株式会社日立製作所

難しい社会課題にお客さまと共に挑戦し、ソリューションを導き出す

当社の創業は1910年、小平浪平が「日本製の発電機を造りたい」と茨城県日立市で立ち上げたベンチャー企業です。設立から100年以上が経過し、現在は社会・産業システム、情報・通信システム、高機能材料、電子装置・システム、オートモーティブシステム、建設機械、生活・エコシステムなど、広範にわたる事業を展開。2017年3月期の売上高(連結)は9兆円強、営業利益率は7パーセントに届くまでになりました。

 

近年の特徴として挙げられるのが、海外事業の拡大です。今後さらにマーケットの伸びが期待できる欧州、北米、中国、アジアなどのグローバルマーケットに力を入れ、売り上げを伸ばしています。売上高に占める海外比率は現在約48パーセントですが、今後数年間で55パーセントに伸ばすことを目標としています。

 

昭和の成長期からバブル崩壊までは、高い技術力を持って確かな製品を売っていれば、買ってもらえる時代でした。ところがその後、中国・韓国をはじめとするアジアの技術力や製品クオリティーが向上し、日本企業の優位性が薄れてきた。単にモノやシステムを作って販売するだけでは、差をつけられなくなってきたのです。

 

そこで、当社はもっと付加価値の高い事業にシフトしていく方針を打ち出し、ソリューションの提供を目ざすようになりました。ソリューションとは、お客さま自身が気づいていないような課題や社会の課題を、お客さまと一緒に解決していくこと。単品の製品やシステムの提供から、ソリューションを提供する事業へ、「モノではなくコトを売る」ことにシフトしてきました。

 

幸い、当社にはモノづくりの技術だけでなく、システムや情報通信などのIT分野を数多く手がけた実績があり、OT(オペレーショナル・テクノロジー)と呼ばれる工場などのシステムを最適に動かす制御・運用技術も持っています。それを強みに、ITとOTとプロダクト(製品あるいはサービス)を組み合わせてソリューションを提供していく「社会イノベーション事業」を推し進めています。

 

2018年度に向けた中期経営計画のスローガンは「IoT時代のイノベーションパートナー」。電力・エネルギー、産業・流通・水、アーバン(都市開発)、金融・公共・ヘルスケアの4分野を強化し、創業当時からの「優れた自主技術・製品の開発を通じて、社会に貢献する」というミッションのもとに、優れたソリューションを提供して世の中のQOL(生活の質)を上げていくことを目ざしています。

 

社会イノベーション事業の成功例の一つが、イギリスの高速鉄道プロジェクトです。これまでも、日本国内では新幹線や列車を製造して提供してきましたが、イギリスでは車両製造だけでなく保守契約も受注。製造した車両をリースして、向こう27年間のメンテナンスや、事故を未然に防止するための予兆診断サービスを一手に引き受ける契約を締結しました。こうした契約形態は初めての事例であり、今後は、同様のソリューションを世界各国へ提供していこうと考えています。

 

今後は世の中がさらに複雑化し、難しい社会課題がますます増えていくと思われます。お客さま自身が気づいていない課題もあれば、気づいていてもどう解決すればいいのかわからない課題も出てきます。こうした難しい課題に、お客さまと一緒にチャレンジしていこうというのが、当社のスタンスです。

 

例えば、どこかの国の政府が国民の生活水準を上げるためにどうしたらいいのか悩んでいるとしたら、そこに介入し、一緒に考える。私たちも答えがわかっているわけではありませんから、「お客さまと共に考え、提案し、力を合わせてソリューションを導き出す」こうした仕事のやり方が増えていくと考えています。

 

最前線に立ち、お客さまと共に課題を解決するフロント人財を育成したい

お客さまと一緒にソリューションを生み出していくに当たり、当社ではフロントの強化に力を入れています。フロントとは、当社の最前線で社外の人たちとコミュニケーションを取り、お客さまの近くでサービスや開発を行う立場のこと。イメージしやすいのは営業職ですが、ソリューションの内容によってチーム編成は変わりますので、システムエンジニアや研究開発、調達、時には財務や人事でもフロントを担うと考えてください。

