新卒で就職するなら、できるだけ「安定した職業」を選んだほうが安心できると考える人も多いのではないでしょうか。しかし、ひと言で「安定した職業」と言っても、イメージするものはさまざま。自分が考える業界や企業と、周りのイメージが異なる場合も多々あります。
多くの企業の業績や動向を調査・分析しているシンクタンク、日本総合研究所の吉田研究員に、「安定した職業」とは何か、その見極め方まで詳しくうかがいました。
目次
安定した職業とは?先輩たちのイメージを調査!
まず、学生イメージを調査するために2020年卒の内定者300人を対象にアンケートを実施したところ、「安定した職業(業界や企業)」に関して、実にさまざまな意見が集まりました。それらを大きく分けると、「企業の経営が安定しているか」と「安定して働き続けることができる労働環境か」という2つの観点に集約されるようです。
「企業の経営状態が安定している」
- 需要があり続ける事業を展開している企業(SI業界内定)
- 総資産額が大きく、かつ財務状態が健全である企業。国内の消費市場が縮小していくことを考えると、業界内でリーディングカンパニーであること(生命保険業界内定)
- 自己資本比率が高い会社(化学業界内定)
- 国の案件も請け負っていて、海外進出にも積極的な企業(ソフトウエア業界内定)
- 優れた技術力など、その会社にしかない強みがある(化学業界内定)
「安定して働き続けられる労働環境がある」
- 会社の規模にかかわらず、福利厚生がしっかりしている(建設業界内定)
- 残業がなく、休みや給料にブレがない(ファッション・アパレル業界内定)
- 結婚、出産などライフイベントに左右されずに働き続けられる会社(介護・福祉業界内定)
具体的な業界としては、社会の骨組みに当たるインフラ業界や、経済の血流にも例えられる物流業界、人が生きていく上で必要不可欠な医療業界や食品業界などを挙げる人がいました。また、職種としては「機械による自動化が難しい」を条件に挙げる人も多数。しかし一方で、「安定した職業などない」という回答も、数多く見られたのです。
企業分析のプロが考える、安定した職業とは?
学生のアンケート結果と、プロが考える“安定した職業”には違いがあるのでしょうか。企業分析のプロである日本総合研究所のリサーチ・コンサルティング部門シニアマネジャーの吉田賢哉さんにうかがいました。
吉田賢哉(よしだ・けんや)
東京工業大学大学院社会理工学研究科修士課程修了。新規事業やマーケティング、組織活性化など企業の成長を幅広く支援。従来の業界の区分が曖昧になり、変化が激しい時代の中で、ビジネスの今と将来を読むために、さまざまな情報の多角的・横断的な分析を実施。
安定した職業を見つけにくい時代になりつつある
「安定した職業」に決まった定義はありません。アンケートの結果からもわかる通り、個々の価値観によって「安定した職業」に対する考え方はさまざまです。ただ、会社が存続していくための業績や市場価値、解雇や離職につながらない労働条件という見方は、世間の一般的な評価に近いものと言っていいでしょう。
インターネットが登場して以降、社会の変化が早く激しくなっています。どれほど働き方の各種制度が整った大企業でも、どんな伝統産業でも、周りの変化と一切関係なく存在できません。「相対的に安定している」「今、この瞬間は安定している」という言い方はできたとしても、周囲の変化の影響を受けることで、業界としてあるいは企業として、安定しなくなるケースも増えているのです。それゆえ、昔から安定していると考えられてきた企業や業界であっても、就職したら一生安泰と言える時代ではなくなっています。
安定した職業を見極めるには、業界や企業をさまざまな観点で分析する力が必要
安定した業界や企業を求めるのであれば、世間の評判や今の状況だけで判断するのではなく、さまざまな観点から業界や企業が置かれている状況を分析し、変化を捉える力が大切になってきます。
では、具体的にどのように分析したら良いのか、実際に経営戦略などを検討する際に使われるフレームワークを3つ紹介します。就活生が業界や企業を研究する際にも役立つ視点なので、「安定した職業」を見極める際に参考にしてみましょう。
「ファイブ・フォース分析」で業界における企業のポジションを理解する
