10月26日(金)公開の映画『栞』(https://shiori-movie.com)に主演している三浦貴大さん。劇中で演じているのは理学療法士の青年。葛藤する様子がとてもリアルでしたが、実はご自身も大学時代に精神保健福祉士を目指し、病院実習に行ったことがあるそうです。そんな三浦さんが俳優になられたのには、どんな経緯があったのでしょうか。
進路を考える時、経験する人も少なくない「方向転換」のことから、三浦さんの仕事観、俳優という仕事についてまでをうかがいました。
大学4年の実習で、自分には向いていないと気づきました
―映画『栞』の主人公・高野雅哉役。周囲から心配されるほど、真摯(しんし)に患者さんと向き合う理学療法士(病気やケガをした患者さんのリハビリを担当する)役を演じられています。重症化していく患者さんを前に、無力感を募らせ葛藤する雅哉の様子がリアルで引き込まれました。
つらい役でしたね。榊原有佑監督は理学療法士を経験されていて、この物語には監督の話も、監督の同僚の方の話も、いろいろな方の実体験が盛り込まれているんです。
―そうなんですね。
ただ、映画にする際に、いろいろな方の実体験が、雅哉一人に集約されて描かれていて。彼一人に本当にいろいろなことが降りかかってくるので、それはそれはつらかったです(笑)。
―撮影中はずっと、その気持ちのままだったのですか?
そこはスイッチの切り替えが早い方なので、大丈夫でした。逆に、切り替えないとできないんですよ。ずっと集中したままでいるより、切り替えて本番だけ集中した方が、うまくいくタイプなので。
―今回、理学療法士の役を演じられていますが、三浦さんご自身も大学で精神保健福祉士を目指していたそうですね。
そうです。4年生で病院実習にも行きました。
―そういう資格職を目指す方の中には、実習に行ってみて、「あれ、違うな」と気づく人も多いと聞きます。ちょうど就活の時期と重なっているんですよね。
僕もみんなが就活している時期に、病院実習に行きました。もともとは体育の先生になろうと思って、体育大学に入って勉強していたんです。高校の体育の先生がすごく好きだったので、その先生みたいになりたいなと思って。でも、実は教えることがそんなに好きではないと気づいたんですね。
―それは、大きな気づきですね。
はい。根幹が揺らぎまして(笑)。2年生で教職課程をやめたんです。多分、学生の人たちと人間同士付き合いながら、人が育っていったり、良くなっていったりする姿を見るのは、好きだと思うんですよ。
―はい。
でも、そもそも体育を「教える」ってできないんじゃないかと気づいて。僕、体育大に入ってから気づいたんですけど、スポーツが嫌いなんです(笑)。
―ええ!
スポーツの楽しさなんて絶対に教えられないなと思って、「先生は無理だわ」と(笑)。スポーツが嫌いな子の気持ちはわかるんですけど、スポーツが好きな子の気持ちは逆にわからないなと。それでやめまして。
―その後はどうされたんですか?
1年生の時から心理学や、精神保健福祉士につながる授業を少しずつ取っていたんですね。そういう職業があることを、大学に入ってから知りまして。授業がすごく楽しかったので、僕、そんなに頭がいい方でも、勉強する方でもないんですけど(笑)、もっと知りたいなという気持ちが芽生えてきて、それで4年生まで授業を取っていたという感じです。
―それで、4年生で実習にいらしたんですね。
そうです。病院実習で、実際に患者さんとかかわって。すると、指導医の方も学校の先生も皆さん、同じことをおっしゃるんですよ。「患者さんとの間に壁を持って、自分を守らなければならない」って。
―自分を守る、とは?
精神のことって体のこととはちょっと違って、いつ調子が悪くなるかわからないじゃないですか。だから、自分の時間を割いて、個人としてケアしようとすると、仕事として成り立たないし、自分の身を削ってしまうから、と。
―難しいところですね。
だから、「病院にいる間だけ、患者さんの支援者という仕事としての関係性を保ちながら、人と人との関係を築いていくのがベストだよ」とみんなに言われたのですが、実習に行ってみると、それは無理なんですよね。
―とおっしゃると?