 

私たちは、日立の製品や技術力を使って、お客さまの課題を解決するビジネスを作っていける人を「フロント人財」と定義づけています。フロント人財に求められる資質は、幅広い発想力、コミュニケーション力やヒューマンスキルといった対人能力。そして、未知の世界に足を踏み入れ、スピード感を持って自発的に動ける行動力。さらに、難しい社会課題に臨む覚悟と責任感を持って、最後までやり抜く力も重要です。どんな職種であっても、当社の社員にはこうしたマインドを持っていてほしいと思います。

 

フロント人財の育成については、2年ほど前からさまざまな社内教育研修を行っています。いくつかの階層に分けて、実例を使ったビジネス研修、模擬ビジネスでの研修、eラーニングで知識を得る研修などを実施し、これまでの研修受講者は延べ3万8000名に上ります。

 

もう1つのキーワードは、グローバルです。採用は日本人だけではありませんが、日本人について言えば、きちんと日本語ができる上で、英語ができること。それ以外の言語ができることも、武器になります。これからは英語でのコミュニケーションなしに、グローバルで仕事をしていくのは難しいでしょう。

 

当社では、若いうちに海外を経験させるべく、3カ月から1年ぐらいの期間、世界各地に社員を派遣しています。実務研修からMBA取得までテーマはさまざまですが、年間約100名、これまで総勢5000名以上の若手を海外に送り出してきました。海外派遣は、言語能力の向上というよりも、外国人社員とともに海外現地での実務経験を積んで頂くことを目的としています。この経験がグローバルマインドを醸成するきっかけとなり、その後のキャリアでグローバルに活躍する人が増えていくことを期待しています。

 

実体験をお話しすると、海外赴任が縁遠いものと考えていた私に、ある日突然インドへの転勤辞令が下りたのです。英語力は大学入試レベル。現地で痛感したのは、伝えたいことがきちんと表現できないと、いくらよい考えを持っていてもゼロだということでした。ビジネスでは、なんとなくしゃべれる程度では役に立ちません。「やはり、言葉はできた方がいい」ということを痛感しました。

 

一方で、人と人との心が通じ合うかどうかは、言語能力よりもヒューマンスキルによるところが大きいのも事実です。こうしたヒューマンスキルは、経験で培われるもの。いろんな場面で、いろんなタイプの人たちと接し、うまくいったり、うまくいかなかったりという経験を重ねていく中で、自然と身についていくものだと思います。そのためにも、若いうちからさまざまな課題に果敢にチャレンジしてほしいと考えています。

 

学生の皆さんへ

居心地のよいところ、好きなところだけにとどまっているのではなく、いろいろな場に出て、いろいろな人と交わり、いろいろな経験を積んでください。成功体験だけでなく、負けたり、挫折したりした時の気持ちを知ることも大切。人間としての厚みが出ると思います。

 

学生時代は、自由になる時間がたくさんあります。その気になれば24時間何かのために使えるので、何かに打ち込んで、「これだったら他人に負けない」というものを持ってください。“仕事以外の何か”を持っている人は、発想が豊かですし、人間として強い。その強さが仕事の自信につながり、その自信がほかのことにも派生していくはず。たとえ仕事がうまくいかない時でも、それが心のよりどころとなり、「もう一度頑張ってみよう」と思えることでしょう。

 

同社30年の歩み

前身は、現在の茨城県日立市にあった銅と硫化鉄鉱を産出する久原鉱業所日立鉱山。創業者の小平浪平は、当時日本最大の水力発電所の建設に携わる若きエンジニアだったが、「自らの力で電気機械を製作したい」という強い志で、日立鉱山へ。1910年、国産初の5馬力誘導電動機(モーター)を完成させたことが、日立製作所の原点。創業の精神である「和」「誠」「開拓者精神」をさらに高揚させ、日立人としての誇りを堅持し、優れた自主技術・製品の開発を通じて社会に貢献することを基本理念とする。

