
- デスクのマルチモニターでは、多くの商品の値動きを瞬時に確認できる。
大学で経済学を学び、日系信託銀行に入社。自分の学んだことを生かせる場所で、いずれは商品開発に携わりたいと考えていたが、すぐに実現できると踏んでいたわけではない。窓口業務を経て、入社2年目に住宅ローンの融資業務を担当。任されたこと以上の仕事を心がけ、一歩ずつキャリアを積み重ねていくつもりだった。だが、当時の日系銀行は女性総合職が少なく、いわゆる男性社会。「女性だから」という理由で機会や処遇の差を感じることも多かった。女性が長く働けそうな環境に身を置きたいと考え、入社3年目にオーストラリア系銀行に営業職として転職した。
日系銀行での経験を生かし、当初は銀行部門で融資や資金調達を通して顧客企業の財務戦略・事業戦略をサポートするコーポレート・ファイナンスを担当。その後、証券部門へ異動し、デリバティブ(金融派生商品)を扱ったことをきっかけに、一橋大学大学院の夜間コースで金融工学を学び始めた。デリバティブとは株や為替、債券など従来からある取り引きから派生した商品。より効率的な資産運用を狙う顧客のニーズにこたえ、証券会社はさまざまな新商品を生み出しているのだ。永原さんが勤務していた銀行では商品を他社から購入していたが、デリバティブの開発は高度な数理知識に基づき、既存商品を複雑に組み替えて行われるため、購入する側は適正価格を判断しにくい。値付けを理解するために、金融工学を身につけたいと考えたのだ。

- 部下とは気軽に意見を交わせる関係。相談を受けたときには的確に指示を出す。
大学院に通い始めて2年目には金融機関のシステム開発で定評のあるコンサルティング会社に転職。ファイナンシャルエンジニアとして金融工学を使ったモデルの開発に携わり、仕事でも大学院でも金融理論の研鑽を重ねた。
「大学院の3年間は集中的に金融工学を学び、全体像をつかむことはできましたが、金融工学の理論を駆使してモデルを開発する仕事には自らの限界を感じました。ただ、自分に合った仕事がわかったことは大きいですね。私は金融工学を究める研究者にはなれない。だけど、不安を感じずに商品を扱えるだけの知識は得たし、お客さまのお話をうかがうのは好き。お客さまの投資戦略を理解し、ニーズに合った商品を考える仕事なら適性があると思いました」
英国系証券会社を経て、31歳でクレディ・スイス証券に入社。入社後5年間は金利や為替に関連の派生商品の開発を担当した。
「当社に入って一番うれしかったのは、これまでに日本になかった商品による大規模な資金調達に成功したとき。お客さまと当社の関係者双方が満足できる取り引きを実行できたときは充実感がありますね。商品開発にあたっては、経済指標や新聞、テレビのほか、営業やトレーダー、お客さまのお話などさまざまな情報源から市場の動きを予測し、リスク分散を考えながら既存商品を組み合わせて新しい商品を作ります。自分なりに世界経済の動きが読めるようになったのは、30代になってから。経験を積むと市場予測の勘どころもわかるようになってくるので、金融は続けてこそ面白くなる仕事だと実感しています」
2009年7月には管理職に昇進。現在は機関投資家に対し、債券派生商品を提案・販売する営業チームの部長として活躍している。おもな顧客は金融機関で、取引先は300社を超える。
「メンバーに動いてもらうのは簡単ではありませんが、商品開発の仕事と大きな違いは感じていません。商品開発は、市場を熟知したトレーダーと、お客さまのことを一番知っている営業の間に立ち、法務や経理とも相談しながら一つの商品を作り上げていくプロジェクトマネージャーのような仕事でしたから。管理職に必要な力というのは、それまでの仕事に一つひとつきちんと取り組むことで自然と培われるのかもしれません」
ところで、同社では女性が働きやすい環境を作ることを目的に、部門を超えたコミュニケーションを支援する活動「ウィメンズフォーラム」を定期的に開催しており、社内外で活躍する女性に話を聞く機会を設けている。永原さんもゲストスピーカーとして招かれ、後輩たちの相談に乗ることもあるという。
「金融業界で働く女性が以前より増え、10年ほど前を境に女性が働きやすい風土が育ってきました。私のチームも3分の1は女性ですし、管理職になる女性も増えています。ただ、営業で他社にうかがうと、会議に参加する女性は数えるほど。これから金融業界で働く方たちも男性社会だなと感じる場面はあるかもしれません。だからといって現実を真っ向から否定してあきらめるのはもったいない。現実を一度受け入れ、少しずつ変えていくことが大事だと思います。それから、何よりも心強いのは地道に知識やスキルを身につけること。仕事に自信が出てくれば、風向きも変わってきます」