最後まで観客を引きつける骨太な人間ドラマで、早くも注目を集めている2019年1月18日公開の映画『夜明け』(https://www.yoake-movie.com)。この作品が監督デビュー作となる広瀬奈々子監督に、映画に込めた思いや大学時代のこと、現在に至るまでのお話をうかがいました。
最初は、大学に全然なじめませんでした(笑)
-広瀬監督は武蔵野美術大学の映像学科で映画を学ばれたそうですね。どんな学生時代でしたか?
美大だったので芸術志向の人が多くて。最初、すごくなじめなかったです。
-というと?
「自分の作品が一番」とか「作品を作ることが偉い」みたいな感じに、どうもなじめなくて。「なんで作っていることが、そんなに偉いんだろう…」とか思ってしまって。モヤモヤした気持ちばかりがあって、全然、友達ができませんでした。2年ぐらい(笑)。
-結構長いですね。
ちょっと辞めようかと思いました(笑)。ただ、大学の授業の一環で、映画を撮って、私はカメラマンだったんですけど、初めての集団製作じゃないですか。大概、思い通りにいかないんですよ。チームワークは悪いし、仲間割れはするし、人はいなくなっちゃうし、作品もだんだん面白くなくなっていくし…。
-なんだか辛くなってきました(笑)。
そうなんですよ(笑)。その中で、私はいつの間にか仲裁役になっていて。「まあ、まあ、まあ」ってもめてる人の間に入ったり、人を呼び戻すために説得したり、この作品がなぜいいかってことを一生懸命に問い直したり。
-それはすごくちゃんとした人にしかできない役割ですね。
…と私は思っているんですけど、周りからの評価は違うかもしれないです(笑)。そういうことは苦手だろうと思っていたので、やってみたら、「あ、嫌いじゃないんだ」と。人にもまれたり、迷走したり、仲裁に入るようなことが。すごく大きな発見でした。映画を撮りたくて美大に入る人の中には、そこが嫌いで、映画を撮るのを断念することが多いんです。
-そこ、大事ですものね。就活時期のことをうかがいたいのですが、監督はいろいろな出来事が重なって、ちょっと動き出せない心境だったと。
はい。大学を卒業して就職が決まっていなかった時期は、映像とは全然、関係のないことをしていました。何かこう…自分のためになるような方向に一歩を踏み出せなくて。ただ、お金を稼がなきゃと思って(笑)。親に迷惑を掛けたくなくて、アルバイトに明け暮れていました。きちんと就職活動をやっていたわけでもなかったし、自業自得なんですけどね。
-でも、就活時期に先が見えなくてモヤモヤする人は多いですから。今のお仕事につながる直接のきっかけは是枝裕和監督のアシスタント募集に応募されたことだそうですね。
大学時代の友達が、たまたま教えてくれたんです。私が無職だと知っていて、私の作品や映画の好みも彼女は知っていたので。大学では本当に人に恵まれました。最初は友達できなかったですけど(笑)。
-映画監督って、どうしたらなれるのか、なかなか説明できない職業だと思うんです。
私もわからないです、本当にどうやってなったらいいのか。
-助監督から始めたり、自主映画を撮ったり、CM業界からつながったり……皆さん、それぞれの道のりで監督になられますが、心構えとして大事だなと思うことはありますか?
自己満足で終わらないことですね。作ると満足してしまいますけど、自分で作った作品は人に見てもらわないと始まらないので。いろいろな人に見せて、ちゃんと評価・批評してもらって、客観的に自分の作品を見る、自分自身を評価するというのは、とても大切なことなんじゃないかと思います。
-自分の作品を見せるって、若い時は最初、ドキドキしませんか?
そうですね。やっぱり褒めてもらいたいと思ってしまうじゃないですか。特に若いころって。で、褒めてもらえないと、「なんだよ」とか「何もわかっちゃいない」みたいな(笑)。誰も私の作品をわかってくれないみたいなふうに閉じがちなので、いかにそうならないかですよね…。
-ならないためには、どうしたらいいんでしょう。といっても、「なんだよ」って思ってしまうものは…。
しょうがないですよね(笑)。まあ、それでも、そういうことを繰り返したり、あとは人の作品を見たり、映像以外のところも含めて、人と接したり、少しずつ世界を広げていくことが大事なのかなと思います。
撮影現場ってこんなに楽しいんだと思いました
-是枝監督のアシスタントというのは、具体的にどんなことをされるんですか?
