地味な仕事に向かう姿勢こそ、まわりはよく見ている
大学時代は、かなりアルバイトをしていましてね。もちろんお金を稼ぐためでもありましたが、せっかくだから社会がどう動いているのか見てみたいと思ったんです。だから、いろんな種類のアルバイトをしました。それこそ家庭教師から電柱の住所板交換、鉄道の保線区、マーケティングリサーチに広告代理店のCMフィルム運び、飲食店のボーイなどなど、多岐にわたるアルバイトです。これは本当に面白かった。世のなかにはいろんな仕事があることもわかったし、何よりみんなが一生懸命働いていることがわかりました。
そんな経験があったからか、就職先をすんなり決めることはしませんでした。大学のゼミにはOBがたくさんやってきて、自分の会社に誘うわけですね。その声を素直に聞く同級生もいましたが、私の場合は違いました。自分なりに情報収集をして、納得のいく選択がしたいと思ったんです。実際、働いている姿を見に行った業界もあります。学生には人気があるのに、みんな意外につまらなそうに仕事をしていたりして、これはやめよう、と思ったり(笑)。そんななかで興味を持ったのが、不動産業界でした。
当時は業界としてそれほど注目されていませんでしたが、時代の流れを考えれば、間違いなくいずれは社会から必要とされると私は思ったんです。当時の日本は高度成長期。ですが、社会資本の整備はこれからという状況でした。ちょうど、「新全国総合開発計画」が閣議決定され、「民間デベロッパー」という言葉が使われていました。このようななか、ひとつの都市を作り上げていくという社会の要請が、この業界には必ず出てくると思った。しかも、形に残る仕事であり、ダイナミズムもある。面白いと思いました。
ところがそのイメージが強すぎたのかもしれません。入社して最初の配属は調査室という部署で、私の仕事は会社に関連する情報の収集。これが残念ながら、つまらなくて。新聞や専門紙、雑誌などから、必要だと思われる情報をクリッピングし、まとめていく。ダイナミックな開発の仕事がしたいのに、来る日も来る日も新聞や雑誌とにらめっこする日々です。
でも、自分なりに一生懸命やっていました。そうするとあるとき、自分のなかに変化が起きていることがわかったんですね。何カ月も関連情報を追いかけていると、それを軸に社会や経済にものすごく詳しくなるわけです。自分でもびっくりするくらい、世のなかのことがわかるようになっていました。誰かに聞かれても、答えられるんです。
しかも、実はそういう地味な仕事こそ、必ずまわりのみんながよく見ているんですね。面白い仕事は誰でも一生懸命やる。でも、つまらないと思える仕事も一生懸命やっていると、「おっ、あいつは」となるわけです。入社翌年にニクソンショックが起きたとき、日本経済に与える影響について、当時の副社長が調査室に説明を求めました。すると、上司に呼ばれましてね。副社長のところに行って説明してこい、と言うんです。私は自分なりに世界や日本の動向と見通しをレポートにまとめていました。でも、入社2年目で経営トップに直接、自分の意見を伝える。こんなこともあるのか、と思いました。
これから社会に出るみなさんも、もしかすると「どうしてこんなつまらない仕事を」と思うことがあるかもしれない。でも、そう思ったとしても一生懸命やることです。そうすれば、必ず誰かが評価してくれるものです。「こんな仕事をやっても…」とクサっていたら、成果も上がらず、誰も評価してくれない。そして、一生懸命に向かう姿勢からこそ、ビジネスの知恵というものは出てくるんです。情熱がなければ、いい仕事はできないんです。
手痛い失敗があったおかげで、後に成果を手に入れることができた
もうひとつ、ぜひ知っておいてほしいことは、失敗を恐れてはいけない、ということです。なぜなら失敗は、自分にとっては必ずしもマイナスばかりではないから。後に大きなプラスにすることもできるからです。それは、私自身の経験でもあります。
入社6年目、私は社内で新しいプロジェクトに加わりました。新しい注文住宅のビジネスの立ち上げでした。マーケットニーズを分析し、そのニーズに合った事業を展開するビジネスの手法もありますが、このときは潜在的なニーズを自分たちで掘り起こし、こちらからマーケットに提案していく手法を取ることで競争優位を確保しようと考えました。そうして生まれたのが「企画住宅」という考え方でした。住宅の設計について、ある程度のコアの企画を決めておく。そして細かな部分はオプションで対応する。そうすれば、一般的な注文住宅よりも早く低コストで作ることができます。しかも、私たちが提案する理想的な住宅に住むことができるはずだ、と考えたんです。
これぞ多くの人が求める理想の住宅ではないか、というものをモデルハウスにすると、大盛況となりました。ところが、一向に受注が入らない。誰もが素敵な家だ、と言ってくれるのに、です。やがて、受注が入らない理由がわかっていきました。家づくりというのは、お客さまの生活の具現化、お客さまの理想のライフスタイルの追求そのものなんです。ところが私たちは、自分たちが理想とする生活やライフスタイルを押しつけてしまった。
家づくりのビジネスの本質は、単に家というモノを作ることではありません。こんなふうにしたい、あんなふうにしたいという声を聞き、それを具体的に家に落とし込んでいくプロセス全体が家づくりのビジネスなんです。企画住宅なら、早く家が作れる。それは、お客さまのいろんな声に耳を傾ける時間を省いていたからです。でも、実はお客さまは、それを望んでいなかった。私たちは家づくりの本質が見えていませんでした。もっといえば、作り手側の論理を押しつけようとしてしまった。事業は失敗でした。これは私にとっても、ショックな出来事でしたし、大きな挫折でした。
でも、この手痛い経験があったおかげで、私はビジネスというものを極めて厳しい目で見られるようになりました。常に謙虚に、自分を、ビジネスを見つめるようになれたんです。この後、群馬県の大規模分譲住宅プロジェクトに挑むことになりました。都心から離れた立地で大変難しいプロジェクトでしたが、まさにこの姿勢が活きた仕事になりました。それこそ安易な発想は絶対にしないよう、知恵を振り絞りました。建築の人や販売の人など色々な立場の人たちと話し合いながら、夜も眠れないくらい必死で考えました。そうすると、やっぱりいいアイディアが出てくるんですね。結果、とても難易度が高いと言われていた分譲だったにもかかわらず、完売させることができたんです。私は社内で「アズ・ワン・チーム」と言っていますが、このときの経験がチームワークを重んじる私の仕事の原点になりました。
誰もが失敗はしたくないかもしれない。でも、だからといって失敗がすべて悪かといえば、必ずしもそうではないんです。大事なことは、失敗を次につなげていくことです。それを活かしていくことです。私も会社に迷惑をかけたから、絶対に挽回しようと思いました。その意識を持てば、失敗は次につながる。成長につなげられるんです。
一番いけないのは、何より失敗を恐れてチャレンジをしなくなることです。難しい仕事が目の前に来たとき、ダメだ、無理だ、とあきらめてしまうこと。これでは絶対にうまくいきません。人間というのは、あきらめたらその瞬間に思考が停止し、良い考えが何も出てこなくなります。きっとやれる。きっと大丈夫だ、と思うことです。その思いこそが突破口を作ってくれる。
そしてたとえもし失敗したとしても、ヘコんでしまわないこと。むしろ、そこから学んでいけばいい。ぜひ、覚えていておいてほしいと思います。
新人時代
写真は、入寮していた寮にて。後列左から3番目が私です。
プライベート
この写真は、京都にでかけたときのもの。隣は妻の道子です。