WOMAN'S CAREER

Vol.189 日本政府観光局(JNTO)

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かわさき・えつこ●コンベンション誘致部長。京都府出身。関西大学文学部英文学科卒業。大学卒業後、英語の中学校教員として勤務後、1992年にJNTOに入構。

「世界に知られていない日本を伝えたい」と、外国人誘致を手がける

外国人旅行者の誘致活動を行う政府機関、日本政府観光局(JNTO:Japan National Tourism Organization、正式名称:独立行政法人 国際観光振興機構)。東京オリンピックが開催された1964年に政府観光局として誕生して以来、公的な専門機関として訪日外国人を増やすプロモーションを実施してきた。

 

川﨑さんがJNTOに入構したのは、社会人5年目の時。大学卒業後に4年間、中学校の英語の教師として勤めたのち、カナダの小学校でボランティア活動をしたことが、キャリア転換の大きなきっかけとなった。
「就職活動時は、男女雇用機会均等法が施行されて間もないころで、女性採用の門戸がまだまだ狭い現実がありました。周囲の勧めもあり、教職の道を選んだものの、徐々に英語のコミュニケーション力不足や、外国文化、日本文化の理解の浅さなどに壁を感じるように…。一度仕事を辞めて英語を学び直そうと考え、カナダの小学校で日本文化を伝えるボランティア活動に参加しました。そこで驚いたのが、子どもたちはもちろん、先生たちも『日本のことを全然知らない』という事実。その経験から『日本の文化や観光の魅力を、海外の方に広く伝えていきたい』と考えるようになりました」

 

帰国後、偶然、JNTOが運営する外国人観光案内所京都事務所での人員募集を目にしたことが、現在のキャリアにつながっていく。訪日外国人に対し、日本全国の観光情報の提供や宿泊予約の手配などを担当する仕事に「まさに、やりたいと考えていたことだ」とすぐに応募。採用が決まった。
「外国の方に、自分がよく知る日本の魅力を伝えたい」と意気込んで仕事を始めた川﨑さんだったが、気がつけば、毎日、教わることばかりだったと振り返る。
「90年代前半の当時、個人旅行で日本を訪れ、JNTOの案内所を利用する方は、かなり旅行慣れされているか、マニアックな日本情報に関心を持っている方も多くいらっしゃいました。求められる情報には、初めて耳にするものも多く、『どうやって知ったの?』と驚くことばかりでした。ある時は『モンゴルのパオ(モンゴル高原に住む遊牧民が使用している移動式住居)のような家に泊まれる島に行きたい』と問い合わせが入り、あらゆる自治体に電話をかけて調べ、ようやく直島(※1)だとわかったことも。ほかにも『田舎に行ったら、おじいちゃんがつま先の割れたカッコいいブーツを履いていた。どこで買えるのか?』と聞かれ、地下足袋(じかたび)だと判明するなど、今日は何を聞かれるのだろうとわくわくする毎日でした」

 

(※1)瀬戸内海に浮かぶ香川県の島。92年より建築家・安藤忠雄氏による「ベネッセハウス」建築などが進み、今では現代アートの島として人気の観光地になっている。

 

「地元・京都でずっと働こう」と思っていた川﨑さんだが、入構5年目にJNTO本部のある東京への異動が決まり、海外プロモーション業務に従事。海外で配布する日本の観光地紹介パンフレットの作成や、メディアの取材手配などを担当した。その4年後には、JNTOニューヨーク事務所に配属され、活躍の場はどんどん広がっていった。
「ニューヨーク事務所での主なミッションは、アメリカ人に対して訪日旅行を働きかけることでした。旅行を企画するツアーオペレーターに日本の魅力を伝え、さまざまな旅行企画を練って商品として広めてもらうのです。アメリカ人にとって日本は物理的に遠く、旅行費用も高いため、対象者は必然的に富裕層か定年退職を迎えて時間に余裕のある方が中心になります。旅慣れている彼らに満足してもらうために、『日本の陶芸を体験するツアー』『日本庭園を巡るツアー』など、具体的な趣味と合わせた企画を練らなくてはいけません。陶芸であれば、鹿児島の薩摩焼で有名な沈壽官(ちんじゅかん)に関する資料を提案したり、京都の有名な造園家が案内する日本庭園ツアーを組んでもらうなど、日本の文化を自分でも学びながら、魅力を伝えていく仕事がとても面白かったです」

 

