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掲載日:2012年1月25日

Vol.65 占星術研究家 鏡リュウジ

撮影協力/カフェ・アマルフィー

かがみりゅうじ・1968年京都府生まれ。国際基督教大学卒業、同大学院修士課程修了(比較文化)。高校時代から占い雑誌への投稿を始め、大学時代には初の著書を刊行。心理学的アプローチによる占星術を日本に紹介することで、占いのイメージを一新。雑誌やテレビ、ラジオなどで活躍し、幅広い層から支持されている。平安女学院大学客員教授。英国占星術協会、英国職業占星術協会会員、日本トランスパーソナル学会理事。著書に『鏡リュウジ 星のワークブック』(講談社)、『オルフェウスの卵』(文春文庫)、『12星座の恋物語』(角田光代氏との共著、新潮文庫)、訳書に『魂のコード』(河出書房新社)、『魔法の杖』(ヴィレッジブックス)ほか多数。
鏡リュウジ公式サイト:http://ryuji.tv/

気がついたら、食べていくには占いしか道がなかった

学生時代から占いの仕事をしてはいたんですよ。10歳のときにタロットカードを買ったのをきっかけに西洋占星術の神秘的な世界観のとりこになりましてね。雑誌の占い記事に投稿したところ、編集部から声をかけられて16歳から占いの原稿を書くようになったんです。大学入学後は本も出し、学費と生活費が十分まかなえる原稿料を頂いていました。

ただし、占いを本業にするつもりはありませんでした。だって、職業を聞かれて、「星占いをやっています」なんて、何だか怪しいじゃないですか(笑)。「堅い仕事に就かなければ」という志向があったので、大学院に進んで、将来は大学の先生になれたらいいなと思っていたんです。ところが、博士課程も後期を残すのみという時期に僕がメディアで執筆活動をしていることなどが問題になって、研究室を辞めざるを得なくなりました。すでに28歳になるかならないかという年齢で、企業に就職するのも厳しい。気がついたら、食べていくには占いしか道がないという状況に追い込まれてしまったんです。

占いの仕事自体はずっとやってきたことだし、「二足のわらじ」とはいえ一生懸命やってはいたので、大学を離れても傍目には何の変化も感じられなかったかもしれません。でも、僕自身にとっては大きな覚悟が必要でした。占いという怪しげなものをやりつつも、それまでは大学で研究をしているという「保険」があった。その「保険」がなくなったときに、社会で認めてもらえるかどうか心もとなかったからです。

そんな中で大きな励みになったのが、原稿料を頂けているという事実でした。占いという現代では特殊な世界が社会で認められ、「仕事」として成立しているんだということを、お金を頂くことを通して実感できたんです。同時に、お金を頂くことへの責任も以前に増して感じました。例えば、記事の企画を頂いたときも、内容のクオリティはもちろん、「売れる」ものにしたいという意識が強くなりましたね。その結果、さまざまなアイデアを提案できるようになり、占いの記事を書くだけでなく、ファッション誌なら星座ごとのラッキーアイテムをカタログ的に紹介する記事を企画するなど仕事の幅も広がっていきました。

もうひとつ、占いで食べていく覚悟を決めてから変わったのは、「ほかの人と同じではいけない」ということを鉄則にするようになったこと。とはいえ、奇抜なことを考えようとしたのではなく、この世界で当たり前とされてきたことを鵜呑み(うのみ)にはしないよう心がけていたのです。例えば、僕が占星術研究家になった当時は、星占いといえば「この星座だから、幸運」というようなある種のフォーマットがありました。わかりやすく楽しめるという利点はあるものの、それだけでいいとは僕には思えなかったんですね。というのも、占星術ではホロスコープ(星の配置図)をもとに、例えば「変化の兆し」などある方向性は読み取れても、それが占う個人にとっていいのか悪いのかはわからないからです。

「なあんだ、答えは出ないんだ」とがっかりする人もいるかもしれませんが、最終的な判断は自分でするしかないからこそ、占いは自分を知るツールになる。占星術の役割のひとつはそこにあると僕は考えていたので、星占いランキングなど表現がデジタルで誤解を与えがちな仕事は極力お断りするようにしていました。それなりの勇気が必要でしたが、だからこそ「当たる」「当たらない」だけではない、僕なりのスタイルが形作られていったんじゃないかなと思います。

