朝井リョウさん(小説家)の「仕事とは?」

あさいりょう・1989年生まれ、岐阜県出身。2012年早稲田大学文化構想学部卒業後、一般企業に就職し、15年退社。09年『桐島、部活やめるってよ』で第22回小説すばる新人賞を受賞し、デビュー。12年に同作が映画化され、注目を集める。13年『何者』で、戦後最年少で第148回直木賞を受賞。14年『世界地図の下書き』で第29回坪田譲治文学賞を受賞。ほかの著書に『もういちど生まれる』『少女は卒業しない』『スペードの3』など。

投稿を続けているうちに、作家になることが「現実」になっていった

最新作の『武道館』はアイドルの女の子が主人公なんですけどね。今、読んでくださった方たちが作品の内容はそこそこに自分のアイドル論について語りだしているんです。デビュー作『桐島、部活やめるってよ』(以下、『桐島』)のときも同じで、Webなどでみんなが口々に自分の学生生活について語り始め、その声が広がるにつれ作品が世の中に広まっていきました。書かれていたことがずっと気になったり、思わず自分の考えを語りたくなったりと、「読んで共感してもらって完結」というのではない作品を書けたらいいなと思っているので、それが少しずつでもできているような気がしてうれしいです。

デビュー以来、雑誌などで、時代を反映したものを描く作家として紹介されることが多いのですが、僕自身にその意識はありませんでした。例えば、『何者』(第148回直木賞受賞作)は現代の就活を描いたと言われましたが、僕はSNSによるコミュニケーションの変化みたいなものを書いたつもりで。だから、「現代を描く」とか「今を描く」と言われることに抵抗がありました。自分では普遍的なものを描こうとしているのに、まるで、世の中の現象をつまみ食いして書いていると言われているみたいだなあと感じていました。

でも、最近は吹っ切れたところがあって、精神的にずいぶんラクになりました。自分に期待されている役割があって、それに応えることでたくさんの人に読んでもらえるなら、「いいじゃん」と。しかも、ほかにやる人があまりいない役割なら、その席に座っちゃえという感じで、初めて自分から手を伸ばして「超現代的なものを」と書いたのが『武道館』でした。アイドルというのは現代的な題材だし、アイドルとその周辺を書くことで、自然と現代の人々の思考だったり精神性みたいなものが書けるんじゃないかなと考えたんです。

僕は人の反応がうれしくて小説を書いているので、「たくさんの人に読んでもらいたい」というのが基本にあります。読まれなくてもいいから、好きなものを書いていたいとはまったく思わない。小説を世に出すなら、ヒットさせたい。ちゃんと。そのあたりは、書いたものを人に見せていた子どものころから変わりません。

文章は小学生時代から書いていました。夏休みの読書感想文が苦手でどうしたものかと思っていた時に「日記をつけると、文章を書くのが好きになるよ」と誰かに言われ、小学4年生から6年生まで毎日日記をつけました。その日記を担任の先生が「まるで小説を読んでいるみたいです」とほめてくれたのがすごくうれしくて。先生に読んでもらいたい一心で小説を書き、卒業間近に渡しました。原稿用紙100枚ほどで、タイトルは『デイズ』。それを読んで先生は、便せん3枚ほどにびっしりと黒文字で書いた感想を返してくれたんです。先生からの感想はいつも赤文字で書かれていたので、一人前に扱われたことがうれしくて。大学進学で実家を出るまで何度も読み返しました。これが作家としての僕の原点かなと思います。

この『デイズ』をある出版社の新人賞に応募したのが、初めての投稿でした。中学では毎年夏休みの自由研究で長編小説を書いて投稿。高校に入ってからは学校生活が忙しくて短編しか書けませんでしたが、中3の時に書いた長編を高3で『小説すばる』に投稿し、一次選考に通りました。作家を「目指していいのかな」と初めて思ったのはこの時です。

大学に入ってしばらくはキャンパスライフにうつつを抜かし…。小説を書いているとモテない気がしてみんなにはバレないようにしていましたが、大学1年生の春休みに「このままでは綿矢りささんが芥川賞を取った年齢(19歳)を過ぎてしまう」と勝手に綿矢さんを引き合いにして焦って(笑)。高校時代に書いたいくつかの短編をもとに書いたのが『桐島』です。

