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掲載日:2012年4月4日

Vol.70 登山家 田部井淳子

たべいじゅんこ・1939年福島県生まれ。昭和女子大学英米文学科卒業。大学時代に山登りを始め、龍鳳登高会に入会後本格的な登攀(とうはん)を始める。1970年女子登攀クラブのアンナプルナV峰日本女子登山隊に参加し、アンナプルナV峰に登頂。1975年春にはエベレスト日本女子隊に副隊長として参加、女性で世界初のエベレスト登頂者となる。その後、92年には女性初の7大陸最高峰登頂者となる。NPO法人日本ヒマラヤン・アドベンチャー・トラスト(HAT-J)代表。NPO法人日本トレッキング協会会長。著書に『人生は8合目からがおもしろい』(主婦と生活社)、『高いところが好き 最高峰に魅せられて』(小学館文庫)などがある。 田部井淳子オフィシャルサイト:http://www.junko-tabei.jp/

登頂の一瞬のために、1400日間の準備期間があった

エベレストに登ったときのチームは15人でした。でも、登山の拠点となるベースキャンプ(5350メートル)に入るまでに隊員が次々と高山病にかかり、動けるのが5、6人という状況になってしまったんです。アタック(頂上を目指すこと)直前には大きな雪崩にもあい、資材面でも体力面でもギリギリでした。アタックメンバーには私を含めふたりの隊員が選ばれましたが、最終的には隊員はひとりしか登れないことになり、頂上に立てたのはシェルパ(山の案内をしてくれるチベット系ネパール人)のアン・ツェリンと私だけでした。

山に登るからには、頂上に立ちたいというのは誰もが持つ思いです。エベレストの5年前に登ったアンナプルナV峰(標高7553メートル)ではアタックをめぐってもめごとがありました。ところが、エベレストで隊長からアタックメンバーの発表があった時には、みんなから「おめでとう。頑張って」と握手を求められました。「頼むから行ってきて。そうすれば、私たち帰れるから」と言う人もいました。それだけエベレストは体力的に過酷だったんです。頂上に行きたいという意思はあっても、足を一歩前に出すことすらできない。究極の状況では、誰が選ばれたかなんてことは関係なくなってしまうのでしょう。「そうすれば、帰れるから」という言葉が心にストンと落っこちました。私自身も「頑張ります」というよりは「やるだけやってきます」という感じでした。8800メートルなんて未知の世界に行くわけですから。

頂上(標高8848メートル)にたどり着いたのは1975年5月16日午後12時35分。最終キャンプ(標高8500メートル)を出て6時間40分が経過していました。頂上は鋭角で、右側が中国、左側がネパール。雲が下に浮かんでいます。風も強く、ものすごい緊張感でした。正直なところ、感激よりも「もう登らなくてもいいんだ」という気持ちが強かったですね。ナイフのように切り立った稜線(りょうせん)を登ってきたことを思うと、「無事下りられるのか」と不安も大きかったです。ようやく喜びのようなものがこみあげてきたのは、全員がベースキャンプに下りたとき。みんなが無事だということが、何よりもうれしかったです。

エベレスト登頂というと、皆さんが思い浮かべるのは頂上に立った私の姿かもしれませんが、当然ながら、エベレストにひとりでは登れません。15人の隊員、荷物を運んでくれた600人ものポーター(荷物の運搬係)、シェルパ40人、報道関係者8人。みんなで登ったのです。

それに、登山期間は130日でしたが、その前には1400日間の準備期間がありました。当時エベレストには1シーズン1隊しか登れないという決まりがあり、ネパール政府の許可をもらうことも大変でしたし、資金集めや仲間集めにも苦労しました。たくさんの人に助けていただいた一方、企業にお願いに行っても「女がエベレスト?」と相手にされないことも多かったですし、さまざまな事情で離れていった仲間もいます。資金はテレビ局と新聞社がスポンサーについてくれましたが、足りず、隊員15人がそれぞれ150万円を自己負担しました。ほぼ年収に相当する額でした。

登頂は一瞬の出来事だったけれど、その一瞬のために1400日という長い間、いろいろな地域で、いろいろな職業を持ち、それぞれの事情を抱えた女性たちが準備をしてきた。そのことが一番貴重で、大事なことだったと私は思います。私たちがエベレストに登れたのは、決して体力や技術が優れていたからということではありません。「本当にやりたい」という意思があって、この長い準備期間に耐えられたからこそ登れたと思うんです。

つらいな、困ったなと思うときほど、周りを見るようにするといい

エベレストから戻ると取材の嵐でした。私たちがエベレストに登った1975年は初めての国際婦人年だったこともあり、「世界に先がけて日本女性がエベレストに登頂」と大きく報道されたのです。でも、私たちは国際婦人年のことも知らなかったし、好きで登っただけ。なぜそんなに注目されるのかわかりませんでした。

