぎてしまって、有休を使って早退し、そのままビールを飲みに行きました(笑)」

 

その後、写真の記録撮影も担当するようになったが、中でも文楽公演の人形の記録写真の撮影は大変だったという。というのも、ほとんどの撮影は上演と連動する形で、本番中の舞台の裏側で行われるからだ。
「同じ登場人物の人形でも、かつらや衣裳、小道具が場面ごとに変わるため、そのすべての状態を写真で残す必要があります。例えば、けんかをするシーンの後には、髪も乱れて、着物もはだけた状態の人形になるわけですが、その状態の人形も記録として写真に残すわけです。人形遣いの方が人形を持って舞台裏に戻ってきたら、すぐに人形を借りて、撮影する。出番を前に『早くしてくれ』と言われながら、撮影を何度も繰り返していくんです」

 

どの人形の衣裳や小道具がどのシーンで切り替わるのか、全役柄のパターンを把握していなくてはできないのだ。舞台の進行に合わせ、的確に指示を出さなくては取りこぼしてしまうため、そのプレッシャーも大きかったという。
「本番は1度きりですから、現場の仕事では失敗は許されません。とにかくすべてに予習が必要で、しっかり全体像を把握して、準備をしていくことが大事なんだと失敗を通じて学んでいきました。舞台スタッフから叱られたこともありましたが、仕事の中で専門的な知識を身につけていけたことは強みになりました」

 

横山さんが配属されたのは、何より「公演を観ることが仕事」である部署だ。そのため、3年間さまざまな公演に携わる中で、徐々に伝統芸能の魅力や面白さに気づいていったという。
「最初はセリフの意味もわからなかったのに、何度も同じ公演を観ていると、演技や物語がすっと入ってくるような瞬間がある。そんな時、『ああ、素晴らしいな』と心底思い、日本の伝統芸能を次へつなげていこうという意識が強く芽生えました」

 

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国立劇場の改修後のイメージ模型を見ながら、プロジェクトチームのメンバーと改善点について話し合う。搬入口のスロープの構造や増築部分の拡張など、建物の機能性について意見が飛び交う。

 

入職4年目、2年間の長期研修プログラムで米国留学も経験。帰国後、国立劇場の大規模改修計画に携わる

入職4年目、横山さんは長期研修プログラムに参加する。まずは1年間の国内研修として、文化庁の国際課国際文化交流室に出向することに。
「文化庁の国際関係の窓口として、連絡調整や全体の取りまとめを行う仕事をしました。また2014年からスタートした『東アジア文化都市』という事業がありますが、この立ち上げに携わることになったのです」

 

これは、日本、中国、韓国の中で、文化都市を毎年1つ選定し、そこで年間を通じて文化イベントや都市間の交流を行う事業だ。事業の実施に向けて、「欧州文化首都」という先行事例の調査分析や実施の枠組みを検討する調査研究事業を担当することになった。
「しかし、配属当初は戸惑いましたね。それまで現場がベースの仕事でしたが、文化庁ではオフィスにこもることが多く、デスクワークと連絡調整が中心。資料作成や関係各所とのやりとりは初めての経験でした。正直、すごく忙しかったけれど、現場の仕事に比べて達成感を感じづらい面もあったし、どうすれば自分の意見を入れて、自分の色を出せるのかと悩んだ時期です」

 

しかし、横山さんにとってこの時期は、一般的な実務の進め方を習得した時期であり、その後の仕事においてのターニングポイントとなったという。
「基本的なことですが、連絡、報告、調整のやり方や、調査研究の進め方も学べたことで、仕事を進める上での枠組みができたと感じます。コンサルタントやシンクタンクなど、外部の人と共同で調査・研究を進めるときに必要な知識や実践方法が身についたし、この時の人脈はその後の仕事においても役立っています」

 

国内研修を終えたのち、横山さんは1年間の米国研修に参加した。プログラムの前半は、アメリカの大学で語学や国際交流などについて学び、後半は、ニューヨークに滞在し、「ジャパン・ソサエティー」という文化機関で、演劇チームのインターンシップとして働くことに。
「舞台制作の仕事を経験したかったので、伝統芸能から現代演劇まで、さまざまな公演に携わることができて、すごく充実した日々でした。海外で日本の伝統芸能や文化芸術がどう評価され、受容されているのかを肌で実感できたし、『いろんなやり方で、もっと盛り上げていく方法があるんだ』と思えました」

