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ビジネスパーソン研究FILE

掲載日:2012年4月6日

Vol.165 地域と国をつなぎ、福島の復興を目指していく

介護保険事業を担当し、「制度は万能ではない。より良いものに変えていける」とやりがいを実感

「誰かのために役立つと実感できる仕事がしたい」。そう考えて、木村さんは地元・福島県の公務員を目指したという。しかし、最初に配属されたのは総務部の人事グループで、職員の服務規程や臨時職員の制度管理など、内部向けの仕事を手がけることに。
「地域の人たちと直接触れあう仕事をイメージしていたので、配属当初は想像していたのと違うと思いました。しかし、仕事をするうえでの基礎になる部分を学べたのはこの時。庁内の各所属の担当者から制度に関する質問を受けるため、勉強しなくてはならないことも多かったです。周囲の先輩に教わりながら必要となる知識や仕事のやり方を身につけていきました」

入庁3年目に保健福祉部の会津保健福祉事務所に異動が決まり、会津若松市に転勤することに。仕事内容は、訪問介護など各種サービスを提供する介護保険事業者に対する指導監督と、介護保険の運営・事務を手がける各市町村への支援だった。
「事業者に対しては、基準にのっとった事業運営を行っているかを、施設の現地確認や職員からの聞き取り、利用者に対するケアプランの内容チェックなどによって確認し、問題点があれば改善指導を行いました。介護保険は法令で基準や介護報酬など、すべてが細かく定められているため、勉強するのが本当に大変でしたね。事業者の皆さんからすれば、異動してきたばかりであろうと関係ない。指導する立場ですし、担当者なのだから、何でも答えられて当然なのです。最初の数カ月間は、法令や制度を解説した分厚い本を自宅に持ち帰り、夜遅くまで勉強をしていました」

また、市町村に対しては、介護保険の事業運営への支援を担当。日常業務に関する問い合わせへの対応のほか、市町村の介護保険事業計画の策定支援などを行った。介護保険は、税金と介護保険料で成り立つもののため、3年に一度、市町村で計画を策定し、介護保険料の改定が行われる。保険料は、高齢者の増加率を踏まえたうえで、介護を必要とする方の数を推計し、今後3年の間に、どれだけのサービスが使われ、それによってどれだけの金額がかかるかを積み重ねたデータをもとに算出される。木村さんはその分析に必要な情報提供やアドバイスを市町村に対して行った。
「自分のアドバイスや対応によって、今後の介護保険料が左右されてしまう可能性もあるので、責任の重大さを感じていました。ほかにも市町村や事業者から質問や相談を受ける中での悩みもありました。『介護保険でこういう介護サービスを提供してもいいか』という質問もよくありましたが、利用者がどんなに困っていたとしても、制度上できないものはダメだと言うしかないんです。その利用者のことを思うと、そう答えざるを得ないことに悔しい思いをしていました。けれど、経験を積むうちに、質問されたことに答えるだけではなく、ほかのサービスで代用できるものはないかを探したり、ほかの制度との組み合わせで対応できないかを考えて、提案していけるようになりました」

会津地域は高齢者が多く、高齢社会の最前線ともいうべきところ。木村さんはその現状を見ていく中で、『今ある制度というものは、万能ではなく、地域の実態に合っていない面もあるなど、どこかに改善すべき課題があるもの』と気づいたという。
「制度はあくまで制度。それをいかにうまく使っていくかが大事なのです。そのために現場の人間が柔軟な考えを持ち、制度や支援策を組み合わせながらベストの対応をしていかねばならないと考えるようになりました。また、制度自体を変えていくことも必要なのではないかと考え、制度の不備や現場の実態をどんどん本庁に上げていくことにしました。それが国に伝わり、より良い制度になればと。直接誰かからお礼を言われるわけではありませんが、自分の声がきっかけで、国や県の仕組みを変えていくことで社会に貢献していくことができるのではないかと感じ、新たなやりがいを発見した時期でしたね」

