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掲載日:2011年8月10日

Vol.53 弁護士 北村晴男

きたむらはるお・1956年長野県生まれ。早稲田大学法学部卒業後、86年に司法試験に合格。勤務弁護士を経て92年、都内赤坂に北村法律事務所(現在は弁護士法人北村・加藤・佐野法律事務所)を設立。2011年1月に立川支社を開設。保険法、交通事故、債権回収、医療過誤など一般民事を専門とし、特に生命保険に関する訴訟での評価が高い。日本テレビ『行列のできる法律相談所』でもおなじみで、その誠実な人柄が人気を博している。著書に『明快! 北村弁護士のくらしの法律相談』など。プライベートでは一男二女の父。長男はプロゴルファーの北村晃一氏。

フェアに勝負できる環境で文句を言ったら、バチがあたる

テレビ番組でご一緒した司会者の徳光和夫さんから、「北村さんはお金もうけが下手でしょうね」としみじみ言われたことがあります。僕は子どものころから曲がったことが大嫌いで、どんな偉い人の命令でも、納得ができないとテコでも動かない。今でこそ徳光さんのように理解してくださる方も周りにいますが、少年時代は教師などとぶつかることも多く、将来について切実に悩みました。こんな調子では、組織で働いても上司と衝突するに決まってる。どうやって生きていけばいいんだろうと。だから、弁護士という仕事を知ったときには、これしかないと思いましたね。弁護士なら自らの信念を貫くことを強みにできるし、独立もできる。僕の性格に合っていると感じたんです。

一浪して大学の法学部に入り、まずやったのは大いに遊んで学生生活を満喫すること(笑)。僕の高校時代は野球一色で、まったく遊んでいませんでしたから、社会に出る前に、今しかできないことをしておきたかったんです。親から司法試験のために援助はしないと言い渡されていたので、卒業後にも勉強を続けられるようにと生活費を稼ぐのにも忙しかったですね。最初はアルバイトで塾講師をしていましたが、生徒の反応に味をしめ、大学2年のときには自分で塾を開きました。生徒は最初1人だけでしたが、大学を卒業するころには60人ほどに。自分が経営する塾で生活が成り立つようになったのは、社会で生きていくための自信にもつながりました。

塾経営をしながら、司法試験の勉強を続け、合格したのは30歳のときです。すでに結婚し、長男も1歳になっていました。時間はかかりましたが、弁護士になるという目標が揺らいだことはありません。「やってできないはずがない」と信じていましたし、今思えば、目指したのが弁護士だったというのもラッキーでした。当時の司法試験は何度でも受けられましたし、弁護士には開業医のように大きな設備投資も必要ない。しかも、歴史をさかのぼれば、家柄だけで職業が決まる時代もあったわけでしょ。フェアに勝負できる環境を与えられていて文句を言ったら、バチがあたると思うんです。

フェアプレイできる仕事というのは、恵まれています。世の中にはアンフェアなことがいっぱいありますから。現在、僕が原告側の弁護士を務めている、大相撲の八百長問題にしてもそうです。原告の力士・星風関は八百長への関与を理由に日本相撲協会から解雇され、自らの無実を証明するために訴訟を起こしました。もちろん、僕も星風関は無実だと確信していますし、現時点での双方の証拠を比較して、裁判でも勝てる可能性は高いと考えています。

ただし、裁判で勝つことと、世の中の問題を根源的に解決することの間には隔たりがあります。相撲界の体質が変わらない限り、八百長はなくならないでしょう。今回の問題で事実上角界を追放された力士は25人。ここからは僕の個人的な思いですが、中には無実の罪を着せられながら、費用などさまざまな理由から裁判を起こせず、涙を飲んだ力士たちがほかにいるかもしれません。彼らのことを考えると、相撲協会に強い憤りを感じます。

仕事の範疇(ちゅう)を超えたところで、なぜこんなに憤るのか自分でも不思議です。振り返ってみたときに思い当たったのが、中学時代に打ち込んでいた野球部が教師の一方的な都合で廃部になった経験です。強い反発を感じ、校長や教師に卒業まで抗議を続けましたが、まったく相手にされなかった。あのときの憤りはいまだに消えません。権力で押さえつけられるというのはそれほどまでの怒りや悔しさを生み出すものなんです。

そう考えると裁判というのは、社会の中で持っていきようのない怒りや悔しさを晴らす、救いでもあると思うんです。世の中の不正を正すなんてかっこいいことは言えませんし、弁護士は裁判というものの中でしか勝負できませんけど、依頼された仕事には石にかじりついても結果を出し、アンフェアなものを少しでも是正する。それが僕のせめてもの正義感です。

バッターボックスに立ったら、頼りになるのは自分の力だけ

大学生と社会人の子どもが3人いますが、就職について親子で話したことはありません。僕自身の生き方もそうでしたが、どうやって生きていくのかなんて最終的には自分で決めること。それに、結局は自分がやりたいことをやる以外に、心底努力できることなんてないですから。

「仕事選び」なんて言いますが、いい仕事というものが先にあって、それを目指すなんてことは現実にはありません。自分が楽しいからこれをやるとか、やりたいという気持ちが先になければ、いい仕事なんてできないでしょう。人に決められた仕事であれば、うまくいかないときに、すぐに人のせいにするでしょう。やはり自分の体から湧き上がってくるものを選ぶのが一番だと思います。

ただ、やりたいことを学生時代に見つけられる人ばかりではないですよね。生活のために就職し、目の前の仕事を一生懸命やるうちに、引力に少しずつ近づくようにやりたいことを見つけるケースも多いのではないでしょうか。

長男はプロゴルファーになり、安定とは無縁の道を歩んでいますが、心配はしていません。むしろ、端で見ていて楽しいですね。厳しい勝負の世界に身を置き、自分の力を試せるというのは相当面白いはずですから。そんな僕を見て、弁護士の先輩は「子どもがプロゴルファーになりたいなんて言ったら、止めるのが親の役目だろう」と呆れていました(笑)。子どもに少しでも安定した仕事に就いてほしいと考えるのも、親として自然なことです。ただ、僕にはその発想はなくて、子どもにはできるだけ自分の力で生きていく力を身につけてほしいと思っています。

もちろん、自分の力で生きていくというのは大変なこともあります。僕は何のコネクションもないまま36歳で独立しましたが、最初は仕事も少なくて。家族を抱えて路頭に迷うのではと不安で眠れない夜が一週間続きました。でも、コネクションをたくさん持っている人をうらやましいとは思いませんでした。スタート時点では差があっても、最終的には実力次第。他人は関係なくて、自分が一つひとつの仕事で結果を出し続けられるかどうかがすべてだと考えていましたし、実際その通りでした。

仕事も野球と同じように、バッターボックスに立ったら頼りになるのは自分の力だけ。金持ちの息子だから打てるということはありません。当たり前のことですが、練習を積み重ね、力を蓄えてこそ打てるんです。

information
『行列のできる法律相談所 裁判力』(日本テレビ放送網/880円)は日本テレビ『行列のできる法律相談所』から生まれ、北村氏も監修を務めた裁判員制度についての解説本。北村氏がテレビ番組に出演するようになったのは、「弁護士会野球部の先輩にだまされ」、テレビ局に行ったのがきっかけ。「真面目に仕事に取り組む弁護士の姿勢を疑われるようなことをしては絶対にいけない」とテレビの法律相談にも真剣に取り組んできた。その姿から、「笑わない弁護士」の異名を持つ。
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取材・文/泉彩子 撮影/刑部友康 デザイン/ラナデザインアソシエイツ

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