プロフィール
東出昌大(ひがしで・まさひろ)
1988年、埼玉県生まれ。映画『桐島、部活やめるってよ』(2012)で俳優デビュー。朝の連続テレビ小説『ごちそうさん』(NHK/13)で幅広い人気を集め、『クローズ EXPLODE』(14)で映画初主演。以降、数々の作品に出演し、『聖の青春』(16)では羽生善治役を熱演し、話題に。昨年のドラマ「あなたのことはそれほど」(TBS系/17)では、浮気した妻を追い詰める狂気の夫役が話題となった。今年は『寝ても覚めても』のほか、『OVER DRIVE』『パンク侍、斬られて候』『菊とギロチン』『ビブリア古書堂の事件手帖 』と5本の映画に出演。11月には3年ぶりの舞台『豊穣の海』が控えている。
9月1日に公開される映画『寝ても覚めても』に主演している東出昌大さん。柴崎友香さんの原作小説を濱口竜介監督が映画化した “大人のラブストーリー”です。つかみどころのない青年・麦(ばく)と好青年の亮平、まったく違う二役を演じた東出さんに、作品の魅力や俳優を始めたきっかけ、就活生へのメッセージを聞きました。
俳優デビュー作で、素晴らしい人たちとご一緒できたことが大きかった
―『MEN’S NON-NO』やパリコレのモデルを経て、『桐島、部活やめるってよ』で俳優デビュー。ジュエリーデザイナーを目指した時期もあったそうですが、モデルや俳優のお仕事のきっかけは?
やりたいと思って飛び込んだのは唯一、ジュエリーだけでした。モデルは割のいいバイトという感覚で、本分は学生と思ってやっていました。その延長で、役者の仕事もオーディションが来て、という流れです。
―その時の心境を教えてください。
楽しい方へ進もうと思っていましたが、役者は食べていくのが難しい仕事。23歳でこれからも俳優業を続けるのかなと思った時は、母に相談したのを覚えています。
―お母さまの答えはいかがでしたか?
「取りあえず、やってみれば」って任せてくれました。
―いざ進んでみた感触は?
この世界に来てみて、一番思ったのは、素晴らしい人たちとの出会いがあること。そういう人たちと一緒に作品を作っていく中で、影響を受けられることが、一番の財産のように思います。ジュエリーは今も好きで時間を忘れて作業しますし、役者の仕事の方が悩みは多いですけど。
―俳優でやっていこうと思われたきっかけを教えてください。
『桐島、部活やめるってよ』はオーディションが計5回あったんですけど、最後の最後で監督に「この役は大きな役だから、今後も俳優業を続けるつもりがないのなら、こちらも考え直す」と言われて。
―5回目のオーディションで!
え!今決めるの!?って思いました(笑)。でも、その時に「やります」と答えたんです。
―初めての映画撮影ですよね。
本当に映画の現場がわからなくて、あのころは逃げ癖があったから、毎日毎日、同年代の役者さんに「これでいいんだろうか?」「泣きの芝居ってどうすればいいんだろう?」って聞いて、感情を吐露することで何とか気持ちの整理を付けていました。だから、『桐島~』の時はお芝居はみじんも面白くなかったし、つらかったです(笑)。
―その後も続けようと思われたのは?
「こんな人たちがいるんだ!」と思えるような同年代の役者さんたちとご一緒できて、その喜びが大きかった。だから、撮影が終わっても、もうちょっと続けてみようかなと思ったんだと思います。それが23歳の時でした。
監督によって異なる演出方法。「お芝居ってこんなに広いの?」と驚いた
―その後、『クローズ EXPLODE』で映画初主演ですね。
そうです。『桐島~』の吉田大八監督は細かく演出される方で、例えば窓の外の景色を眺める場面でも、「目の前に見える鉄塔じゃなくて、それより3センチ横の煙突を見て」って(笑)。監督の中に完成した画(え)のイメージがあるから、角度まで指示があるんですね。
―『クローズ』の豊田利晃監督は?
吉田監督とはまた違い、細かい演出は一切おっしゃらなかったです。「もう1回、もう1回、いやダメ、もう1回」とひたすら繰り返していく現場でした。
―同じシーン、どのぐらい撮り直したんですか?
テイク40ぐらいまでいったこともありました(笑)。その時、「なぜ、どこがダメか言ってくれないんだろう」とか「台詞通り言わなくていいのかな?」とか、いろいろ考えて。撮影も終盤になった時に豊田監督に「台詞(せりふ)って何ですか?」って聞いてみたんです。
―監督のお答えは?
