きむらそうた・1980年神奈川県横浜市生まれ。中学時代から法律に興味を持ち、高校3年生で司法試験の1次試験に合格。2003年東京大学法学部卒業。同助手を経て、06年から首都大学東京法学系准教授。助手論文を基に『平等なき平等条項論』(東京大学出版会)を上梓。法科大学院での講義をまとめた『憲法の急所』(羽鳥書店)は「東大生協で最も売れている本」「全法科大学院生必読の書」と話題に。近刊に『テレビが伝えない憲法の話』(PHP新書)、『キヨミズ准教授の法学入門』(星海社新書)、『集団的自衛権はなぜ違憲なのか』(晶文社)など。趣味は将棋。
法学の学術論文を読むことを「楽しい」と感じた
-法学に興味を持ったきっかけをお聞かせいただけますか?
中学生の時にたまたま本屋さんで『日本国憲法』(小学館)を手にし、「面白いな」と思ったんです。
-1982年に発行され、販売部数90万部を超えるロングセラー本ですね。わが家にもありましたが、本棚の飾りになっていました。社会情勢の変化により、現在は憲法第9条と集団的自衛権の関係など憲法を巡る議論が活発化しつつありますが、当時、日本国憲法に関心を持つ中学生は少なかったのではないでしょうか。
憲法というのは「平和」「自由」「権利」といった今の日本を生きる多くの人にとって「当たり前」のことが書かれています。だから、不自由を感じてから読まないと憲法の意味というのはわからないものなのだと思います。私の場合、子どものころから人とは違う言動が多く、「なぜみんなと合わせられないんだ」と周囲から言われて息苦しさを感じていました。そんな時に憲法第3章に掲げられた「思想及び良心の自由」「学問の自由」といった自由権規定を読み、自分らしく生きることを肯定されたような気がしたんです。
-その後、東京大学法学部に進学され、現在は憲法を研究する仕事をされていますが、憲法学者への道は狭き門と聞きます。
大学に職を得て憲法を研究しているのは600人ほどでしょうか。裁判官や弁護士の方が憲法学者よりはまだ門戸が開かれているので、私も最初は司法試験を受け、大学入学時には一次試験に合格していました。ただ、司法試験の勉強を面白いとは感じませんでした。一方、学術論文を読むのは楽しくてたまらなくて、やはり学者になろうと心に決めました。
憲法学の世界で教科書のように読まれている体系書がありましてね。故・芦部信喜先生の本で、私が大学生だった時には初版が出てから約10年たっていましたが、最も権威のある体系書とされていました。確かにすごい先生がお書きになった本ですが、私自身はその本を読んだ時に、さらに定義を明確にできるのではないか、もっと体系を整理できないかという思いを抱きました。この本を超えるきちんとした体系書を著すことのできるような研究者になりたいという、大きな目標を掲げて憲法学者を志したんです。当時、東京大学には成績次第で学部を卒業してすぐに助手になれるというコースがあり、幸いにも合格。助手の任期3年の間に論文を書いて首都大学東京に採用され、26歳で准教授になって今に至ります。
主観的に「難しい」と感じる研究は、「いい研究」ではない
-憲法学の研究をされていて難しさを感じたことはありますか?
もっと勉強しなければ、考えなければとは常に思っていますし、難しさを感じることも当然ありますよ。ただ、根本的なこととして、主観的に「難しい」と感じる研究というのは、たいていの場合、「いい研究」ではないですね。「いい研究」をしている時というのは、自分の中で止められないくらいどんどん進んでいってしまうものなんです。放っておいても、「難しい」なんて感じる間もないほど突き進んでいってしまうのが本当の研究。したがって、難しいと感じるということは、テーマ設定や研究のやり方に失敗しているということなんです。逆に、これまでの経験から申し上げると、無我夢中でやった研究というのは自分自身できちんと理解できているから、人にわかりやすく伝えられて、評価もされやすいんです。大学の教壇に立っていてもそれは感じますね。
憲法の内容を一般の人たちに伝えるのは、憲法学者としての責務
-大学で講義をすることが、研究にも何らかの影響を与えることはありますか?
あります。忌憚(きたん)なくお話ししますと、研究者というのはたいていエゴイストで、研究第一。学生に対する講義というのも自分が何かを発見するためにやっている人がほとんどだと思いますし、少なくとも私はそうです。ですから、学生にうまく伝わった、しゃべれたとなると自分の学説が正しかったと考えますし、そうでなければ、研究そのものを反省することもあります。研究に直接の影響を与えることはあまりありませんが、大学3、4年生ともなると私が考えないような発想をする学生に出会うこともあって刺激も受けます。
-執筆活動やテレビのコメンテーターのお仕事を通し、憲法について一般の人にわかりやすく伝えることにも力を入れていらっしゃいますね。
法律を民法、商法、日本国憲法、刑法、民事訴訟法、刑事訴訟法のいわゆる「六法」に分類すると、憲法以外は極端な話、法律の専門家や当事者だけがわかっていれば何とかなります。しかし、憲法は特殊で、すべての国民にかかわる法律です。憲法というのは「国民が権力を監視するために使う法律」なので、国民の皆さんがわかっていないと困るのです。したがって、その内容を一般の方々に伝えていくというのは憲法学者の大事な仕事のひとつだと思っていますし、責務だと考えています。特にここ数年は憲法が正しく理解されて議論されているとは思えない状況が続いているので、積極的に話しに行かなければという気持ちがありますね。
後編では、木村さんに研究者に必要な資質や憲法学とは何かについてお話しいただきます!
(後編 8月17日更新予定)
INFORMATION
木村さんが10年来温めてきた企画を形にした著書『いま、<日本>を考えるということ』(河出書房新社/定価:1600円+税)。この国はどこへ行こうとしているのか。木村さんと社会学者・大澤真幸さん、建築家・山本理顕さんがそれぞれの視点から今日の日本の課題を語り合った白熱のシンポジウムの内容と、書き下ろし論考が収録されている。
取材・文/泉 彩子 撮影/刑部友康