実習生だったというのもあると思うのですが、「なんかできることがあるんじゃないか」と思ってしまうんです。患者さんとの間に線を引くというのが、僕の中では嫌だったというか。これを仕事にしたら、自分はおそらく身を削るタイプだなと思ったんです。
―まさに映画の中で雅哉が抱える悩み、そのものですね。
そうなんです。だから、雅哉の気持ちもすごくわかります。僕はその時点で、これは自分の身も削ってしまうし、患者さんとの間に線を引くというのは必要なことなのかもしれないけれど、患者さんとそういうかかわり方をするのは、患者さん側にも良くないなと思ったんですね。それに気づいたので、やめまして。
―雅哉も、患者さんに寄り添っても結局は救うことができないと悩みますが、それでも親身に寄り添おうとする。その姿に見ているこちらも救われました。
その辺のバランスがすごく難しいと思うんですよね。何の仕事にしても、日常生活と仕事のバランスは取らないといけないと思うんです。僕の中ではなんとなく昔から、仕事というのはお金をもらってご飯を食べていくツールだと思っているんですよ。
―仕事は仕事、と?
はい。だから、仕事で自分の生活を削ってしまうのは本末転倒だなと思うんですけど、実際は難しいですよね。特に人とかかわる仕事は、その線引きがすごく難しいと思うんです。その点、役者はそれがしやすい仕事なので。
―役と自分との切り替えがはっきりしていますよね。
そうです。特に、僕の中では「給料」って線引きができないんじゃないかと思っていて。この1カ月の何に対して給料が発生しているんだろうと考え始めると、もしかしたら家にいる時間も発生しているのかなと思ったり(笑)。
―確かに、難しいところです。
その点、僕らの仕事は作品に1本出演したら、幾らみたいな話なので。そういう仕事がいいなと思っていたんですよね。
方向転換に焦りはなかったです。焦っても仕方ないので(笑)
―4年生で実習に行った後の方向変換となると、考える時間が必要ですよね。
そうですね。僕の通っていた大学は就職率が高いんですよ。だから、1人だけ就職が決まっていなくて、就職課から、めちゃめちゃ電話がかかってきました。「三浦さん、就職決まりました?」「決まってないですね~」って(笑)。
―そういう時、「どうしよう…」と思われたりしましたか?
どうしようとも思わないです(笑)。決まってないものは、決まってないので。
―すがすがしいです(笑)。焦りもなかったですか?
就職に関してはなかったですね。今すぐなんとかしないと、というわけではなかったので。半年ぐらいですかね、卒業して、実家でじっとしていたんです、ずっと(笑)。誰にも何も言われなかったんですが、ある時、父親が「おまえ、仕事どうするんだ」って。「だよね」って(笑)。
―もともと俳優のお仕事については?
ああもう、絶対にならないと思っていました。
―お父さまの三浦友和さんが俳優さんですよね。
ざっくりとは知っていましたけど、どういうふうに仕事しているかもわからないし、現場にも行ったことなければ、台本覚えている姿も見たことないし。そもそも台本というものを家で見たことなかったので(笑)。正しくは把握していなかったんだと思います。
―ご自分からやってみたいとおっしゃったんですよね。
そうですね。僕の求める「給料じゃない仕事」というのもありましたし、ああ、そういえば、父さんの仕事…と。もともと、声優にはすごく興味があったんです。
―声のお仕事ですか?
そうです。ナレーターでも声優でもよかったんですけど。当時の僕の知識のなさで、「役者をやりながら声優やっている人いるな…もしかしたら、できるかもしれないな」と考えて、間違えて始めてしまいました(笑)。
―興味があることを、まず始めてみようと?
そうですね。僕、結構、そういう節がいつもあるので。やりたいなら、やってみようと。ただ、役者という仕事を選んだ時は、父親がすごく大事にしてきた仕事だから、そこは大事にしなければと思いました。
実は、人前に出るのが苦手です(笑)
―デビュー作『RAILWAYS 49歳で電車の運転士になった男の物語』の記者会見も盛大でしたが、大勢の報道陣の前に、急に出ることになられて、抵抗はありませんでしたか?
抵抗はすごいですよ。前々から苦手だなと思っていたんですけど、人前がすごく苦手で。苦手の度合いが、役者として成り立っていないぐらい(笑)。
―いい俳優さんには、人前が苦手な方、多いですよね。
舞台をやったりすると、せりふが一切出てこなかったりするんです。本当に苦手というか、向いていないんだなと思います(笑)。
―俳優さんになられて、約10年たちますけれど、ご自身の転機については?
