きむらそうた・1980年神奈川県横浜市生まれ。中学時代から法律に興味を持ち、高校3年生で司法試験の1次試験に合格。2003年東京大学法学部卒業。同助手を経て、06年から首都大学東京法学系准教授。助手論文を基に『平等なき平等条項論』(東京大学出版会)を上梓。法科大学院での講義をまとめた『憲法の急所』(羽鳥書店)は「東大生協で最も売れている本」「全法科大学院生必読の書」と話題に。近刊に『テレビが伝えない憲法の話』(PHP新書)、『キヨミズ准教授の法学入門』(星海社新書)、『集団的自衛権はなぜ違憲なのか』(晶文社)など。趣味は将棋。
前編では憲法学者になるまでの経緯や仕事への姿勢を木村さんにうかがいました。
今回は、研究者に必要な資質や憲法学とは何かについてお話しいただきました。
地道で途方も無い作業。好きだからこそできる
-研究者として仕事をするために求められる資質は?
いろいろありますが、自分の研究や論文が学界でどういうポジションにあるかを客観的に判断する力は必要だと思います。私自身の話をしますと、研究がうまくいっているときというのは無我夢中で、自分でもなぜうまくいっているのかはよくわからないものです。ただ、研究して書いた論文がヒットなのかホームランなのか、はたまたアウトなのかということは評価できるんです。
-自分の論文を客観的に評価するというのは難しいことだと思います。どうすればその力が身につくのでしょう?
やはりたくさんの研究に触れる、ほかの人の論文を読むということだと思います。そのときに、超一流のものというのは際立っていますから、「すごい」と評価するのは簡単なんです。例えば、音楽でもベルリン・フィルの演奏を聴けば、クラシックに詳しくない人でも何らかの衝撃を受けると思うんですね。でも、ほかのオーケストラの演奏を聴いたことがなければ、ベルリン・フィルになぜ衝撃を受けたのかを分析・判断することは難しい。憲法学の研究も同様で、なるべく多くの研究に触れることで業績の質が判断できるようになるんです。
-地道で、途方もない作業だという気がします。
そうでしょうね。好きだからこそできるというのはあるかもしれません。
私たちの政治、社会を豊かにするために憲法学はある
-憲法学というのは何のためにあると木村さんはお考えになりますか?
憲法というのは「政治権力を合理的に動かすためのひとつの技術」。憲法学者というのは、その「政治権力を合理的に動かすための憲法」がいかにあるべきかを研究しています。したがって、憲法を研究するというのは私たちの政治、社会を豊かにするために役立っているということでしょうね。豊かでない社会というのは独裁政治であったり、人権侵害を平然としたりする政治が行われている社会。申し上げるまでもなく、そういう政治、社会にしてはいけないと思っています。
-憲法学者として、これから社会に出る人たちに伝えたいことはありますか?
日本という国は国民主権で民主国家ですから、国のやる政治決定すべてに自分の責任があるんだということを自覚していただけたらと思いますね。裁判官が死刑判決を出したときに、その判決を下したのは裁判官ではなく本当は国民なんです。自衛隊に派遣命令を出すのも国民です。
-「おかみがやったこと」ではないということですね。
はい。で、その政府の作り方のルールが憲法なんです。ですから、憲法というものと、その憲法から生まれる政治のあり方やコミュニケーションというものに対し、私たちには責任があるんだという意識を持っていただけたらと思います。
学生へのメッセージ
就職について考えたり、就職先を選ぶときはぜひ目標を明確にしてほしいと思います。例えば、お金を稼ぎたいというのも立派な目標。好きなことを仕事にしたい、ビジネス規模の大きい仕事をしたいなど、内容は人それぞれでいいんです。目標さえ明確なら、自分に開かれた可能性の中で優先順位をつけることができるようになります。その過程で迷ったら、判断のポイントは「需要」です。仕事というのは需要がなければ成り立ちませんから、「自分がどんな仕事をすると人に喜んでもらえるか、役立つか」を考えるのが自然ではないでしょうか。
それから、学生の皆さんにはぜひ良書と言われるものをたくさん読んでほしいですね。大学の図書館には高い学術本そろっていますし、学生時代には自由な時間もたくさんある。社会人になったら、1冊1万円の本を1カ月かけて読むなんてことはなかなかできません。それをできるのは学生の特権ですから、活用していただけたらと思います。
木村さんにとって仕事とは?
-その1 門戸は狭くても、好きなことを追究できる道を選んだ
-その2 憲法について広く伝えることは、憲法学者としての「責務」
-その3 「自分がどんな仕事をすると、人に喜んでもらえるか」を考える
INFORMATION
木村さんが10年来温めてきた企画を形にした著書『いま、<日本>を考えるということ』(河出書房新社/定価:1600円+税)。この国はどこへ行こうとしているのか。木村さんと社会学者・大澤真幸さん、建築家・山本理顕さんがそれぞれの視点から今日の日本の課題を語り合った白熱のシンポジウムの内容と、書き下ろし論考が収録されている。
取材・文/泉 彩子 撮影/刑部友康