最近、財界のトップにいる人が「もう終身雇用を守ることはできない」と発言したニュースはみなさんも目にしたと思います。「名のある企業に入って安定したい」「就職できれば何とかなるよね」と気楽に考えていた人は今、不安を感じているのではないでしょうか。
正社員の多くが定年まで勤め上げる日本企業の仕組みは、本当になくなってしまうのでしょうか。終身雇用が崩壊した場合、新卒一括採用の就活も変わってしまうのでしょうか?独自の視点から就活や仕事、「働く」を鋭く捉えて発信を続ける、雇用ジャーナリストの海老原嗣生さんにお話を聞きました。
目次
終身雇用は本当に崩壊する?そうなったら就活や働き方はどう変わる?
財界の「もう終身雇用は維持できない」発言が物議を醸しているようですが、労働者が同じ会社で長く働くのは何も日本だけではありません。50代男性に限れば、日本で同じ会社に20年以上勤続している人の割合は世界でも標準的です。「欧米型雇用に移行すべき」と言われますが、実は欧米の人もごく普通に、同じ会社に20年以上勤めているんですね。
■図1 各国の平均勤続年数(50代男性の場合)
終身雇用がなくなることは当面ない
話を戻しますが、結論から言うと、当面は終身雇用がなくなることはないと考えています。なくなるとしても、30年〜40年ぐらい先だろうというのが私の見立てです。なぜかというと、終身雇用を始めとする今の雇用制度は、企業にとっても労働者にとっても、非常に都合がいいものだからです。
たとえば、誰かが会社を辞めて社内に欠員が出ると、欧米の企業は同じポストで同じ仕事ができる人を探して中途採用します。でも日本企業の場合は、空席ができると、組織の「ヨコ」と「タテ」で玉突きのように異動と昇進を繰り返し、最後は末端に寄せた空席を新卒採用で埋める。すると、誰が辞めても補充ができてしまうんです。これは企業にとってすごく便利な仕組みで、簡単には手放せないことでしょう。
しかし日本の企業は、社員を動かせるのと引き換えに、簡単に解雇することができません。つまり便利な人事の仕組みと終身雇用的な環境、そして新卒一括採用はすべて紐づいていて、切っても切れないものなのです。労働者側は、異動や転勤を受け入れるのと引き換えに、首を切られることがなくなります。そして「ヨコヨコタテ」を繰り返すうちにいつの間にか昇進し、給与も上がっていくのです。
■図2 欧米の企業の一般的な欠員補充のイメージ
■図3 日本の企業の一般的な欠員補充のイメージ
そんなトレードオフがあることを無視して、「終身雇用だけをやめる」というのは矛盾していますよね。メリットとデメリットをセットで変えようと思わない限り、今の雇用制度が壊れることはありません。だから学生は何も心配せず、今まで通りの考え方で就活をすればいいと思います。
※もっと詳しく知りたい人は、この記事の文末コラム「日本の終身雇用がそう簡単には崩壊しない理由」を読んでください!
「誰でも課長」の時代はもう終わり。終身雇用は続いても変化は避けられない
とはいえ、時代の変化に伴って、昇進や昇給などの仕組みは変わって行かざるをえません。くだんの発言には「終身雇用を維持するためには、失う物も多いかもしれませんよ」という含みもあるのです。
たとえば20年ほど前から、50代半ばで肩書きが取れて年収も大幅に減る「役職定年制」を人事制度に組み込む企業が増えてきました。「このままでは居づらいだろうから、次の働き口を見つけて転職してね」という訳です。
また、今は「誰でも課長」の時代ではなくなりました。厚生労働省の「賃金構造基本統計調査」によると、50〜54歳の大卒・男性・正社員で、課長になれたのは45%です。つまり過半数の人は課長になれません。将来的にはさらに1割近く下がり、4割を切るだろうと推測しています。さらに、今は40〜50代の方が20〜30代よりも労働時間が長いんです。これはあまり語られていないことですが、会社に居続けるためには、ミドル層も必死で働かなければならない時代なのです。
さまざまな変化は、労働市場に女性が入ることによっても加速しています。厚生労働省が2015年に実施した「出生動向基本調査」によると、2010~2014年に第1子を産み、退職しないで仕事を続けた女性が初めて5割を超えました。
つまり、これからは、本当の意味で男女共同参画にならないと、家事や育児や介護も立ち行かなくなります。将来的には男性も共働きを前提に、ワークライフバランスを大事にしたキャリアプランが一般的なものになるでしょう。女性にしても、これから専業主婦でいる人はごく一握り。昔のような「一般事務職〜寿退社で上がり」というキャリアプランは、絶滅寸前だと考えた方が良いと思います。働く人たちにも、時代の変化と共にキャリアプランへの認識を転換していくことが求められているのです。
これからの就活のヒント1. 自分の希望する働き方と積むべきキャリアを知ろう
「終身雇用が危ないから、どこでも通用するキャリアを自ら身につけるべきだ」という論調は以前から良く耳にします。しかし、すべての企業や職種でそれができるとは限りません。就活に当たって、キャリアには乗り換えが効くものと効かないものがあることを、ぜひ知っておいて欲しいのです。
