映画『嘘八百 京町ロワイヤル』(https://gaga.ne.jp/uso800-2/)で、腕はいいのに日の目を見ない陶芸家・野田を演じている佐々木蔵之介さん。この映画には、大人になってなお、ままならない現実にジタバタする、ちょっと味わい深い二人が登場します。就活中の皆さんは、二人に何を思うのでしょうか。就活経験のある佐々木さんに、当時のこと、振り返っていただきました。
やりたいというより、まだ終わらせたくなかった
―大学卒業後、広告代理店に勤務されていたそうですが、就活のこと、覚えていらっしゃいますか。
覚えています。しんどかったですよ…。受験とは、また違いますもんね。落ちたら、人間性やそれまでの自分を否定されたみたいに錯覚してしまう。経歴や志望理由を話すために、理論武装しようとすると疲れるし(笑)。そこをなんとか頑張った上で落とされたら…本当にキツイですよね。
―今の学生さんは比較的、売り手市場と言われているので、余計に落ち込むようです。
そこは会社と自分の相性だけだと思いますけどね。役者のオーディションも相性だけと思うようにしていますけれど、実際、そうだと思いますよ。
―ご実家の佐々木酒造を継ぐことを視野に入れて、広告代理店を選ばれたとうかがっています。
学生の時に劇団をやっていて、芝居は作るだけでなく、どうPRするかも大事なんだなと思ったんです。お客さんが入らないと成り立たないですから。それは家業を継いだときも同じなんだろうなと。お酒をどう売っていくのかっていう。商社も考えましたけれど、広告代理店なら、ラジオやテレビ、いろいろなメディアを勉強できると思ったんです。
―営業部に配属されたそうですね。
2年半勤めていました。空港や公団、省庁、わりと堅めな官公庁系を担当していましたね。新聞に広告を出したり、テレビスポットを打ったりする広告代理店らしい部署とは少し違っていました。
―同時に劇団も続けていらしたのですか?
就職したら辞めようと思っていたのですが、大阪本社採用になったので、そのまま続けていましたね。
―当時の新卒採用向けの会社案内パンフレットに佐々木さんが載っていらっしゃるのを拝見したことがあります。
ああ~、覚えています。僕が入社して2年目くらいですね。同期がパンフレットを作っていて、出てくれと頼まれて。舞台に出て、変なメイクしている写真でしょう(笑)。
―そうです。「惑星ピスタチオの看板俳優」って書いてありました。ご家業も劇団もある中で、悩まれたのではないでしょうか。
いや、僕の話はまったく参考にならないですよ。だって、サラリーマンを辞めて、役者の仕事を選んでいるわけですから。正常な判断はできていなかったと思いますよね。
―そこまで役者さんをやりたかったと?
当時の自分にそれを聞いても、多分わかっていなかったと思うんですよ。冷静に判断できていなかったですよね。やりたいというより、まだ終わらせたくなかった。いや、まだちょっと終わらせられへんかな…ぐらいの気持ちだった気がしますね。
―今、振り返られて、何か流れがありましたか?