「助監督」ではなく、「監督助手」という特殊なポジションなんです。一般に助監督というのはスケジュール管理をしたり、エキストラの対応をしたり、現場を進めていく役割で、演出を見ることがなかなかできないんですね。そこで是枝さんが、新人に演出に口出しをさせるために作ったポジションなんです。それを是枝監督の下で3年間やりまして、非常に勉強になりました。
-やっていて、何か転機はありましたか?
「自分が監督だったら、どうするかをいつも考えるといい」と是枝さんに言われて。それが本当に身になりました。下働きで誰かの言うことに従うだけだと、「こんなに頑張っているのに、誰も評価してくれない」とか、どんどん疲弊しますけど、自分が監督だったらと考えると、「作品のために、ここでどうすればいいんだろう」というビジョンを持ち続けられるんです。すごく意欲が湧いて楽しくなってくるし、取り組む姿勢が変わってくるんですよね。
-今回、初めて監督をやられたわけですけれど、いかがでした?
監督助手の時は、なかなか矢面に立たないんですよ。監督に「こうした方がいいんじゃないですか」とか「ここ、ちょっと違うんじゃないですか」とか、ささやくだけで完結してしまうので(笑)。監督として矢面に立ってみて、役者さんやスタッフと話して、現場をつくっていくのは初めてだったので最初はプレッシャーでしたけど、現場に入ってしまったら、作品を通して会話できるっていうことが、こんなに楽しいんだというのを、とても感じました。
-それは、どんなことですか?
具体的な場面でお話しすると、(柳楽優弥さん演じる主人公の)シンイチが初めて哲郎(小林薫さん演じる初老の男性。一人さまよっていたシンイチを助け、自分の家に住まわせる)に身の上を告白するシーンがあるんですね。
-はい。
そのシーンで、台本のト書き(せりふ以外の動きについての記述)には「シンイチが自分の頬をたたいていて、哲郎がそれを止める」と書いてあったのですが、現場で小林薫さんと柳楽優弥さんにやっていただいたら、薫さんがいきなり柳楽さんを抱きしめたんですね、予告もなく。すごくびっくりして。
-すてきですね。哲郎の思いが伝わってきます。
その効果もあって、柳楽さんが肩の力が抜けるように座り込んで話しだして、とても繊細なお芝居をされて。ちょっと哲郎を見上げた時に、救われたような、でもちょっとうらめしそうな微妙な表情をされていて。そういう化学反応を肌で感じることができて、とても面白かったです。
-お芝居が生まれる瞬間ですね。
そういうところが随所にありました。柳楽さんはこれまで個性的なキャラクターが多かったのですが、今回は役を固めて臨むのではなく、なるべく考えずにその場にいることに徹してくれたんです。それがある意味、演出の指針になったんですよ。
-というと?
柳楽さんを揺さぶって、いかにいいリアクションを引き出せるか。それが非常にいい指針になったんです。演出ってこういうところが面白いんだなと、日々感じることができました。
-柳楽さんのシンイチ、すごく良かったです。どこからがお芝居なのか、境目がわからないぐらい。失礼な言い方かもしれませんけれど、いい役者さんだから揺さぶりがいがあるというか…。
本当にそうでした。揺さぶるほど、出てくる役者さんなので。私も役者さんたちもみんなで柳楽さんを揺さぶって。柳楽さんからしたら、怖いことだと思うんです。本人も「丸裸にされて、ステージに立っている気分だった」とおっしゃっていましたから。そういう状態でいてくれる勇気が本当にすごいなと思いますし、私を信じて、作品を信じて、やってくれていたことだと思うので、そういう関係性を結べたこと自体がとてもうれしいです。
若い世代が抱える「罪悪感」のようなもの
-物語の中でシンイチの抱える葛藤が、今の若い世代の人たちの葛藤とすごく重なる感じがしたんです。
脚本を書いている時に、シンイチというキャラクターを殺人犯にしたこともあったんです。でも、物語を組み立てていくうちに、私は事件性とか、そっちの方に興味があるわけじゃないんだなということがわかってきて。だんだんと普通の青年になってきて、人物像を膨らませる際に、わりと自分自身に引き寄せたんですね。だから、特に今の若い人を意識して書いたキャラクターではないんですけど…。意識したとしたら、周りの大人たちが非常に優しいということですかね。
-具体的にうかがえますか?