 

この時、横山さんは30歳だったが、もう一度、学生生活を味わえたことで、やりたいことが見えてきたという。
「社会人になって4年もたってから、こんな経験をさせてもらえるとは思わなかったですね。『これからできることがたくさんある』という自由な気持ちに立ち返り、与えられた仕事だけではなく、その先にある未来を描こうと思えた。日本の伝統芸能を盛り上げていくために、いろんなことをやりたいと思い、モチベーションがアップしました」

 

帰国後、国立劇場などの大規模改修計画の推進を行う部署に配属され、現在も改修計画の企画立案のための調査・検討や関係各所との連絡調整に携わる。
「私が帰国するタイミングとほぼ同時にできた部署で、改修計画については、『基本構想』という改修の基本的な方針や理念を定めたものを策定したところでした。最初の1年間は、『基本構想』を具体的にどんな形で実現していくのか、“劇場”という建物にどう落とし込んでいくのかを検討していきました」

 

舞台や音響、照明といった舞台技術の部署や、お客さまと接する営業関係の部署など、関係各所から意見や要望を集め、要点を整理した上で、一つずつ実現可能かを検討したという。
「意見や要望を踏まえて、すでにある劇場の建物をどう改修していくのか、設計会社と相談しながら、構造的に実現できるのかを精査し、少しずつ形にしていきました。取りまとめをするのは私たちですが、改修計画は劇場にかかわるすべての人たちのものであるべきです。そこで、内部の職員向けに改修計画を説明する説明会を開いたり、劇場をはじめとするさまざまな文化施設を見学して、そこで得た情報をレポートにまとめ、内部向けのホームページサイトで発信したり。自分たちのこととして考えてもらい、組織全体でつくり上げていこうと呼びかける中で、積極的に意見をもらえるような機運が出来上がっていったのではないでしょうか」

 

現在は、計画をさらに具体化する段階に入っており、お客さまに提供するサービスをより充実させ、また国立劇場という場所をもっと広く開かれたものにするための方法を検討していくという。
「これまでの国立劇場は、公演を観にくることだけが目的の場所になっていましたが、用事がなくても立ち寄りたくなるような場所にしていきたいです。例えば、『伝統芸能体験広場(仮称)』というオープンスペースをつくって、歌舞伎や文楽に親しめるような展示やシアターショップをつくったり、素敵なカフェやレストランもつくりたい。さまざまなアイデアを実現していきたいと考えています」

 

横山さんは、「伝統芸能は、かつては身近にあったもので、敷居が高いものではなかったはず」と考えている。
「だからこそ、自分たちのアイデアを生かしながら、たくさんの人に触れてもらえるようにしていきたい。より開かれた日本の伝統芸能の未来を実現していきたいと思っています。国立劇場は今年で開場50年を迎えますが、大規模改修の計画を通じて国立劇場の次の50年の基礎を創っていくのが、私たちのチームの仕事です。この先にもずっと残り続けていく文化に携わることに大きなやりがいを感じています」

 

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大規模改修関連の事業の進捗状況をチェックし、報告資料を作成。また、海外の文化施設の調査資料を読みながら、現在、構想中のレストランやショップをどういうものにしていくかアイデアを練る。

 

横山さんのキャリアステップ

STEP1 2009年4月 新人研修時代(入職1年目)

入職後、同期7名と共に1週間の新人研修を受ける。ビジネスマナーやさまざまな業務についての説明を聞く座学の研修以外に、新国立劇場や国立能楽堂など、管理・運営を行う施設を見学。現場で仕事についての説明を受けた。「自分がこの先、こうした伝統芸能に携わっていくことをリアルに感じ、ワクワクしました。けれど、内心では、配属後にちゃんとやっていけるのかとドキドキしていました」。

STEP2 2009年4月 公演記録係として舞台や伝統芸能を深く学ぶ(入職1年目)