1975年
1970年代、日立は世界の大規模水力発電所向けの輸出で実績を上げた。1975年、カナダのバンクーバーから300キロメートルのマイカ発電所への世界最大級の水車ランナーの搬入では、日立運輸東京モノレール(現・日立物流)は断崖を削り、テラスを張って97日間かけて運搬した。
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1979年
ATM量産1号機を出荷。1976年に旭工場と中条工場を中心に全社規模でATM機の開発に着手。1978年に中条工場からATM試作機が、翌1979年に旭工場から量産1号機がついに出荷された。
1981年
日中合弁第1号となる福建-日立電視機を設立。日立のブランドが中国国内に定着し、カラーテレビ、冷蔵庫、エアコン、洗濯機などの輸出が拡大した。
1982年
「電子線ホログラフィー」が、量子力学の論争に終止符を打つ。長年の論争となっていた量子力学のアハラノフ・ボーム効果を検証した。また、基礎研究所で開発した100万ボルト電子線ホログラフィー電子顕微鏡は世界最高の分解能を記録し、超電導体の磁場の観察でも画期的な成果を上げた。
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1983年
国産初のスーパーコンピュータ「S-810」が誕生。科学計算用に超高速演算を可能にした国産初のスーパーコンピュータ「S-810」の心臓部のボードと、その後継機となる「S-820」の中央演算処理装置、ともに国立科学博物館の「未来技術遺産」に登録されている。
1995年
光トポグラフィーを開発。近赤外線を照射して脳血流をとらえるため、血流で脳の活動の様子がわかり、新生児の脳機能の解明、ALS(筋萎縮性側索硬化症)患者の対話装置の開発など、脳科学研究で新たな領域を開拓した。
1997年
DNAシーケンサーを開発。これは遺伝子の塩基配列を超高速で分析する装置で、米国の科学雑誌から「ヒトゲノム(人間の全遺伝子情報)の解明を3年早めた」と絶賛された。
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2000年
がんの早期治療に期待される「陽子線治療装置」を開発。超高速に加速した水素の原子核(陽子)を身体に照射すると、ある一定の深さで完全に止まり、そこで大きなエネルギーが発生する。そのため病巣だけを集中して治療することが可能に。従来のX線治療よりも副作用や体への負担が少ないがん治療装置として注目され、2000年、初号機を筑波大学に納入した。
2012年
イギリスの高速鉄道車両、596両を受注。2012年に596両、2013年7月には追加で270両、合計で866両の高速鉄道車両を英国政府から受注した。
2014年
柏の葉スマートシティに日本初のエリアエネルギー管理システム(AEMS)を導入。千葉県にある柏の葉スマートシティの街全体のエネルギーを運用・監視・制御するシステムを開発し、街区を跨がって電力を融通する仕組みを日本で初めて導入した。オフィスや商業施設、ホテル、住宅などの施設と、太陽光発電や蓄電池などをネットワークでつなぐことで、地域エネルギーを一元管理し、日々の省エネや災害時の電力供給・融通などを実現。
2015年
人工知能「Hitachi AI Technology/H」を開発し、ソリューション事業を開始。
2016年
自ら接客や案内サービスを行うヒューマノイド「EMIEW3」を開発、実用化に向け実証実験を開始。2005年より開発を進めてきた人と安全に共存できるロボットサービス。移動、物体や音声の認識、人工知能を活用した多言語での会話機能に加え、2016年には自ら接客したり、複数のEMIEW同士で連携する機能を追加し、実用化に向け、公共施設などで実証実験を開始した。同年、IoTプラットフォーム「Lumada」を立ち上げ、事業を開始。
2017年
売上高9兆1,622億円、営業利益5,873億円、総従業員数30万3,887人(連結/2017年3月末時点)。

 

取材・文/笠井貞子 撮影/鈴木慶子

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