東日本旅客鉄道株式会社

うちやま・のりこ●政策調査室。長野県出身。38歳。早稲田大学法学部卒業。2000年入社。大学時代は法曹界を目指したこともあったが、「明るいハレの日を演出する仕事を」と就職活動を始め、JR東日本に入社。現在、夫と11カ月の娘と3人暮らし。

ホテルの開発計画を通じて、お客さまに非日常空間を演出する

ハレの日をさらに彩る仕事をしよう。そう考えたのは、法曹界に進むことも視野に入れ法律の勉強をしていた大学3年生のころだった。勉強中に出てくるさまざまな判例で人の人生の機微に触れ、「生きている中で、人それぞれいろいろな事情がある。私は人々を笑顔にする仕事をしたい」と思うようになった。「明るく、非日常の空間を演出するような仕事が向いているのではないか」と考え始め、旅行会社や百貨店を中心に就職活動を始めた内山さん。その中で、「自社インフラを持ち、自社商品のみで旅行から宿泊施設までのパッケージを作れる」JR東日本のスケール感にひかれていったという。

「印象的だったのは、面接で、『結婚をしてからのキャリアについてお聞かせください』と、結婚後も仕事を“続ける”前提での質問をされたことでした。当時は、結婚や出産についての質問を控えるという雰囲気はあまり感じず、どの企業からも『結婚したらどうするの?』という質問は受けていました。JR東日本だけが、仕事を続けるためにどうしていくか、という視点で話をしてくれ、女性のライフステージの変化に、柔軟に対応してくれる会社なのだろうと思いましたね」

 

入社するとまず新潟支社に配属になり、新潟駅での改札・みどりの窓口業務を担当。Suica(JR東日本のICカード)がなかった当時は、切符の発券や回収作業などを駅の職員で担っていた。途切れなく窓口にいらっしゃるお客さまからの質問に応対し、「駅の仕事がこんなに忙しいとは」と驚く日々だったが、1分1秒を刻む鉄道の現場で1年目を過ごしたことで、迅速かつ過不足なく、お客さまに正しい情報を伝える力を身につけられたという。

2年目になるとグループ会社の日本ホテル株式会社に出向になり、池袋にあるホテルメトロポリタンにてフロント業務・客室業務などを担当、ホテル運営に携わるあらゆる業務を経験していった。5年目には、ホテル内にあったカフェレストランを、近隣の主婦層やOLをターゲットにしたビュッフェスタイルのレストランに改装するプロジェクトが始動。内山さんはメニューを考案するチームリーダーに抜擢(ばってき)された。

「メニュー考案の仕事を通じて学んだことは、意見や考え方の異なる人の立場を考える大切さ。その想像力に欠けていた当初、『女性はこういうメニューを好むものです』などと自分目線の主観ばかり主張し、男性社員の理解をまったく得られませんでした。どうしてわかってもらえないのかと思い悩んでいましたが、説得力のある資料がなかったのですから当然です。そこで、性別や年齢別の食の好みや、メニュー選びの基準などを調査し、数値化して資料に落とし込むという手順を踏んだことで、料理長をはじめ周りに納得してもらえるようになりました」

 

入社2年目からホテル業に携わってきた内山さん。6年目には、東京駅の駅舎内にある「東京ステーションホテル」リニューアルオープンに向けた準備の一環として、ニューヨークにある老舗高級ホテル「Essex House A Westin Hotel(現JW Marriott Essex Hotel)」へ、1年間の研修として派遣されることに。文化財の建物をリノベーションして後世に残す、というミッションを持ったEssex Hotelは、東京駅の建物を残しながらも「東京ステーションホテル」として改装を加えるプロジェクトに共通するものがあった。しかし、文化のまったく異なるニューヨークでの体験は、驚きと刺激に満ちたものだったと内山さんはいう。

