エノテカ株式会社 石田さん(入社17年目・商品部 課長)|前編【先輩たちのワーク&ライフ】

今回の取材先 エノテカ株式会社
フランス、イタリア、スペインなどのヨーロッパをはじめ、南米、オセアニア、南アフリカなど、世界各国から約3000種類ものワインを輸入・販売するワイン専門商社。ワイナリーから直接ワインを買い付けて輸入し、自社で展開するワインショップでの「小売」、百貨店やコンビニ・スーパーへの「卸売」、インターネットでの「通販」という3つのチャネルを使い、高品質なワインを提供している。
いしだ・あつこ●商品部 課長。DUAD(ボルドー大学醸造学部公認ワインテイスター)。神奈川県出身。39歳。法政大学社会学部社会政策科学科卒業。2002年入社。現在、夫と9歳の息子、1歳の娘と4人暮らし。写真は、社内メンバーと業務について打ち合わせをしている様子。

フランス・ボルドー、ブルゴーニュを中心に生産者からのワインの買い付けを担当している石田さん。ワインの専門商社への就職を決めた理由、キャリアの大きなターニングポイントとなったフランス留学などについて、話をうかがいました。

イタリアに留学し、日常の中に当たり前にあるワインの存在に魅了された

-就職活動時、大切にしていた企業選びの軸はありましたか?

大学1~2年生のころから海外への憧れが強く、「語学を生かしたい」「海外とかかわる仕事がしたい」という思いはありました。「食やワインを扱いたい」と明確に思うようになったきっかけは、大学3年の時に行ったイタリアへの1年間の交換留学。イタリアでは、毎日の食卓にワインは欠かせないもので、学生同士でも「食事の前に一杯飲む」ことがごく当たり前の日常でした。家族や仲間とお酒を楽しむことが大好きな父から、お酒の楽しさを留学前から教わっていたので、イタリアの豊かな食文化に触れ、ワインを扱う仕事に就きたいと漠然と思うようになったんです。

留学を終えて6月に帰国すると、新卒採用はすでに落ち着いた時期だったので、興味のある企業一社一社に連絡して「新卒採用はまだやっていますか?」と確認しながら進めていきました。就活時期を逃したことで門戸は狭まったかもしれませんが、「新卒採用の受付は終了しました」という企業と、「いい人がいればいつでも採用します」という企業とで対応がまったく異なり、結果的に、柔軟な対応をする企業を見極めることができました。
エノテカは問い合わせ後にすぐに選考の機会を設けてくれ、その後3回の面接の最後は社長面接。すぐにトップが出てくることに風通しのよさを感じ、ここで働きたいと思いました。

店舗での接客業務を通じてワインの基本知識を吸収していった

-入社後の仕事内容を教えてください。

入社後は、内定者アルバイトをしていた横浜の百貨店の中のワインショップにそのまま配属され、接客業からスタート。今でも、「エノテカの基本は小売業」という社長の考えの下、新入社員は皆店舗に配属され業務経験を積んでいきます。店舗には7人の先輩がいましたが、手取り足取り教えてもらうというより、自分なりにやってみてわからないことがあれば聞きに行くというスタイル。ワインがたくさん入った段ボールを渡され「品出し(商品を陳列)して」と仕事を任されたこともありました。まずはワインがどういうルールで陳列されているかを調べ、産地ごとに北から南に並べられているとわかったら、ワインのラベルを一つひとつ確認しながら棚に並べていきます。ただ、ボトルを見てすぐに産地がわかるほど知識はないので、ものすごく時間がかかります。「遅い!」と怒られながら、必死に手を動かしていくうちに、エノテカがどういうワインを扱っているのかを少しずつ学んでいきました。先輩も、みんなワインが大好き。わからないことを聞けば細かな豆知識までとても丁寧に教えてくれます。店舗で試飲を出している先輩からはワインの開け方や値段の付け方を教えてもらうなど、情報を吸収するのに必死でした。

1年目の10月からは広報企画室に異動し、販売サポート業務を担当しました。店舗でのイベントの企画のお手伝いやメディア向けの広報業務を行うほか、年に数回、海外の生産者をゲストに招いた店舗内イベントを開き、そのアテンドもしていました。生産者の方と直接話す機会が増えたことで、「ワインについてもっと深い知識をつけたい」という思いはいっそう強くなりました。

果てしない年月をかけて造られるワインの貴重さを実感した

-キャリアのターニングポイントとなった出来事は何ですか?