そうですね、強い引っ張りというか。ちょうどその時、キャラメルボックスという東京の劇団から3カ月間の公演に誘っていただいて。関西で仕事していたから、お断りしたんですけど、その後も「いやあ、やろうよ」と何度も声を掛けてくださって。
―そういうお誘いが、いろいろあったんですね。
ずっとそうやって小劇場の誘いを断っていたんですよ。だから、このままでいいのかなという思いは、ずっとあったんだと思います。じゃあちょっと芝居やってみようかと。駄目だったら、それはそれでいい。ただ、駄目だったからって実家の家業に戻ることはなしにしようと思いました。それはあまりにも失礼すぎるから。
―それで、キャラメルボックスの舞台に客演として出演されたんですね。
そうです。会社に「辞めます」って言ったら、「3カ月やろ、なら3カ月間休んだらええやん」って直属の上司が言ってくれて。さすがにそういうわけにはいかないなと辞めましたけど、周りにそういう味方がいてくれましたね。
―その後、東京で活躍されることを考えると、結果として、その1つの選択が大きく道を分けた感じがします。
大きいというか…あまりわかっていなかったのが大きかったんかなぁ。成熟していたら、そんな回答は出さない。未成熟だったからこそ、そういう回答ができたと思います。
―若いうちだから、できる決断ですか。
そうなんでしょうね。だから、わからないですよ、何が自分の仕事になるかなんて。今回の『嘘八百 京町ロワイヤル』の中で、野田の息子が「お父ちゃんみたいに好きなもの作っていたら、それが仕事になったわ」って言うんです。
―いい場面でした。陶芸家で日々、土をこねている野田を見ながら育って、自分も好きで取り組んできた特殊メイクが仕事になったと。
あそこは、シナリオにはなかったんですよ。武監督が入れたんです。特殊メイクの神様と言われている人の名前を挙げて、「僕もああなるんだ」と言う息子に、野田が「なら、その人を超えたれ」って言う。こんな親子の関係もあるのかと思いました。
―すてきですね。そんなふうに、やりたいことが仕事になるなんて。
だから、無理して苦手なことはやらなくていいと思うんですけどね。好きなことをやっていたら、ほかも自然と上がってくるんじゃないかなと。だから、何か自分に向いている、没頭できるものをやればいいと思うんです。なかなか、それを見つけるのは大変やけど。
―そう思っている学生の皆さんも多いようです。
意識して探すってことでもないし…なんでしょうね。
自分が役者になるとは思いもしなかった
―佐々木さんと演劇との出会いは、大学の時にご覧になった舞台だったとうかがったことがあります。
1年間、東京農大に通っていたことがあって、当時、兄と一緒に暮らしていたんですよ。兄は建築を専攻していたので、建築の観点から「面白い舞台があるよ」と誘ってくれて。それが当時、話題になっていた唐十郎さんの舞台で、「下町唐座」という安藤忠雄さんが設計した劇場でやっていたんです。春休みだったから、まあ見に行こかって軽い気持ちで。
―ご覧になって、いかがでしたか?
隅田川を渡って、劇場を見て回って。当日券だったから、席は一番後ろで。それまでも芝居は観ていたけど、そういうものは見ていなかったんです。芝居が始まって、例のごとく、途中、よからぬところから唐さんが出てきて。それまで、ずっとどこにいたんだっていう(笑)。
―唐十郎さんの舞台ならではですね。
大きな声でせりふを言ってるんだけど、唐さんが果たして何を話されているのか、まったくわからない(笑)。わからないのだけど、ただただ圧倒される。そのうち舞台中央にある緑色の水で満たされたプールの中でぐっちゃぐちゃになって、ラストは舞台奥の扉がバーンッと開いて、そのまま隅田川に流されていく…すごいものを目撃してる…、この人たちは何者…って。震える演劇体験でした。
―唐さんの舞台のエネルギー、ものすごいですよね。
これが演劇か…と。大学に入ったら、演劇をやっている人たちがいて、下町唐座と学生の演劇を比べるのもどうかと思うけど(笑)、その体験があったから、劇団に入ったんでしょうね。
―その時に、ご自分が役者になるとは…。
みじんも思っていなかった。なりたいとも思っていなかったし。
―でも、周りに誘われたり、求められたり。
流れがありましたね。下町唐座を3月に観て、4月に大学の劇団の新人公演を観て、そのまま入っちゃったみたいな。それが「蜂の巣座」という演劇サークルで、大学1年生の時でした。2年生の時に惑星ピスタチオを旗揚げして。主宰の西田シャトナーは、やっぱり唐さんが好きだったんですよ。
―演劇に出会う前の佐々木さんからご覧になったら、思いも寄らぬきっかけです。
だから、今、就活中の人も、何かきっかけはあるんですよ。だって、僕も渇望していたわけじゃなかったから。だから、何かあるまで、焦らず腐らず、やりたいことやったらいいんじゃないですか。
何かに没頭しているときは、幸せな空気が流れている
―就活中の皆さんも家業とか環境とかいろいろあると思います。最終的にはやっぱり自分の気持ちなんでしょうか。
一昨年、『ゲゲゲの先生へ』という水木しげる先生を題材にした舞台をやったんです。僕がやったのは(水木しげるの『ゲゲゲの鬼太郎』に出てくるキャラクターの)ねずみ男であり、水木先生でもある、そういう役なんですけど、水木さんの言葉に「努力は裏切られる」というのがあって。
―報われるとは限らない?