国への要望について、各県からの意見を集約した後、関係各課にさらに意見を聞いて、新たな要素を盛り込んでいく。

地域振興を手がけた後、知事直轄に異動。地域と国をつなぐ提言で、福島復興の一端を担っていく

入庁6年目、木村さんは総務部の会津地方振興局に異動し、会津の地域振興を手がけていくことに。高齢化と過疎化が進む会津地域に元気を取り戻すための方策を考えていった。
「今までは制度があって、その中で自分なりに工夫していくやり方でしたが、今度はこの地域が元気になるために何をすればいいのかを考えることから始まり、すべて自分で企画・実施していかなくてはなりませんでした。福島県では、都会に住む田舎暮らし志向の人と、人口減少に悩む地域をマッチングさせて活性化につなげる『定住・二地域居住(※1)の推進』に取り組んでいたので、これに沿った事業を行うことにしました。田舎暮らしを推進する東京のNPO法人と一緒にセミナーを行ったり、地域の空き家についての調査を進めたり、田舎暮らしの体験ツアーなども実施。自分で一から考えて事業をつくっていく仕事は初めてだったので悩むこともありましたが、地域の人に直接話を聞きながら形にしていくことができ、大きな達成感を実感できましたね」
(※1) 都会に暮らす人が、週末や一年のうちの一定期間を農山漁村で暮らすもの。

また、過疎化に悩む集落の人たちと一緒になって集落の将来について議論し、今後の方向性や対策などをまとめた計画づくりの支援も行った。
「ある集落では、地域の中だけでお祭りを開催していましたが、ほかの地域の人にも来てもらえるように田植え体験などのグリーンツーリズム(※2)を取り入れた計画をつくりました。当日、会場に立ち寄ってみたら大盛況で。満面の笑顔で『やって良かったよ!』と言ってもらえることができて、本当にうれしかったですね。それまでは、庁内や市町村、事業者としか接点がなかったけれど、この仕事で直接地域の人と触れあい、地域づくりのお手伝いをしていくやりがいを味わうことができました」
(※2) 農山漁村地域において自然、文化、人々との交流を楽しむ滞在型の余暇活動。

そして、2011年3月11日。当時、木村さんはまだ会津に勤務していたが、震災の当日は打ち合わせのために県庁のある福島市を訪れていたという。被災による混乱でさまざまな機能がストップ。木村さんは職場からの指示で本庁の災害対策本部の応援に行くことに。そこで国に対する必要物資の要請や、連絡・調整などを担当したという。
「とにかく、目の前にあることをひとつずつやっていくしかない。考えるよりも先に体が動いていましたね。会津の職場に帰ってからも、しばらくは通常業務はストップし、出先の対策本部で支援物資の手配や情報収集・提供、避難所の支援などをしていました。会津地域は被害そのものは少なかったけれど、避難されてきた方々が大勢いて。少しでも不安や不便をなくすようにするため、皆さんの要望を聞き、足りない部分を探しながら改善していきました」

その後2011年6月から木村さんは知事直轄政策調査課の配属に。全国知事会や東北6県と新潟県、北海道で組織される北海道東北地方知事会の窓口となる部署だ。知事会では地方が抱える課題等について議論を交わし、その結果を受けて国への提言や要望活動を行っている。木村さんはこの会合の準備や提言・要望等の取りまとめを担当している。
「知事会で議論するテーマは県政全般にわたるため、あらゆる分野についての勉強が必要なので大変ですが、その中で多くのことを学ぶことができます。同時にいろんな分野の現状や問題を知ることで、それらをつなげた施策を考えることもでき、視野が広がったように思います。地方が、そして福島がこれまで以上に良くなるように、これからも地方の声を福島から上げていきたいです」

また、知事会の要望を通じて、福島県や東北の復興のための国への要望も行っている。復興のための財源確保や、復旧事業に対する支援の強化に加え、福島県の復興のための法律を制定してほしいという要望も続けていた。その集大成が、2012年2月10日にようやく閣議決定された「福島復興再生特別措置法案」だ。
「県として長く要望を出し続けていたので、ようやく実ったと感じます。福島県は広く、いろいろな地域があるので、抱えている課題も違います。それぞれの地域に必要なものは何か、それに応じた復興策を考え、それを実現するためにはさまざまな主体と連携を取っていかなければならないと考えています。復興は県が中心になってやっていかなければなりませんが、県の力だけでは難しい。県民の皆さんや市町村をはじめ、福島に心を寄せ、力を貸して応援してくださる方々の力が必要です。今後は、そういった人たちをつなぐ懸け橋のような仕事を目指していこうと思います。今、福島県は復興に向けて全力で取り組んでいます。ですが、抱えている課題も本当に多い。だからこそ、一緒に福島を良くしていこうという意欲のある、若い人たちの力が必要だと心から思っています」

