白石康次郎

しらいしこうじろう・1967年東京都生まれ、神奈川県鎌倉市育ち。神奈川県立三崎水産高校専攻科卒業後、故多田雄幸氏(第1回単独世界一周レース優勝)に弟子入り。91年から単独無寄港世界一周に挑戦し、93年、26歳で当時の最年少記録を達成。以後、国際レースで活躍し、2006年には単独世界一周ヨットレース「5オーシャンズ」クラスⅠに日本人として初参戦し、準優勝。08年には双胴艇「ジターナ13」チームに参加、サンフランシスコ〜横浜間の太平洋横断世界最速記録を樹立した。現在は単独無寄港世界一周ヨットレース「ヴァンデ・グローブ」出場を目指す一方、書籍執筆や講演、子どもや親子を対象とした海洋体験プログラム「リビエラ海洋塾」の開催などを通して次世代に自然の尊さや夢を伝える活動を行っている。筑波大学非常勤講師。

できるからやるわけじゃない。やりたいから、やっている

ヨットレースというのは、船がないと出られません。船を作るのに最低3億円。さらに、その船を動かすための人件費や輸送費などで倍以上の費用がかかります。その費用をお金持ちでもない僕がまかなうには、スポンサーをはじめ協力してくださる人々の力が必要です。志を持ち、腕があっても、社会的な理解や応援を得られないとスタートラインに立てない世界なんです。

 

今でもスポンサー集めには苦労しますが、25歳で初めて単独無寄港世界一周に挑戦したときは大変でした。前年に亡くなった師匠の多田さんの船を譲り受けていたものの、再整備などで2000万円以上の資金が必要で。企画書を持って30社以上の企業を訪問しましたが、ことごとく断られました。

 

困り果てましたが、あきらめるわけにはいかない。すがる思いで多田さんの友人だった、西伊豆にある岡村造船の社長さんを訪ね、土下座して「どうしても世界一周したいんです。船を直してください」と頼み込みました。師匠の友人とはいえ、岡村さんにとって僕は赤の他人。断られることは覚悟していました。だけど、岡村さんは「いいから、道具も工具も持っていけ」と言って僕を自宅の2階に住まわせてくれ、職人さんまでつけてくれた。ありがたくて、毎日一心不乱にヨットを直しました。すると、周りに応援してくれる人が増えて、少しずつスポンサーもつき始めたんです。

 

ところが、ようやく挑戦できた世界一周に僕は2度失敗しました。初めての航海は1992年の10月でしたが、グアム島付近で舵(かじ)が利かなくなり、同じ年の12月に出た航海では、サイパン沖でマストを支えるワイヤーが切れてしまった。2度目の失敗で引き返すときは、支えてくれた人たちに合わせる顔がなくて、このまま海に消えてしまいたいとさえ思いました。でも、やっぱり夢はあきらめられなくて、帆船のクルーのアルバイトなどで1年間働いて稼いだお金でヨットを修理し、26歳の時、3度目の航海で世界一周に成功。単独無寄港世界一周の最年少記録(当時)でした。

 

その後10年の時間がかかりましたが、2002年に単独世界一周レース「アラウンド・アローン」のクラスⅡに出場し、4位でゴール。06年にはより大きなヨットで競う「5オーシャンズ」クラスⅠで準優勝しました。次なる目標はヨットで最も過酷とされる単独無寄港世界一周レース「ヴァンデ・グローブ」への挑戦です。

 

「ヴァンデ・グローブ」は4年に1度開催されます。当初は08年の出場を目指しましたが、メインスポンサーになってくださっていた企業が倒産。資金が集まらず、これまでに2度断念しています。もちろん悔しいし、苦しい。でも、ヨットで世界一周するのは僕がやりたくてやっていることです。できるからやっているわけではないし、ラクをしようと思ってやるわけじゃない。そもそも僕は船酔いする体質なんだから、ヨットなんて苦しいに決まってるんです(笑)。実際、悲観的に考えれば大変なことはいっぱいあって、やめたいなら理由には事欠きません。だけど、夢をかなえたいのはほかの誰でもなく僕自身なんだから、やめない。毎日のトレーニングを欠かさなかったり、居合道(古武道の一種)で精神を鍛えたり、今やるべきことをコツコツやっていくしかないと思っています。

