WOMAN'S CAREER

Vol.205 <前編>大和ハウス工業株式会社

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今回の取材先 大和ハウス工業株式会社
「人・街・暮らしの価値共創グループ」として、戸建て住宅やマンションなどの住宅事業、ショッピングセンター、オフィスビル、病院などの建築事業を手がける。昨今では、環境エネルギー事業、ロボット事業などの新たな事業展開も行っている。
やまもと・ありさ●滋賀支社 集合住宅事業部 滋賀集合住宅営業所勤務。宅地建物取引士、二級建築士、二級ファイナンシャル・プランニング技能士。和歌山県出身。31歳。京都女子大学 家政学部 生活造形学科修了。2008年入社。現在、夫と子ども2人の4人暮らし。写真は、滋賀支社のエントランス。ここで来社されるお客さまを出迎え、資料を基に打ち合わせを行うという。

資産活用や相続税対策などを目的として、顧客に対して賃貸住宅の経営を提案するのが集合住宅事業部の業務。入社以来、営業として数多くの顧客に不動産活用を提案し、高い営業成績を収めてきた山本さんの、社会人人生を振り返ってもらいました。

実家が建材販売会社を経営。自然な流れで建築業界を志望

-就職活動時、どのような基準で会社を選びましたか?

実家が建材の販売会社を営んでいたこともあり、小さいころから現場に遊びに行くなど、建築現場は身近なものでした。そのような環境の中で育ったこともあり、自然な流れで住宅や建築の勉強をしたいと思い、大学では生活造形学科の空間デザインを専攻。就職活動でもハウスメーカーや内装業、インテリアなど建築関連の会社に絞ってアプローチしていました。

 

-現在の会社を選んだ決め手を教えてください。

一次選考通過後に、住宅展示場を巡り現在の会社のモデルハウスを見に行くという条件が出されました。そこで、複数の住宅展示場に行き、現地で顧客対応を行う先輩社員に話を聞いて、モデルハウスを見させてもらううちに、もっとこの会社を知りたいと企業研究。「ダイワハウス」と聞けば戸建て住宅のイメージが強かったのですが、現在担当している賃貸住宅のほかマンション、商業施設なども手がけていると知りました。建設メーカーでスタートし、ハウスメーカーとしても幅広く事業を行っていることに魅かれ、この会社を選んだのです。

 

担当エリアを隅々まで自転車で走り、資産活用の提案先をリサーチ

-入社前に思い描いたことと入社後に、ギャップを感じたことはありましたか?

入社して滋賀支社の集合住宅事業部の営業に配属になりました。今も部署は変わっていません。最初の1カ月は、本社で研修。当社の事業や商品についての知識、土地オーナーさまへの訪問や提案、さらに土地活用や相続税対策にかかわる法令や税金について学びました。現場実習では毎日、ヘルメットをかぶって現場へ行き、実際に建物が建つまでの流れをリアルに体感しました。支社に配属になってからは先輩の営業に同行しながら、さらに現場で必要なスキルを修得。1年目の7月からひとり立ちして営業活動を始めました。

 

集合住宅事業部は、新規顧客の開拓が基本。そのために、資産活用を提案したい土地オーナーさまのリストが必要になります。そこで、まずは担当エリアを回り、空き地、田畑、駐車場、老朽化している建物などを地図に落とし込み、その手作りの地図を基に所有者を調べ、リストを作成し、電話や訪問などでアプローチします。

 

私の担当エリアは、滋賀県の草津市全域。1、2カ月ぐらい、毎日、自転車で隅々までエリア内を走り回りました。真夏の暑い日に自転車で移動するため、日焼けはもちろんスーツは汗でぐったり。疲れ果てたところに夕立に遭い、全身ずぶぬれ。その時に、「こんな地道な仕事が必要なのだろうか。私はいったい、何をしているんだろう」と、つらくなったこともたびたびありました。

 

-1年目を振り返って、強く印象に残っている仕事はありますか?