業界分析をするときによく使われるフレームワークの1つが、「ファイブ・フォース(5-forces)分析」です。これは、経営学者のマイケル・ポーター氏が提唱した考え方で、ある業界を分析するときに5つの競争要因を意識して、それぞれの要素が業界にどのような力を及ぼすのかをチェックします。
5つの競争要因とその関係性を図で表すと以下のようになります。順に説明していきます。
(1)業界内の競争
業界内における競争のことです。ライバルとの競争が激しければ価格競争などが生じ、利益率が下がり企業の体力低下につながります。
(2)売り手の力
原材料やサービスの売り手(仕入れ先)との力関係のことです。例えば、特別な技術やほかでは手に入らない材料であれば、売り手の言い値で調達することになるため、収益性が下がったり、別の売り手を探すことに大いに苦労したりすることになります。
(3)買い手の力
顧客やユーザーなど買い手との力関係のことです。例えば、大型スーパーのように、買い手が大きな購買力を持っていれば、値引き交渉を受け入れたり、製品の差別化を図ったりする必要が生まれます。
(4)新規参入の脅威
同じ業界や地域への新規参入のことです。例えば、製造業などであれば、工場建設などの初期投資が少ない、商品を流通させる経路が作りやすいなどの参入障壁が少なければ、新規参入によって、競争激化や業界構造の変化が起こる可能性があります。
(5)代替品の脅威
既存品以外でニーズを満たす製品やサービスのことです。例えば、スマートフォンのカメラ機能の登場がデジタルカメラの脅威になったように、代替品の登場が価格競争や性能競争を生みます。
興味のある業界や企業が、どんな状態にあるのかを考えるときに、このようなファイブ・フォース(5-forces)分析で見てみるのも一つの方法です。5つの競争要因が、業界に及ぼす影響が弱ければ、収益性をおびやかされることが少なく、安定した業界や企業と見ることができます。
学生の皆さんは、就活先の企業や職場が、自分たちの業界をどう捉えようとしているのかを知り、その捉え方が自分にとって魅力的で納得度の高いものであるかを確認しておけるといいでしょう。
では、具体的に皆さんにとって身近な例でファイブ・フォース(5-forces)分析をしてみます。
例えば、自動車業界について考えてみましょう。
ファイブ・フォース分析すると
(4)新規参入の力:必要な設備も部品も非常に多く、技術の積み重ねが必要で、新規参入は簡単ではない
(5)代替品:自動車に代わる便利な移動手段はなかなかない
このため、自動車業界は長年、比較的安定した業界と考えられてきました。
しかし最近は、
(3)買い手の力:若者のクルマ離れが進み、買い手に有効に働きかけることができない
といった状況が現れ始めており、業界の立場が弱くなることが懸念されます。
一方で、自動車業界は、世の中の動きから自動車に求められるものを感じ取り、それに対応してきた歴史があります。自動車が登場した当初、自動車にとって重要なことは、壊れずにスピーディに目的地まで移動ができることでした。その後、自動車が普及するにつれ、より安い価格で自動車を販売することや快適な乗り心地を提供することなどが、重要になっていきました。さらには、優れたデザイン性が消費者の車選びのポイントになっていき、それにも応えてきたのです。また、環境への意識が高まると、燃費が良いことや環境に優しい自動車づくりに努めました。
自動車業界を取り巻く状況のこれからの変化を考えると、今後は、例えば「自動車を生産するメーカー」という意識から、「人を目的地まで運ぶ事業者」と捉え直すことが重要になるかもしれません。人の快適な移動に関する各種サービスを総合的に提供していくことで、新たなビジネスの可能性が開けてくるかもしれません。
このように、「世の中の変化を感じたり、予測したりして、それに応じて、業界や企業を捉え直して対応できる会社」はより安定的だと言えるでしょう。
では、世の中の変化をどうしたら感じることができるのでしょう。
「PEST分析」で時代の潮流や世の中の動向を見る
世の中全体の動向を見る方法の1つに「PEST分析」があります。
「PEST分析」とは、Politics(政治・規制)、Economics(経済)、Society(社会)、Technology(技術)の頭文字です。世の中の流れをPESTの4つの切り口から見た場合に、業界がどのような影響を受けるのかを考えることで、今後を予測し対応していくことができます。