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生まれてきたからには、命を燃やしてほしい

ヨットで世界一周するのは、僕にとって「やりたいこと」。仕事だと思ったことは一度もありません。「海洋冒険家」という肩書も、マネジメントをお願いしている会社がつけてくれたもの。自分で「海洋冒険家です」と名乗ったことはないし、職業として目指してきたわけではありません。ただやりたくて、好きでやってきたことなのに、その経験を「文章にしませんか」と言ってもらえたり、講演のお話を頂いたりする。好きなことがおのずと仕事になるなんて幸せなことだと思いますし、うれしいです。

 

ただ、先程もお話ししましたが、やりたいこと、好きなことをやっていても、大変なことというのは当然あります。そのときに「つらい、つらい」と暗い顔をしていたら、誰もそばに寄ってきません。でも、同じ状況を楽しめば、みんな「何、何?」と興味を持ってくれます。例えば、僕は02年の世界一周レースにキッチンつきの中古クルーザーで出場しました。レースでは少しでも船を軽くした方が有利なので、キッチンなしの船に乗るのが一般的ですが、改造費用が捻出(ねんしゅつ)できなかったんです。このときに「ハンデができた」と嘆く人もいるかもしれませんが、僕はせっかくのキッチンを活用して食事を楽しもうと考えました。レトルト食品だけでなく、パンケーキを焼いたり、デッキに上がってきた魚を焼いたり、キッチンのおかげでちょっとした調理もできたので、出場者仲間からうらやましがられたものです。

 

やっぱり、人様から注目を浴びるのは輝いているものです。そういうものが仕事になる。どんな状況でも輝いていないと、生きていないと。これはどんな分野でも同じだと思うんです。僕の場合はたまたま表現方法が「世界一周」という一般的ではないものだけど、職種は関係なく、輝いているものだけが人をひきつけるんですよ。

 

「どうすれば、白石さんのような大きな夢が見つかるんですか?」と聞かれることがありますが、夢中になる、好きになるというのは理屈じゃないんです。僕だって、なぜ世界一周しようと思ったのかなんてわからない。でも、思ったことは事実です。夢が描けないのは、みんな外ばかり見ているから。「こんな大それたこと、人から笑われるかな」「親や友達から何て言われるかな」って。そうじゃないんですよ。夢というのは自分の内にある。僕の夢は海ではなく、僕の心の中にあります。頭を使っちゃダメ。心で感じて、腹で決めることが大事なんです。

 

若い人たちには、時間のあるうちにいろいろなことをやって、見聞を広げてほしいですね。恋愛でもいいし、部活や旅でもいい。何でもいいからわれを忘れてやってほしい。そこに必ず、「わあ、これ好きだな」というものが現れるから。そして、気になることがあったら、まずは飛び込まないと。僕だって、テレビや新聞でしか知らなかった多田さん(単独世界一周ヨットレース初代優勝者)にいきなり電話していなければ、今はなかったと思います。

 

映画『男はつらいよ』シリーズに僕の好きなシーンがあって、「恋をするのはくたびれた」とつぶやく若者に、「くたびれたなんていうのは何十回も振られた男の言葉だ。燃えるような恋をしろ。大声出してのたうち回るような、恥ずかしくて死んじゃいたいような恋をするんだよ」と主人公の寅さんが本気で怒るんです。まだ若いのに失敗を怖れて飛び込まない人を見ると、僕も同じ思いに駆られます。

 

飛び込めば、失敗もする。だけど、そこで考えるから、次のステップが開けるんです。それこそ、好きな人がいたら、「好き」と言えばいいんですよ。それで「イヤ」って言われたら、そこから考えればいい。仕事だって同じです。飛び込まなければ、何も変わらない。生まれてきたからには、命を燃やしてほしいですね。

 

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INFORMATION

『マイナスをプラスに変える行動哲学−答えは自分の中にある』(生産性出版/税抜き1300円)では、白石さんが現役大学生とともにアルペンスキーの皆川賢太郎選手やJリーグ・ジュビロ磐田の小林祐希選手などトップアスリート5人にインタビュー。彼らの言葉から「夢をかなえたり、目標を達成するために必要なもの」を探り出す。

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取材・文/泉彩子 撮影/鈴木慶子

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