最初から最後まで自分で手がけた初契約です。田んぼを賃貸住宅に活用した提案でした。土地オーナーさまは、当社の流通店舗事業のお客さまだったのですが、それを知らずにアプローチ。もともと、当社への信頼感を持っていただいているので、私の話にも耳を傾けてくれました。

 

そのお客さまはすでに賃貸マンションを所有されていて、この時はマンションではなく、違うものをやりたいと希望。ただ、経験もアイデアもない私にとっては手探りの状態。何度も何度もお客さまのお話やご要望を聞き、それをヒントに先輩にアドバイスをもらいながら提案し、その内容にオーナーさまからご意見を頂き再提案。やりとりをする中で、“戸建て風”というキーワードが明確になりました。田地の広さを生かし、そこに住む方たちにコミュニティーが生まれるように、長屋住宅4棟10室、共有の庭を設けるといった今までにないプランを提案。1年目の秋に提案し、物件が完成したのは2年目の2月でした。

 

-その初契約で学んだことが、その後の営業に生かされていますか?

集合住宅事業部は、この土地を最大限有効に活用するには、どんな賃貸住宅が良いのかを考え、計画、提案するのが基本です。土地オーナーさまも自分の住む家ではないし、間取りやデザインよりも管理や節税効果を重視しがちです。ですが、この契約はお客さまの思いを形にすることを最優先にしたもので、めったにできない貴重な経験でした。長屋が建つまで何度も現場を訪ねたほど思い入れの深い物件ですし、提案から契約まですべてを経験することができたのは、その後の自分にとって大きな財産になっています。

「復帰して無理だと思えばその時に」というアドバイスで産休・育休取得を決断

-結婚、出産後も仕事を続けようと思ったのですか?

3年目に結婚し、3年目の9月には1人目の子どもを出産。もともと産休・育休を経て復帰しようと思っていましたが、時折、子どものことを考えたら仕事を辞めた方がいいのかもと悩んだことも。そのころにある先輩から、「復帰して無理だったら辞めたらいい、その時に考えればいいんだよ」という言葉をかけていただいたんです。何より、家にこもってじっとしていられない性分なので、専業主婦に向いていないことは自分が一番、わかっていました。なので、仕事を続けようと決めたんです。

 

育休から復帰した後は、自分の居場所があることがうれしくて、仕事をすることが楽しかったですね。ただ、1年2カ月ものブランクは思ったよりも厳しく、営業成績が上がらず落ち込む日々が待っていました。実際には入社4年目で若手社員として、会社から求められるものは高くはないのですが、周りの方と比べて結果を出だせていない自分が情けなくなりました。そして、低迷期から抜け出せないまま2人目を妊娠し、再び、産休・育休を取ることになったんです。

 

山本さんのキャリア&モチベーショングラフ

これまでご紹介した山本さんの社会人1年目からのキャリア、現在に至るまでのプライベートにおける「心の充実度」の変化を、ご自身にグラフにしていただきました。

1年目は、営業として無我夢中で走り続けた日々。初契約で営業の醍醐味(だいごみ)を実感し、波に乗り始めた3年目で結婚、出産。「復帰してみて、仕事を続けるのが無理だと思えば、その時に辞めればいい」という先輩の言葉を受け、仕事を続けることに。1年2カ月後に復帰し、社会とつながれていることに喜びを感じる。ただ、長期ブランクから営業成績が思うように上がらず、やる気がダウンしたまま5年目に2人目を出産し産休に。復帰後、取引のあったお客さまからの再契約など、手応えをつかむ。2016年上半期に、近畿、地区1位の営業成績をおさめる。
後編では、山本さんの仕事とプライベートの両立について、お話をうかがいます。

→次回へ続く

(後編 7月7日更新予定)

 

取材・文/森下裕美子 撮影/井原完祐

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