理系のシゴトバ

Vol.143 国立研究開発法人 農業・食品産業技術総合研究機構(農研機構)

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今回の訪問先 【農研機構 花き研究所】
私たちが日々生きていくのに食料は欠かせません。しかし日本の食料自給率(2014年)は主食の米はカロリーベース(1人1日あたりの国産供給熱量を1人1日あたりの供給熱量で割ったもの)で98パーセントですが、小麦は13パーセント、果実は37パーセントとその大半が輸入に頼っているのが現状で、先進国の中でも最低の水準です。日本では飽食の時代と言われていますが、一転、世界に目を向けると人口急増による食糧難問題に陥っています。そこで政府も食料自給率向上に向け、さまざまな取り組みをしています。国内最大級の「食料・農業・農村」に関する研究機関、国立研究開発法人 農業・食品産業技術総合研究機構(以下、農研機構)も、そんな国の政策の実現に貢献できるよう、食料の安定供給や安全確保、農業・農村の復興、農村環境や国土資源の保全などを支える技術開発を行っています。農研機構は2001年農林水産省の12の試験研究機関を統合し独立行政法人化。03年には生物系特定産業技術研究推進機構、06年には農業工学研究所、食品総合研究所、農業者大学校と統合します。15年4月に独立行政法人通則法が改正され、農研機構は国立研究開発法人となりました。現在、14の研究所・研究センターを設置している農研機構。今回は花き研究所を訪れました。

 

花に関するさまざまな研究を行っている花き研究所

農研機構 花き研究所は茨城県つくば市にあります。最寄り駅はつくばエクスプレスのみどりの駅、もしくはつくば駅。そこから15分ほど車に乗ると、農研機構 花き研究所の正門が見えてきます。花き研究所とは国によって設立された、日本唯一の花の研究機関です。同じ敷地内にはかんきつ類やリンゴ、ニホンナシ、モモ、クリ、カキ、ブドウなどの樹種の育種、栽培、病虫害などに関する研究を実施している果樹研究所があります。実は2001年に花き研究所が設置されるまで同敷地はすべて果樹研究所として機能していました。
最寄り駅から遠いことから、研究員は車か自転車で通勤しているそうです。

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主任研究員の湯本弘子さんに花き研究所のシゴトバを紹介してもらいました。
「花き研究所が推進している研究プロジェクトは大きく3つ。第1に生育開花機構の解明によるキクなどの主要花き(草花)の効率的計画生産技術の開発。第2は分子生物学的手法による新形質花きの創出。第3が農畜産物の品質評価・保持・向上技術の開発です。つまり栽培、育種、品質という3本柱のテーマを抱えて、研究を行っています。その中でも私が入所以来携わっているのが品質保持。現在は課題『花きの品質制御機構の解明と品質評価・保持・向上技術の開発』担当として、切り花の品質保持に関する研究を行っています。切り花が枯れたりしおれたりという老化生理を明らかにして、消費者が花を長く楽しめるようにするにはどういう処理を行えばよいのか、その処理方法を検討しているのです」(湯本さん)
また品質の中にもいろいろなテーマがあり、色や香りや機能性を対象とした研究も行われているそう。
「例えば機能性とはその花の香りによって、どんな心理的な作用をもたらすか、というような研究です。そのような研究に携わっている人の中には、心理学などの文系出身者もいます」(湯本さん)
写真は花き研究所の圃場(ほじょう:はたけ)。現在の品質保持の試験対象であるダリアの収穫をしているところ。
「老化生理に関する細かい試験をする際の試料はこの圃場で育てます。育てるといっても、毎日の世話は契約職員の方に行ってもらっています。このダリアは『黒蝶』という品種名がついているんです。今、私が触っているのは中大輪ですが、人の顔以上に巨大輪になるものも。今、すごくブライダルで人気がある花なんです。これまでは日持ちがよくないので、なかなか街の花店に出回ることはありませんでしたが、私たちの研究成果により、これから徐々に出回る機会も増えていくと思います」(湯本さん)

