WOMAN'S CAREER

Vol.176 厚生労働省

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のなか・さちこ●雇用均等・児童家庭局 総務課 少子化総合対策室(併)内閣府 子ども・子育て本部 室長補佐。東京都出身。38歳。一橋大学社会学部卒業。2000年入省。現在、夫と3歳の息子と3人暮らし。第2子出産のため、2015年12月より産休取得中。

労働、保険、介護、少子化問題まで、当事者意識を持ちながら政策作りに携わっていく

「人の人生を支える政策作りに携わりたい」
それが、仕事を選ぶ上での軸だった。国家公務員だった祖父、父を持ち、政策立案に携わる大人を身近に見て育った野中さんは、子どものころから「私も国家公務員になって、人の役に立ちたい」と思い続けていたという。
「大学を選ぶ際も、国家公務員になるために幅広い知見を得たいという思いで、社会学部に進みしました。就職活動が始まった大学3年生の時には、民間企業をあまりに知らないことで逆に視野が狭くなっているのではと思い、今一度自分の考えを見直す観点からも会社訪問もしました。そこであらためて、私は国家公務員として『人が生きるための根幹となる制度設計に携わり、人生を支える仕事がしたい』と実感。中でも厚生労働省は、労働環境の整備や少子高齢化対策、女性の働き方についてなど、自分の問題としても思いを持って取り組める分野が多く、強く興味を抱きました」

 

入省すると、半年間は厚生労働省内で局の窓口を担当。他省や他局からの問い合わせを政策担当者につなぐなど、業務を通じて省内全体の仕事を覚えていった。9月からは現場研修として、兵庫県にある兵庫労働局、公共職業安定所(※1)、労働基準監督署(※2)を回り、労働者からの相談に直接耳を傾ける窓口業務も担当した。
(※1)国民に安定した雇用機会を提供するため、厚生労働省が設置する行政機関。ハローワークとも呼ばれる。
(※2)厚生労働省の出先機関。労働基準法や労働者保護法規に基づき、企業に対する監督や労災保険の給付などを行っている。

 

「ここでの半年間の経験は、『法律や制度が労働者の権利を守っている』という実感を持てた本当に貴重なものでした。驚いたのは、(労働基準)監督署に『突然、解雇されました』と相談に来る方の多さ。毎日十数人もの方がいらっしゃるんです。労働基準法には30日ルールがあり、雇用する側には、従業員に対して30日前までに解雇予告をする義務があり、もし予告がなければ、30日以上分の賃金を支払う義務があります。相談者の多くはその法律を知らないので、どういった手続きで申し立てをすべきか、やるべきことを順序立てて説明し、手当をきちんともらえるように状況を整理していきます。後日『(雇用主に)支払っていただきました。ありがとうございました』と、お電話を頂くこともあり、行政官という道の本質は、人の生活を守る法を整備し、それをきちんと伝え、制度が守られているかをチェックすることにあるのだと感じました」

 

その後、2年目には大臣官房総務課、4年目には保険局国民健康保険課、6年目には労働基準局労災補償部労災管理課と、それぞれまったく違う分野の法令を扱う部署に2年ごとに異動し、法改正から新法制定まで幅広く経験していった。保険局国民健康保険課では、三位一体改革(※3)の流れの中で法改正を担当し、それまで国民健康保険の財政負担をしていなかった都道府県にも関与してもらうよう、3カ月程度という短い期間で法改正案を準備。実際に都道府県の知事会など関係者と折衝するのは上司だったが、野中さんは理屈の整理や資料作りのため、国民健康保険の制度や財源に関するあらゆる資料を読み込んだという。
(※3)小泉純一郎内閣が掲げた、国と地方公共団体の行財政システムに関する改革。「国庫補助負担金の廃止・縮減」「税財源の移譲」「地方交付税の一体的な見直し」の3つの柱を掲げた。

 