入社3年目の冬にエノテカをいったん退職し、ワーキングホリデー制度(※)を利用してフランス留学をしたことです。当時、広報の仕事の一環で、フランス北西部にあるボルドーのシャトー(格付けされたワイン農家、醸造所)の方々に出会い、彼らが話しているワインの専門的な内容を理解できない自分にもどかしさを感じていました。ワイン製造のプロセスについてもっと知識があれば、フランス語が理解できれば、シャトーの方々の貴重な話を聞けるのにという思いが膨らみ、生産地・ボルドーで1年間過ごし、ワイン造りをこの目で見て学んでこようと考えたのです。

また、将来はワインのバイヤー(買い付け担当)になりたいという思いもありました。ワインの生産者に最も近いところで働けるのはバイヤーであり、生産者のメッセージを伝えられる仕事に魅力を感じていました。エノテカの買い付けは、廣瀬社長(当時。現在は会長)以下、ベテランの数名が担当していたので、そこに入るには圧倒的に知識と経験が足りないという認識もあったと思います。

(※)2国間の協定に基づいて、18〜30歳(国によって異なる)を対象に、異なった文化(相手国)の中で生活しながら、その間の滞在資金を補うために一定の就労をすることを認める制度。

-フランスではどんな就労経験をしたのですか?

当初は、どこかのワイナリーで醸造に携わりたいと思っていました。しかし、たまたま広報企画室のイベントで出会ったボルドーの生産者の方に、「会社を辞めてフランスに行く」と話をしていたところ「1年間うちで働かないか?」と夢のようなオファーを受けたんです。その方は「ラトゥール」というフランス・ボルドーにある世界的にも有名なシャトーの社長。仕事内容は、ワイナリーを訪れるお客さまのご案内対応をする、日本市場の調査、ホームページなどの翻訳をする、というものでした。ワイン好きな日本人が多く訪れるのに、英語やフランス語で一生懸命説明しても伝わらない、それをどうにかしてほしいと言うのです。醸造工程からテイスティングまでのツアー案内をすることは、ワイン製造の知識を深めるまたとない機会です。そのオファーを喜んで受け、フランスで数カ月語学学校に通ってから、ラトゥールでの仕事を始めました。

-フランスでの経験を経て、変わったことは何ですか?

ワイン生産者たちへ、心から尊敬の念を抱くようになりました。ワインとは、何百年という歴史の中で次の世代へと技術を継承しながら、日々自然と向き合い地道に造り上げてきたもの。急にできるものではないし、短いスパンで変えられるものでもありません。果てしない時間をかけてできたワイン一本一本が貴重で、ちゃんと向き合わなくちゃいけない。「この産地のワインが好き、あの産地のものは好きじゃない」などと軽々しく批評できるほど浅いものではないと、自分自身の意識が変わりましたね。

あれから10年以上たった今も、ラトゥールの社長とは買い付けの場や日本で、年に1~2回顔を合わせます。彼は私の師匠であり、お会いする前には「今の自分は堂々と会えるだけ成長しているだろうか」と身が引き締まります。

石田さんの入社後のキャリアグラフ

これまでご紹介した石田さんの社会人1年目からのキャリア、現在に至るまでのプライベートにおける「心の充実度」の変化を、ご自身にグラフにしていただきました。

キャリアグラフ_vol.231_エノテカ02

フランス留学では、ラトゥールでの勤務前に2カ月間語学学校に通った。学生時代にイタリア語に触れていたため、語源が同じのフランス語は学びやすかったという。

後編では、フランスから帰国して、エノテカに復職し現在までのキャリアについて、産休・育休を経た現在の働き方について話をうかがいます。

→次回へ続く

(後編 2月16日更新予定)

取材・文/田中瑠子 撮影/鈴木慶子

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