仕事とは?

Vol.212 【後編】伊藤美樹

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いとうみき・1982年、千葉県生まれ。日本大学大学院航空宇宙工学修士課程(博士前期課程)修了。次世代宇宙システム技術研究組合にて内閣府最先端研究開発支援プログラムである超小型衛星「ほどよし」の開発プロジェクトに携わり、「ほどよし3号」「ほどよし4号」の開発に従事する。外国人留学生への人工衛星製造の指導や開発サポート業務を経て、2015年4月よりアストロスケールに所属。同時に、日本法人の代表取締役社長に就任した。

前編では宇宙工学を進路に選んだ理由や、現在の仕事に出合った経緯をお話しいただきました。
後編では人工衛星の開発の面白さや、社長業を経験して得た視点についてうかがいます。

人工衛星の開発は、多くの専門家の叡智(えいち)が結集してこそできる

-人工衛星の開発の面白さは?

さまざまな技術の組み合わせで成り立っているところだと思います。衛星を宇宙で正常に機能させるためにはデータ処理、搭載された機器を動かすための電気系、搭載機器の温度を正常に保ったり、振動や衝撃への耐久性を高めるための熱構造系といった専門技術や知識が必要です。それに加えて、衛星にはミッションがありますから、気象衛星なら光学カメラやレーダーといった観測機器、科学衛星ならX線検出機や赤外線検出機といった科学観測器など目的に応じたものづくりの技術も欠かせません。

 

人工衛星の開発は、多くの専門家の叡智が結集してこそできる。社会に出て、地球観測を目的とした超小型衛星「ほどよし」の開発プロジェクトに参加した時にそう実感しました。学生時代も小型人工衛星の研究・開発をしていましたが、比較的シンプルなもので、研究チーム内で解決できました。ところが、「ほどよし」の場合は「超小型衛星を“早く”“安く”製造し、宇宙で動かすためにはどうすればいいか」という難しいミッションを背負っており、チーム内だけでは解決できないことばかり。ヒントになりそうな技術を持つ企業があればお話を聞かせていただいたり、技術を教わったりとたくさんの方々に助けていただきました。

 

現在もエンジニアとして宇宙ゴミの除去用衛星の開発に日々取り組んでいらっしゃいます。開発体制について教えていただけますか?

私のほかに正社員の若手エンジニアが4人、そのほかに大手企業で衛星開発のキャリアを積んで定年退職した非常勤のスタッフが10人ほどいます。人工衛星はニッチな分野なのでエキスパートが少なく、通常の企業なら中核となる40代、50代のエンジニアを採用するのは簡単なことではありません。そこで非常勤のスタッフに若手をサポートしてもらいつつ、人材を育てるという体制を取っているのです。エキスパートの方々が長年培ってきた経験や知識というのは開発に欠かせないもの。そこに若手の柔軟性やフットワークの軽さをかけ合わせることで、これまでにないものが生まれる。「エキスパートに若手が教わる」という一方的な関係性ではなく、双方がプラスの影響を与え合って、活気のある開発現場になっています。

 

ビジネスの視点を得ることで、エンジニアとしても成長できた

-日本法人の社長に就任して2年。エンジニア以外の世界を経験して、お感じになったことはありますか?

アカデミックな研究・開発とは異なり、ビジネスとして人工衛星を開発するには、コストや生産スピード、汎用性など「商品」としての衛星を作るために何が必要なのかを考えなければいけません。また、企業経営においては、良質なものを作るのはもちろん、事業の意義を発信し、多くの人たちに知ってもらうことも大事だとわかりました。新しい視点を得ることで、エンジニアとしても成長できたのではと感じています。将来的に組織が大きくなれば、私はエンジニア専業に戻ることもあり得るかもしれません。それはそれで良くて、その時々の状況を見ながら、自分の役割を探していきたいと思っています。

 

学生へのメッセージ

衛星の開発は予測通りにいかないことの連続なんです。もちろん、さまざまな事態を想定して計画・設計を行いますが、衛星を搭載するロケットの完成が遅れて打ち上げが延期されるといった、自分の力ではどうにもならないことも起こり得ます。その時に「計画がうまくいかなかった」と立ち止まってしまえば、時間をロスするだけ。延期された時間に新たに何ができるかを考えた方が建設的ですし、楽しいですよね。社会に出たら、思いがけないこともたくさん起きるはず。「失敗した」と落ち込んだり、挫折を味わったりすることもあるでしょう。でも、起きたことを悲観的に考えず、「新しい冒険が始まる」と受け止めて、果敢に新しいことに挑戦していっていただければと思います。そうすれば、自分の予想もしていなかったような道が開けたりするものですよ。

 

伊藤さんにとって仕事とは?

−その1 出合ったチャンスにどんどんチャレンジをして、自分の可能性を広げる

−その2 自分の力だけでは解決できないからこそ、面白い

−その3 経験や知識は重要だが、それだけでは新しいものは生まれない

 

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INFORMATION

「アストロスケール」CEO・岡田光信さんによるエッセー『宇宙掃除』。漫画『宇宙兄弟』公式サイト(https://koyamachuya.com/)で不定期連載されており、会社設立までの経緯や宇宙への思いがつづられている。岡田さんによる電子書籍『宇宙起業家 軌道上に溢(あふ)れるビジネスチャンス』(カドカワ・ミニッツブック/希望小売価格300円)も好評配信中。資金力の小さいベンチャー企業が、宇宙という壮大な舞台で、いかにして「利益の出る」ビジネスを起こすことができたのか? それをどうやって継続していくのか? 「資金力がないからこそ1年目からの黒字体質を目指す」「壮大な構想を実現するには、ディテールの理解が重要」など、夢を夢物語で終わらせないための考え方が記されており、宇宙に関心がある人はもちろん、これから社会に出る人たちにもお勧めだ。

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編集後記

伊藤さんには高校卒業後、コンビニエンスストアの販売スタッフや飲食店の接客スタッフなどアルバイトをしていた時期があります。大学進学の資金を自分で準備しようとしていたからですが、「アルバイトも楽しかった。人工衛星の開発はチームワークが重要なので、フリーター時代に多様な人たちと接した経験も生きていると思います」と振り返ります。伊藤さんが取り組む宇宙ゴミの問題は日常生活では意識しにくいため、事業に対して周囲の理解を得られず、悔しい思いをしたことも一度ならずあったでしょう。それでも日本法人のトップとして事業計画を一歩ずつ進められているのは、エンジニアとしての高い技術や知識だけでなく、あらゆる経験を前向きにとらえる柔軟性ゆえだと感じました。(編集担当I)

 

取材・文/泉 彩子 撮影/臼田尚史

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