仕事には、大きく分けて3種類ある
乗り換えの効くキャリア、効かないキャリアの説明をする前に、まず、仕事を大きく分けて説明したいと思います。
仕事に必要な能力をコンピューターのプログラムに例えると、コンピューターを動かす土台となる「OS」部分と、OSの上で実際に実行される「アプリケーション」部分に分けることができます。OSとは、リーダーシップや分析力、決断力、論理性などいわゆる人間性。これはどの業界でも役立てることができる力です。一方、アプリケーションとは技能や業界の知識、人脈などの専門的なスキル。こちらは企業の中で積み上げていくものですが、高度になればなるほど他の業界や業種への乗り換えができなくなるのが特徴です。
これを踏まえると、仕事は「1.アプリケーション重視型」「2.OS重視型」「3.どちらもそこそこ型」の3種類に分けられます。まず自分にはどれが合うのか、志望業界や職種がどれに当てはまるのかを考えましょう。それを意識すれば、自分の希望する働き方とそのために積むべきキャリアが分かり、就活の方向性が見えてくるでしょう。
長い時間をかけてコツコツ頑張る「アプリケーション重視型」
大手銀行、大手商社、大手メーカー、エンジニア、研究職などがこのタイプ。求められるスキルのレベルが高く、長い時間をかけてアプリケーションを積み上げて一人前になる仕事です。人材育成に時間がかかるので、終身雇用や年功序列などを守る企業が多いのも特徴。仕事の習熟度が高くなるほど役職や収入もどんどん上がりますが、半面、自社や同じ業界でしか通じない「知識の缶詰め」のようなキャリアになります。業界や職種を変えれば、それまで積み上げてきたアプリケーションは役に立たなくなる(=乗り換えがきかない)ので、成果を上げるまでコツコツ頑張ることが必要です。
若いうちから成功したい人にお勧め「OS重視型」
人材系ビジネス、外資保険、百貨店の外商などがこのタイプ。積極性や論理性、コミュニケーション力などの高い人間性が求められる半面、高度なアプリケーションは必要とされない仕事です。力のある人なら入社2年〜3年で頭角を現し、トップになれることも。実力主義で評価されるので、若くても力があれば高い報酬を得られます。OSはどんな仕事でも役に立つので、ここで力を発揮する人はアプリケーションを載せ替えてより有利な企業へ移ることも可能。そう、乗り換えしやすいのです。若いうちから成功したい人や、高い収入を得たい人にはお勧めです。
人生を安定させたい人向け「そこそこ型」
地方の中小企業や、専門商社、一般事務、ルートセールスなどがこのタイプ。OSは社会人として常識的であれば及第点で、アプリケーションも「そこそこ」で通用する仕事です。知名度がなく新卒採用が難しいため、終身雇用や年功序列を守る企業が多いのも特徴。半面、多くを望まなければヨコへの転職はしやすい業界です。大手に比べれば給与は抑えられますが、転勤や長時間労働がない場合も多く、日本企業の中ではワークライフバランスが整っているといえるかもしれません。ですから「仕事はそれなりでいい」「中長期の人生を安定させたい」という指向の学生は、これらの企業や業種にもっと目を向けていいと思います。
これからの就活のヒント2. 新卒の企業選びは「社風」が大事
会社の社風が自分に合っているかどうかの判断は企業に委ねよう
お話してきたように日本の企業は、人事異動で組織の末端に大量の空席を作って、そこに新卒を一括採用するシステム。未経験者でいいわけですから、就活に仕事上のスキルは必要ありません。代わりに、入社後は雑務から始まって少しずつ難しい仕事を振られ続けるので、日々挑戦してステップアップしてく力は不可欠です。諦めない気持ちや向上心、忍耐力を備えた人を企業は必要としていますから、そうした力は鍛えておくべきでしょう。
そのうえで、就活で特に重視したいのは「社風」の見極めです。たとえば「全員で足並み揃えて階段を上ろう」という会社と、「ズルしてもいいから二段飛ばしで行っていいよ」という会社の違いはすごく大きい。もし自分と肌合いが合わない会社に入ってしまったら、日々ストレスが溜まって不幸なことになります。OB・OG訪問をするのもいいですが、社会人経験のない学生には、そこの社風が本当に自分に合っているかどうか分からないことも多いでしょう。
そんな時は、実際の選考で人事のプロに任せてしまうのが一番の早道です。つまり、決して背伸びをしたり飾ったりせず、いつも通りの自分の姿を見せるようにするのです。そうすれば「この学生がうちの社風に合うかどうか」を企業の方で的確に判断してくれます。
「ガクチカ」を説明できるようにすることがカギ
そのためには「学生時代に力を入れたこと」をしっかり説明できるようにしておくことが大事。いわゆる「ガクチカ」には、その人の人間性がよく表れるからです。だから就活を控えた学生は、終身雇用がなくなるかも、なんてことを心配するより、スポーツでも趣味でも良いので、好きなことを見つけて思い切り集中して取り組んでください。学生時代にやりたい何かに熱中することが、いつの時代も就活を成功させるカギだと思います。
参考記事:就活で聞かれる「学生時代に最も打ち込んだこと」って、何をどう答えれば良い?