「日本のホテルでは、お客さまの要望に精いっぱい応え、謙虚で控えめな態度でいることが多くあります。一方、ニューヨークでは、ホテル側とお客さまは対等な関係。ホテルスタッフのミッションは“Make the guest happy!”(お客さまを幸せな気持ちにさせること)なので、ジョークを飛ばし、お客さまと大きな声で笑い合うこともしょっちゅうあります。『対応できない要望には、はっきりと“No”を言いなさい』といつも言われ、毅然(きぜん)とした姿勢には見習うところが多くありました。受付を待つお客さま相手に、スタッフが手招きをして“Next!”(はい、次!)と言ったときは驚きのあまりのけぞりましたけどね(笑)」

 

帰国すると、JR東日本本社のホテル・スポーツ事業推進部門ホテルグループに配属。東京ステーションホテル開発計画という、2012年のリニューアルオープンに向けて10年前から始動していた大プロジェクトに加わった。プロジェクトの“先発”メンバーが、顧客ターゲットやコンセプト、基本設計の枠組みを決めたのち、内山さんは、具体的な内装・外装デザイン設計、コストコントロールを担っていった。

「最初の仕事は、建築デザイナーの選出からでした。古い建築物のリノベーション案件に携わったことのある国内外のデザイナーを50人選び、選定を進めていき、デザイナーが決まればデザイン案の議論を何度も重ねていきます。高級感を演出しながらも、東京駅という歴史を感じさせる、クラシックなデザインにすることが、私のミッションでした。スケジュールやコストを常に気にかけながら、モデルルームが完成し、さあいよいよ工事が始まるというタイミングで、部署異動によりプロジェクトから離れることに。オープンまでかかわれないことは寂しかったですが、愛情をかけたホテルが今も多くの方に利用されていることに誇りを感じます」

 

10カ月間の産休・育休を経て、15年5月、本社の政策調査室にフルタイム勤務で復帰した内山さん。グループ全社が、時勢に合った新しい商品やサービスの開発を検討できるよう、昨今の経済動向をまとめた「経済指標分析」を1カ月に1回、役員会で発信する仕事を担っている。シンクタンクが出している経済動向の数値データやエコノミストによる分析など、膨大な資料を読み込み、JR東日本グループにとって有益な情報は何かを抽出し、簡潔に資料にまとめるのが、内山さんの役割だ。「慣れないことばかり」と苦笑する内山さんだが、キャリアアップしたいという気持ちは、母親になったことでより強くなったという。

「妊娠中は、ホテル開発業務から離れて、本社の経営企画部配属だったのですが、悪阻(つわり)がひどく、ほぼ入院状態でした。同僚や上司には多大な迷惑をかけていたのですが、『大切な命を一番に考えなさい』と嫌な顔ひとつせず、私の仕事を分担して対応してくれました。その時の感謝の気持ちに加え、娘を保育園に預けて貴重な時間を仕事にあてているのだから、応援してくれる夫や娘に胸を張れるよう、いい仕事をしてキャリアアップしていきたいという思いもあります。今任されている仕事に全力で取り組んだ上で、再びホテル開発の業務に携わることになったあかつきには、今の仕事から得られた知見も生かしつつ、JR東日本のブランド価値向上につなげられるような仕事を手がけたいと思っています」

 

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政策調査室のメンバーと、経済動向資料作成の現状を共有。子どもの体調によって急きょ休みをとることもあるため、自分がいなくても仕事が回るよう、こまめな情報共有は必須だ。

 

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朝7時半に出勤し、公的機関が公表している経済指標のデータを読み込む。朝は電話も鳴らず、静かな中で情報収集に集中できる貴重な時間だ。

 

内山さんのキャリアステップ

STEP1 入社1年目、新潟駅での窓口業務を経て、2年目に日本ホテル株式会社に出向

入社して最初の1カ月間は、新白河(福島県)にある研修施設で新人研修。JR東日本の多岐にわたる仕事内容を学んでいった。新潟駅に配属されると、「駅の裏方はこんなに大変だったのか」と驚くことばかりだった。「日本語がわからない外国人観光客の対応に追われたり、自分よりずっと鉄道に詳しいお客さまへのご案内に冷や汗をかいたり、切符の発券ミスによってお客さまにご迷惑をおかけしたり…。質の高いサービスをご提供するためには、正しい知識を蓄えることの必要性も痛感しました」。

