まなべだいと・1976年生まれ。東京理科大学理学部数学科卒業後、大手電機メーカーにシステムエンジニアとして入社。Webベンチャー企業を経て、2002年国際情報科学芸術アカデミー (IAMAS) DSPコース卒業。06年「ライゾマティクス」設立。08年、石橋素氏とハッカーズスペース「アンカーズラボ」 を設立。高度なプログラミング技術と徹底したリサーチ、独創的なアイデアで多様なジャンルで活躍する。10年より音楽グループ「Perfume」の演出サポートを担い、ディレクションを担当したWebサイト『Perfume Global Site Project』は13年カンヌライオンズ国際クリエイティビティ・フェスティバル、サイバー部門にて銀賞を受賞。MIT MediaLab、Fabricaをはじめ世界各国でワークショップを行うなど教育普及活動にも力を入れる。米国・アップル社のMac誕生30周年スペシャルサイトにてジョン前田、ハンズ・ジマーを含む11人のキーパーソンのうちの一人に選出されるなど国際的な評価も高い。
公式サイト http://daito.ws
ビジネス的な効率は考えない。面白いこと、新しいことをやる
たいてい、僕たちのところに来る仕事の話はいきなりです。「カンヌライオンズ国際クリエイティビティ・フェスティバル」(世界最大級と言われる広告フェスティバル)でのPerfumeのパフォーマンスの場合、彼女たちの出場が決まったのが2013年4月。本番までは2カ月しか時間がありませんでした。
カンヌのパフォーマンスでは、Perfumeの3人がまとった衣装にプロジェクションマッピングの技法で映像を映し出し、激しい動きに合わせて映像を変化させました。プロジェクションマッピングを使ったパフォーマンスは今や珍しくありませんが、画像解析技術を用いて衣装のパーツごとに領域を解析して別々の映像を映し出すことで、より細やかな表現に挑戦。ライブですから、衣装の仕掛けがうまく動かないなど突発的なことも起こりえます。本番直前まで微調整を繰り返し、うまくいくよう祈るような気持ちで舞台袖から3人を見ていました。もちろん、何か起きたときのための対応策は用意していましたが、心臓にはよくなかったです(笑)。
カンヌでの3人の衣装には部分的に再帰性反射材という特殊な反射特性を持つ素材を使い、赤外線カメラによってオブジェクト(対象物)を区別して映像を投影。再帰性反射材は重いので、ダンスパフォーマンスの衣装として耐えられるものを作るためにかなりの時間を費やしました。
2カ月であのパフォーマンスを実現できたのは、友人である電通のクリエイティブテクノロジストの菅野君からカンヌの話が来る前にシステムのプロトタイプ(原型、試作品)を用意していたからです。僕自身のアートプロジェクトとしては、06年、09年にプロジェクションマッピングを使ったダンスパフォーマンス作品を作っています。その後、いろいろなプロジェクトを経て衣装のパーツごとに映像を映し出す方法を思いつき、複数のプロジェクトで実験的に取り入れて、13年に入ってようやくPerfumeのコンサートのような大きなプロジェクトでも使えるだろうというレベルまでシステムが固まってきました。そこへカンヌの話が来たんです。
どんな仕事が来ても新しい提案ができるようにしておきたいので、ビジネスになる、ならないにかかわらず常にいろいろなプロジェクトを動かしてアイデアや技術をストックしておくというのは自然にやっています。納期や予算、作ったシステムを稼働する環境など仕事には制約がつきもの。その中で実現できるアイデアや技術というのは限られるので、手持ちの駒をたくさん持っていないと、どこかで見たようなものしか作れなくなってしまう。テクノロジーの進化は早いですから、先行開発的なものは欠かせません。誰かに依頼をされてから動き始めるのでは遅いんです。
僕たちがアートプロジェクトをやるのも、実験の場が欲しいということが大きいですね。お金にはならないし、何かのサービスにしようと思っているわけでもありませんが、自分たちが面白いと思ったことをとりあえずやってみると、手持ちの駒が増える。それが仕事の準備にもなるといういい循環ができています。
新しいことをやりたいというときに、アイデアはもちろん大事ですが、僕がまずやるのは先行事例の研究です。元ネタや歴史を知っておくというのは僕にとっては半分趣味のようなものなのですが、仕事でも重要。先人がいることを知らずに「世界初」と謳(うた)って作品を世に出したりしたら、国際的な場ではものすごく批判されますし、ビジネスではライセンスやパテント(特許)の侵害にもなりかねません。仕事の信頼性を損なわないためにも、過去の資料は徹底的に調べてまとめ、社内で共有するだけでなく、Webに上げて誰でも見られるようにしています。
自分の作品に元ネタがあることを言いたがらない人もいますが、自分だけのアイデアにこだわるのと、新しいことをやるのは別次元の問題。自分がどんな先人に影響を受けたかを明らかにしておくと、実はいろんなところでいいことがあります。最近、アートフェスティバルに参加するためにセルビアに行ったのですが、インタビューで出品作の制作に当たってインスパイアされたアーティストの名前を挙げたら、その方からコンタクトがあり、次の作品を一緒に作ろうと誘われました。小さい見栄みたいなものさえ捨てれば、物事がうまく回って新しい可能性が広がったりしますよね。
そもそも新しいことというのは、自分ひとりではとてもできません。06年に友人と3人で設立した会社「ライゾマティクス」も今は30人。画像解析や機械学習の専門家、さらに建築やプロダクト、エンジニアリングといった専門性を持つ人材が幅広くそろっているので、どんな案件が来ても対応できるという強みがあります。それぞれの案件に合ったメンバーがプロジェクトを組み、みんなでアイデアを形にしていくスタイルで、社外の人たちとコラボレートして進めていく仕事も多いです。