帰国後は、コンベンション誘致部にて、学術団体の国際会議や企業系会議、企業のインセンティブ旅行の誘致などを目的としたMICE(※2)の開催地として、日本のプロモーションを手がけてきた。

 

(※2)Meeting(企業会議・研修)、Incentive(報奨旅行)、Conference・Convention(国際会議・学術会議)、Exhibition・Event(展示会・イベント)の頭文字をとった言葉。ビジネスに関係する、多くの集客交流が見込まれるイベントの総称。

 

国際会議誘致は非常に長いスパンで計画される。2016年5月末には、国際細胞学会の国際会議が横浜で開催されたが、誘致が決まったのは10年。当時は、シドニー(オーストラリア)も誘致に乗り出しており、日本を選んでもらうためには何をアピールすべきか、熾烈(しれつ)な競争が繰り広げられていた。コンベンション誘致部は決定の前年から、横浜市や学会の主催者、会議を運営する会社など多くの関係者と連携して、開催決定に向けた誘致活動を開始。開催地の魅力、安全性(治安)やアクセスの良さ、会議運営の正確さなどをアピールするための資料を作成し、学会幹部の横浜視察などを裏側から支えてきた結果、5000人を超える国際会議の開催が決定した。
「開催が決まった時は、歓喜とともにほっと胸をなでおろしました。MICE開催は、地域にさまざまなメリットをもたらすので、会議開催以降も、次世代へ遺産をのこすことができます。一つは、インフラの整備。英語の標識ができ、あらゆるサービスで外国人対応のレベルが上がります。次に、会議運営のノウハウの蓄積。そして、知的財産の蓄積です。例えば、11年に開催された世界建築家連盟会議では、世界中から著名な建築家が東京に集結するなど、その分野の世界的権威が集まりました。時期を合わせて講演会を開くなどイベントを開催することで、普段は聞けない話に触れる機会が生まれます。それを機に『自分も学んでみよう』と思う子どもが増えれば、次世代へと知的財産が共有されていく。そんな長期スパンの功績を生み出せる可能性があるので、開催決定にはいろいろな喜びが含まれています。MICE誘致は、地道なリサーチと分析による、とても地味な仕事ですが、日本にもたらすメリットを広く伝え、協力していただける自治体や団体などをもっと増やしていきたいです」

 

日本が取り組む「ビジット・ジャパン事業」(訪日外国人誘致キャンペーン)で中核的な役割を担うJNTO。15年には訪日外国人1974万人と過去最多を達成し、20年までに4000万人を目指し活動している。川﨑さんはコンベンション誘致部の部長として、30年までの国際会議開催件数でアジアトップを取り続ける(※3)という高い目標を追っている。

 

(※3)国際会議の統計を取っているICCA (the International Congress and Convention Association)では、15年における日本での国際会議開催件数は、世界で7位、アジア諸国内で1位。

 

「これから30年に向けて14年間トップを取り続けるために、どのようなプロモーションを展開していくべきか、全体構想を考えるのが私の役割です。MICEの誘致は常にほかの国際都市との競争ですので、他国のプロモーション施策や、会議などを主催する組織に対する他国や都市の支援活動の内容など、海外の動きに目を向けていなくてはいけません。国際競争力を高めるためには、国内の人材育成も急務ですし、対応すべきことがたくさん。訪日外国人が年々増えていくという変化を楽しみながらも、高い目標に向けて走り続ける体制作りに日々頭を悩ませています」

 

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訪日外国人向けポータルサイト企画を担当しているメンバーから、状況報告を受ける。

 

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2023年に行われる国際会議の誘致プロジェクトについて、メンバーと進捗状況を共有する。

 

川﨑さんのキャリアステップ

STEP1 社会人5年目、JNTOが運営する外国語観光案内所京都事務所に入構

4年間の中学校勤務を経て、1992年にJNTOへ。日本を訪れる外国人観光客の相談窓口として、さまざまな問い合わせに対応した。「インターネットがなかった当時、『こんな場所に行きたい』『こんなものを買いたい』などあらゆるニーズに応えるため、自治体や関連組織や施設などに電話をかけ続ける日々でした。ちなみに、インターネットの存在を教えてもらったのも、アメリカ人観光客からでした。『インターネットができるところを教えてほしい』と言われ、『インターネットって何?』と(笑)。『コンピューターでいろいろ調べられるやつだよ。ほら、World Wide Webっていってね…』などとレクチャーしてもらい、その後、彼にはインターネットができる大学を紹介しました。毎日何を聞かれるかわからないので、旅行番組やガイドブックをチェックするようになり、新しい情報にも敏感になりました」。一期一会が多かったが、ツアー会社の担当者やジャーナリストなど、長く連絡を取り合う出会いもあった。