国立劇場調査養成部 調査記録課 公演記録係に配属。さまざまな演目の記録作成に携わりながら専門知識を学んでいった。現場の仕事を経験したことで、しっかりと伝統芸能の背景や専門知識を身につけられたという。「例えば文楽で使う人形の首(かしら)には、それぞれ名称が付いています。同じ男役のものでも、若い二枚目の青年役に使う『源太』、嫌味な端敵役(はがたきやく)に使われる『陀羅助(だらすけ)』など、とにかくたくさんの種類があります。最初に先輩と一緒に写真撮影に臨んだ時、舞台スタッフに『この人形の首(かしら)の名前を言ってみろ』と言われても答えられなかった。『人形を撮影しに来ているのに、そんなことも知らないのか!』と叱られ、本当にその通りだと痛感しました。しっかり知識を身につけて準備すること。それをしなくては、現場では通用しないんですね」。

STEP3 2012年 2年間の長期研修プログラムで文化庁の仕事と米国留学を経験(入職4年目)

1年目の国内研修では、「文部科学省国際教育交流担当職員長期研修プログラム」に参加。文化庁 長官官房国際課 国際文化交流室で働くことに。この時、海外の芸術家を日本に招いて滞在してもらい、そこで現地の人々との交流や新しい芸術を生み出そうというプロジェクトである「アーティスト・イン・レジデンス」の関連事業にも携わった。「文化庁が国内で行われるアーティスト・イン・レジデンスの事業に補助金を出しているので、今後の事業の改善のためにシンクタンクと共同で海外の状況や日本における課題の調査を行いました。この時の経験やネットワークが現在の劇場改修計画の仕事にも大きく役立っています」。 次の1年間は、アメリカのワシントン、モンタナ、ニューヨークに数カ月ずつ滞在した。「最後の半年間は、自分でインターンシップ先を探せるプログラムだったので、舞台公演や国際文化交流に携われる機関を選びました。稽古の立ち会いから街中でのチラシ配りまで経験し、公演を支えてつくり上げる一員としての充実感を味わいました。学ぶことに集中できた1年の留学期間。たくさんのことを知り、この先についても考える時間を持てたことに本当に感謝しています」。

STEP4 2014年 国立劇場等の大規模改修計画に携わる(入職6年目)

国立劇場等の大規模改修計画の企画立案のための調査・検討や、組織内部や関係機関との連絡調整を担当。また、2020年の東京オリンピック・パラリンピックに向けて実施される文化プログラムの企画立案や調整にも携わる。 「劇場の改修プランを考える仕事は、夢を描く仕事でもあり、すごく楽しいです。海外や国内のいろんな文化施設や商業施設を調べて参考にし、『伝統芸能体験広場(仮称)』というオープンスペースをつくり、レストランや図書館カフェ、シアターショップを入れるなど、いろんなアイデアを考えています。ふらっと立ち寄り、そこから伝統芸能に興味を持ってもらえるような施設にしたいです」。

ある日のスケジュール

8:00 出社前の時間に、喫茶店でコーヒーを飲みながら読書や語学の勉強。
9:30 出社。コーヒーを飲みながらメールをチェック。担当業務の進捗を確認。
10:00 部内で打ち合わせ。大規模改修関連の各事業の進捗状況やスケジュールの情報共有を行う。
11:00 大規模改修関連の調査事業の報告書の確認。分厚い報告書を、ラインを引き、付箋を貼りながら読み込む。
13:00 昼食。社内に食堂もあるが、散歩も兼ねて外食。天気のいい日は帰りに劇場の庭を散歩する。
14:00 外部の調査研究会社と打ち合わせ。改修後の国立劇場のレストランやショップのあり方を検討する調査事業について相談。
16:00 調査事業の実施に向けた資料の作成を行う。
17:00 課内で打ち合わせ。新規の調査プロジェクトについて、方向性を議論。
18:00 外部のデザイン会社と打ち合わせ。国立劇場の敷地内の案内看板の補修や新設のプロジェクトについて相談。
19:00 退社。帰宅してからビールを飲んでリラックス。

プライベート

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ヤクルトのファンで、社会人になってから球場で野球観戦するようになった。写真は2016年5月に会社の同僚と出かけた時のもの。「部署を超えて、野球好きのメンバーが集まっています」。

 

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学生時代から海外旅行が大好きでこれまで旅した国は50カ国以上! 「最近は、カリブ地域に興味があり、この2年で5回、訪問しています。見たことのない景色や予想もしない出来事が起きるのが旅の楽しさですね」。写真は、2016年5月のもの。

 

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おいしいものが大好きで、特にそばが好き。「お気に入りのそば屋さんがあり、週に1度、そこで昼からお酒を飲むことが楽しみになっています」。

 

取材・文/上野真理子 撮影/刑部友康

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