大きく世界を変えていく、小さなモノがもつチカラ。
“Customer is facing line down!! Don’t you have any stock? (数が全く足りず、客先の生産ラインが停止している。在庫はないのか?)”“End of this month?!! We need them A.S.A.P!! (今月末?そんなに待てない!) ” 海外現地の販売代理店から問い合わせの電話が、本社の営業フロアに鳴り響く。それほどアジアの“光通信用半導体”マーケットは今、活気づいている。インターネットの普及率が上がり、大容量のデータを瞬時に送受信できる高速化へのニーズが、さらに勢いを加速させているからだ。私が扱うこの半導体は、光ファイバー経由でインターネットを利用する際に各家庭に設置するONU(加入者宅側の光回線終端装置)やOLT(光ファイバー加入者通信網における、電話局側の終端装置)。携帯電話基地局等に組み込まれており、情報を絶えず行き来させている光通信の中核言わば“心臓”のようなもの。確かなクオリティと高性能を提供できることが、私たちの製品が選ばれている最大の理由だ。どれだけ生産しても、注文に追いつかない。まさに嬉しい悲鳴。改めて私は思う。「自分が扱っている製品が、アジア各国のインフラを支え、人々のコミュニケーションを広げている」 そんなモノづくりに携わる喜びも、お客様の厳しい要望に応えられなければ味わえない。今でこそ営業の第一線に立っているけれど、私に数々の教訓を授けてくれたのは、モノを“売る”現場ではなく“生む”現場だった。
「私の存在価値って、何だろう」
2001年春。入社した私は、配属先を聞いて自分の耳を疑った。「製作所・・・ですか?」 三菱電機ではお客様に直接営業を行う本社・支社営業だけでなく、製作所にも営業社員を置いている。もちろん製作所営業の存在は知っていたが、思い描いていた本社での営業ではなく、縁もゆかりもない兵庫県伊丹市にある製作所勤務にとまどいを隠せなかった。「製作所営業は、本社の営業がつかんだニーズをもとに、製作所内で設計・資材・製造など様々な部門と連携を取りながら、生産計画・製品戦略を立案していく重要な役割なんだ。」 赴任後に上司から説明を受けたものの、出てくる専門用語はどれもちんぷんかんぷんだった。「とにかく1年やってみてダメなら考えよう」 そう覚悟を決めて臨んだが、いくつもの壁が待っていた。「そんなに短い納期で出来るわけないだろ!」 製造部門の担当者から雷が落ち、すぐさま本社の営業に事情を話すとまた怒鳴られて。私の存在意義って、何だろう、悩む日々が続いた。 追い込まれた私は、製作所内を回りながら、とにかく話しを聞き、設計から納品まで、どの工程にどれだけ時間がかかり、どんな調整方法があるのか、ノートに書き留めていくことにした。そしてある時、上司の言葉で製作所営業として欠けていたものに気づく。「どうしてそうした方がいいと思うのか、大事なのは自分の考え方を持つことだ」 相手を説得するにも、なぜそう考えたのか自分の意思を示さなければ、ただの伝書鳩に過ぎない。信頼関係は築けないのだ。
「篠さん、たくさん注文を取ってきてくれよ」
製作所営業5年目。生産計画を立案する会議でのことだった。議題は、あるお客様から強く要望された“納期の短縮”。会議室には製造部門の責任者やリーダーが顔を揃え、険しい表情を浮かべていた。通常なら納期が3ヶ月以上かかる製品に対し、超短納期要求の受注が相次いだ時だ。「1ヶ月で生産、出荷するなんて不可能に近い」 製造部門からの意見に、「今から優先順位を連絡するので、稼働中のものも含めて生産ライン計画の見直しをお願いできませんか?」と切り返す私。堂々巡りは深夜に及んでいた。過去には売り上げが伸び悩み、作りたくても作れない閑散期もあった。納期についてはお客様との信頼に関わるため、絶対に安易な妥協は出来ない。そして、「お客様に納期延伸を認めてもらえるよう交渉してくれないか?」と言われた時、思わず感情が込み上げ熱くなってしまった。「お客様の期待に応えるため、どうやったら実現できるのか、それを一緒に考えて欲しい。」説得を最後まで諦めず、自分の意思を貫いた初めての体験だった。
本社営業に異動が決まった時、誰もが笑顔で送り出してくれた。「篠さん、たくさん注文を取ってきてくれよ。多少の無理は何とかするからさ」 そう送り出してくれたのはあの会議で意見をぶつけ合った製造部門の責任者だった。モノづくりに携わる者として認められ、やっと一人前になれた気がした。入社から7年が経過、配属から取りためたノートは30冊になっていた。
安易な安売りは絶対にしない。
本社営業に異動してから5年。私が拡販に取り組む台湾は、三菱電機の光通信用半導体売上の25%を占めるマーケットに成長した。特に当社の光通信用半導体素子(ディスクリート)はNo,1のシェアを誇る。ただ、追い風だけでは世界を勝ち抜けない。3ヵ月に1度は動向を確認するために海外現地のお客様を訪問し、さらに新規取引先の開拓も続けている。商談によっては海外現地の競合メーカーの価格競争に巻き込まれることもあるけれど、安易な安売りは絶対にしない。通信は今や人々の生活にはなくてはならないもの、コストだけでなく品質/性能/手厚い技術サポートの価値を認められるまで、粘り強く説得していくことが大事だと思っている。私が販売するマチ針ほどのこの小さな製品は、当社が出荷した製品を組み込む光モジュール/光送受信器などの光電子機器メーカーからシステムメーカーへ、そして世界中の通信事業者をたどり、無数のエンドユーザーにつながっている。すべての連鎖で期待を超えるために、私はこれからも自分自身に存在価値を問い続けたい。