STEP2 入構4年目、JNTO本部に異動し海外プロモーション事業を担当

東京勤務となり、海外プロモーション事業を担当。日本の観光地紹介パンフレットの作成や旅行博などの大型観光プロモーション事業に携わる。京都では、目の前にいるお客さまに情報提供をする仕事だったため成果がわかりやすかったが、本部では、プロモーションの戦略立案など結果がダイレクトに見えにくい仕事を担当し、最初は戸惑いもあったという。「外国人が訪日を決める前の素材を見いだし、潜在的な需要を掘り起こすのが仕事でした。旅行会社やメディアの方と仕事をすることも多く、一つのプロジェクトを多くの関係者と進める仕事の面白さがありました」。

STEP3 入構7年目、JNTOニューヨーク事務所に異動

ニューヨーク駐在となり、訪日旅行の開発や、メディア広報、現地での日本関連イベントの開催などを担当。主張がはっきりしているアメリカ人と仕事をすることで、相手が何を求めているのかを正確に把握してリサーチや分析を進める力を鍛えられた。新規事業として、訪日スキープログラムの開発にも携わった。「アメリカには、会員数8万人を超えるスキークラブがあり、その会員を対象に旅行会社がさまざまなスキーツアーを組んでいました。北米や欧州へのスキーツアーが主流だった当時、『新しいスキー場旅行先を開拓したい』と注目されたのが、98年に長野オリンピックを終えた日本でした。今でこそ、長野や北海道は外国人に人気のスキー場になりましたが、当時は『アジアでスキーができるの⁉』という認識。スキーを専門に扱う旅行会社に長野の魅力をアピールし、一緒にツアープログラムを開発しました。長野の方も、外国人旅行客の受け入れに最初は戸惑ったと思いますが、英語応対ができる宿泊施設が増えるなど経験と実績を積み上げられて、今があるのだと思います」。

STEP4 入構12年目、帰国しコンベンション誘致部に配属。2回目のニューヨーク赴任を経て、2016年4月より現職

国際会議やインセンティブ旅行などの誘致を担当。組織や会議内容によって、開催の目的や開催地の決め手となる要素が異なるため、相手のニーズをしっかり聞いて調査することが大事だという。「調査する上で、その学会や組織が過去にどこで会議を開催したのか、どんな形なら成功だと言えるのか、失敗があればそれは何か、国際幹部の方はどんな方で何に関心を持っているかなど、あらゆる情報を集めることが大切です」。現在は、プロモーションを行う誘致推進グループ、国際会議などのセールス活動を行う市場戦略グループのメンバー18人を持つ部長職。「誘致する案件によって、提案すべき内容やアプローチが変わってきますが、それを見極めるセンスは経験によって蓄積されていくものなので、20代の若手メンバーにはどんどんプロジェクトを経験していってほしい。失敗を恐れずに挑戦できる雰囲気を作りながら、仕事を任せていきたいです」。

ある一日のスケジュール

6:30 起床。朝食。
7:30 自宅を出る。
8:40 出勤してメールチェック。
9:30 23年に向けた国際会議誘致活動について、自治体の方と打ち合わせ。
11:00 プロジェクトを管理しているマネージャーと進捗共有。
12:00 外にランチに行く。
13:00 観光庁を訪問し、プロモーション施策について打ち合わせ。
15:00 都内の大学を訪問。学術団体の幹部である大学教授と打ち合わせ。
17:00 帰社。メンバーからプロジェクト内容について相談を受ける。
18:00 メールチェック、資料作成など。
20:00 退社。
21:00 帰宅し、夕食。
22:00 ゆっくり入浴してリフレッシュ。
24:00 就寝。

川﨑さんのプライベート

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2009年9月、屋久島(鹿児島県)で「レスキュー犬の訓練に協力するハイキング」に同僚と参加。大自然に囲まれ、心身ともにリフレッシュ!

 

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大好きなベーグルを自分で作りたくなり、パン教室に通い中。頭の中を真っ白にして、ベーグルを作る、おいしくて楽しい時間。

 

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2009年1月、ニューヨーク駐在時に南米旅行へ。アルゼンチンのカラファテで氷河の上をハイキング。

 

取材・文/田中瑠子 撮影/鈴木慶子

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