新しいものをイチから生み出すには膨大な手間がかかります。パッケージ化や使い回しをして大量生産をした方がビジネス的な効率はいいし、そうやって自分の手がけたものをたくさんの人に使ってもらうことに喜びを感じる人も多いでしょう。でも、僕には「一点もの」を作る方が性に合っている。顔の見える誰かのためにほかにはない提案をして、喜んでもらうことがなんとなく好きというか。そのためなら手間は惜しまないというところが僕にも「ライゾマティクス」のメンバーにもあり、チームで仕事をするに当たって同じゴールをぱっと共有できるというのは結構重要なことだと感じています。人にはそれぞれ価値観がありますが、会社を選ぶときには、そのあたりが違い過ぎると仕事がしにくいかもしれませんね。
社会に落とし込まれているかどうか。そこが、学校の課題と仕事の違い
大学時代を振り返ると、自分のやりたいことも、できることもわかっていませんでした。小学生時代から数学だけは得意で「オレは天才だ」と思っていたのに、大学の数学科には自分よりも数学ができる人たちが山ほどいて。夜はDJもやっていて結構稼いでいたので、仕事にしたいと思っていた時期もありましたが、DJの世界はセンスやスキルだけではないとうことを思い知って興味がなくなってしまったり。
卒業後はシステムエンジニアとして大手電機メーカーに就職しましたが、1年で退職。のちに一緒に「ライゾマティクス」を立ち上げた大学時代の同級生に誘われて、Web系のベンチャー企業に転職しました。ちょうどWebバブルが来ていた時期で、流れに乗ってしまった感じです。ところが、転職した会社の経営がうまくいかなくなって、半年で辞めてしまいました。
数学、音楽、プログラミングといろいろなことをかじって、それなりに技術も身につけたのに、すべてが中途半端。自分が何をやりたいのかもよくわからなくて、悶々(もんもん)としました。そんなときに、IAMAS(国際情報科学芸術アカデミー)にテクノロジーとデザインを融合して作品を作る場があると知り、自分にも何かができそうな気がして入学したんです。
IAMASで出会ったのは、それまで僕がいた理系の世界では考えられない自由な発想をする人たち。未来を切り開くアイデアを生み出そうという熱にあふれていて、突拍子のないことも真剣に議論する自由な空気がありました。刺激を受けて「これからは、自分が面白いと信じるものを作ろう」と決め、在学中の2年間は制作に没頭しましたが、卒業後にアートで食べていけるとまでは思っていませんでした。
ところが、卒業後、プログラミングとアートを組み合わせた表現をしているIAMASの先輩である石橋さんに出会う機会があり、彼らに来た仕事を一緒にやらせてもらえることになったんです。企業のショールームのエントランスに人を感知して映像を表示するシステムを作ったり、ハイブランドのパーティーの演出をしたり、それなりに案件はあって。これは仕事としてやっていけるかもしれないということで、30歳のときに大学時代からの仲間と3人で「ライゾマティクス」を立ち上げました。
その後も紆余曲折(うよきょくせつ)はあり、企画を持っていろんな企業に営業に行ってもまったく相手にされない時期が数年続きました。それでも、仲間と制作に没頭する日々は充実していました。そのうちに、節電センサーを使って音楽に合わせて人の顔の表情を操作する『Electric Stimulus to Face』(2008年)という作品が「YouTube」で話題に。世界中で170万回以上再生されるヒットとなり、僕の名前も知られて、国内外から仕事が舞い込むようになりました。
現在は自分のやりたいことがそのまま仕事になっていて、僕はすごく恵まれていると思っています。Perfumeの仕事にしてもそうです。従来のライブパフォーマンスというのは照明と映像と舞台美術とパフォーマンスの組み合わせなのですが、そこに観客とステージの新たなコミュニケーションを取り入れたり、一回の舞台のためだけにハードとソフトを作るような一点ものの演出というのは世界でもあまり例がなかったんですね。そこに挑戦してみたいという思いが僕たちにあり、やるなら、Perfumeのように面白い人たちとできたらいいねということになって。勝手に企画を立てては持ち込むうちに、興味を持ってもらえるようになったんです。もともとは単なるファンなので、最初は「怪しい人たち」としか見られていなかったと思います(笑)。実現までの時間も3年くらいかかりました。
気づけば、今僕が会社の仕事でやっていることは、美術学校の学生時代とほぼ一緒なんですね。作業工程そのものは学校の先生に出された課題に取り組むのと変わらない。ただ、決定的に違うのは、成果物がエンタテインメントなり広告なり、社会に落とし込まれるものになって、誰かの生活に多かれ少なかれ影響を与えるということ。どんな形であれ社会とかかわっているのが仕事で、そこが仕事の面白いところだと思っています。
INFORMATION
真鍋さんが代表取締役を務める「ライゾマティクス」は、デザイン、アート、建築、数学などさまざまなバックグラウンドを持つクリエイターが集い、プロジェクト単位でチームを組んで仕事をするプロフェッショナルの集団。同社のホームページ(http://rhizomatiks.com/)では、Perfumeのパフォーマンスや有名企業の広告など、同社が手がける幅広いクリエーションの一部が閲覧できる。
取材・文/泉彩子 撮影/刑部友康
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