水木さんが実際に言うてはるんですよ。努力しても、全然報われなかったって。どれだけ働いてもお金もなく、寝る間もなく、全然報われなかった。ただ、没頭して夢中になっている時間には、かけがえのないものがある。その瞬間はすべて忘れるって。
―いい言葉ですね。
何かになるために打算的にやるのではなく、ただただ没頭して何かをやっている時間は、幸せな空気が流れるから、それが大事なんですよって水木先生がおっしゃっていて。それは大きいなと思います。報われようと思って僕、演劇やってなかったですし。テレビや映画に出ようと思って、演劇をやっていたわけでもない。そこなんかなぁと思いますけどね。
―『嘘八百 京町ロワイヤル』で演じられた野田も、世間からは認められないけれど、一生懸命器を焼き続けて。その姿がなんだか味わい深くて。いい年齢の大人がジタバタ頑張っているところも、この映画の魅力かなと思うのですが、佐々木さんにもジタバタすることなんて、あるのでしょうか?
ジタバタしてますよ~(笑)。若いころは、40歳、50歳になったら、大人で落ち着いていると思っていたけど、全然変わらないですよね、気持ちはね。だから、この映画の二人も、いい年して、まだ焦ったり、ちょっとビビったりしてるなというところがすてきなのかな、実はそこがチャーミングで応援したくなるのかなと思いますね。
―うまくいっていないけれど、なんだかいい感じの二人です。
若い子から見たら、大人の余裕って感じなのかもしれないけど、でも余裕じゃないんですよね(笑)。ちょっとあきらめているところもあって、でも、すべてあきらめるんじゃなくて、なんとか頑張ろうとしているっていう。
―身の丈がわかってきて、あきらめが入ってくることで、ちょっと気持ちが楽になるところもあるように思います。
そうですね…あきらめはあるなぁ(笑)。そこは自分もいい時期かもしれないなと思っていて。もう少し年齢を重ねると、ジタバタせずに技術だけでいけてしまうんだと思うんですよ。でも、今はまだそこまでならずに、ジタバタできる時期なのかなって。
―ジタバタできるのは、いいことなんですね。
例えば、学校の世界しか知らない小学生の時に悩んでいたことは、社会人になったら、ああ、こんなことに悩んでいたんだと思うじゃないですか。だから、20代、30代でそれぞれ落ち込むことはあっても、40代、50代になったら、ああ、そんなことに悩んでしまっていたんだなと、きっと思うので。だから、その時々で悩んだりくじけたり、ジタバタしながら、しっかり自分と向き合っていくことなのかなと思いますね。
『嘘八百 京町ロワイヤル』
1月31日(金)TOHOシネマズ日比谷ほか全国公開
うだつのあがらない古美術商の小池則夫(中井貴一)と腕はいいのに日の目の当たらない陶芸家の野田佐輔(佐々木蔵之介)。不器用な二人が、暢気(のんき)な仲間たちと思いも寄らぬ騒動に巻き込まれていく開運・古美術コメディ・シリーズ第2弾。
今回、鍵になるのは「はたかけ」という貴重な器。この器の持ち主である美しい女性・橘志野(広末涼子)から相談を持ち掛けられた小池。二つ返事で頼みを引き受けるが、志野には別の顔があった――。
監督:武正晴
出演:中井貴一、佐々木蔵之介、広末涼子ほか
配給:ギャガ
(C)2020「嘘八百 京町ロワイヤル」製作委員会
公式サイト:https://gaga.ne.jp/uso800-2/
取材・文/多賀谷浩子
撮影/八木虎造
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