「それが台詞だよ」って。自分の思いから出てきた言葉が台詞なんだと言われて、そういうことかと思いました。二人とも名監督ですが、映画の演出方法がそんなに多岐にわたるなんて知らなかったので、お芝居ってこんなに広いの?って。その驚きが強かったです。
―最新作『寝ても覚めても』の濱口竜介監督も独自の演出方法で知られる方ですね。一瞬ごとに本物のドラマが生まれていて、すごく引き込まれました。
この映画、とても好きです。愛していると言っても過言ではないぐらい。ただ僕自身、咀嚼(そしゃく)しきれていないところがありますね。なんか文学作品みたいだなって。10年たって見直したら、また感想が変わる気がします。
―ラブストーリーとしても面白いですが、正しさでは割り切れない人間の性(さが)が描かれていて、深みのある作品ですね。撮影現場はどんな感じなんですか?
「こういうふうに見えたらいいな」とか、考えてお芝居していたわけじゃないんです。そこにある現実にのっとって自然体でカメラの前に立っていたから、文学性が強く映ったんじゃないかと思います。
―監督の演出方法は?
具体的に言うと、本読み(撮影前に、台本の読み合わせをすること)を何百回もして、せりふを役者同士、体に染み込ませるんです。その時は、せりふのニュアンスを抜いて、ひたすら読みました。感情を入れるのは本番の1回だけなんです。
―一般的な撮影現場では、本番前に「段取り」とか「テスト」とか、同じ場面のリハーサルを繰り返しますが、それをしないんですね。
はい。「段取り」とか「テスト」とか、そのたびに気持ちを入れてお芝居すると、だんだん慣れてしまって、「次はこうやってみよう」という気持ちが出てくるんです。濱口監督の現場は、それを避けるんだと思います。お芝居はいきものだから、1回きりの本物の瞬間があればいいということで。
―俳優さんにとっては幸せな現場ですね。
そうですね。制約があるようで、最後は役者を信じてくれるので。監督は頑固だし、ロジカルに構築した演出方法ですけど、その実、生きたものを撮ろうとする博打(ばくち)みたいな要素が強いので。「真心を撮りたい」とカメラを回していらっしゃったのではないかと思います。
麦と亮平、一人二役を演じてみて
―今回、自由でつかみどころのない麦と、好青年の亮平、まったく違う二役を演じています。ヒロインの朝子が、同じ顔をした“二人の運命の人”に出会うことで展開していくラブストーリーですが、麦も亮平も魅力的でした。
意識して演じ分けようとすると作為が生まれるので、同時期に二つの作品を撮っているような感覚で臨みました。ニュアンスを抜いて、本読みを繰り返して、せりふが入っているので、意識しなくても、本番で気持ちを入れると、その役の動きになるみたいです。
―この映画、20代の登場人物たちの日常感がリアルで共感できる一方で、その日常感とは正反対の少女漫画みたいにロマンチックなラブシーンが印象的です。あの場面の動きは?
監督の演出が濃かったように思います。せりふのニュアンスを抜いたまま、「段取り」「テスト」をやっていくと、感情が伴わないから動きが生まれないんです。突っ立ったまま、しゃべることになってしまう。だから、その部分の動きは、監督が事前に演出してくださるんです。
―そうすることで、スクリーンの中に自然な瞬間が生まれるんですね。それにしても、麦と亮平はまったく違う二人です。
亮平は好青年で、多くの人たちがそうであるように、人の顔色を見ながら気をつかって日常生活を送っているタイプ。麦はその分、遠慮がない。だからこそ、ひかれるところもありますよね。
―麦は自由人ですが、終盤の朝子の行動もかなり自由というか本能的です。ちょっと衝撃的なぐらいに。詳しくは控えますが、ここが映画の要ですね。
原作もそうですけど、ちょっとSFというかフィクションというかホラーというか。朝子と亮平の日常が描かれてきた中で、急にそういう要素が出てくるのが映画っぽいですよね。
―そうなんです。私たちがよく知っている日常の世界が、ある時、「あ!」と崩されてしまう。その後をどう生きるか、という映画でもあります。
もしかしたら、終盤の朝子の行動には共感できないかもしれないけれど、本番だけ気持ちを入れる撮影で、そういう瞬間を重ねた分、どのシーンも常にドラマは動いているので、そこを感じてもらえたらいいですね。すごく味わい深くて面白い作品だと思います。
カンヌ国際映画祭に初参加して感じたこと
―『寝ても覚めても』はカンヌ国際映画祭でも上映されましたが、初めてのカンヌはいかがでしたか?
カンヌという言葉の響きには特別なものを感じるし、そこまで連れていってくださった監督には感謝していますけど、行っている身としては、それで世界が突然一変することもなくて、むしろ焦りというか、いろいろなことを考えました。
―例えば、どんなことですか?
