前編では稲垣さんが雑草に興味を持った理由や、仕事として雑草の研究に携わるまでの経緯をうかがいました。
後編では将来の仕事についての基本的な考え方を、雑草についての知識も交えながらお話しいただきます。
好きなこと、やりたいことというのは、一生探し続けていくもの
-稲垣さんには学生時代から雑草学という「軸足」がありましたが、好きなこと、やりたいことがわからず、悩む人も多いです。
私もつい最近、わからなくなって悩みました。だから、実は、若い方たちに偉そうなことはとても言えないんです。
-なんと、稲垣さんもですか!?
はい。2013年に静岡大学に来て、「好きな研究をしていいよ」と言われた時に、はたと何をやっていいのかわからなくなってしまったんです。農林水産省や静岡県の職員として働いていた間は、仕事の目的を上から与えられて、「こんなことをやって本当に意味があるんだろうか」「自分がやりたいのはこんなことじゃないのに」なんて心の中で反発したり、言い訳をしたりしていたんですね。ところが、それが全部取り払われた時に、自分が雑草学の何を明らかにしたいのか、何のために研究したいのかがわからなかった。ずっとわかっているつもりでいたけれど、わかっていなかったことに気づきました。
-答えは見つかりましたか?
まだ手探りではありますが、今は輪郭が見えてきました。雑草学というのは農業や緑地管理のために雑草をやっつけるというのが大きな目的としてあります。一方で、雑草というのはもともと競争に弱く、弱いからこそさまざまな戦略を持ち、逆境を乗り越えてしたたかに生きている。その人間の生き方に通じるそぶりに驚かされて本に書くと、読者の方から「勇気づけられた」「助けられた」という声を頂くことがよくあるんです。そういう声を聞くと、雑草の「生き方」を明らかにすることで、人間が学ぶことができたり、力づけられることもあるのかなと。雑草学の目的ではないですし、本流ではありませんが、雑草の「生き方」を皆さんに伝えることも私の研究の一つの目的だと最近は考えるようになりました。
好きなこと、やりたいことというのは多分、探し続けていくものだと思うんですね。やりたいことにたどり着いたとしても、また探したり、磨いていく。仕事をするに当たって見つけておくべきものというよりは、目の前の仕事をしながら、探し続けていくものなのではないでしょうか。それから、将来の仕事を考えるに当たって、私たちは往々にして「A社に入りたい」「開発職に就きたい」と会社名や職種名を思い浮かべがちですが、雑草の振る舞いを見ていると、形にとらわれないことが大事かなと思います。
踏まれたら、立ち上がらない。それこそが雑草の強さ
-少し詳しくお聞かせいただけますか?
雑草というのは図鑑通りの形をしていないことも多くて、縦横に伸びたり、サイズの個体差が激しかったり、多彩に変化するんですね。また、よく「踏まれても踏まれても立ち上がる」と言われますが、それはうそです。雑草は踏まれたら、立ち上がりません。生存して種を残すためなら形なんてどうでも良いし、踏まれやすい場所では横たわったままの方がダメージが少ないというわけです。形にこだわらず、大切なものを見失わない。それが雑草の強さなんですね。
「A社に入りたい」「開発職になりたい」と外側の部分だけ見ていると、希望とは異なる環境に置かれた時に、必要以上に失望しかねません。でも、「大学で学んだ知識を生かしたい」「人の役に立ちたい」のようにもっと内側の部分を大切にしていたら、ちゃんとやりたいこと、好きなことができたりするんですよね。どんな仕事がしたいのかではなく、人として、どう生きたいのかを考える。将来の仕事を思い描くというのは、そういうことなんじゃないかなと思います。
学生へのメッセージ
ヒット曲の影響で「みんなオンリーワンの存在なのだから、ナンバーワンになろうとしなくてもいい」と言われることがありますが、生物の法則は厳しくて、「ナンバーワンしか生きられない」というのが自然界の鉄則です。それなのになぜこんなにたくさんの生物が地球上に生きているのかと言うと、すべての生物が自分がナンバーワンになれる、オンリーワンの場所を持っているから。そういう場所を生物学では「ニッチ」と言います。では、ナンバーワンになれる場所を見つけるにはどうすればいいかと言うと、「自分らしさ」を高めること。
得意なことや、好きなことで勝負するというのが一番なんですね。でも、好きだけど苦手だったり、得意だけどたくさんのライバルがいることもあります。そういうときに、生物がよく取るのは「ズラしてみる」という戦略。例えば、デザインが好きなのに絵が苦手なら、デザイナーに指示をする仕事に回れば好きで得意なことになるかもしれないし、同僚がやらないことを探してやってみれば、あまたいる営業職の中で抜きん出ることができるかもしれない。生き残るために絶対やってはいけないのは、人のまねをすること。得意なこと、好きなことを見つけるというのは人生を充実させるだけでなく、生物の法則に照らし合わせても大変重要なことです。
稲垣さんにとって仕事とは?
−その1 仕事を通し、世の中の一部に自分がいるというのを実感できることがうれしい
−その2 「軸足」を意識しながら、さまざまな経験と掛け合わせることで専門性が深まる
−その3 どんな仕事がしたいかではなく、人として、どう生きたいかを考える
INFORMATION
近著『雑草はなぜそこに生えているのか 弱さからの戦略』(筑摩書房/本体840円+税)では、若い世代に向け、雑草の「生き方」について説いている。「抜いても抜いても生えてくる、粘り強くてしぶとい」というイメージのある雑草だが、「実はとても弱い植物。弱さゆえに生き残りをかけた驚くべき戦略を持っている」と稲垣さん。厳しい自然界を生きていく雑草のたくましさの秘密が紹介されており、人生やキャリアについて考える上でのヒントにもなる。
編集後記
インタビューでは雑草学や雑草についてもお話をうかがいましたが、そもそも「雑草」とは何なのでしょうか。素朴な疑問を稲垣さんにぶつけると、「簡単に言うと、『人間の邪魔になる草』です。その植物が雑草であるかは人の見方によって変わり、時代によって分類が変わったりします。例えば、ススキはかつてかやぶき屋根に使われる有用な植物でしたが、現在は雑草として扱われます。ずいぶんあいまいな定義だなと思われるかもしれませんが、定義とはあいまいなもの。よく知られているところでは、野菜や果物の定義もはっきりしていないですよね」と教えてくれました。(編集担当I)
取材・文/泉 彩子 撮影/臼田尚史