皆さんは「ロジカル・シンキング」(論理的思考)という言葉をご存じですか?ちまたでは就活やビジネスに役に立つスキルと言われていますよね。でも「書籍を読んでも理解できない」「何に役立つのかわからない…」という人も多いはず。そこで、社会で活躍するビジネスパーソンを輩出し続けるビジネススクール「グロービス経営大学院(MBAプログラム)」で教える岡重文さんが、学生のためにロジカル・シンキングの「イロハのイ」をかみ砕いて伝授。また人事のプロ・曽和利光さんに、就活で学生が身につけたい思考力について解説していただきました。
「ロジカル・シンキング」とは?なぜ必要?
京都大学大学院工学研究科応用システム科学専攻修士課程修了。NTTデータに入社し、SEとして複数のシステム開発に従事したのち、ネットワーク機器の製品開発に携わる。その後、プライスウォーターハウスクーパース株式会社に入社。プロジェクトマネージャーとして複数のプロジェクトを担当。2000年、グロービスに入社。企業研修担当、e-Learning事業の立ち上げに関与したのち、経営管理本部にて、情報システム部門ならびに人事・総務を統括。現在は、ファカルティ本部にて、コンテンツの開発や教員の育成業務にかかわる。「思考」系科目領域の責任者でもある。
「なぜならば…」をどれだけたくさん出せるか?
「ロジカル・シンキング」は直訳すれば「論理的思考」。この言葉の中には、因果関係を正しく把握する力、物事を適切に分解する力や、問題を解決する力など本当にさまざまな要素が含まれていて、「ひと言で言うと、こうだよ!」と表現するのは、正直に言うとすごく難しいと思っています。
それでもあえて突き詰めると、ロジカル・シンキングとは、「主張と根拠をそろえて考えられること」「そしてその根拠をなるべくたくさん挙げられること」に尽きます。
ここではいったん、このようにシンプルに捉えてみましょう。
なぜ主張に根拠が必要かというと、社会でさまざまな課題解決をしていく中で、根拠がなければその主張が正しいかどうかを受け手が評価できず、次の判断につなげることができないからです。また、根拠を複数挙げることで説得力が増し、意思決定のスピードも速くなるからです。
(2)それに対して、事実に基づいた根拠を複数そろえる
皆さんには、この2つをぜひ基本的な習慣にしてほしいと思います。
例えば学生がゼミを選ぶときに「どの研究室が良いか?」という問いがあったとします。そこで「A研究室が良い」と主張するとき、根拠が1つよりも複数あった方が、意見や立場の違いに負けない、強い主張になっていくということです。
根拠を合理的に広げる「頭の使い方」を知ろう
ただ「根拠は多い方がいい」とはいえ、単なる思い付きで羅列していくと無理が出てきて、かえって説得力が弱くなることもあります。また、1個や2個は思いついても、その先はどうしても出てこないということもよくあります。
学生の皆さんにはぜひ、上手に根拠を広げていく方法を身につけてほしいのです。根拠を広げていくために身につけたい「頭の使い方」には、大きく2つの方法があります。次にそれを1つずつ説明していきましょう。
【頭の使い方1】具体→抽象→具体というプロセスを踏もう
先ほどの「A研究室が良い」という主張で、例えば「教授が良い」「先輩も良い」という根拠を考えたとします。次に、「それって要するにどういうことかな?それぞれの根拠に共通することは何かな?ひと言でまとめるとどう表現できるかな?」と、抽象度を上げて考えてみましょう。すると例えば、「環境が良い」ということが言えると思います。
ここで、「環境が良い」と同じレベルの抽象度で「ほかにもなかった?」と考えてみます。すると「就職にも有利」だという特徴が浮かびました。次に「それは実際にはどういうことだろう?例えば、どんなことが当てはまるだろう?」と今度は具体的に考えることで、「OB・OGが多い」「先端の技術がある」という2つの根拠に広がりました。
(2)主張に対する根拠を2つ以上考える
(3)具体→抽象→具体で根拠を広げる
このように、「具体」と「抽象」を行き来しながら階層構造を作って考えることができると、頭の整理にもなり、相手が納得してくれるコミュニケーションにつながっていきます。