占いを「たかが迷信」で片づけられてはたまらない

西洋占星術は古代バビロニア(紀元前19世紀から紀元前16世紀に、現在のイラク南部周辺に栄えた文明)が起源とされ、ヨーロッパを中心に脈々と受け継がれてきました。科学的に説明のつくものではありませんが、長い歴史の中で多くの人によって培われてきた理論であることは確かですし、ひとつの文化でもあります。

ただ、やっぱり、「迷信」と言われてしまえばそれまでなんです。占いに出合ったころは僕も魔法や魔術といったものに無邪気に憧れていて、ワクワクしながら西洋占星術のイロハから周辺の歴史までありとあらゆる知識を吸収していきました。100冊ほどでしょうか、日本で手に入る限りの専門書を集めて、のめりこむように読んだものです。ところが、さすがに高校生になるころには気づいてしまったんです。どう頑張っても、占いに科学的な根拠なんてないんだと。

一方で、体感としては占いを信じている自分がいたんです。実際、自分で星占いをしてみると、当たっているとしか思えない結果が出る。科学的に証明できないからといって、「正しくないもの」として切り捨てるのは違うんじゃないかなというのがあって。とはいえ、科学的でないものを心の底から信じることもできない。心に矛盾を抱えるようになり、実はその葛藤は今も消えてはいません。でも、葛藤も悪くなかったと思っています。僕は大学でユング心理学を研究し、今は心理学的アプローチで占いを紹介していますが、ユング心理学に出合ったのも、この葛藤をどうにかしたいと考えたのがきっかけでしたから。

それにしても、占星術を現代の社会で表現していこうとすると、石につまずくことは多かったです。これは無理もなくて、科学的に証明できないものは社会で認知されにくく、旗色の悪いものなんです。でも、占いで食べていくからには、旗色が悪くても何もせずに撤退するわけにはいかない。占いはどう頑張っても科学ではないけれど、「たかが迷信」で片づけられてはたまりません。

そこで僕がまずやったのは、言葉は悪いかもしれませんが、「敵を知る」ことです。一般の科学の中で占星術がどう扱われているのか、歴史的にはどうなのか、宗教学的見地からはどうかと、さまざまな立場の相手のバックグラウンドを勉強しました。その上で自分との違いを見極めて初めて、相手に占星術のことを納得させるためのアプローチが見つかると考えていたからです。これは今思えば、自分とはスタンスの異なる人たちとコミュニケーションするための格好のトレーニングでした。

学生時代は似たような感性や考え方を持つ人が集まりがちなので、なんとなく空気を読み合っていればそれで丸く収まることもあるかもしれない。でも、社会に出たら、まったく違う価値観を持つ人を説得しなければいけない場面も多いはずです。そのときに、あまり「敵」をねじふせようとしなくていいんじゃないかなと思います。むしろ相手がなぜ自分の意見に共感しないのか、自分とは違う主張をするのか、バックグラウンドをリサーチしてみることをお勧めします。すると、相手は「異文化」で生きているだけで、「敵」ではないことがわかったりしますから、コミュニケーションを図りやすくなる。説得できなかったときも、「相手と自分のスタンスがこう違うからダメだった」と「言い訳」が見つかります。仕事をしていたら、うまくいかないこともあるけど、撤退するならそれなりの「言い訳」を作るのが大事。それをせずに、ただ撤退していたら、社会ではサバイブできないですよ。

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月2回は配信しているメールマガジン『プラネタリー夜話』(税込525円/月 登録後1カ月無料)では、鏡氏による著名人占いのほか、占星術の歴史や星座の話、鏡氏の講演録などのコンテンツが楽しめる。「占いはエンタテインメントとして楽しんでいただければいいのですが、一歩進んでルーツを知れば、イメージがより広がります。占星術は現代とは違う考え方で成り立っているので、その考え方を知ることで、相対的に今がどんな時代なのかが見えてきたりもするんですよ」と鏡氏。
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取材・文/泉彩子 撮影/鈴木慶子 デザイン/ラナデザインアソシエイツ

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