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企業TOPが語る「仕事とは?」

社会に出たら、どんな毎日が待ち構えているのだろう。どんな仕事の醍醐味を、やりがいを実感することになるのだろう。そこで、日本を代表する企業のトップに、これまでの仕事を振り返っていただいて、仕事に対する熱い思いや、忘れられない仕事の瞬間、仕事から学んだことや生きる哲学などを教えていただいた。

掲載日:2010年12月6日

Vol.25 三菱電機株式会社 山西健一郎

決断と目的を意識することの重要性を学んだ若手時代

事業領域が広くて面白そうだ。これが、入社前の三菱電機の印象でした。
   就職活動を始めるときにはすでに、電機メーカーに照準を絞っていたのですが、中でも三菱電機は“家電から人工衛星まで“というほど、その事業が多岐にわたっていたことが決め手になりました。重電、ビル設備、車、ファクトリーオートメーション、半導体…いろんなことを幅広くやってみたい、そんな私の志向に、ピッタリだったのだと思います。
   入社して配属されたのは、開発本部でした。その後異動した生産システム本部もそうでしたが、これらはさまざまな事業分野にかかわる全社組織です。ここで数年ごとにいくつかのテーマで、事業部と連携を取りながら研究や開発に取り組みました。

そのころ、学んだことは数多くありますが、今でも印象に残っていることが2つあります。
   まずは、入社して5、6年目のころ。当時、ある事業部と一緒に、市町村に納める数億円規模の設備の製品化を目指していました。このとき私に任されたのが、その設備の寸法を決めること。部品の一つひとつ、すべてミリ単位で、です。
   極論すれば、それは何センチでもいいのです。でも、一つひとつに関して、その根拠は提示しなければなりません。全部決めるまで、真剣に悩みました。
   この仕事を経て学んだことが、“決めること”の難しさです。若いときは誰でも多かれ少なかれそうですが、任されたことに責任を感じるばかりに、自分一人で全部背負い込んで決めようとします。
   しかし、そのとき気づいたのは、先輩や同僚に「自分はこう思うが、どうか」と問い掛け、議論し、いろんな人の知恵を借りればいいということです。精神的にも楽になるし、自分とは違うモノの見方を提示してくれるからです。
   さらに、悩んでいるよりも、“早く決めること”も重要です。早く決めて、その方針に従って動きながらまた考える。すると、一緒に動いている人たちからまた知恵が集まり、間違いに早く気づける。そうしたら、修正する。こうしたトライアンドエラーは今でも、仕事を進めていくうえで欠かせないと思っています。

次は30代後半、係長のころの話。ある講演を聞いて、“技術開発はあくまで手段だ”とあらためて感じたことがあったのです。
   大学時代も、入社後もずっと携わってきたのは技術開発です。それだけに、技術開発そのものを目的化してしまいがちでした。しかし、技術とは、何かを実現する手段であり、私が技術開発をする目的とは、その技術を使って社会に製品として、事業として提供し、貢献することだったのです。当たり前のことのように思われるかもしれませんが、研究や開発に没頭すると、それが見えなくなってしまうことは少なくありません。
   では、本当の目的を常に認識していることの重要性は、何でしょうか。それは、一段高いところからモノが見られるようになることです。
   当時、半導体の生産システムの開発に携わっていた私は、半導体の不良率をいかに下げるか、という戦いをしていました。歩留まりが低い原因は、主に異物、つまりゴミです。それをいかに低減させるか、異物低減技術の開発をしていたのです。
   そのとき、ふと気づくと“異物を低減すること”が目的化していました。そこで講演の話を思い出し、一段高いところから自分がやるべきことを見ると、目的は異物の低減ではなくて、不良率を下げることだ、と認識できたのです。
   これをきっかけに、別の角度から考え始め、設計そのものの方法を変えたらどうだろう、というアイデアを思い付くに至りました。視点を変えたら、部品の付け方によって、歩留まりが改善されることが見えてきたのです。異物ばかりに目が行っていると、ほかに改善できるところに発想が及びません。このアイデアを設計担当者に話し、賛同を得て、一つの大きな成果となって実を結びました。

