稲垣栄洋さん(雑草研究者)の「仕事とは?」|前編

いながき・ひでひろ●1968年、静岡県生まれ。1993年、岡山大学大学院農学研究科(当時)修了。農学博士。専攻は雑草生態学。1993年農林水産省入省。1995年静岡県入庁、農林技術研究所などを経て、2013年より静岡大学大学院教授。研究分野は農業生態学、雑草科学。農業研究に携わるかたわら、雑草や昆虫など身近な生き物に関する著述や講演を行っている。著書に『弱者の戦略』(新潮社)、『身近な雑草の愉快な生きかた』(筑摩書房)、『面白くて眠れなくなる植物学』(PHP研究所)など。

雑草の育ち方はわからないことだらけ。だから、目が離せなかった

-稲垣さんが研究されている「雑草学」というのはどのような学問なのでしょう?

農業や緑地管理をするに当たって雑草が生えるのを防いだり除去したりするのは大切ですよね。そのために雑草の特徴を明らかにし、雑草を防除する方法を開発するのが「雑草学」です。

-基本的には、雑草をやっつけるための学問なんですね。でも、『身近な雑草の愉快な生きかた』『たたかう植物 仁義なき生存戦略』(筑摩書房)といったご著書を読むと、雑草への並々ならぬ愛情を感じます。小さいころから雑草に興味があったんですか?

まったくありませんでした。ただ、なんとなく自然科学には興味があって大学の農学部に入り、もともとは農作物の研究をする作物学を専攻していたんです。ところが、卒業研究で畳の原料となるイグサを育てていた時に、横から見慣れない草が生えてきたんですね。研究室の教授に「これは何ですか?」と尋ねると、花が咲けば図鑑で調べられるから、「取りあえず、花が咲くまで置いておきなさい」と言われ、世話をするようになりました。

イグサは作物ですから、どう育つかは教科書に書いてあり、予想ができます。でも、横から生えてきた草はどのくらい大きくなり、いつごろ、どんな花が咲くのかが全然わかりませんでした。毎日イグサの観察をしに行くうちに、すっかりその横で成長する雑草の方が気になるようになってしまって。わからないことだらけだから、目が離せなくなってしまったんです。卒業後は海外の大学院で作物学を続ける予定でしたが、雑草に心を奪われて急きょ進路を変えて、新設されたばかりの雑草学研究室に進みました。

仕事で「雑草の研究をしています」と言えるようになったのはつい最近

-大学院修了後は農林水産省に入省されたんですよね。

雑草学に限らず、農学部で学んだことを生かして、人の役に立てるような仕事がしたいと考えて公務員を志望しました。農林水産省には研究部門もあり、研究者になりたかったのですが、配属されたのは霞が関。官僚として農業政策にかかわることになりました。私が担当したのは、農家版の国勢調査のようなもの。今後の農業政策のためにどのような統計調査が必要かを設計し、各都道府県に調査を実施してもらう仕事でした。雑草とは何の関係もない仕事でしたが、新たな経験や知識を得られることが面白かった。それに、何と言うんでしょうか。自分がやったことで少しなりとも世の中が動き、世の中の一部に自分がいるというのを実感できることがうれしかったですね。

ただ、一度しかない人生であれば、やはり研究をやってみたいという気持ちもありました。それと、私が入省した1993年は記録的な大冷害で全国の水田が被害を受け、「平成の米騒動」と呼ばれるほどの米不足が起きた年だったんですね。そんな大変なことが世の中で起きているのに、霞が関にいる自分には当時の田んぼの状況をこの目で見る機会がありませんでした。もう少し農業の現場に近いところで仕事をしたいという思いがあり、入省3年目に故郷の公務員試験を受けて静岡県の職員になりました。

-研究者としてのキャリアのスタートですね。

それが違うんです。配属されたのは、農家の方たちに対して技術・経営支援を行う部門。おまけに担当したのは、畜産の指導員でした。指導員と言っても、当時の私は牛を間近で見るのも初めて。農家の方に教わってばかりでした。念願の研究機関に異動したのは、県の職員になって3年目。最初に与えられた研究テーマは、バイオテクノロジーを使った新しい品種の育成や種苗の増殖。その後は土壌肥料や花の育種、害虫防御などさまざまなテーマを担当しましたが、2013年に静岡大学に移るまで業務で雑草に関する研究に取り組んだことはありませんでした。道草を食ってばかりで、仕事で「雑草の研究をしています」と言えるようになったのはつい最近。ただ、面白いことに今振り返ってみると、すべてが雑草学の研究につながっているんですよ。

道草を食ったからこそ、専門性を深めることができた

-無駄な経験はなかった、と。

はい。例えば、畜産指導員時代は牛のことは何も教えられませんでしたが、牧草地の雑草に悩む農家がたくさんありました。そこで、「雑草なら自分にも何とかできるかもしれない」と雑草対策に取り組んだところ効果が出て、農家の方々に信頼していただくことができました。花の育種の研究では、タカサゴユリという雑草のユリの早く成長する特性を生かして従来よりも早く咲くユリの育成に成功したり、害虫防除の研究でも餌となる雑草を管理することによって害虫を劇的に減らすことができました。雑草学という「軸足」を持っていたおかげで、ほかの人とは少し異なる視点やアイデアを持て、さまざまな分野で成果を得ることができたように思います。

一方、雑草学の研究者としては、道草を食ったからこそ、その過程で経験したさまざまなことと、雑草学という「軸足」との掛け合わせで専門性を深めることができたと実感しています。私は雑草の「生き方」や「生存戦略」をテーマにした本も書いていますが、それも霞が関で働き、慣れない社会人生活に疲れていた時に通勤途上で目に留まった雑草に励まされたのがきっかけ。郊外の雑草とは異なる生え方で都会をたくましく生きる姿に関心を持ちました。以来、雑草の戦略と人生の戦略を関連づけて雑草を観察していたおかげで、本を執筆するチャンスが巡ってきた時に、自分なりのテーマを持って書くことができたんです。もし、私が大学を出てすぐに雑草学の研究者になっていたら、そのようなこともなかったでしょう。

社会に出て、希望通りの仕事に就けないこともあるかもしれません。その時にがっかりしてあきらめるのではなく、自分の好きなことや、やりたいことを「軸足」として意識しながら、目の前のことをしっかりやる。そうすることによって、最終的にはやりたいことに近づけるのではと思います。
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後編では将来の仕事についての基本的な考え方を、雑草についての知識も交えながらお話しいただきます。

→次回へ続く

(後編 2月14日更新予定)

INFORMATION

近著『雑草はなぜそこに生えているのか 弱さからの戦略』(筑摩書房/本体840円+税)では、若い世代に向け、雑草の「生き方」について説いている。「抜いても抜いても生えてくる、粘り強くてしぶとい」というイメージのある雑草だが、「実はとても弱い植物。弱さゆえに生き残りをかけた驚くべき戦略を持っている」と稲垣さん。厳しい自然界を生きていく雑草のたくましさの秘密が紹介されており、人生やキャリアについて考える上でのヒントにもなる。
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取材・文/泉 彩子 撮影/臼田尚史

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