上田一生さん(ペンギン会議研究員)の「仕事とは?」|後編

うえだ・かずおき●1954年、東京都生まれ。ペンギン会議研究員(創設メンバー)。國學院大學文学部史学科卒業後、ドイツ・ボン大学の大学院で軍事史を学ぶ。1981年より目黒学院高等学校教諭(地歴公民科担当)。一方で、40年以上ペンギンの調査・研究・保全活動を続ける。 葛西臨海水族園、長崎ペンギン水族館、しものせき水族館海響館、埼玉県子ども動物自然公園、天王寺動物園、京都水族館、すみだ水族館、福岡市動植物園、上越市立水族博物館などの動物園・水族館の監修を手がける。『ペンギンの世界』『ペンギンは歴史にもクチバシをはさむ』など著書も多数。『生きもの地球紀行』『ダーウィンが来た!』『ワイルドライフ』『どうぶつ奇想天外!』『わくわく動物ランド』『皇帝ペンギン』『ハッピー フィート』などテレビや映画の監修も務める。

ペンギン会議研究員 上田一生 Official Web Site http://www.penguin-ueda.net

前編では上田さんがペンギン研究家になった経緯をお話しいただきました。
後編では長年にわたってペンギンの研究を続けてきた理由や、上田さんのもう一つの顔である高校教師の仕事についてうかがいます。

ペンギンにかかわることが、面白くてたまらなくなった

-日本で「ペンギン会議」を立ち上げたのは、「ペンギンを守りたい」という使命感からですか?

使命感もありますが、どちらかというとペンギンにかかわることが面白くてたまらなくなってしまったんです。日本で「研究者」と聞くと、ちょっと暗いイメージがありませんか? でも、「第1回国際ペンギン会議」で出会った海外の研究者たちは違いました。みんな、すごく楽しそうなんですよ。ハーバードやケンブリッジなど世界的権威のある大学の研究者も非常にフランクで、形式張ったところがないんです。中でも影響を受けたのが、ペンギン学のリーダー的存在だったケンブリッジ大学のバーナード・ストーンハウス先生です。元海軍士官で、南極調査の巡洋艦に乗り組んでいた時に同船した研究者に影響されて海軍での地位を捨て、ペンギン学の研究者になった人物。南極の越冬経験も9回ありました。

穏やかで優しい方でしたが、忘れられないのが、会議中に珍しく厳しい口調でおっしゃった「同じ研究をするなよ」という言葉。「学位論文を書きたいからといって同じ生息地に何度も出かけて行ってペンギンにプレッシャーをかけてはいけない」という意味でした。「それでなくてもペンギンは人間にいじめられているのに、研究と称していじめているのはわれわれかもしれないんだよ」とお話をされたのを聞いて、自分も襟を正したものです。「すごいなあ、こういう人になれたらいいなあ」と憧れましたね。

ペンギンの研究に携わって40年。「上田さんはペンギンが好きだから、研究しているんでしょう」とよく言われます。それは間違いではありませんが、僕がここまでペンギンにのめり込んだ大きな理由は、ペンギンを研究し、守ることが人間の役に立つからです。例えば、海域ごとのペンギンの生息状況を調べることは、地球温暖化の基本データになります。ペンギンを研究すると、われわれ人間が直面している地球環境の問題を解き明かしたり、対策を考えたりすることができる。そういう意味で、ペンギンというのは人間にとって、地球の未来を一緒に分かち合うパートナーなんです。

学生時代に学んだことを仕事にできず、ぼうぜんとした時期もあった

-ペンギン学で名を知られるようになり、高校の先生をやめようとは思いませんでしたか?

思いませんでした。ペンギンだけでは食べていけなかったですし、何より僕は高校生を教えるのが好きなんです。高校生ってある程度大人で対等に話ができる一方で、まだ出来上がっていなくて、真っ白なキャンバスみたいなもの。そこから成長していく姿を見届けられるというのはなんと幸せなことだろうといつも思います。僕の最初の生徒たちは今年で54歳。孫のいる人もいます。40年近く教師をやっていると、教えた生徒も数百人。代わる代わるやってきては飲みに誘われ、仕事の話もよく聞きます。いろいろな業界の裏事情にも詳しくなりました(笑)。そういう関係ができてくると、やめられなくなっちゃうんですよ。

実のところ、高校の教師というのは積極的に選んだ職業ではありません。大学卒業後にドイツに留学して軍事史を学び、修士号を取って帰国し、大学で教えたいと思っていたのに就職先が見つからず、「こんなはずじゃなかった」とぼうぜんとした時期もあります。ただ、僕は18歳で父親になっていましたから、落ち込む余裕がありませんでした。とにかく働かなければと必死で仕事を探して、採用してくれたのが今の高校だったんです。そんな経緯でしたが、高校の教師という仕事はやってみたらたまたま僕には合っていたということだと思います。

-ペンギンに関する活動が、教師の仕事にいい影響を与えることもありましたか?