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恒温恒湿室です。
「どのような処理をして流通させると、より日持ちが向上するか。それを調べるためにはどんな処理剤を用いるかだけではなく、温度や湿度という環境条件もかかわってきます。またこの中には酸素濃度が変えられる装置が入っています。そこでこのような装置を使って、呼吸パターンを測定するなどして、まずは花きの生理を明らかにするんです。もちろん、品質保持に効果があると仮定される処理を施したものをこの装置に入れ、温度と湿度、酸素濃度を変えてどういう環境で出荷すれば、最も日持ちが長くなるかなどの検討をするのにも使います」(湯本さん)

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施した処理が有効に働いているかどうか、チェックしているところです。湯本さんが手に持って調べているのは小菊(手前の赤い花はバラ)。この実験室は常に室温23度湿度70パーセントに保たれているそうです。
「この部屋で処理した方法がうまく機能しているか、花や葉の状態をチェックします。品目によって流通過程が長くても耐えられるものがあります。例えばキクはその一つ。花がしおれるよりも先に葉が黄色くなるんですよ」(湯本さん)
例えばダリアの場合であれば、花部分にサイトカイニンという植物ホルモンを散布すると日持ちが3日ほど長くなるそうです。3日間日持ちが向上することで、流通過程での取り扱いがしやすくなります。
「例えばトルコギキョウの切り花はエチレン作用阻害剤で処理をすると、日持ちが向上するんです。というのもエチレンは果物の成熟を促進させるなど、植物における老化ホルモンとしての働きがあることが知られているからです。そこでダリアもエチレン作用阻害剤を試したのですが、ダリアには効果があまりありませんでした。ダリアは球根植物です。そこで同じく球根植物であるカラー(サトイモ科。花を保護する小型の葉である苞葉(ほうよう)を観賞する。ブライダルでよく用いられる)の日持ちの向上に有効であるサイトカイニンを試したところ、効果があることがわかりました。こうやっていろいろ試して、各品目にあった処理方法を探っていきます」(湯本さん)

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老化機構を解明するための手法として、ガスクロマトグラフィー(気化しやすい化合物の同定・定量に用いられる機器分析の手法)で植物体に含まれるエチレン量やCO2量などの測定を行います。写真は注射器のようなインジェクターを使って、測定したいサンプルを注入しているところ。

「エチレンは植物の老化を促進させます。このようなガスクロマトグラフィーでその量を測定することによって、花がしおれるときにエチレンがかかわっているのか明らかにします」(湯本さん)

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研究室の執務スペースです。各研究員が集中できるよう、ブースで区切られています。ブースのスペースは2畳ほどでした。
「ここで試験データをまとめたり、資料を作成したりしています。現在、担当しているプロジェクトは、地方自治体や大学の研究室の人たちで構成されているので、メンバーで打ち合わせをするときは、電話したり、外に出かけたりしています。もちろん研究所内で情報交換も積極的に行われています」(湯本さん)

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15年11月18日、「アグリビジネス創出フェア2015」が開催されました。同イベントは全国の産学の機関が有する農林水産・食品分野などの最新の研究成果を紹介したり、研究機関同士、事業者との連携を促すというもの。展示やセミナー、シンポジウムだけではなく、農林水産業およびそのほか関連産業に関する研究開発に関して優れた功績を挙げた研究者を表彰するという機会も。湯本さんは「主要花きの老化機構の解明と品質保持技術の開発」で「若手農林水産研究者表彰」を受賞しました。写真は授賞式後に行われた講演の様子です。
「研究成果の発表は国内だけではありません。海外の国際学会に参加することもあります」(湯本さん)

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ハタラクヒト 設置されて15年。女性の研究員も多く、風通しのよいシゴトバ

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引き続き湯本さんに「農研機構 花き研究所」というシゴトバの魅力、やりがい、職場の雰囲気などについてうかがいました。

 

