「好きな仕事だからこそ、好きだけではいられない」と中川晃教さん。その真意とは?

中川晃教さんカット

プロフィール 中川 晃教(なかがわ・あきのり)2001年、『I WILL GET YOUR KISS』でCDデビューし、第34回日本有線大賞新人賞を受賞。翌年、ミュージカル『モーツァルト!』の主役に抜てきされ、第57回文化庁芸術祭賞演劇部門新人賞、第10回読売演劇大賞優秀男優賞、杉村春子賞を受賞。以降、圧倒的な歌唱力と表現力で『キャンディード』(04)、『SHIROH』(04)をはじめ、数々のミュージカルやストレート・プレイに出演。シンガーソングライターとしての音楽活動と並行し、日本のミュージカル界をけん引し続けている。16年に日本で初演されたミュージカル『ジャージー・ボーイズ』のフランキー・ヴァリ役が話題になり、第24回読売演劇大賞最優秀男優賞、第42回菊田一夫演劇賞を受賞。今秋再演されるほか、2020年9~10月には全国10カ所11公演の全国ツアーが決定している。

圧倒的な歌唱力と表現力で、日本のミュージカル界を牽引してきた中川晃教さん。2020年4月に出演を予定していた『チェーザレ 破壊の創造者』(https://www.cesare-stage.com/)は、海外作品が上演されることの多い日本のミュージカル界において、日本のコミックを原作に初演される画期的なオリジナル・ミュージカル。惜しくも上演中止となりましたが、この作品の稽古中に、作品に賭ける思いはもちろん、中川さんがミュージカルと出会い、現在に至るまでのお話をうかがってきました。

ずっとオリジナル・ミュージカルをやりたかった

―中川さんはミュージカルに出演されるより先に、シンガーとしてデビューされていますよね。

そうなんです。両親が音楽好きで、特に母は結婚で音楽の道を離れたこともあって、その夢が僕に託されたんですね。幼いころからピアノを習わせてもらって、そのうち作曲もするようになって。自分の中から生まれてくるものをピアノや歌で表現することに、早いうちから目覚めていました。

―当時は、どんなことを思われていましたか?

最近は曲を作って歌う人のことを「アーティスト」って呼びますけれど、当時はそういう呼び方もはっきりしていなくて。なんとなく、そういう方向へ進めたらと思っていた僕に、母がミュージカルを見せてくれたんですよ。

―おいくつのころですか?

小学校4~5年生でした。子どもながらに、とても感動して、ピアノ1本で表現していた延長上に「こんな世界があるのか」と衝撃を受けて。いつかこういうものを作りたいなと思ったんです。

―歌うよりも作る方が先だったのですね。

当時はどんな会社がミュージカルを制作しているか知らなかったのですが、わかっていたら、プロデューサーや作曲家のような裏方を目指したかもしれないですね。そのまま時間がたって、ミュージカルを作りたいと思っていたこともいつの間にか忘れていて。2001年にシンガーソングライターとしてデビューしたんです。

―高校時代にテレビで取り上げられたことが、デビューにつながったそうですね。

そうなんです。デビュー曲がドラマの主題歌にもなって、おかげさまでいい活動をさせていただいたのですが、突然、ミュージカル『モーツァルト!』のオーディションのお話をいただいて。「なぜ僕にミュージカル!?」って。でも、「そういえば、子どものころにミュージカルを作りたいと思っていたな…」と思い出して、自分の中で、すっとつながったんです。

―デビュー翌年の2002年に『モーツァルト!』で、初のミュージカルに主演されます。

自分では反省するところだらけでしたね…。この作品に抜てきしていただいたことで、今のようにミュージカルと音楽活動を並行してやらせていただくようになったんです。

―これまでを振り返られて、いかがですか?

ブレていないなと思うのは、好きなことを仕事にしたということです。ということは、好きなことだけをやっているわけにはいかないんですよね。

―それは?

デビュー当時は、自分が思い描いていた歌でデビューすることができて、好きなことを究められて、それはそれで、すごく幸せなことだったと思うんです。でも、ミュージカルは、自分の歌いたい歌だけを歌うわけにはいかないんですよね。作品として求められたら、自分の好き嫌いを超えて、その歌をお客さまに届けることがプロなので。

―その意識はどこから来るのですか?

一流でありたいという気持ちですね。この世界に携わらせていただいている一員として、本物でありたいんです。ということは、「これはできます」「これはできません」ということは言ってはいけない。そう気づかせてくれたのも、ミュージカルとの出会いが大きいんです。

―とおっしゃると?