知事会への意見書や、国への要望書を提出する前に、関係各課と話し合う。農林水産関係や社会保障、エネルギー政策など、話し合う内容はさまざまだ。

木村さんのキャリアステップ

STEP1
2003年4月 総務部 人事グループ時代(入庁1年目)
入庁後、県と県内の市町村で開催する合同研修に参加。それぞれの新規採用職員合わせて200名程度で、公務員としての心構え、文書のつくり方、接遇についてなど、仕事の基本について学んだという。コミュニケーションを取る中でそれぞれが自分の町や地域の話をすることもあり、地域性や自治体ごとのやり方の違いを知ることができた。この時のつながりのおかげで、後の仕事がスムーズに進んだケースもあったという。また、仲の良い同期として遊びに出かけたり、飲みに行くことも。その後、配属先の人事グループでは、職員の採用選考試験なども任され、段取り一式から試験監督までを担当。「人の人生を左右してしまうと感じ、絶対に間違いがあってはいけないという緊張感を持ちました」。
STEP2
2005年4月 保健福祉部 会津保健福祉事務所時代(入庁3年目)
会津若松市の事務所に異動。健康福祉部保健福祉グループに配属。担当業務を行いながら、現場対応で自分が感じた制度の不備について本庁の担当者に積極的に意見・提案していった。
STEP3
2008年4月 総務部 会津地方振興局時代(入庁6年目)
企画商工部地域づくり・商工労政課に配属。会津の地域振興を担当。田舎暮らしの推進や集落活性化の支援を行った。「直接ありがとうと言ってもらえる仕事を経験し、人の役に立っていることを実感できました。また、多くの人と触れ合う中で、『地域には課題がたくさんある』と感じ、地域を元気にしていきたいという思いが強くなりました」。
STEP4
2011年6月 知事直轄 政策調査課時代(入庁9年目)
福島県の知事会に対する窓口としての業務を担当。携わる分野が広がったことで、さらに視野が広がったという。「物ごとをひとつの方向から見ていてはより良い解決につながりません。多面的に物ごとをとらえていくことが、問題解決につながると考えています」。

ある一日のスケジュール

8:30
登庁。メールをチェックし、全国知事会から意見照会があった翌週の特別委員会での決議事項について内容を確認。また、関係各課に回答を作成してもらうように依頼。
10:00
庁内の復興事業に関する会議に出席。国からの新しい情報に対し、どんな対応をすべきか話し合う。
12:00
県庁内の食堂で昼食。
13:00
県内の経済状況など、課長から指示された事項について、関係各課から情報を集めて資料作成。
15:00
午前中に依頼した知事会への回答について、関係各課と打ち合わせ。
16:00
打ち合わせの結果をもとに、回答の内容を整理。課内決裁をもらい、知事会へ回答。
17:00
課内の報告事項を整理し、情報共有のため回覧する。18:30に退庁。

木村さんのプライベート

入庁3年目に、同期に誘われてボート競技のサークルに参加。5人でチームを組み、4人がこぎ手、1人がかじ取りを行う競技だという。春から夏の季節は、週に一度練習。スポーツを兼ねてリフレッシュできるという。
社会人になってから、毎年、桜を見に出かけることが恒例行事に。県内や近県の名所を訪ねている。写真は、会津若松市にある鶴ヶ城の桜。「しみじみと季節の移り変わりを感じることができるので、毎年の桜見物は欠かせません」。
全国各地の城跡を巡ることが趣味。これまで北は青森、西は九州まで、旅行を兼ねて出かけた。「歴史が好きで、山間にある城跡を見に行きます。建物よりも、その場所で昔の歴史をしのぶことが好きなんですよね」。
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取材・文/上野真理子 撮影/刑部友康 デザイン/ラナデザインアソシエイツ

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