はい。ペンギンも教育も1つにつながっているんですよ。例えば、ペンギン学の恩師の青柳先生も高校の教師で、生前は障がい児教育に非常に熱心に取り組み、障がいのある人にどうやって生き物について教えるかをいろいろと工夫してお考えになっていました。触っても危なくない生き物の場合は、触覚に訴えて生態を説明したりね。青柳先生に教わった手法を使って、僕は今、視覚に障がいがある人にペンギンに触ってもらうというのをやっています。多くの人はぬいぐるみのイメージで、ペンギンは軟らかいと思っているんですね。だから、ペンギンに触るときにふわっと抱っこしようとするのですが、「硬い!」と驚いてパッと手を離す。そこですかさず「皆さん、考えてください。このペンギンは300メートル以上も潜水するんですよ。ふわふわの体をしていたら、どうなります?」と言うと、納得してくれるんです。そういったことは高校で教えるときも生きています。

軍事史を学んだことで得た知識も同様です。南大西洋のフォークランド諸島にペンギンが100万羽以上いるといわれる地域があるのですが、その理由はフォークランド紛争(1982年に起きたイギリス・アルゼンチン間の紛争)の時に大量の地雷が仕かけられたから。戦後、イギリスは地雷を取り除こうとしましたが、莫大(ばくだい)な費用がかかるため断念。この地雷はある一定の重さがかかると爆発する仕組みになっており、人間やペンギンの天敵のトドは足を踏み入れられませんが、ペンギンは体重が軽いので影響を受けず、「ペンギンの聖域」になっているんです。もし、ペンギンの研究者がその知識を持たなかったら、研究のために危険にさらされることがあったかもしれません。また、軍事演習で駆逐艦や潜水艦が音波探知をすると、その影響で鯨やイルカの内耳が破壊され、近海で大量の座礁が起きることがあります。同じことがペンギンにもいえるので、保全に配慮して演習海域を変えてもらうよう該当国に申し入れをしたりもします。

今だから言えることかもしれませんが、結局、無駄な経験というのはなかったですね。何をするにしても、その分野以外のことも知っていた方が視野が広がり、思いがけないアイデアが湧く。僕もまだまだ学ばなければと常に感じます。でも、60歳を超えましたから、最近意識しているのは「バトンタッチ」。若い世代の研究者と月に1回会って、共同でペンギンの専門書の翻訳に取り組んだりしています。そういったことを通して僕が青柳先生やストーンハウス先生から教わったことを伝え、それが肥やしとなって彼らの中で新しい視点が生まれて、次の世代が育ってくれるといいなと思います。

学生へのメッセージ

教師として、そして、一人の父親として子どもたちと接してきてよく思うのは、若い人たちって「未来の塊」なんですね。未来って、怖い未来もあるじゃないですか。破産するかもしれないし、離婚や病気を経験したり、ひょっとしたら自分が人をあやめたりすることだってあるかもしれない。でも、夢をかなえられたり、大切な人たちと笑い合えたり、明るい未来もある。若い人たちってその両面を形にした、タイムカプセルのようなものです。だから、若い人たちにはぜひ、自分たちが未来そのものだという自覚を持ってもらいたいと思います。怖い未来があり得るのも現実の世界ですが、未来を明るくするために今、自分が何をするのかを考えて、粘り強く続けてほしい。そうすれば、未来は悲観的な予想図とはちょっと異なるものになるのではないでしょうか。

上田さんにとって仕事とは?

−その1 「ペンギンを守るために、役立てれば」という思いがペンギン関連の活動の原点

−その2 尊敬できる先達に出会い、ペンギンにかかわることが面白くなった

−その3 キャリアを重ねるにつれ、経験してきたことのすべてが1つにつながった

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INFORMATION

上田さんの著書『ペンギンは歴史にもクチバシをはさむ』(岩波書店/定価:2900円+税)。大航海時代から「未知の大陸」のシンボルとしてさまざまな場面で大活躍してきたペンギンには、食料や燃料などとして利用されてきた受難の歴史もある。人間ではなくペンギンを主体に編んだ、異色の文化史。ペンギンに関する貴重な図版も豊富に掲載されている。

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編集後記

今回の取材は、上田さんが勤務する目黒学院高等学校にお邪魔してお話をうかがいました。夏休み中でしたが、高校3年生の担任を受け持っている上田さんは進路指導で大忙し。取材前後も生徒さんとの個人面談がびっしりと詰まっていました。それにもかかわらず、温かい笑顔で迎えてくださり、ペンギン研究家や教師としての仕事についてはもちろん、ペンギンについての豆知識や、軍事史の知識を生かしてかかわったアルバイト(ガンダムのボードゲームのデザインや防衛研究所での軍事史編さんをされていたとか!)、生徒さんとのエピソードなどたくさんのお話をしてくださった上田さん。卒業生が入れ代わり立ち代わり訪ねてくるというお話にもうなずけます。上田さんに教わった生徒さんたちがうらやましくなりました。(編集担当I)

取材・文/泉 彩子 撮影/臼田尚史

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