ミュージカルでは、本当にいろいろな役を演じますから。ミュージカルをやらせていただく以上は、どんな声でも出る人でありたいと思うんですよ。そういう思いが、最近の作品でいうと『ジャージー・ボーイズ』にもつながっていったと思うんです。

―2016年に日本で初演されたミュージカル『ジャージー・ボーイズ』ですね。伝説のシンガー、フランキー・ヴァリ役を演じられました。

僕にとって、大きな経験でしたね。フランキー・ヴァリは87歳の今でも現役で、昨年、来日したんです。彼の歌声を生で浴びて、「これはマネできない。彼の声でしかない」と実感しました。

―中川さんの歌唱も、評価されましたが。

彼は「天使の歌声」とか「高音がきれい」と言われていて、演じるにあたっては、高音を出す「トワング」という独特の発声を習得したことで、ひとつの評価はいただいたのですが、言わせていただけるのなら、僕が目指しているのは、もっと上なんです。ヴァリの生声を聴いて、それに気づかされたんですよ。それともう一つ『ジャージー・ボーイズ』が転機だと思えたことがあって。

―うかがえますか?

あの作品は初めてミュージカルが日本の演劇界で評価された作品なんです。と言うのも、「読売演劇賞」という演劇界の大きな賞があるのですが、その賞をミュージカルで受賞したのは、あの作品が初めてなんですよ。演劇界でミュージカルが「市民権」を得たというか、認められたというのは、大きかったですね。

中川晃教さんインタビューカット

 

『チェーザレ』には、今を生きるヒントがある

―幼いころから「ミュージカルを作りたい」と思っていらした中川さんですが、『チェーザレ 破壊の創造者』は、日本で初演されるオリジナル・ミュージカルですね。

演劇界でミュージカルが認められてきた今、この作品をやらせていただけるのは、とても大きいことだと思っています。だから、実はすごく重いんですよ、僕の肩にのっているものが(笑)。

―夢見るような美しい作風が多い日本のミュージカルの中で、チェーザレが主人公の作品というのも画期的だと思います。彼については悪く書かれている文献もあるじゃないですか。

悪く書かれた文献の方が多いですね。だからこそ、のちにそう言われることを知りながら、このミュージカルを観ていただくと、「若いころには、こんなにピュアで希望にあふれていた人が、そうなったのはどういうことなんだろう」って、いろいろ考えていただけるんじゃないかと思います。

―学校の歴史の授業では、チェーザレが生きたルネサンス期のことは、あっという間に通り過ぎてしまいますが、ミュージカルで一人の人物の物語として観ると、興味深いです。

そうなんですよ。僕も、この作品のお話を頂いたとき、チェーザレのことを知らなくて。物語は1475年から始まるのですが、「ああ、あの事件があったころだ」という、わかりやすいフラッグがない時代なんですよね。でも、『君主論』を書いたマキャベリって聞くと、ああ、なんとなく知っているなと思って。

―そうですね。

『君主論』のモデルになったのが、チェーザレなんですよ。あと、同じ時代にレオナルド・ダ・ヴィンチがいたり、メディチ家のロレンツォ・デ・メディチがいたり。チェーザレだけを調べてもピンとこなかったことが、同じ時代を生きた人たちのことを調べていくと、全体が立体的に浮かび上がってきて面白いんです。

―人間関係から、ひもといていくのですね。

今と比べて、当時の人は、何を大切にして、どういう生き方をしていたのか。そこを考えると、今の自分たちのヒントになることも多いような気がします。例えば、何にお金を使っていたのか。政治に使われることもあれば、芸術に使われることもあって、そこにはユダヤ人が大きな力を持っている。そこに差別意識を持つ人もいたけれど、チェ-ザレはそうではなかった。それはなぜだろう…とか。

―ミュージカルの中で描かれるのは、16歳から22歳ぐらいの青年期だそうですが。

チェーザレはピサの大学に入学して、スペイン生まれのボルジア家や、フランス出身の人々、イタリアの一団と共に、ヨーロッパの縮図のように異なる民族が一堂に勉強している中で、リーダーシップを取っていくんです。彼の目的は、自らのボルジア家を守るため、父親を教皇にすること。そのために大学内での政治が必要になってくるんですね。

―原作の『チェーザレ 破壊の創造者』にも、その辺りが面白く描かれています。

そうですね。政治的なことを考えて、大学内でも頭を使って動いていく一方で、チェーザレの中に純粋な思いも湧き起こってくるんです。それは、教会が政治に手を出すのは、違うんじゃないかということなんですね。神は神であって、純粋に信じたいと。

