理系のシゴトバ

Vol.150 国立研究開発法人 産業技術総合研究所

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今回の訪問先 【産業技術総合研究所 計量標準総合センター 物理計測標準研究部門】
産業技術総合研究所(以下、産総研)は国内最大級規模の公的研究機関です。現在、国内にある国立研究開発法人は約30機関。その中でも産総研は世界トップレベルの成果が期待されている法人として、理化学研究所、物質・材料研究機構とともに特定国立研究開発法人に指定されました。産総研は2001年4月に通商産業省工業技術院の15の研究所と計量教習所が統合されて独立行政法人として誕生。産総研では、国家戦略などに基づく革新的な技術シーズを事業化につなぐという橋渡し機能の強化などの役割を果たすべく、エネルギー・環境領域、生命工学領域、情報・人間工学領域、材料・化学領域、エレクトロニクス・製造領域、地質調査総合センターおよび、計量標準総合センターの7領域により研究開発が進められています。地質調査総合センターと計量標準総合センターは社会のインフラ整備を目的とした研究に携わっている領域です。今回は産総研 計量標準総合センターのシゴトバを訪ねました。

 

直流抵抗の標準をつくる仕事とは?

産総研の研究拠点は全国に10カ所ありますが、中核的な研究拠点として7領域すべての研究拠点が集結しているのが、茨城県つくば市にあるつくばセンターです。計量標準総合センターもつくばセンター内にあります。つくばセンターの敷地面積は201万3933.25平方メートル(東京ドーム約43個分)になります。同センターはこれらの産総研の研究を推進する中核的な拠点という位置づけだけではなく、民間企業や国内外の大学などの研究機関と連携を図るためのオープンイノベーションハブとしての役割も担っていて、イノベーションスクールなど研究人材の育成、サイエンス・スクエアつくば(常設展示施設)や産学官連携サロンでの研究成果の紹介、共同研究や技術相談を通じた研究成果の移転など、さまざまな取り組みを行っています。
計量標準総合センターのシゴトバはつくばセンター内の第三事業所にあります。現在、7領域のうち、大学院卒の学生の採用を行っているのは計量標準総合センターだけです。大学院卒で入所し、所属長や同僚の協力のもと研究を行いながら博士号取得を目指す研究員も少なくありません。
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計量標準総合センターのシゴトバを同センター 物理計測標準研究部門 量子電気標準研究グループ 主任研究員の大江武彦さんが紹介してくれました。
計量標準総合センターは国家計量標準機関(NMI: National Metrology Institute)として約300人の研究員が、長さ、時間、質量などのさまざまなものさし(計量標準)の研究・開発、および普及活動に従事しています。例えば、1メートルという長さは、「光が2億9979万2458分の1秒間に真空中を進む長さ」と定義されています。これを実現するには、レーザーの周波数を時間標準に基づいて測定する装置が必要になります。この計量において標準となる装置を開発し、さらに精度を高めていくことを行っているのが計量標準総合センターです。具体的なミッションは、計量標準の整備や法定計量業務の実施と人材の育成、計量標準の普及活動、計量標準に関連した計測技術の開発です。計量標準総合センターは工学計測標準研究部門、物理計測標準研究部門、物質計測標準研究部門、分析計測標準研究部門という計量標準の整備と計測技術を開発する4研究部門と、計量標準の管理と普及を実施する計量標準普及センター、企画立案などの業務を行う研究戦略部で構成されています。
「私が所属する物理計測標準研究部門 量子電気標準研究グループは量子電気標準にかかわるさまざまな研究開発、維持、供給を行っています。量子電気標準とは量子ホール効果(※1)やジョセフソン効果(※2)などの量子効果を利用した電気標準のことで、単一電子トンネリング効果を用いた電流標準に関する研究も現在、行われています。その中で、私が担当しているのは、直流抵抗標準の維持・供給、および高度化の研究です。直流の電気抵抗は量子ホール効果により得られる量子化抵抗値を基準として決められており、それを基に年に2回、1オームの抵抗器群に値を付け、それを基準に1ミリオームから1テラオームまでの抵抗器の校正(計器の狂いを正すこと)を行っています。また、計測機器メーカーが自社で使用する標準抵抗器の校正や校正証明書の作成をしています」(大江さん)
写真は直流抵抗の一次標準(最上位の標準)として使用されている量子ホール効果抵抗測定装置です。この装置を用いて産総研が有する1オームの抵抗器群に値を付けたり、主要測定器メーカーの標準抵抗器の校正を行います。