厚生労働省では、2~3年スパンで部署異動があり、そのたびに新たな知識を一から勉強しなければならない。毎回異動後1カ月間は、担当する制度・法令に関する知識、関連する制度・法令のリサーチなど、勉強しながら仕事をしていく日々が続くという。
「6年目には、救済制度の早急な整備が求められていたアスベスト問題(※4)の『アスベスト健康被害救済新法』の制定を経験。こちらも、8月に異動が決まり12月には新法を書き上げなくてはいけないという非常に短期間での案件でした。通常、労働者が業務災害や通勤災害にあった場合は、労働者災害補償保険(労災保険)から給付が行われます。しかしこれには、病気やけがの健康被害に遭ってから2年以内に、亡くなられてから5年以内に請求しなくてはいけない時効があるんです。アスベストによる健康被害は、中皮腫(ちゅうひしゅ)など重篤(じゅうとく)なもので、潜伏期間が30年から40年と言われています。アスベストが原因で病気にかかっていることに気づかず労災請求しないまま時効が過ぎてしまった方も多く、既存の労災制度では救済できないケースがありました。さらに、中皮腫が発症すると2年で死亡に至るケースも多く、一刻も早い救済措置の制定が求められました。この問題に関しては、国の責任を問う裁判が起こるなど非常に深刻なものでしたが、新法が制定され、関係者の方に『早急にいい制度を作ってくれた』と言っていただいた際には、少しだけれども、被害に遭われた方の役に立てたのかなと少しほっとしました」
(※4)2005年にアスベスト含有製品を生産していた工場近辺で、住民の健康被害が明らかになり、社会問題に発展した。

 

入省8年目にはアメリカ・ワシントンD.C.にある企業福祉研究所に在籍し、各国の企業年金や医療保障制度について研究。帰国後には、年金局にて確定拠出年金制度(※5)の法改正を、財務省と協議しながら立案した。さらに14年目には老健局にて認知症施策推進のための新プラン策定に携わるなど、労働問題から医療保険、年金、介護問題まで、まさに人の人生にかかわるあらゆる制度を手がけてきた。

(※5)拠出された各掛金が個人ごとに区分され、掛金とその運用収益との合計額をもとに年金給付額が決まる制度

 

現在は、雇用均等・児童家庭局にて、少子化対策、安倍政権が重要施策に掲げる「夢を紡ぐ子育て支援」の省内取りまとめを担当している野中さん。自身も、3歳の息子を持つ母親として、少子化対策には当事者目線でかかわることができるという。
「少子化対策には、認可保育園(※6)の増設など子育て支援環境の充実と、長時間労働の解消など働き方改革という2つの柱があります。これは本当に早急に取り組まなければいけない課題だと、自分が母親になって痛切に思いますね。今、保育園は待機児童が多く、早いうちから預けなければ、入ることがどんどん難しくなっていく現状があります。私は2012年10月から1年半の産休・育休を取得し、子どもが1歳半になるまで自宅で育てていたので、職場復帰時期が迫ってきても、保育園に入れるめどがいっこうに立ちませんでした。『復帰できないなら、もう辞めざるを得ないのではないか』と覚悟したこともありました。無事、保育園に預けられて復帰したあとも、子どもが熱を出すと『私が働いていて気もそぞろだったから、息子にしわ寄せがいったのかな』などと、よくわからない論理で自分を責めてどんどん孤独になっていきます。そんな時、夫に愚痴でも言ったり、夫が平日の育児を代わってくれたりしたら、まだ心に余裕が出てくるのかもしれません。我が家もそうですが、配偶者が長時間労働で家族での時間が取れないと、子育てをしている者の負担感や不安感はどんどん大きくなるのだと思います。認可保育園など保育サービスを充実することと、長時間労働をやめて夜は家族との時間を取れるような社会にする制度改革については、心から必要性を感じています」
(※6)児童福祉法で定められた「保育所最低基準」を満たしている保育園

 

2015年12月から第2子出産で産休に入っている野中さんだが、少子化対策には育休復帰後もかかわりたいと意欲を燃やす。
「少子化対策は本当に奥が深い。やっていきたい政策がたくさんあるので、できることならもう一度戻ってきたいですね。さらに、挑戦したいのは地方自治体への出向。制度が実際にどのように運用され、現場にはどんな相談や悩みが寄せられているのかを自分の目で見たい。霞が関にいてはわからない現場の肌感覚を磨き続けなければ、人の役に立つ制度は作れないと思うからです」

 

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「夢を紡ぐ子育て支援」に係る厚生労働省の施策の方向性について課内メンバーと議論する。

 

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国民の皆さま、国会議員や記者に対して、政策を明瞭に説明できるよう、プレゼンテーション資料について社内で意見を交わす。

 