就活の自己PRにはこう活用できる
この頭の使い方で、就活での自己PRを考えていく例をご紹介しましょう。
例えば「責任感が強み」というアピールに対して、「ずっと親から言われてきた」「幼少のころから意識してきた」という根拠を挙げた場合、これらは「自分の中でこだわりがある」と抽象化することができます。
それが独り善がりではないことを示すため、「自分の中でこだわりがある」のほかに「他者からも評価されている」を追加したとします。それを具体化し、「キャプテンや学級委員に選ばれた」「よく幹事を任される」という事実を加えることで根拠が広がり、「責任感」についての説得力が増しました。
【頭の使い方2】どういう根拠付けをしているか考えて、補強しよう
もう1つは、最初に考えた要素がどんな基準で根拠付けられたのかを客観的に見て、それを補強して広げていく方法です。ここでは「運動部のキャプテンは誰が良いか?」という設定で、2つの例をご紹介しましょう
1. 複数の要素で根拠付けをした場合
例えば、キャプテンにA君を推薦するときに「実績がある」「能力がある」という複数の要素で根拠付けをしたとしましょう。
この場合「実績がある」「能力がある」は「本人の能力」に基づくものです。これを補強するときは「ほかの要素はないか?」「ほかに大事な要素を見落としていないか?」と考えてみます。
その結果「本人の意識はどうか?」という視点から「意欲もある」という要素を、また「他者の見方はどうか?」という視点から「信頼もある」という要素を足すことができ、「A君を推薦する」という主張を、複数の根拠で補強することができました。
2. 成功事例で根拠付けをした場合
A君を推薦する時に「A君に似たB君も活躍」「A君に似たC君も活躍」と、似ている2人の成功事例で根拠付けたとします。ここでの補強の方向性は「A君とほかの人は具体的にどこが似ているのか?」「事例がB君、C君だけで十分か?」などでしょう。
そこでA君に似ているD君を追加しました。さらに、A君と似た3人の共通点を探したときに「同じ高校出身」という客観的な事実を見つけることができました。似た環境で育ってきた人が過去にも結果を出していることから、A君を推薦する根拠がより広がりました。
(2)主張に対する根拠を2つ以上考える
(3)それらがどういう根拠付けなのかを考え、補強していく
このように、自分の考えを「そもそも何に根拠付けられているのか?」と一歩引いて客観視し、補強するという方法でも、主張に対する根拠を広げていくことができるのです。
すべてのシーンでロジカル・シンキングは役に立つ
ビジネスでは常に理にかなった根拠が求められる
ここまで、自分の主張に多くの根拠をそろえるための2つの頭の使い方を紹介しました。
学生生活の中でも、何かを決めるときなどに、意識しながらこうしたアプローチをすることで「自分の意見(主張)」と「根拠」のセットを適切に作れる力が身についてきます。
では、こうした力が、社会人にとって大事だと言われる理由はなんでしょうか。それは、ビジネスではあらゆる状況で、必ず「主張」と「根拠」をセットで考えることが求められるからです。
すべてのビジネスは大きく捉えれば、「今、何が起こっているのか」→「将来、何が起こりそうか」→「だから○○をやろう」の繰り返しです。そして、それぞれの項目に対する自分の意見を求められるわけですが、その際に「なぜならば、こんな客観的な事実があるからです」という合理的な根拠が必要になるのです。
主張と根拠の精度は、数人の部署での議論なのか、企業全体で議論するような内容なのか、階層によって違います。しかし、こうした思考方法は、どんな職場や職種でも必ず求められます。
時事問題でロジカル・シンキングを鍛えよう
学生の皆さんがこうした頭の使い方を鍛える方法として特にお勧めなのは、身近なニュースや時事問題などを題材に「自分ならこうする」という意見を持ち、その根拠を複数挙げてみることです。
例えば「選挙での若者の投票率をどうやったら上げられるのか?」「少子高齢化を解消するにはどうしたらいいのか?」など、何でもよいのです。気になるテーマで、「自分はこう考える」「なぜならば…」と自分の考えを組み立ててみてください。