僕、出だしが本当に良かったんだと思います。共演させていただいた(中井)貴一さんだとか、甲本(雅裕)さんだとか、プロデューサーの阿部(秀司)さんとか。本当によくしていただいて。
―どんな撮影現場でしたか?
ただ楽しいだけじゃなくて、役者のこういうところは大変だけど、こういうふうに(仕事に)向き合っているんだな…とすてきな大人たちの姿を見せてくれたので。あの作品が最初で良かったと思いますし、ありがたい経験でしたね。僕は本当に恵まれていると思うので、(仕事を)大事にしなきゃと思います。
―その後、続けていらっしゃる中で思われることは?
本当にたくさんの作品に出させてもらって。いろんな現場があるなというのを感じますし、いろいろな人がいるなというのを感じます。役者っていろいろな方がいて、いろいろなやり方をして、だからこそ、いいっていう仕事だと思うんです。
―ええ。
真面目な人ばかりでも面白くないし。そもそも、いろいろな人がいる話をやるわけですから、役者もいろいろな人がいないとできないですし。それがやっぱり面白いなと思います。なんとなく僕は昔から自己評価が低い方だと思っているんですけど…。
―自分に厳しいんですか?
厳しい…というより、ネガティブなんでしょうね(笑)。
―それは意外ですね。
役者という仕事をしていると、「ああ人間、なんでもいいんだな」って思えてくるので。いろいろな人がいて、成り立っているんだなと。自己肯定感を与えてくれる一つのものなんですよね、僕にとっては。
―三浦さんの人生とうまくリンクする職業に出会われたんですね。
そうですね。今はオファーを頂けているからいいですけど、これで急にオファーが来なくなったら、「どうせ駄目なんだ、俺なんて」っていう方向に行くと思うんですけど(笑)。
―ないとは思いますが…、もしものときはどうするタイプですか?
まぁ、でも生活できればいいやと…結構、その辺は気楽なんです(笑)。自分の努力じゃ、どうしようもないところもありますしね。しかも僕、家にいるのが大好きで、あまりお金を使わない生活が結構好きなので、そんなに稼いでいなくても生活できるというか…(笑)。
―インドア派なんですね。
はい、日の光が嫌いです(笑)。何にせよ、仕事は対“人”になると思うんですよ。自分一人だと、仕事は生まれないので。誰かしらとかかわるのが仕事だと思うんです。人がかかわった瞬間に、自分だけの問題じゃなくなるから、そこはちゃんとしたいですね。それ以外のこと…人がかかわっていないことは、わりと適当なんですけど(笑)。
―俳優さんは特に人とのかかわりなしには、成り立たないお仕事ですね。
そうですね。自分のことで大勢に迷惑が掛かってしまったり、誰かを傷つけてしまう危険性もある仕事だと思うと、そこは大変だなと思うんですけど、その逆に人が喜んでくれることもあるじゃないですか。特に僕はエンタテインメントの仕事をしているので、大変なことがあっても、その先に楽しんでくれる人たちがいるというのは、いい仕事だなと思っています。
『栞』
真面目な性格で、親身になって患者と向き合う理学療法士・高野雅哉(三浦貴大)。幼いころに母と死別し、家族は父(鶴見辰吾)と妹(白石聖)の3人。ある時、しばらく会っていなかった父が雅哉の病院に入院してくる。日に日に弱っていく父の姿や、重症化していく担当患者と向き合いながら、彼は自分に何ができるのか、自問していく…。
理学療法士の経験を持つ榊原有佑監督が、自身の経験を基に、原案・監督・脚本・編集を手掛けた渾身(こんしん)の作品。静かなタッチで、雅哉と周囲の人々の心情を描き、こまやかな人間ドラマに引き込まれる。真摯に仕事に向き合う彼の表情に、誰もが何かを考えさせられる一作。
監督:榊原有佑 出演:三浦貴大、阿部進之介ほか
(c)映画「栞」製作委員会
配給:NexTone
10月26日(金)、新宿バルト9ほか全国順次公開
公式サイト:https://shiori-movie.com
取材・文/多賀谷浩子
撮影/鈴木慶子
メイク/KEN[RIM]
スタイリスト/涌井宏美
\リクナビからのお知らせ/
簡単5分で、あなたの強み・特徴や向いている仕事がわかる、リクナビ診断!就活準備に役立ててみませんか。
▼2026年卒向けはこちら▼
▼2025年卒向けはこちら▼