仕事とは?

Vol.170 神戸 浩

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かんべひろし・1963年生まれ、愛知県出身。名古屋電気高等学校(現・愛知工業大学名電高等学校)卒業後、82年に劇団プロジェクトナビ(主宰:北村想)に参加。91年『無能の人』にて報知映画賞最優秀助演男優賞を受賞。97年『学校Ⅱ』にて日本アカデミー賞優秀助演男優賞、全国映連賞男優賞を受賞。俳優の仕事の一方で、86年よりホテルナゴヤキャッスル(現・ウェスティンナゴヤキャッスル)に勤務。現在は施設管理グループに所属している。

仕事を次々と受けた20代後半。忙しさに流されてやりたいことが見えなくなった

みんなが笑ってくれる顔を見るのが好きで、高校時代は落語研究会に所属していました。芝居に関心を持ったのは、落研の友人が出演した舞台を見たのがきっかけです。当時は大学に進学するつもりでしたが、演劇のワークショップに通ってみたら面白くて受験勉強が手につかなくなって。いいのか悪いのか、役者の道に入ってしまいました(笑)。多分、目立ちたかったんじゃないかな。落語も舞台も共通しているのは、自分が何かをすることで、誰かの反応を生で感じられること。それがうれしかったんですね。

 

高校卒業後は劇作家の北村想さん主宰の地元(名古屋)の劇団に所属しました。すぐに役をもらえ、昼間は次の作品の稽古をやって、夜は舞台に立つという充実した毎日。実家から通っていましたから、生活には困りませんでした。交通費の節約のために10キロくらいの道のりを自転車で通うのはキツかったけど、食事は劇団員みんなで楽屋で炊いたりして貧乏生活も楽しかったですね。落研部員から演劇部員になった感じ。若かったし、将来のことは何も考えていませんでした。

 

東京での初仕事は21歳の時。CMディレクターの川崎徹さんに起用していただいて、西武百貨店有楽町店のオープンキャンペーンのCMのナレーションをやりました。声が面白いということで、その後もナレーションの依頼をたくさん頂きましてね。そのうちにテレビドラマの脇役の仕事が次々と入るようになりました。

 

23歳の時から生活のためにホテルナゴヤキャッスル(現・ウェスティンナゴヤキャッスル)でも働きはじめたのですが、20代後半は東京での仕事が増え、俳優業中心の時期もありました。役者の仕事が中心になって最初はすごくうれしくて、依頼はふたつ返事で受けました。当時はバブル景気でギャラもすごく良かったですし、「稼げる」というのはやはり誇らしかったです。

 

ところが、テレビの仕事を続けるうちに違和感が生じてきました。仕事の依頼がテレビの場合は「明日、空いてる?」みたいなことも珍しくなくて、消費されているような感覚がありました。舞台とは違って撮影が深夜まで及ぶことも多く、撮影が終わったら朝まで酒を飲む生活。せっかく稼いだお金もストレス解消のために酒や買い物に使ってしまうし…。これが本当に自分のやりたいことなのかなと思いました。

 

転機は山田洋次監督や映画『男はつらいよ』でご一緒させていただいた渥美清さんとの出会いです。山田監督も渥美さんも芝居に妥協がありませんでした。山田監督の現場は厳しくて、33歳で出演し、日本アカデミー賞優秀助演男優賞を頂いた『学校Ⅱ』の撮影もキツかったです。高等養護学校を舞台とした作品で、教師たちが手を焼く知的障害児が僕の役だったのですが、とにかく芝居ができなかったんですよ。テレビの世界ではちやほやされ、いっぱしの役者になったつもりでいたのに、オーケーをもらうまでものすごく時間がかかる。打ちのめされましたが、同時に演技の奥深さに触れ、あらためて芝居が面白くなりました。「ああ、これが仕事、生き方なんだな」と山田監督から教わった気がしましたね。

 

それからは丁寧に芝居に向かい合うことを第一に。依頼を次々と引き受けるのはやめ、ホテルの勤務日数を増やしました。役者としてある程度の収入を得られるようになってからもホテルの仕事を続けていたのは、安定した生活基盤を築きたかったというのもありますが、一番大きな理由は「普通の生活」の感覚を失いたくなかったから。芸能界の仕事は時間が不規則で、昼夜逆転しがち。それを繰り返していると、体がおかしくなっちゃいますよね。

 

「日が昇ったら起きて働き、日が沈んだら寝る」という昔から自然にある生活サイクルというのは、やはり理由がある気がする。深夜にスタジオで「おはようございます」と言っていた自分を今になって振り返ると、何をやっていたんだろうと思います。だって、深夜で眠いのに「おはようございます」なんて、どう考えてもおかしいですよね(笑)。そのおかしさを知ったことは、演技にもいい影響を与えてくれていると思っています。

 

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給与明細をきちんと見るのは、社会人としてとても大事なこと

ホテル勤務ももう30年になります。今は1年の半分以上がホテル勤務。舞台や撮影の間はお休みを頂いていて、ホテルの上司や同僚の応援に心から感謝しています。役者の仕事のほかにホテルで働き続けていてよかったなと思いますよ。役者の仕事だけをしていた時期よりも視野が広がりましたから。それに、芸能界は浮き沈みも激しいですしね。浮き沈みに影響されないよう、自分に芯を持たなければと否応なしに意識させられました。

 

ホテル勤務を増やしはじめたころは、役者の仕事が来なくなってしまうかなという思いもありました。でも、なくならなかった。名古屋にいても呼んでもらえて、ありがたいですね。不思議なことに、自分が「これは」と思う仕事を受けるうちに、映画もテレビドラマも作品にすごく恵まれるようになりました。最近は、私にしかできない役というものがある気がしています。自分にしかできない役割を果たすのが仕事だし、それさえできれば、求められる。仕事って正直です。

 

たまに若い人の仕事の悩みを聞くのですが、気づいたことがあるんです。「給料が安いから、辞めたい」って言う人のほとんどが給与明細をちゃんと見ていないんですよ。手取り額だけを確認していて、総支給額がどのくらいで、税金や年金、健康保険料をいくら払っているか把握していない。それはおかしいと私は思います。仕事の対価として会社がいくら自分に払っていて、そのうちどれだけが国のために使われているのかを知っておくことは、すごく大事なこと。給料をもらうことの重みを感じて、簡単に「辞めたい」とは言えなくなるはずですよ。

 

それに、仕事ってやっぱり給料だけじゃないですよ。若気の至りなのですが、20代前半のころ、私は父に「勝った」と思ったんです。「ひと声発するだけで、親父の給料を超えた」ってね。だけど、間違いでした。父はひとつの会社で勤め上げましたが、お世話になった会社に恩返ししたという意味でそれはすごいことだと今は思う。気づけば私も同じホテルでずっと働かせてもらっていますし、役者としてもひとつの事務所に長く所属していて、恩返ししたいなという気持ちがあります。企業で働くというのは、企業の利益を上げて採用してくれた会社に恩返しするということなんじゃないかな。恩を借りたままというのは、何だか落ち着かないですからね。

 

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INFORMATION

金なし! 人なし! 時間なし! おまけに帰る城もなし!? 佐々木蔵之介さん演じる藩主とその家臣たちが知恵と工夫で江戸への“参勤”を果たす珍道中を描いたヒット作の続編『超高速! 参勤交代 リターンズ』の全国ロードショー公開日が2016年9月10日(土)に決定。前作同様、神戸さんが藩の農民・茂吉役で出演している。
Ⓒ2016「超高速!参勤交代 リターンズ」製作委員会

 

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取材・文/泉彩子 撮影/刑部友康

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