2000年、橘高さんはタイに新設する核酸系調味料工場建設のプロジェクトメンバーに。
「タイに建設するのは、イノシン酸とグアニル酸を比率1対1で生産する工場。だから、それまでに開発したイノシン酸の新製法パッケージをそのまま使うことはできませんでした。しかも、比率を1対1にするのは非常に難しい技術。発酵から単離精製までのプロセスの研究開発に、非常に多くの人と取り組みました」
2001年に新製法パッケージが完成し、2002年、橘高さんを含む単離精製プロセス担当や設備担当のエンジニアが現地に赴任した。
「最初からこの技術開発に携わってきた者として、その新製法が工場で具現化する現場を自分の目で確かめたいと思っていました。ですから、出向が決まったときは『タイで頑張ろう!』とやる気満々だったんです」
施工期間は約2年。図面は完成していても、現地での建設段階ではさまざまな課題が発生するため、橘高さんはエンジニアとその解決に奔走した。そして2004年春、ようやくタイ工場が完成し、稼動し始めた。しかし、最初の約半年間は決して順調な滑り出しとは言えなかった。
「設計どおりの生産量が達成できないうえに、製品の品質が合格ラインに達していないという日々が続きました。実験と現場は違うとはいえ、これはかなり危機的状況でしたね」
しかし、工場はすでに完成しており、引き下がることはできない。精神的に追い込まれる日々が続いたが、ようやく問題の本質にたどり着き、半年後には順調に稼動し始めた。
「そのときの気持ちは…『どうだ、遂にやったぞ!』ですね(笑)。新製法プロセスの中には、従来の常識では生産の場で実現するのが困難だと考えられていた技術を取り入れていたので、いろいろな苦労をしました。ただ、その苦労を共にした仲間との絆や、プロジェクトに携わったすべての方々の成長は自分にとっても会社にとっても大きな財産になっていると思います」
タイで5年間を過ごした橘高さんは、現在は25名のメンバーを統率する室長として、単離精製の新製法開発に取り組んでいる。
「過去を学ぶことは必要ですが、現状がベストだと満足していては、発見も進歩もありません。既存の技術を知ったうえで、今までとは違う新しい何かを考えなくては、この部署にいる意味がないんです。誰も思いつかなかったこと、無理だと思っていたことを新製法に織り込んでこそ、より良い成果が生まれる。研究開発は経験と共に発想力が求められる仕事です。化学の原理原則に立ち返り、一歩引いたところから見直してみることがブレイクスルーにつながります。多くの日本企業が世界的企業に成長してきたのは、世界に誇れる優れた生産技術をつくってきたからだと思うのです。これからも、生産技術にこだわって、『どうだ、見たか!』と胸を張って言える新技術を開発し、生産の場で実現していきたいですね」