 

(※1) 二次元電子系が面直磁場を受けた際にホール抵抗が量子化する効果。1980年にドイツの物理学者クラウス・フォン・クリッツィングらによって発見された。
(※2) 2つの超伝導体を弱く結合したときにトンネル効果により超伝導電流が流れる現象。1962年に英国のブライアン・ジョセフソンによって理論的に発見された。
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現在、直流抵抗の一次標準として使用される量子ホールデバイスは、ガリウムヒ素とアルミニウムガリウムヒ素の界面に生じる二次元電子系を利用しており、0.5ケルビン(摂氏マイナス272.65度)まで冷却することで、安定した量子化抵抗値が得られます。これが世界的に同水準な抵抗標準を維持するための要件となっています。量子ホール効果抵抗測定装置での測定に先立ち、写真のように低温作業用の手袋を着用してトランスファーチューブをセットし、液体ヘリウムを装置の中に送り、量子ホールデバイスを0.5ケルビンまで冷却します。
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測定はすべてプログラムで自動化されているため、写真のような操作盤を操作するだけです。
「操作盤にはガス圧力などが表示されるので、正しく稼働しているか確認し記録します。そのほか測定電流や温湿度などの環境条件、磁場の数値についても記録します」(大江さん)
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測定結果は量子ホール効果抵抗測定装置の横に設置されているPCに表示されます。
「測定に異常がないか、確認します」(大江さん)
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抵抗標準の高度化を図るため、新しい量子ホールデバイスの開発にも取り組んでいます。写真は大江さんが開発した量子ホールデバイスです。
「入所当時、携わっていたのが量子ホールデバイスの国産化プロジェクトでした。実は世界でも一次標準として使用できる量子ホールデバイスを作製可能な標準研究所は限られており、日本も国産化が成功するまでは、一次標準抵抗器を開発するには、国際度量衡局より量子ホールデバイスの提供を受ける必要がありました。つまり一次標準に使用できる製作技術を確立することができれば、安定した直流抵抗標準の供給が可能になり、国際競争力の向上にも貢献できます。現在も新しい量子ホールデバイスの開発は継続中です。現在のガリウムヒ素を用いた量子ホールデバイスは1.2ケルビン以下に冷却をしなければ一次標準に利用可能なレベルの量子効果が得られませんが、グラフェンという炭素を素材とする材料を使えば、より高温で同様のレベルの量子化抵抗値が得られるようになります。そのような材料でデバイスを開発できれば、より簡便に抵抗標準が実現可能になります。扱いが簡単になることで、各測定器メーカーなど産業界も量子ホール効果抵抗測定装置を持てるようになれば、メーカーが開発する測定器の性能向上にもつながります。私たちが従事している抵抗標準の高度化は、このように日本の製造業自体の競争力を上げることにもつながるのです」(大江さん)
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写真は1オームを測定する標準抵抗測定装置の調整を行っているところです。
「カナダのギルドライン社のものですが、より高性能に測定できるように先人によりカスタマイズされています。測定はすべて自動化されていますが、表示針が正しく表示されるよう調整をするなど、意外にアナログ的な仕事もあります(笑)」(大江さん)
この装置で1オームを測定し、ほかの装置を用いて1ミリオームから1テラオームまで拡張していきます。
「今はデバイスの小型化などにより、漏れ電流や待機電流など微小電流の測定技術の必要性が産業界で増えています。そのような小さな電流を正確に測るには、正確に測定された高抵抗が必要になります。そのためにも普段の基準となる1オームを測定する標準抵抗装置が正しく動作するか、調子は良いか、定期的なチェックは欠かせません」(大江さん)
また測定器メーカーと共同で、より高度な測定ができる標準抵抗器の開発にも取り組んでいます。
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ハタラクヒト 研究に加え、地道な業務も多いため、忍耐力が求められる