“カンヌ”という風に華やかに報道されるけれど、よく考えたら、日本人の多くはカンヌのコンペティション部門(最高賞を競うメインの部門)で上映された20作品がどんな作品かは知らないんだよなとか。世界の中で見れば、日本はそんなに周知されている国ではないんだなとか。
―外から見ることで、自分の環境に気づかされること、ありますよね。
そうですね。カンヌに行ったことがないメンバーで映画を作って、本当にカンヌに行けたので、ある意味、少年野球が大リーグに行けたようなところはあって、うれしかったんですけど。考えないといけないのは、また次のことだから。そういう意識は皆さんの中で、映画祭期間中もうっすらと流れていた気がします。
撮影中は苦しくても、あとから「幸せな時間だったな」と気づく
ー先ほど、監督によって演出方法が違うお話がありましたが、そういう色々なタイプの監督とご一緒することについてはいかがですか? 仕事の一番の悩みは人間関係だとよく言いますが。
映画監督は映画愛に溢れた方が多いので、全幅の信頼が置けるし、ご一緒するほど尊敬の念が深まるので、喜んで映画作りのコマのひとつになりたいなという気持ちにさせてくださるんです。『桐島~』も、僕が演じさせていただいた菊池宏樹っていう役は難しい役だったんですけど。
―物語の中で、重要な役でしたね。クラスの中心メンバーのひとりで、一度も登場しない“桐島”の一番の親友で。
そうなんです。撮影中に、ある先輩から「そうやって、映画の撮影がわからないって悩んでいることが、菊池宏樹っていう役と重なって、それすらも吉田監督の演出なんじゃない?」と言われて、嘘だろ!?と(笑)。
―完成した映画をご覧になって、いかがでしたか?
たしかに、悶々(もんもん)としていたのが画面に映っているんです。だから、本当にそこも監督の演出だったのかもしれないですね。ああ、吉田監督、ありがたいなって。そういうことは、いつも時間がたってから気づきます。苦しいながらも、幸せな撮影だったなって。
選択肢は自分で思っているよりも実は広い
―モデル時代はオーディションを受けたりされたと思うのですが、就活の面接とオーディションは似ているところがあるような気がします。
モデルのころは何百本とオーディションを受けましたし、俳優を始めたころも受けていました。落ちると、やっぱり否定された気がしますよね。ただ、齢(よわい)も30になって思うのは、仕事で活躍している方って腐ってこなかった方だと思うんです。
―腐らないというのは?
例えば、高校、大学とうまくいって、そこまでは順調だったのに就活でつまずいたとしても、お先真っ暗ってことではないと思うんです。今は企業に入ることだけが正解とは言えない時代だと思いますし、これからはもっと不安定になっていくかもしれない。その中で、目の前の面接はあくまでひとつの選択肢というか。
―視野を広く持つということですか?
そうだと思います。例えば、僕自身の体験を思い出しても、海外に出て、いろいろな人種の人たちに触れて、今いるより広い世界を知るだけで、自分の考え方って変わるところがありますし。そうすると、選択肢は実はもっと広かったんだと気づかされるので。
―面接やオーディションで大事なのは、どんなことだと思いますか?
優等生の答えより、ちょっと抜けていて人から愛されるところだとか、そういうものが垣間見えた時に、その人に好感を持つように思うんです。
―先ほどの濱口監督の演出の話ではないですが、やはり“本物”の瞬間が見えた時に、相手の心が動くんでしょうね。
面接はプレッシャーだと思うんですけど、リラックスして素の自分を見せた方が、いいのかもしれないですね。僕は特殊な仕事だから、参考になるかわからないですけど…。
―いえいえ、本当にその通りだと思います。
面接担当者にヒドイことを言われたら、その人は社会の正解の代弁者ではなく、人間的にねじ曲がった大人だと思った方がいいと思います。たまにそういう大人もいるから(笑)。
ある写真展の帰り道。目が合った瞬間、ドラマのように恋に落ちた麦と朝子。つかみどころのない自由人の麦に朝子は惹かれるが、彼はある日、突然に姿を消してしまう。それから2年後、朝子が出会ったのは、麦とまったく同じ顔をした別の男性・亮平だった。誠実な亮平と温かな関係を築いていく朝子。けれど、彼女の前に再び麦が現れるーー。
2011年の東日本大震災で、それまでの日常には戻れない経験をしたこの国の人たち。ある日、突然、目の前の日常が揺らぐ危険性ーー。それを一番小さな個人のラブストーリーの中に描いた映画。柴崎友香原作ならではの友人同士の日常感はそのままに、人間の本質や可能性を鋭く問い続ける濱口竜介監督が描いた、表面的にはドラマチックで、その先に深いメッセージが込められた見応えある一作。
監督:濱口竜介 出演:東出昌大、唐田えりか他
原作:柴崎友香『寝ても覚めても』(河出書房新社刊)
(c)2018 映画「寝ても覚めても」製作委員会/ COMME DES CINÉMAS
9月1日(土)よりテアトル新宿、、ヒューマントラストシネマ有楽町、渋谷シネクイントほか全国ロードショー
公式サイト:http://netemosametemo.jp/
取材・文/多賀谷浩子
撮影/中川文作
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