―教会権力に疑問を抱くわけですね。

なぜ純粋な神という存在がある教会に、お金や欺瞞(ぎまん)や富が絡んでくるのか。そういうことに葛藤しながら、本当にリーダーシップを取るべき人間、皇帝になるべき人間はどういう人間なのだろうという思いを学生時代に強くしていくんです。

―将来を考えるという点では、今の時代の学生の皆さんと似ています。

そうなんですよ。夢を持って進んでいる人もいれば、探している最中の人もいて。同じ時代を生きている人間が、この場で出会ったことで、自分が何をすべきなのかを考え始めるんです。それが自分の運命になる人もいれば、運命を変えられると気づく人もいる。そういう葛藤が生々しく描かれているので、面白く観ていただけると思います。

中川晃教さんインタビューカット

 

限界突破は、自分を信じるしかない

―こうしてお話をうかがっていても、ご自分に求めていらっしゃることが、とても高いですが、お稽古中は、相当大変なのではないでしょうか。

その通りです。毎回、ひいひい言ってます(笑)。

―どうやって乗り越えられるんですか。

ミュージカルや歌を届けるというのは、観に来てくださった方に感動を届ける仕事だと思うんです。人を元気にし、ポジティブにし、よかったと思ってもらう仕事だし、それは世の中のためになる仕事だと誇りを持ってやらせていただいています。その思いが通じないときもあると思うんですが、その思いが自分を自分でいさせてくれるものでもあるんですよ。

―もっとうかがえますか?

ミュージカルや歌で元気になってもらうためには、自分はどうあればいいんだろうというのは、やはり日常から考えているんです。それは稽古場でも一緒で、すごく大変なときも、大変なまま終わらせられないんです。最後は観てくれる人の感動につなげるために、稽古場で悩んでいるから。

―お稽古中は、どんな感じなんですか。

「なんでこんなにつらいんだろう」とか「どうしてこの仕事受けちゃったんだろう」とか(笑)。すごく苦しいときもありますけれど、最後はすべてを感動に変えていくというのは、自分を信じるしかないんですよ。そういうところでなんとか切り抜けてきました。でも、切り抜けられないときもあるんですけど。

―そうなんですか?

いっぱいあります。いつも悩んで、悩んで、ですから。今、就活している皆さんも「世の中がこんなときに就活が重なるなんて」と思われるかもしれないけれど、誰かのせいにしたくても、こういうときはできないじゃないですか。誰も経験したことのない状況にみんなが直面しているから、そういうときは個という原点に返って、家族や身近な人との関係を見直したりしながら、どうしたら乗り越えられるのか、知恵を使うことが大事なのかもしれないなと。

―劇場もクローズしましたが…。

当たり前だった日常が当たり前じゃなくなることを経験して、劇場がクローズした中で何ができるのか、僕もすごく考えました。ツイッターで何かできないかなとか。オリジナル・ミュージカルである『チェーザレ』をカンパニーのみんなでいい作品にできたら、日本のミュージカル・シーンもさらに盛り上がっていけると思うし、観に来てくださった方の中に、僕がそう思ったみたいに「この世界にかかわりたい」と思ってくださる方もいるかもしれない。今は誰にとっても経験したことのない状況ですけれど、僕たちは僕たちでできることを精いっぱいやりたいと思います。

ミュージカル「チェーザレ」PR画像『チェーザレ 破壊の創造者』
舞台は、1475年のローマ。その出生の秘密から「罪の子」と呼ばれながらも、類いまれなる才知と美貌を備え、のちに政争渦巻くヨーロッパの統一を目指していくチェーザレ・ボルジア。ピサのサピエンツァ大学に在籍した16歳に始まる彼の青年期を、当時のヨーロッパの縮図のような人間関係の中で描き出す、オリジナル・ミュージカル。
膨大な資料をもとに描かれ、高く評価された惣領冬実のコミックを原作に、宝塚歌劇団演出部に所属していた荻田浩一が脚本を担当。『チック』が高く評価された小山ゆうなを演出に迎え、音楽はテレビドラマの劇伴でも知られる島健が手掛ける。歴史の長い明治座で、初めてオーケストラピットが使われることも話題。原作:惣領冬実『チェーザレ 破壊の創造者』(講談社『モーニング』連載)
脚本:荻田浩一 演出:小山ゆうな 音楽:島健
出演:中川晃教、宮尾俊太郎(Kバレエ カンパニー)、別所哲也ほか
(C)惣領冬実・講談社/ミュージカル『チェーザレ 破壊の創造者』製作委員会
公式サイト:https://www.cesare-stage.com/

※本公演は中止になりました。詳しくは公式サイトでご確認ください。

取材・文/多賀谷浩子
撮影/八木虎造
スタイリスト/KAZU
ヘア・メイク/松本ミキ


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