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引き続き大江さんに「産総研 計量標準総合センター 物理計測標準研究部門」というシゴトバの魅力、やりがい、職場の雰囲気などについてうかがいました。
大江さんは2006年に東京工業大学大学院理工学研究科電気電子工学専攻を修了後、産総研に入所しました。
「研究に従事したいと思い、研究機関に絞って就職活動を行いました。大学院時代の専門はパワーエレクトロニクス系だったので、その専門が生かせるような研究所を最初は考えていました。計量標準の分野は学生を対象にした見学会に参加して初めて知りました。単位の基準を決めているということを知り、俄然(がぜん)、興味がわきました。計量標準は生活や産業の基盤を支え、またそれを維持することで科学や産業の発展にも貢献することができます。しかも計量標準の技術分野はノーベル賞受賞につながる基礎研究から、安心・安全につながる実用的な技術までと幅広いところにひかれました」

 

入所してから一貫して直流抵抗標準の維持管理・高度化に携わっています。
「計測標準という仕事の中には、新しいデバイスや測定器の研究開発という業務もありますが、ひたすら同じ測定を続けるというような地道な業務もたくさんあり、忍耐力が求められます。例えば自分が管理している標準抵抗器の測定や、メーカーの標準抵抗器の校正業務などはまさにその一例です。測定がキレイにうまくいっているときは非常に穏やかな気持ちで仕事に従事できます。しかしまれに測定システムがこれまでと違う値を出すことがあります。そんなことが起こると、原因が特定できるまでは日常的に心拍数も上がり、寝つきが悪くなります。やっと原因が特定できたときは、ホッとする気持ちとともに、やりがいを感じます」

 

大江さんの学生時代の知識や経験が、現在の仕事である電気量の抵抗の標準の維持管理・高度化にかなり生きているようにも思えますが、「今の仕事に求められる知識は、入所してから身につけてきました」と語ります。
「この仕事に従事したいと思うのなら、確率統計やプログラミングの知識などは、ぜひ身につけておくとよいでしょう。そのほかにも極低温技術、ノイズ低減のノウハウ、材料や機械工学の知識、高速信号処理技術なども役立ちます。もちろん、国際学会に参加したり、論文を書いたりするので、英語力もあるといいですね」

 

最後に計量標準総合センターというシゴトバの風土や文化についてうかがいました。
「私の所属しているグループはみんな仲が良いですね。例えば休日に富士山に登りに行ったり、富士スピードウェイで開催されるママチャリグランプリに参加したり、フルマラソンに挑戦したりと、いろいろな企画を立ててくれる人がいるのです。仕事は基本的に自分一人で進めるものがほとんどなので、休暇が取りやすい点も働きやすさにつながっていますね」

 

研究の疲れを癒やしてくれるさまざまな施設

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つくばセンターの敷地のほぼ中央には厚生棟があります。厚生棟は2階建てで1階は食堂、2階にはコンビニエンスストアや理容室、レストランがあります。
「昼休みは一斉なので、厚生棟の食堂やレストランが混雑することも少なくありません。食堂に並びたくない人など、厚生棟のコンビニでお弁当やパンを買って自分の机で食べる人もいます。また、自動車や自転車で通勤している人は、外のお店に行ったり、自宅に戻ってお昼ご飯を食べる人もいます」(計量標準総合センター 研究戦略部 研究企画室 恩田則之さん)

 

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厚生棟のすぐ近くには共用講堂があり、テラスが設けられていました。
「お昼休みにここでランチを取る人も見かけます。特に桜の季節は、桜を見ながら昼食を食べる人も多いようです。緑豊かで落ち着いた雰囲気なので、昼休みをゆったり過ごす良い空間になっていると思います」(恩田さん)

 

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敷地内には体育館もあります。バレーボール、バドミントン、バスケットボール、剣道など、産総研にあるさまざまなサークルで利用されているそうです。

 

産業技術総合研究所にまつわる3つの数字

国内最大級の公的研究機関であり、世界トップレベルの成果が期待されている産業技術総合研究所。以下の数字は何を表しているのでしょうか? 正解は、次回の記事で!

1. 3

2. 7

3. 9桁
前回(Vol.149 株式会社ユーグレナ)の解答はこちら

 

取材・文/中村仁美  撮影/清田征剛

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