三菱電機株式会社 和久 摂さん

[INTRODUCTION] もともと自分の陣地に閉じこもる予定だったエンジニア人生は、「世界トップシェア」の言葉に釣られてモーター開発に挙手してから、予想外の拡大をみせる。躊躇する和久を尻目に、上司は「必ず、おまえのためになる」と常に言い放ち、新世界へ和久を放り込む。そして今、彼はインドへ。中国へ。異質にもまれつつ、日本の製造技術に頼らない「知恵を使った設計」のあり方に頭を絞る。

家電屋さんでみた幼き夢。

小さいころ、家電が好きだった。店頭でヒット商品を眺めては「ええなー。いつかこんなんつくりたい・・・」と、将来を夢みながらタメ息をついていた。軽くヘンなガキ。でも性格はきわめて実直で、ひとつのことを続けることが好きだった。自分の領域内でコツコツと。この会社に入ったのもカーナビなどの自動車機器がしたくて、人生の大半を過ごした近畿圏内にあったから。すべて、過去の自分の生息領域内で生きていくつもりだった。入社前までは。

耳元でささやかれた誘惑の8文字。「世界トップシェア」

「世界トップシェア」という言葉にクラクラした。今でこそ油圧式に代わって、あたり前になってきた電動パワーステアリング。こいつの心臓部であるモーターシステムで、うちは世界でも圧倒的なシェアを占めていた。入社して初めて知った事実だった。モーター出力は回転子にどれだけ線を巻くかによるが、ふつうたくさん巻けばモーターはデカくなる。だが、うちは巻線を超高密度にする技術を持っていて小型・高出力を誇っていた。しかも、クルマの性格を左右するECUという制御ユニットとパッケージで開発できるからこその強さらしかった。「世界一。ええ響きやなぁ」その魅力に惹きつけられ、僕は「やりたいです!」と手を挙げた。

3年目までは、社内でコツコツと熱対策なんかの先行開発をやっていた。ほぼ一人に任されていたから、楽しかった。ところが、ある日、上司が言った。「量産開発の人が足らん!和久、おまえ来てくれ!」「はあ」言われるがまま飛び込んだ欧州カーメーカーの新車種プロジェクト。それが僕の未来のトビラをこじ開けた。なかば力づくで。

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こじ開けられた僕の生息領域。その先に子どものころの夢があった。

「急な出張が入ったから会議、出といてくれ」「あ、いいですよ」上司の言葉で気軽に引き受けた代役だった。うちの欧州メンバーと姫路チームとの電話会議システムをつかった作戦ミーティング。姫路はECUのハードとソフト、そしてモーターは僕ひとりという陣容だった。始まってすぐ僕は愕然とした。「○△♯♪」「*Б?♭?」会話は英語。まるっきり解らない。が、しかしECUハード設計の黒岩さんも、ソフトの松本さんも恐ろしく流暢にしゃべっているのだ。『なんやこの人たち!』ショックだった。外の世界へと強引に目を開かされた気がした。その日、僕が覚えた唯一の英語は「悪いけど、今言ったことメールで送ってくれへん?」だった。

この某新型車のモーター開発は、量産型モーターをベースにカスタマイズする方向だったから、わりとすんなり進むはずだった。しかしある日、意外すぎる角度から弾は飛んできた。「モーターを10㎜短くできないか?」直接のお客様であるハンドルメーカーからの懇願にも近い依頼だった。新型車のモーター仕様は車型に合わせて大小2種類。ところが、手違いでカーメーカーには「小」の外形図だけが伝わっていて、「大を入れると他の構成部品に当たるらしいんだ・・・」と。『かんべんしてくれ!』と心の中だけで叫んだ。「うちがなんとか7㎜やるから、三菱電機さんも3㎜・・・」悲痛な様子に無理と言えるわけがない。しかし、事は数字ほど単純ではなかった。「冷鍛※1じゃ無理やで!」今回のモーターは回転軸の先に爪をつけて、ある工夫をし、ハンドルのガタつきを極限までなくす作戦だった。ところが3㎜削ることで、回転軸を入れこむ穴と爪の間が小さくなる。強い圧力をかけて軸を穴に入れこむためには回転軸と爪の硬度差がないと滑ってしまうのだが、両者が接近することで当初行う予定だった冷間鍛造という技術では、硬度が安定しなくなったのだ。「しょうがねえ。焼結※2でやるか」と、高温で接合する方法へと変更。製造ライン、材料加工。あらゆる仲間たちがグチることなく必死で頑張ってくれる。僕は量産設計の善し悪しが、どれほど多くの人々に影響を与えるかを身をもって知った。

2年後、モーターが欧州へ旅立つ日がやってきた。ラインオフ。僕は居ても立ってもいられなくなって、工場まで見に行った。ウィーン。「あっ出てきた!」ポンポンと生まれ落ちる僕の初作品。「そりゃあ、もうわが子のようだ」そう聞いてはいたが、心からそうだと思った。僕は巣立ちを見送りながら『これや!俺はこれがやりたかったんや!』と子どもの頃を思い出していた。

※1冷間鍛造 (冷鍛) :常温で型によって成形する方法。仕上がりの製品の寸法精度が小さく、あらゆる大量生産部品の製造で一般的となっている。

※2焼結:粉末や粉状の素材を加熱し、結合させる方法。

この会社、どこまで俺を連れていくんや。インド、中国・・・つづく。

イ ンド、中国。2011年5月から僕は2つの国に飛びながら、現地生産のための部品メーカー現地化を進めている。インドじゃ何でも「ノープロブレム」中国 じゃガンとして意見を曲げない。異質の衝撃。いやあ、世界は広い。しかも関わる人々は、また何倍にも増えた。気づけば自分の領域内で生きる予定の僕が、こ んなところまで来てしまった。でも、力づくで視界を広げられてみると「おもろいな」と常に思う。今度は中国語か・・・その先のおもろい世界を考えれば、 ま、なんとかなるやろ。

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