世の中はますます複雑さが増し、先を読むことがとても難しい時代になりました。もう過去の成功事例に基づいた知識や、経験だけでは生き残っていけません。だからこそ、手元にある限られた情報の中で合理性のある意見を提示する思考トレーニングは、今後より役立ちます。こうした思考の技術を身につければ、活躍の場が大きく広がると思います。
自分の考えを批判的に見る「クリティカル」な姿勢は不可欠
ところで、「ロジカル・シンキング」に関連して「クリティカル・シンキング」という言葉を耳にしたことがある学生も多いと思います。「クリティカル」は直訳すると「批判的」ですね。
グロービス経営大学院では、ビジネスパーソンに欠かせない論理思考力をベースに、問題解決力やコミュニケーション力、仮説思考力などを鍛えることを目的とした「クリティカル・シンキング」という科目を提供しています。この場合の「クリティカル・シンキング」とは、「健全な批判精神を持った客観的な思考」といったような意味合いで用いています。
ロジカル・シンキングには「自分の考え方は本当にこれで十分だろうか?」と、自分自身に問う姿勢が必ずセットで求められます。論理的思考に、そうした批判的な姿勢や意識が加わったものを、私たちは総合して「クリティカル・シンキング」と呼んでいます。
実は、ここまで見てきた「ほかにも根拠を出せないかな?」「自分はどんな視点でこの根拠を出したのか?」という頭の使い方ができることは、まさにこのクリティカル・シンキングができていることに通じます。常に批判的な精神を持って思考を磨くことが、仕事をするうえでさまざまな問題を解決し、結果を出していくことに大いに役立つのです。
学生の皆さんには、ぜひこの考え方を身につけて、就活や、社会人になったときの力として生かしてほしいと思います。
就活で特に企業が求めるのは、物事を客観視する力
曽和利光(そわ・としみつ)
株式会社人材研究所・代表取締役社長。1995年、京都大学教育学部教育心理学科卒業後、リクルートで人事コンサルタント、採用グループのゼネラルマネージャーなどを経験。その後、ライフネット生命、オープンハウスで人事部門責任者を務める。2011年に人事・採用コンサルティングや教育研修などを手掛ける人材研究所を設立。『「ネットワーク採用」とは何か』(労務行政)、『悪人の作った会社はなぜ伸びるのか?人事のプロによる逆説のマネジメント』(星海社新書)など著書多数。最新刊『人事と採用のセオリー』(ソシム)も好評。
前提としての現状認識をする力は大事
「ロジカル・シンキング」=論理的思考力はごく簡単に言うと「A→B、B→C、ゆえにA→C」というように、物事を論理的に考えられる力です。例えば、コンサルタントやエンジニア、データサイエンティスト、複雑なデータを扱う金融関係の仕事などでは、とても高度なロジカル・シンキングが要求されるでしょう。もちろんそうした職種以外でも、自分の意見を主張したり、何かしらの提案をしたりするときには、一定レベルのロジカル・シンキングはあまねく必要とされるはずです。
ただし、それと同時に企業が非常に重視するのは、心理的なバイアスを排除した客観的な事実をベースに物事を考えられるかどうかです。自分の組み立てたロジックが「思い込み」や「好き嫌い」から出発してはいないか、一歩引いて客観的な視点でチェックすることだとも言えます。
この思考力は非常に重要なものです。なぜかと言うと、正しい現状認識からスタートしなければ、ロジックの組み方が正しくても間違った結論が導き出されてしまうからです。
客観的な事実から主張を展開する力をつけよう
ですから、これから就活をする学生が心がけてほしいのは、常に「客観的事実(根拠)」と「人や自分の意見(主張)」を分けて考える癖をつけることです。
就活の場で難しい論理的な課題を与えられることはまずありませんが、自己PRや志望動機などでは、客観的な事実やエピソード(根拠)に基づいて主張を展開しているかどうかは、見られるポイントでしょう。
学生はまず、事実を可能な限り客観的に見ようと意識することで、ビジネスパーソンに必要とされる思考力の土台を作っていけばよいと思います。
取材・文/鈴木恵美子
撮影/鈴木慶子