STEP2 入社6年目、ニューヨークの高級ホテル「Essex House A Westin Hotel(現JW Marriott Essex Hotel)」で修業を積む

ニューヨークに1年間滞在し、ホテルスタッフとして研修を重ねた。英語は業務の中で必死に覚えていったが、「人種の坩堝(るつぼ)といわれるニューヨークなので、英語がネイティブではないスタッフやお客さまも多く、話しやすい環境」だったという。
日本のホテルよりずっとフレンドリーなお客さまへの応対に戸惑うことが多かったが、「できないことははっきりと断る」大切さを学ぶ貴重な経験になった。「ニューヨークでは例外対応はなく、『お客さまが払った対価のサービスをする』という姿勢が徹底されています。私がプラスアルファの対応をしようとすると『君が例外を作れば、これからずっと同じ対応をせざるを得なくなる。やめてほしい』とはっきり言われました。その一貫した姿勢には説得力があり、やるべき仕事をやった上で、できないことにはきちんと線を引く大切さを実感しました。また、スタッフもお客さまも、年齢、人種、国籍がさまざまな、まさに“ダイバーシティ”の中で、それぞれの立場や考え方を学べたことは、『地域にいきる。世界にのびる』という当社の経営理念に照らしてもとても有意義な経験となりました」。

STEP3 東京ステーションホテル開発計画に携わったのち、入社12年目にホテルメッツ新潟、ホテルフォルクローロ三陸釜石の開発計画に従事

東京ステーションホテルの開発計画に3年間従事したのち、事業創造本部開発戦略部門に異動。ホテルメッツ新潟では、“鉄道会社のホテル”としての存在感を高めるべく、駅からの連絡通路を直結させ、ホテルのフロントに鉄道の発車電子掲示板を設置した。東北復興支援のひとつとして「観光促進+地域活性化」を目的としたホテルフォルクローロ三陸釜石の開発計画では、スピードを重視し、地元の声を反映させながら、通常よりも短い期間で基本計画を立案。ホテルのコンセプト、ターゲティング、設計要件、デザイン案の策定に貢献した。

STEP4 10カ月の産休・育休を経て、入社16年目に本社の政策調査室に復帰

娘の保育園迎え時間の関係で、朝7時半出社、16時退社というスケジュールで政策調査室にフルタイム復帰。公的機関などが公表する経済指標を収集、エコノミスト評などと取り合わせながら分析し、経済動向をまとめる仕事をしている。「社内にワーキングマザーも多く、悩みを相談しやすい環境がうれしいですね。娘が突然熱を出して会社に行けないこともあるのですが、『ごめんなさい』と思うあまり萎縮して会社に居づらくなってはいけないと、『仕方ない!』と開き直ることも大事にしています」。

ある一日のスケジュール

5:00 起床。ニュースを見ながら朝食をとる。
6:00 娘の食事。保育園の送りは夫が担当。
7:30 出社し、メールチェック。経済指標の資料読み込み。
9:00 アンケート調査の取りまとめ。
12:00 同僚と社員食堂でランチ。他部署の女性社員と外でランチすることも。
13:00 グループミーティング。メンバー間でスケジュールや進捗の共有。
14:00 経団連や東京商工会議所が主催する外部セミナーを聴講。
16:00 退社。保育園へ娘を迎えに行く。
17:00 夕食のあと、娘と遊ぶ。
20:30 娘を寝かしつけたのち、夕刊をチェック。帰宅した夫とコーヒーを飲みながら、その日の出来事を話す。
23:30 就寝。

内山さんのプライベート

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2015年6月に、学生時代の友人家族とランチに出かけたときの1枚。娘は大人が食べるものに興味津々!

 

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2012年10月に、職場の先輩と竹富島へ。「次は娘と一緒に行きたいですね」。

 

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2013年6月に、シンガポール事務所勤務の同期を訪ねつつ、夫と旅行。手乗りマーライオンの写真をぱちり。当時話題になっていたホテル・マリーナベイサンズのプールも堪能した。

 

取材・文/田中瑠子 撮影/鈴木慶子

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