野中さんのキャリアステップ

STEP1  入省1年目、兵庫労働局、ハローワーク、労働基準監督署で現場研修を積む
9月から半年間、兵庫県にある兵庫労働局、ハローワーク、労働基準監督署を回り、さまざまな相談の窓口を担当。突然の解雇のほかで多かった相談は、長時間労働。過労の状況を見かねたご家族から夜中に留守電が入ることもあった。過労の指摘が多い企業に立ち入り、業務改善を促す現場も経験するなど、「法律が労働者の権利を守っている」ことを実感する毎日だった。2年目には、大臣官房総務課に配属され、国会に提出される法令の審査業務を担当。ほかの法令に抵触していないか、正しい文言で書かれているかを、既存の法令と比較しながら校正していく仕事だった。
STEP2  入省8年目、アメリカの企業福祉研究所にリサーチャーとして在籍
4年目で保険局国民健康保険課企画法令係長、6年目で労働基準局労災補償部労災管理課法規係長を経て、8年目に、「国外で視野を広げたい」と、アメリカの企業福祉研究所(EBRI)に1年間、在籍。訪問研究員(visiting researcher)として、アメリカの企業年金や世界各国の医療保険について勉強した。「国際会議に出席し、日本の国民健康保険制度について各国の研究員と話す機会もありましたが、説明するたびに『全国民が強制加入の健康保険があるなんて、素晴らしい社会保障制度だ』『そのようなセーフティーネットを見習いたい』と言われることも多くありました。それまで、日本で法改正や新法制定に携わる際は必ず先進国の事例を調べてきましたが、日本が劣っている点ばかりに目が行っていました。でも、国外に出たことで、日本の制度は世界に誇れるものであり、発信していくべき知見をたくさん持っているのではないかと思うようになりましたね」。
STEP3  入省13年目、1年半の産休・育休を取得。老健局に復帰する
老健局総務課の課長補佐として復帰。保育園のお迎えがあるため、18時には退庁できる働き方を希望し、個別業務を担当するのではなく、局全体のサポートをするポジションに就いていた。しかし、認知症対策に関する新プラン策定のニーズが高まったため、認知症対策をまとめる仕事に深くかかわることとなり、他省庁との折衝や省内の施策とりまとめを担当。新プラン策定作業と並行して、世界各国の行政官への高齢者施策説明を行うこともたびたびあった。「日本の高齢化対策は、世界的にも注目されており、『日本の介護保険制度について学びたい』とさまざまな国から行政担当が訪日します。1カ月に1回の頻度で、各国の担当者と情報共有や意見交換をしました。日本において、高齢化社会に向けた認知症施策について国際会議を開催するなど、日本の存在感を示すことができた仕事でした」。
STEP4  入省16年目、雇用均等・児童家庭局総務課にて、少子化対策を担当
安倍政権が掲げる「一億総活躍社会」の実現に向けて、第三の矢に位置づけられた「夢を紡ぐ子育て支援」対策の省内とりまとめを担当。少子化総合対策室の室長補佐として、厚生労働省全体の少子化対策方針について、常に説明を求められるポジションにいる。「具体的な施策を考える部署から意見を出してもらい、それを厚生労働省全体の方針として資料にまとめていきます。国会議員の先生方や記者への説明を担当するのも、少子化総合対策室の仕事。各部署と頻繁にコミュニケーションを取りながら、部署間の施策に矛盾はないか、ほかにやるべき施策はないか、進行に滞りがないかなど交通整理をしています。これから2人目を出産するワーキングマザーとして当事者意識を高く持てる分野ですので、できれば産休復帰後も携わっていきたいですね」。

 

ある一日のスケジュール

6:30 起床。家族で朝食。
8:00 夫と子どもを残して、先に家を出発。電車の中では新聞をチェック。
8:30 出勤。本日のスケジュールを確認し、前夜のメールに目を通し、こなせる案件はこなす。
9:00 資料作成。課内・局内打ち合わせ。
12:00 ランチ(省内に売りにくるお弁当屋さんで買うことが多い)。食後、すぐに仕事開始。
13:00 調べ物や資料作成。課内打ち合わせ。
15:00 所管施策に関する議員説明、省外会議への出席。
18:30 子どもを迎えに職場を出る。
19:30 食事や入浴。
20:30 子どもと遊びながら、翌日の朝食、夕食の支度。
21:30 子どもの寝かしつけ。
22:00 翌日の準備。
23:00 就寝。

 

野中さんのプライベート

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2014年9月に家族3人で黒姫高原(長野県上水内郡)へ。友人家族と山小屋に宿泊し、魚釣りをしたり、とんぼを追いかけたり自然と触れ合った。

 

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子どもが生まれてから、ハロウィーンが定番行事に。この日は、仮装して保育園に登園。「子どものパンプキン姿がかわいくて、思わず食べたくなるほど!」。

 

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2015年10月に、義理の両親、義理の弟家族と伊豆高原へ旅行。大室山に登り、景色を堪能。息子は遊び相手がいっぱいいる状態にテンションが上がりっぱなしだった。

取材・文/田中瑠子 撮影/鈴木慶子

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