仕事とは?

Vol.214 【後編】金田一 秀穂

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きんだいちひでほ・1953年、東京都生まれ。上智大学心理学科卒業。1983年、東京外国語大学大学院修了。中国大連外語学院、米国・コロンビア大学の講師、ハーバード大学客員研究員などを経て、東南アジア諸国で日本語教師の指導に携わる。1988年より杏林大学外国語学部で教鞭(べん)をとり、2001年教授に就任。専門は日本語教育、意味論、言語行動論。著書に『適当な日本語』『金田一先生のことば学入門』『金田一家、日本語百年のひみつ』など。編者として『学研現代新国語辞典』など多数。

前編では大学卒業後3年間の「ニート生活」から、自分の道を見つけるまでの経緯をお話しいただきました。
後編では大学教授として学生を教える仕事の醍醐味(だいごみ)や、言語学者としての姿勢についてうかがいます。

教師として、学生の新しい可能性が開くのを間近で見られるのがうれしい

-ご著書では学生さんたちの若者言葉についてもよく取り上げていますね。若者言葉を批判するのではなく、言葉の観察を楽しんでいらっしゃるのが印象的です。

若者の言葉、面白いですよね。「普通においしい」とか「神」とか(笑)。オジサン、オバサンはいつの世も若者の言葉に眉をしかめるものですが、言葉というのは時代に応じて変化しますし、場面や相手によってコードもあります。変化を観察し、なぜその言葉が生まれ、どのように使われているのかを分析・説明するのが僕の仕事ですから、「けしからん」と腹を立てることはあまりないです。自分の教えている学生さんがその場にふさわしくない言葉を使っているようなときは、年長者として「こら〜!」と言いますけどね。

 

それに、僕は研究も好きですが、学生さんと接することそのものが楽しいんです。つい先日のことですが、かつて週に1回だけ講義を担当していた大学の卒業生が街で僕を見つけて声をかけてくれました。「先生の授業で日本語学に興味を持って、今は大学で日本語学を教えています」と。ありがたいな、うれしいなと思いました。自分のやったことがちょっとした刺激になって、学生さんの新しい可能性が開ける。それを間近で見ることができるのは幸せなことだと感じます。教師というのはいい仕事だなあって思いますね。

 

言葉で表現できることには限りがある。それでも、その限界に迫りたい

-言語学者として今の世の中の言葉を観察されていて、お感じになっていることはありますか?

先ほど言葉の変化には腹が立たないとお話ししましたが、言葉を考えなしに使う傾向が世の中全体を覆いつつあることには、怒りに近いものを感じています。これはテレビなどのマスコミで物事をはっきり見せるために、言葉を単純化して発信している影響が大きいように思います。例えば、「ブラック企業」。従業員に対して労働基準法に違反するような過重労働を強いる企業を指す言葉で、それが事実なら、表現と内容が一致しています。でも、法令に違反するような極端なケースでない限り、「ブラック」かどうかは個人が判断すること。多少残業があったり給料が低かったりしても、自分のやりたいことができる企業なら納得して働けるでしょうし、定時に帰れて給料に不満はなくても、仕事にやりがいを感じられなくて苦痛ということもあるでしょう。

 

それなのに、労働時間や給料など企業の一側面だけを見て「ブラック」とマスコミが発信すれば、情報の受け取り手も「ああ、あの会社はブラックなのか」と納得してしまう。その企業で働く本人にとっては「ブラック」ではないかもしれないのに、単純化された言葉によって思考が停止し、単純化しにくいことには触れない。危なっかしい傾向だなと思います。

 

-言語学者として、最終的にこうありたいというイメージはありますか?

言語学者というよりは、僕の習性として、世の中の事象をわかりたいという欲求があるんですね。僕にとって「わかる」とは、「言葉に変換できる」ということ。例えば、「机についてわかる」とは、「机というものを正確に言葉に変換できる」。同様に、「日本語の文法についてわかる」とは、「文法について言葉に全部変換する」ということだと思うんです。そう考えると、無謀な試みではありますよね。言葉と言葉の間には隙間があって、言葉で表現できることには限りがありますから。それでも、その限界に少しでも近く迫りたい。だから、いつまでたっても「言葉への変換がもっと上手になりたいな」と思いながら、精密な“言葉変換機”を目指して日本語に向かい合っています。

 

学生へのメッセージ

現実の世の中は、二元論では語れない「グレー」なことばかりです。皆さん、問題には答えがあると思っているでしょう? でも、正解のある問題というのは、学校の試験とテレビのクイズ番組くらいのものですよ。日本語にしても「正しい日本語」というのは存在しません。どんな時代背景で、誰に、どのような場面で使うかによって、ふさわしい言葉は違いますから、答えは1つではないんです。答えのない問題が世の中にはいっぱいあって、そういう問題に取り組んでいくのが人間の仕事だと僕は思います。「マル」か「バツ」かで答えが出せる問題なら、AIの方が人間よりずっと速く正確に解けますから。

 

就職も、正解はありません。よく「A社とB社、どちらがいいか」と悩んでいる学生さんがいますが、そのときに大事なのは目先の条件を見比べることよりも、将来、自分がどうなりたいかを考えること。どうなりたいのかがわからないなら、どっちを選んでも大差はないですよ。

 

金田一さんにとって仕事とは?

−その1 好きなことをやった方が続けやすく、能力も上がっていく

−その2 理想の実現には限界もある。それでも限界に近づく試みを捨てない

−その3 答えのない問題に、自分で答えを出していくのが仕事

 

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INFORMATION

『日本語大好き キンダイチ先生、言葉の達人に会いに行く』(文藝春秋/1200円+税)。金田一さんと13人の「言葉を使うプロ」との対談集。詩人・谷川俊太郎さんや英文学者・外山滋比古さん、脚本家・三谷幸喜さんなど幅広い立場の対談相手と日本語の美しさや難しさを語り合っている。

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編集後記

日本語研究の一家に生まれ、思春期には、どこに行っても「金田一」という名前が自分自身より先に立つことに抵抗があったという金田一さん。でも、インタビューでは「金田一という名前を便利だなと思っています。金田一という名前のおかげで仕事を頂けているし、“金田一さん”が日本語をやるというのはそれだけでもいくらかは発信力が高くなる可能性があるわけですから。しめしめ、皆さんが金田一という名前にだまされているうちに、稼いじゃおうと思っています(笑)」と茶目っ気たっぷりにお話しされていました。その言葉は、自分の意思で道を選んできたことへの確かな自信があるからこそ発せられるものなのでしょう。(編集担当I)

 

取材・文/泉 彩子 撮影/大星直輝

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