参考記事:先輩500人が選んだガクチカのエピソードTOP3は?企業にはどう伝えた?
参考記事:【人事のホンネ】「学業以外で力を注いだこと」印象に残るのは学生のこんな回答
【コラム】日本の終身雇用がそう簡単には崩壊しないホントの理由
日本企業は、なぜ簡単に終身雇用をやめられないのでしょうか。そのポイントになるのは、日本型の雇用が「無限定雇用」であることです。無限定雇用とは、簡単に言うと、配属未定、どんな職務やポストに就くかを曖昧なままで採用すること。その場合の契約は「会社に入る」ということだけです。つまり就社。そう、いまの日本の就活そのものです。
ポストを曖昧にして雇うので、企業は社員をあちこちに異動させることができますが、それと引き換えに簡単に解雇はできなくなります。なぜかというと、もし不況である部署がなくなったら他の部署へ転勤させればいいし、もし能力が足りなくても簡単な仕事を与えて雇い続けることができるからです。つまり、日本企業が無限定雇用を続ければ社員の首が切れないので、終身雇用的な働き方もなくなりません。
一方、欧米の雇用は「ポスト型雇用」です。最初にポスト(勤めるべきポジション=役職と職務)が決まっていて、空席ができた時のみ、その職務をこなせる人を採用する仕組みです。日本の無制限雇用と違い、あくまでも特定のポストで契約を結ぶので、そのポストがなくなったり、職務をこなすための能力が足りなければ解雇されます。また日本企業のような昇給制度はなく、同じポストにいる限り待遇は変わりません。
その代わり、企業は社員を自由に動かすことができず、異動させる時には必ず本人の同意が必要です。でも彼らはヨコへの移動(転勤や職務転換)をとても嫌うので、誰かが辞めた後のポストが埋まらない場合は中途採用せざるをえません。しかし、中途採用はどの国でも大変苦労しています。特にそのポストが高いスキルを要求するものであれば、それができる人は同業他社・ライバル企業にしか存在しないので、そこから引き抜くしかないのです。
その点、無限定雇用の日本企業は、誰かが辞めても、人を動かすことで解決できます。あるポストに空席ができたら、別のポストから適任者をヨコに異動させ、その空席にまたヨコから異動させ、ある部署では下に適任者がいたので昇進させる。この「ヨコヨコたまにタテ」で玉突き式に「寄せて上げる」を繰り返せば、最後は空席が末端に寄せられます。つまり、どんなに腕利きの社員が辞めても、末席に新人をひとり採るだけで補充ができるのです。これが、日本の企業の新卒一括採用に繋がるのです。
こうした強力な「人事権」を持つのが日本企業の特徴です。そして前述のように、無制限雇用に伴う人事権と終身雇用はトレードオフの関係です。つまり、企業が終身雇用をやめて社員を解雇しやすい欧米型に移行したいのなら、同時に人事権も捨てなければならないはずです。しかし、これほど便利な仕組みを企業がすぐに手放すはずはありません。
労働者側にもトレードオフがあります。「日本の会社は異動ばかりで嫌だ」と不満を言いながら、代わりに解雇されない安心を享受しています。さらに長く努めていれば、異動の繰り返しの中でいつの間にか昇進し、給与も上がります。これが欧米型になり「あなたは一生平社員で、そのポストにいる限り給与も上がりません」と言われたら、受け入れられるでしょうか?
こうした欧米型のメリットだけでなくデメリットも知った上で、企業と労働者の両方が変わっていかない限り、日本型の雇用が壊れることはないはずです。その意識改革にはまだしばらく時間がかかることでしょう。
ちなみに、日本の外資系企業の場合、やはり、本国と日本の人事制度のハイブリッドになっているようなところがけっこう多いです。日本のような完全な無限定雇用はしませんが、職種別採用という名称で採用し、そのカテゴリーの中、例えば人事で採用されれば、人事の中にある色々な部署、採用や教育、労務管理、制度設計、人員配置などをぐるぐる回すというような感じのところが多いです。最初からその職務に向いているかどうか、というのは本人ではわからないというデメリットはありますが、ただ、一つの職種の中で幅広く色々なことを知れるという意味で、日本はおろか、本国企業よりも良いかも知れない仕組みだと、僕は思います。
文/鈴木恵美子
撮影/鈴木慶子