こうやって振り返ってみると、なんだか投稿歴は長いですね。子どものころから「人生でいつか作家というものになってみたい」とは思っていましたが、その夢自体は決して現実的ではなく、ただ投稿を続けているうちに現実になっていったという感じです。

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今は「好きなこと」しかしていないから、「後ろめたさ」全開

小説を書くときには僕自身の素朴な疑問だったり、違和感から生まれた「言いたいこと」が出発点になっていて、それがないとひと文字も生まれません。ただ、作家だからといってその「言いたいこと」に重みや含蓄があるとありがたがっていただけてしまうことも多い風潮に対しては、それは違うんじゃないかなと思っていて。作家という言葉に上乗せされている価値みたいなものをすべてそぎ落としたくて、「小説を書く」という以外のことにおいては作家然とはしたくないという気持ちがあります。

大学を卒業後、一般企業に就職したのは、単純に「そういうもの」だと思っていたからです。両親も同じ考えでしたし、小説を書くということと就職は僕にとってはまったく別次元のものでした。どこかで小説を書くという「好きなこと」だけでお金をもらうことに後ろめたさもあって、それも理由のひとつでした。兼業では物理的に成立させられない仕事のお話を頂いて、悩んだ末に会社は辞めさせてもらったので、今は「好きなこと」しかしていません。「後ろめたさ」全開です。お金をもらう意味があるものを自分が書けているのか、「好きなこと」ばかりして調子こいてんじゃねえよという罪悪感が消えません。

デビューして7年。今後書きたいものは僕の中では結構決まっていて、3年分くらいあります。それを着々とやっていくみたいな感じで、あっという間に10周年を迎えられたらそれ以上のことはないですね。家賃を払わなければいけないので、毎月の仕事は決まっていなければいけないし、スケジュールは自分で管理しないと誰もやってくれない。出版業界の状況も厳しくて、本を出した部数だけ印税をもらえるのがあたり前の時代と異なり、電子書籍主流になれば、実売分しか印税が入らない。切実ですよ。でも、「そういうもの」だと思っています。今までは、あまりに価値を上乗せされていただけなのかなって。作家ができることがあるとすれば文章を書くことなのに、それ以上の存在として認識されすぎていたのかな、と。

それにしても、僕のこんな話、最後まで読んでくれる学生さんっているんでしょうか。僕も就活をしたので思うんですけど、就活の時って先輩の体験談やアドバイスを聞かされても、「うるせえよ。あなたはよかったですよね、うまくいって」という気持ちになるじゃないですか。だから、怖くてとてもアドバイスなんてできないんですけど、就活って全身全霊で臨むと、うまく行かないときにダメージが大きすぎる気がするんです。

僕も就活をしたけれど、圧倒的に恵まれていたのは、作家というもうひとりの自分がいたこと。選考に通らなくて傷ついている自分がいても、もうひとりの自分は元気だったので、平気だったんです。僕のケースは特殊のように思うかもしれないけれど、違うんですよ。例えば、友人のひとりに「いつか聞いて、笑おう」と面接をずっと録音しているヤツがいて。面接に違う自分を持ち込むことで気持ちに少し余裕が出たそうで、就活全体も順調でした。あと、お笑いコンビ・オードリーの春日俊彰さんのエピソードで大好きな話があって…。春日さんはここ一番の仕事の時には自分の緊張をほぐすために女性用の下着をつけて職場に向かったことがあるそうです。男性なら、ぜひまねをしたいワザです(笑)。そうやってもうひとりの自分を装置として作るのも、健康的に就活をしたり、仕事をしていくためにひと役買ってくれるのではと思います。

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INFORMATION

朝井さんの最新作『武道館』(文藝春秋/税抜き1300円)。主人公は結成当初から武道館ライブを目指して活動するアイドルグループ「NEXT YOU」のメンバー・愛子。成長していく彼女たちをシビアかつ熱を持った視線で描く。「僕は子どものころからアイドル好きで、今回は特定のアイドルへの取材はせずに書いたのですが…。乃木坂46の橋本奈々未さんが、15歳の女の子からトークアプリ上で“アイドルになりたい”と相談を受けていたんですが、“朝井リョウさんの『武道館』を読むように”と答えてくれていて。うれしかったです」と朝井さん。

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取材・文/泉彩子 撮影/刑部友康

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