入庁6年目、木村さんは総務部の会津地方振興局に異動し、会津の地域振興を手がけていくことに。高齢化と過疎化が進む会津地域に元気を取り戻すための方策を考えていった。
「今までは制度があって、その中で自分なりに工夫していくやり方でしたが、今度はこの地域が元気になるために何をすればいいのかを考えることから始まり、すべて自分で企画・実施していかなくてはなりませんでした。福島県では、都会に住む田舎暮らし志向の人と、人口減少に悩む地域をマッチングさせて活性化につなげる『定住・二地域居住(※1)の推進』に取り組んでいたので、これに沿った事業を行うことにしました。田舎暮らしを推進する東京のNPO法人と一緒にセミナーを行ったり、地域の空き家についての調査を進めたり、田舎暮らしの体験ツアーなども実施。自分で一から考えて事業をつくっていく仕事は初めてだったので悩むこともありましたが、地域の人に直接話を聞きながら形にしていくことができ、大きな達成感を実感できましたね」
(※1) 都会に暮らす人が、週末や一年のうちの一定期間を農山漁村で暮らすもの。
また、過疎化に悩む集落の人たちと一緒になって集落の将来について議論し、今後の方向性や対策などをまとめた計画づくりの支援も行った。
「ある集落では、地域の中だけでお祭りを開催していましたが、ほかの地域の人にも来てもらえるように田植え体験などのグリーンツーリズム(※2)を取り入れた計画をつくりました。当日、会場に立ち寄ってみたら大盛況で。満面の笑顔で『やって良かったよ!』と言ってもらえることができて、本当にうれしかったですね。それまでは、庁内や市町村、事業者としか接点がなかったけれど、この仕事で直接地域の人と触れあい、地域づくりのお手伝いをしていくやりがいを味わうことができました」
(※2) 農山漁村地域において自然、文化、人々との交流を楽しむ滞在型の余暇活動。
そして、2011年3月11日。当時、木村さんはまだ会津に勤務していたが、震災の当日は打ち合わせのために県庁のある福島市を訪れていたという。被災による混乱でさまざまな機能がストップ。木村さんは職場からの指示で本庁の災害対策本部の応援に行くことに。そこで国に対する必要物資の要請や、連絡・調整などを担当したという。
「とにかく、目の前にあることをひとつずつやっていくしかない。考えるよりも先に体が動いていましたね。会津の職場に帰ってからも、しばらくは通常業務はストップし、出先の対策本部で支援物資の手配や情報収集・提供、避難所の支援などをしていました。会津地域は被害そのものは少なかったけれど、避難されてきた方々が大勢いて。少しでも不安や不便をなくすようにするため、皆さんの要望を聞き、足りない部分を探しながら改善していきました」
その後2011年6月から木村さんは知事直轄政策調査課の配属に。全国知事会や東北6県と新潟県、北海道で組織される北海道東北地方知事会の窓口となる部署だ。知事会では地方が抱える課題等について議論を交わし、その結果を受けて国への提言や要望活動を行っている。木村さんはこの会合の準備や提言・要望等の取りまとめを担当している。
「知事会で議論するテーマは県政全般にわたるため、あらゆる分野についての勉強が必要なので大変ですが、その中で多くのことを学ぶことができます。同時にいろんな分野の現状や問題を知ることで、それらをつなげた施策を考えることもでき、視野が広がったように思います。地方が、そして福島がこれまで以上に良くなるように、これからも地方の声を福島から上げていきたいです」
また、知事会の要望を通じて、福島県や東北の復興のための国への要望も行っている。復興のための財源確保や、復旧事業に対する支援の強化に加え、福島県の復興のための法律を制定してほしいという要望も続けていた。その集大成が、2012年2月10日にようやく閣議決定された「福島復興再生特別措置法案」だ。
「県として長く要望を出し続けていたので、ようやく実ったと感じます。福島県は広く、いろいろな地域があるので、抱えている課題も違います。それぞれの地域に必要なものは何か、それに応じた復興策を考え、それを実現するためにはさまざまな主体と連携を取っていかなければならないと考えています。復興は県が中心になってやっていかなければなりませんが、県の力だけでは難しい。県民の皆さんや市町村をはじめ、福島に心を寄せ、力を貸して応援してくださる方々の力が必要です。今後は、そういった人たちをつなぐ懸け橋のような仕事を目指していこうと思います。今、福島県は復興に向けて全力で取り組んでいます。ですが、抱えている課題も本当に多い。だからこそ、一緒に福島を良くしていこうという意欲のある、若い人たちの力が必要だと心から思っています」