湯本さんは京都大学 農学部を卒業後、2000年4月に農林水産省に入省しました。
「実は大学卒業後、2年間、研究生として研究室に残り、キクの組織培養に関する研究に携わってました。このまま大学で研究を続けるのではなく、農業に役立つ仕事をしたいと思い、公務員の試験を受けたんです。だから研究への強い希望はありませんでした。しかし当時の人事担当者が『君は研究職の方が向いている』とアドバイスしてくれたんです。それで研究職を志望し、三重県津市にある野菜・茶業研究所に配属されました。同研究所ではそこの花き部に所属。ここで現在の研究テーマである切り花の品質保持に関する研究に携わるようになりました」

 

01年に野菜・茶業研究所をはじめとする農林水産省の試験研究機関が統合、独立行政法人化されたことと同時に、同研究所の花き部は花き研究所として独立し、現在の場所に設置されました。

 

毎日、切り花の品質に関する研究に携わっている湯本さんに、その面白さややりがいについてうかがいました。
「果樹や野菜の流通時における品質管理に関する研究は進んでいますが、これまで花はあまり手をつけられていなかったんです。しかもどんどん品種が増えていますし、流行もある。例えばトルコギキョウであれば、以前は一重の種が主流でしたが、今は大輪で八重咲きのものが人気があります。しかし同じトルコギキョウでも一重の種と八重の種では、多少ですが性質が違うんです。そうするとそれぞれに最適な日持ちのための処理方法を開発していかなければなりません。この分野は常に新しいことにチャレンジしているという面白さがありますね。最もやりがいを感じるのはいろいろな試験を行って行く中で、植物の生理特性がわかったとき。農業上の問題を解決する手がかりが見つかり、農業に貢献ができるということが何よりもうれしいことです」

 

花き研究所をはじめ、農研機構の研究所は農業と食に関する研究開発を主に行っているため、研究員のほとんどが農学部、理学部(植物を対象とした生物化学)を専攻しているそう。研究所というと大学院修了というイメージがあるかもしれませんが、湯本さんのように学部卒で活躍している人もいます。ちなみに湯本さんは研究成果をまとめて規定本数の論文を出身大学に提出し、博士号を取得したそうです。
「花き研究所はできて15年という、比較的新しい研究所です。上下の差もそれほど感じることなく、風通しはよいですね。この研究所は女性が多いのが特徴です。研究対象が花きだからというわけではないのですが、31人中10人は女性の研究者。だから女性もキャリアを描きやすいと思います」

 

研究成果を一般に公開するイベントを毎年開催

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農研機構では毎年、各研究所で一般公開を行っています。花き研究所では毎年4月に実施しており、写真はそのときの展示コーナー。このときは春の花であるカーネーションを展示。さまざまな品種を紹介するだけではなく、香りの体験コーナーも設置。来場者の人気を集めました。湯本さんをはじめとする中堅・若手研究者も参加し、来場者からの質問に答えたりするそうです。

 

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農研機構では育成した品種の紹介や、育成品種を使用した創作料理を楽しんでもらうため、毎年「食のブランドニッポンフェア」イベントを開催しています。写真は、14年に東京トラストシティカンファレンス丸の内で開催された「食のセミナー」in東京での試食会の様子。

 

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同セミナーの試食コーナーでは、サツマイモ「べにはるか」とカボチャ「ほっとけ栗たん」のポタージュスープなどが並び、人気を集めました。写真はほっとけ栗たんで作ったポタージュスープ。ほっとけ栗たんは子つるの発生が少ないため、芽先を摘み取ったり、つるを誘導したりする必要がなく、栽培に手間がかからないという品種。甘みと、ほくほくとしたおいしさが特徴だそうです。

 

農研機構にまつわる3つの数字

国内最大級の「食料・農業・農村」に関する研究機関である農研機構。以下の数字は何を表しているのでしょうか? 正解は、次回の記事で!

1. 38

2. 60パーセント

3. 6つ

 

前回(Vol.142 セントラル硝子株式会社)の解答はこちら

 

取材・文/中村仁美 撮影/臼田尚史

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