当時、長女は3歳。これから子育てにお金がかかるし、下山中には「帰国したらどこに就職しよう」と考えていました。ところが、それをある人に話したら、「エベレストに登ったんだから、あんたを雇う人はいないよ」と言われて、ものすごくショックだったことを覚えています。取材で「チームで登った」といくら説明しても、記事では私だけで登ったように書かれていて仲間に対して心苦しく感じたり、最初はずいぶん戸惑いました。

エベレスト登頂後も、2人の子どもを育てながら、海外の山に登り続けました。海外遠征には資金が必要です。エベレストのおかげで講演や執筆の依頼を頂いたりしていましたが、子どもの小さいころは自宅で中学生に英語を教えていました。当時は保育所も今のようにはなく、苦肉の策で近所の子どもにピアノを教え始めたところ、「英語も教えて」ということになり、30名ほどの生徒が集まるようになったんです。

英語の教科書には山の話が出てくることもあります。そういうときには自分の経験を話すと、子どもたちは喜んで聞いてくれました。もともと私は高校の先生になろうと大学の教職課程を取っていたのですが、「大学を出ただけで物を知らない自分に子どもを教えられるのか」と考えるようになって断念した経緯がありました。だから、子どもたちの反応はすごくうれしかったですね。人の役に立っているという手ごたえがありました。

今は子どもも独立し、旅行会社が企画してくださる私との登山ツアーや、テレビや雑誌の登山企画に出たりして頂く謝礼を登山の資金にしています。つまり、私は山に登ることでお金を頂いているのではなくて、お金を払って山に行っています。だから、「登山家」が私の仕事かというと、そうではないと思うんです。未知の世界を知りたくて、好きで山に登っているだけで、山歩きのガイドの資格を持っているわけでもありませんから。

好きな山に登り、その体験を話したり、書くことでお金を頂いて、また山に登る。そうやって好きなことをやってこられたことをとてもありがたいと思います。それだけに、仕事では苦しいところを人に見せないよう心がけてきました。例えば、テレビで登山の撮影をするときも、天気が荒れたり、思うような絵が撮れなくて長時間待ったりということはよくあります。大変だけど、実は機材をたくさん背負って山に登っているカメラマンさんの方がもっと大変だったりする。そう思うと、自分だけ「大変だ」「つらい」とは言えないです。

仕事も登山も、窮地に陥ることは必ずあります。準備や計画はもちろん大切ですが、それでも不測の事態は起こる。そのときに、目の前の困難をいかに前向きに乗り越えられるかで人の真価が問われるのだと思います。山の経験からお話しさせていただくと、例えば雪を溶かして飲料水を作りたいのにコンロの燃料が足りなくなって炊事にしか使えないというときに、燃料が足りなくなったことを嘆いても仕方ない。別の方法で何とかするしかないんです。そこをわかっていると、嘆く前に、「じゃあ、体温で雪を溶かしてみよう」とか別のアイデアが出てきます。

一緒に山を登ってきた仲間たちの顔を思い浮かべると、窮地を乗り越えられるのは、大局的に物を見て、「今、何が一番大切なのか」を判断できる人なのだと思います。大局的に物を見るというのは、周囲の状況に思いをはせること。つらいな、困ったなと思ったときは視野が狭くなりがちですが、あえて周りを見るようにするといいと思いますよ。

information
田部井氏が代表を務めるNPO法人日本ヒマラヤン・アドベンチャー・トラスト(HAT-J)では東北応援プロジェクトを立ち上げ、被災者の方たちをハイキングに誘うなどの活動をしている。2012年夏には復興を目指す東北の高校生を招待して富士登山を計画。その実現のためにチャリティーイベントを行う。
●チャリティ企画「東北応援の夕べ〜歌とトーク」
第1部 吉永みち子と田部井淳子による東北応援トーク/第2部 歌の夕べ:郡山女声合唱団、「田部井淳子と怖いもの知らずの女たち」、さとう宗幸(特別出演)/日時:2012年7月6日(金)18時30分〜21時00分(17時30分開場)/会場:浜離宮朝日ホール(音楽ホール)都営大江戸線・築地市場駅/会費:2000円 /全席自由 先着540名
【問い合わせ先】 NPO法人日本ヒマラヤン・アドベンチャー・トラスト(HAT-J)
URL:http://www.hat-j.jp/ メール:info@hat-j.jp
Tel: 03-3237-6733(受付時間:平日13時〜18時)、Fax:03-3237-6734
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取材・文/泉彩子 撮影/臼田尚史 デザイン/ラナデザインアソシエイツ

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