風通しのよさの上に成り立つコミュニケーションが三菱電機を支える

この2つは、私がリーダークラスの社員によく話しているエピソードです。
   ここには、三菱電機のこれまでを支えてきた、そしてこれからも支えていくであろう大事なことが含まれているからです。
   それは、三菱電機の風通しのよさと、透明性です。上下関係を問わず、正しいことは正しい、おかしいことはおかしいと言える風土があります。
   もし、そうでなかったらどうでしょうか。モノを決めるとき、そして決めて動いていくときに相談することもできませんし、部署や担当職務の領域に閉じていたら、狭い範囲の最適解しか見つけることができません。決断も、その後の行動も、そして目的を意識して全体最適を目指すことも、すべて風通しのよさ、透明性の上に成り立つコミュニケーションがあってこそなのです。
   企業という大きな視点から見ても、そのメリットは計り知れません。
   国内外を含めて競争が激しい今、コミュニケーションがしっかり取れていれば、常に問題は“見える化”されます。現場からいろんな問題が、隠されずにオープンに出てきます。もし、隠ぺいしたり、あるいは間違った情報が出てきたりしたら、本当の原因が見えず、いくら対策を講じたところでよくはなりません。真の課題が見えてくれば、品質、コストすべてに関して、正しい解決策がスピーディーに打てる。つまり、それは、会社としての強さにつながるのです。

そして、グローバル化などさまざまな環境変化に対じし、新しい市場を切り拓いていくためには情熱と闘争心が不可欠です。
   高品質の商品を作ることは大事ですが、それを一方的に市場に出すだけでは売れない時代です。多様な事業領域をつないで、最適解を導き出すソリューションビジネスが求められています。スマートグリッドが、その好例でしょう。
   一段高いところから、今、社会が、お客さまが本当に欲しているものは何かを見極め、それに必要な技術をつなぎ合わせて、ソリューションを導きだす。それは簡単なことではありません。情熱と闘争心があればこそ、そんな働きができるのです。その働きを実現するには、本当の目的を常に意識して、人の知恵を借りながら新しい発想を生み、方針を決断し、行動に移していかなければなりません。

学生の皆さんも就職先を決める、という大きな岐路に立っています。自らの経験になぞらえて言うならば、悩みすぎる前に、まずは動いてみること。そして、違うと思ったら、修正すればいい。
   そして、迷ったら人の知恵を借りればいいし、また、働く目的は何か、そこに立ち返ってみるのもいいでしょう。
   そのように真剣に何かに向き合って、考え抜き、人と対話する経験は、必ず社会に出てから、役に立つと思います。

■PROFILE
1951年生まれ。1975年京都大学工学部卒業後、三菱電機入社。生産技術センター副センター長、生産技術センター長を経て、2006年常務執行役、生産システム担当に就任。上席常務執行役、半導体・デバイス事業担当を経て、2010年4月社長に就任。2014年4月より取締役会長を務める。
■新人時代
「入社後しばらくは、まずは先輩の忠告に素直に従え」という大学時代の恩師の教えを守っていました。あれこれ言われたこと、一つひとつ素直に実行していたため、先輩からは「粘り強い」と評価されていましたね。
■プライベート
大学に入学したころは、学生運動真っ盛り。1年生の10月まで自宅待機でした。ですから、ずっと興味があったテニスを始められたのは、2年生から。以来、社会人になってもテニスを続け、30代のころは毎週プレーしていたくらいです。三菱電機はテニスが盛んで、社会人一部リーグで常にベスト4に入る実力です。社長になる前は、このチームの後援会会長を務めていました。 残念ながら今は、ゴルフをやる機会が増え、テニスをする時間がないのが残念です。
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取材・文/入倉由理子 撮影/刑部友康 デザイン/ラナデザインアソシエイツ

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