Economics(経済):経済成長や景気の動向、所得格差や為替などの影響はあるか
Society(社会):人口動態や社会の流行や事件、生活習慣の変化はあるか
Technology(技術):ビジネスに影響を与えるような技術革新はあるか
例えば、これからの日本社会を意識すると、少子高齢化がさらに進むことは避けられません。少子高齢化で必要となる職業として、介護に関する仕事などは社会からのニーズがどんどん強くなるでしょう。また今後はAIの活用がいっそう進むので、AIに職を奪われない職業は魅力的・安定的だと言えるでしょう。
関連記事:AIでなくなる仕事、残る仕事のウソ・ホント ~コンピューターで置き換われない仕事とは~
「VRIO分析」で企業が持つノウハウや技術などの経営資源の価値を知る
安定性を見るためには、これまで見てきたような業界や企業を取り巻く環境だけでなく、企業が持つノウハウや技術などの経営資源を知っておくとよいでしょう。企業の強みの本当の価値を知ることで、競争優位性や利益率が将来的に確保しやすくなるからです。
経営資源を意識して、企業の競争力などを分析する方法の1つに、経営学者のジェイ・B・バーニー氏が提唱した考え方の、VRIO分析があります。
VRIO分析では、企業が持つノウハウや技術などの経営資源を、
Rarity:希少性はあるか
Inimitability:模倣は困難か
Organization:適切な組織が整っているか
の4つの観点から評価します。
このような観点で考えると、企業が強い状態にあるのか、また、その強さを長く保つことができそうなのかを評価することができます。
例えば、ある企業が、他社が持たないような希少な技術を有しているとき、その企業はライバル企業よりもビジネス上で優位に立ち、より高い利益を獲得できる可能性が高まります。しかし、他社がその技術を真似することが容易であれば、その企業の優位性は一時的なものに留まってしまいます。それゆえ、V(価値)に加え、R(希少性)やI(模倣困難性)やO(組織としての適合性)を満たす経営資源を持つ企業は、より優位な状態・強い状態を維持できるのではないかと期待されます。
また、VRIO分析の考え方は、自分の持つ資格や技能を活かして、安定的に働きたいと考えた際の分析にも活用することもできそうです。資格や技能に、V(価値)やR(希少性)やI(模倣困難性)が存在し、O(ここでは、自分自身がやりがい等を感じられるか)も整っていれば、その資格や技能で、安定的に働くことができる確率が高まるのではないでしょうか。
さまざまな観点で分析すれば「安定した職業」に近づくことができる
安定した企業を見極める方法として、業界における企業のポジションを分析する方法、世の中の動向を知る方法を紹介しました。しかし、これらの分析で評価が高くなったとしても、それだけでは「安定している」とは言い切れません。
というのも、「安定した職業」が満たすべき要素は、冒頭のアンケート結果にもあったように、個人の価値観やどう働きたいかによっても異なるからです。ある人にとっては、歴史ある企業への就職が安定した職業かもしれませんし、ある人にとってはきちんと休暇が取れる働き方が安定した職業かもしれません。また、ファイブ・フォース分析もPEST分析もVRIO分析も分析する時期や観点によって、分析結果は変動していくでしょう。
これらは、あくまでもシンクタンクの研究員の視点からご紹介したものです(2020年1月現在)。将来、「安定した職業」の定義も、分析手法も、変わっていくかもしれません。
いずれにしても、まずは情報収集が基本となります。まずは、興味のある業界や企業について、リクナビなどの就活のナビサイトや企業のホームページなどからさまざまな情報を集めてみましょう。今回紹介した方法を使い、さまざまな観点から分析していくことで、自分がイメージする「安定した職業」に近づくことができるのではないでしょうか。
【調査概要】
調査期間:2019年11月18日~11月19日
調査サンプル:就活時にインターンシップに参加したことがある2020年卒の学生300人
調査協力:株式会社クロス・マーケティング
取材・文/中城邦子
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