優しさが怖いというのも、あると思うんです。私、すごくいい人って緊張するんです。何か…自分の嫌な部分があぶり出される感覚に襲われて(笑)。木工所で働くシンイチの先輩・庄司の「(シンイチに)おまえのためだ」っていう優しさとか、にこにこしながら、実はそうではないことを腹に抱えている哲郎の婚約者の宏美さんとか。とにかくみんな優しい。誰も直接的には非難してくれないし、怒ってくれないという。
-それ、若い人が置かれている今の世の中の状況そのものですね。
そうなんです。そういう優しさが怖いっていうのを描きたかったんです。
-シンイチがよく行く居酒屋で、店主と若いバイトらしき男性がケンカになる場面も印象的でした。あのシーンを入れたのは?
この映画ではシンイチが抱えている過去が徐々に見えてくるのですが、それを回想シーンを使わずに、見せたいと思ったのが一番の理由です。もめている二人を見つめているシンイチの目線に、映画を見た人は、もしかしたら彼にも近い経験があったのでは…と思うかもしれないですし。
-そうですね。
ケンカしているのを、ただ傍観していることの異常さというか。そこにある意味、シンイチの本質があるのかなと思っていました。直接、加担しているわけでもなく、ただ見ているだけなんですけど。そこに何か加害性が見受けられるような描き方ができるといいなと思っていました。
-加害性という言葉が出ましたけれど、この映画には、シンイチの側にも哲郎の側にも、いろいろな人が抱える「罪悪感」みたいなものが描かれているように思うんです。自分は許されているんだろうか、自分なんて世の中で通用しないんじゃないかみたいな感覚が。
シンイチが言う「自分なんて生きていてもしょうがない」というせりふや、哲郎の「俺が結婚してもいいのかな」というせりふも印象的です。
そうですね。「罪悪感」のお話にはなっているんじゃないかと思います。特に震災以降、直接は関係ないかもしれないですけれど、若い人たちの中にも、そういう感覚があるのかもしれないなと思っていて。
-大人たちがみんな優しくて、誰も怒ってくれない中での、若い人たちのやりづらさって、あるのかなと思うんです。
被害妄想ならぬ加害妄想というか。この映画に出てくる人たちと今の若い世代に共通してあるものなのかもしれないですね。
-そうやって何かを抱えたまま葛藤するシンイチの姿が、『夜明け』というタイトルと重なって胸に響きます。
作品を考え始めた時、夜の中をずっとさまよい歩いているような、暗闇を手探りで歩いているようなイメージが漠然とありました。その夜がいつか明けてほしいという気持ちを込めて『夜明け』というタイトルを付けたんです。作品自体、未明というか明け切っていない作品だと思いますけど。
-そうですね。
ラストシーンの後も、きっと彼は悩むだろうし、葛藤するだろうと思います。でも、初めて誰かに従うのではなく、自分の力で考えようとする、立ち止まって考えるということ自体、とても大きな成長だと思いますし、明確な答えを見つけること以上に、答えが見つけられないっていうことも、一つの答えだと思うんです。立ち止まったり、葛藤したりっていうこと自体を肯定してあげられるような、そんな映画にしたいなと思っていました。
-今後はどんな映画を作っていきたいですか。
今回、シンイチは受け身のキャラクターなので、描くのが難しくて、結果として私に寄せざるを得なくなってしまって、結構、自分が出ちゃったので(笑)、ちょっとそこから離れたいなという気持ちがあります。まったく自分と違う他者をできるだけ知りたいし、もっと他者を想像して作っていけるような、そういう幅のある監督になっていきたいです。
『夜明け』
田舎町で小さな木工所を営む哲郎(小林薫)は、ある日、河辺で倒れていた見知らぬ青年(柳楽優弥)を助け、自分の家に住まわせる。青年は「シンイチ」と名乗るが、それは哲郎の亡くなった息子と同じ名前だった。彼の正体がわからぬまま、哲郎は自身の木工所で仕事を教え始める。ある秘密を抱えるシンイチと、過去にわだかまりのある哲郎。何かを埋め合うように築かれていった信頼関係は、やがてーー。
『万引き家族』の是枝裕和監督と『永い言い訳』の西川美和監督が立ち上げた制作者集団「分福」が初めて送り出す新人監督、広瀬奈々子のデビュー作。
監督・脚本:広瀬奈々子 出演:柳楽優弥、小林 薫 ほか
(c)2019「夜明け」製作委員会
配給:マジックアワー
2019年1月18日(金)新宿ピカデリーほか全国公開
公式サイト:https://www.yoake-movie.com
取材・文/多賀谷浩子
撮影/中川文作
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