2019年4月から公開される映画『波乗りオフィスへようこそ』(https://naminori-office.com/)で久しぶりに映画に出演した関口知宏さん。俳優としてデビューした関口さんは映画やドラマに出演した後、日本や中国、ヨーロッパを鉄道で巡る旅番組のナビゲーターとして注目を集めました。「俳優」という肩書をプロフィールから外そうとしていた矢先に舞い込んだという今回の出演オファー。「働き方」について考えさせられる映画の公開に合わせ、関口さんの仕事観をうかがいました。
好きじゃないことの中に天職が!?
―関口さんというと、NHK-BShiの旅番組シリーズが印象的です。
あの番組を見てくださった若い人たちから「関口さんみたいに、好きなことを仕事にできたら」とよく言われるのですが、実は僕、好きなことしていないんですよ。旅、嫌いなんです(笑)。
―それは意外です。ほかにやりたいことがあったのですか?
音楽のプロデュースをやりたかったんです。僕が就職を考えたころですから、今から20年以上前ですけれど、なぜか今後の音楽業界の流れが見えた時があって。これからはプロデューサー・ブームが来るなとか。
―小室哲哉さんとかですか?
そうです。お笑い番組とかに登場するようになって、そこで盛り上がって生まれた曲の方が売れるようになったり。
―ダウンタウンさんの番組がありましたね。
そうなんですよ。その後は、本格的な英語を話せるバイリンガルのシンガーが日本の音楽業界を席巻するだろうとか。
―宇多田ヒカルさん…。なんだか当たっていますね。
当たっているんですよ。でも、当時誰もまともに話を聞いてくれなくて、2世として売り出したいという話ばかり(お父さまはTBS『サンデーモーニング』の司会などでもおなじみの俳優・関口宏さん)。それは僕の一番望まないことだったので。でも結局、そういう方向でテレビの仕事を始めることになってしまって。
―始められて、いかがでしたか?
つらかったです。来る仕事の何もかもが向いていませんでしたし、価値観もまったく合いませんでしたし、ジゴクでした。あきらめずに8年間続けましたけど、自分の中で、もうムリだと思った時に、かなり壊れていたんでしょうね、あの…ある種の悟りに至った時があったんですよ(笑)。
―悟りですか!?
急に何の話だと思われるでしょうけれど(笑)。自分の進むべき道が見えた時があって。そんな時にちょうど鉄道の旅のお話を頂いたんです。拘束時間が果てしない上に、毎朝中継がある仕事だったから、マネージャーは断ると思っていたらしいんですよ。ぜひやりたいと言ったら、驚かれました。長時間拘束も朝も苦手なので(笑)。
―どんな思いがあったのでしょう?
好き嫌いではなく、客観的にこれはやるべき仕事だと思ったんです。というのも、当時の旅番組は何十年前から同じスタイルだったんです。「外国に行くと、面白いものがある」という前提で、プラン通りに番組が進行していく。そういうスタイル自体が古い気がして。
―「鉄道の旅」シリーズは、ナビゲーターの関口さんがカメラ目線で語らず、カメラが関口さんの背中を追って、偶然の出会いに任せた旅をされているのが画期的でした。
そうなんですよ。僕、これでもうテレビの仕事はやめようと思っていましたから、そんなに顔を映してくれなくてもいいし(笑)。その後、このスタイルの旅番組がたくさん出てきましたけど、当時はテレビがマンネリの時期だったと思うんです。
―詳しくうかがえますか?
例えば、悲しいニュースを悲しい顔で報道した後に、急ににっこりと「次はお天気です」みたいな「この人たちは、仕事でやっているんだな」と見えてしまうリアリティーのなさ。そういうテレビの嘘に視聴者の人たちが飽きてきて、テレビ離れが始まっていた時期だと思うんです。
―そこで、ぶっつけ本番のリアルな旅をされたと。
そうですね。もともと、そういう番組をやったらどうかと提案したりしていたのですが、全然企画が通らなかったんです。だから、鉄道の旅のお話を頂いた時に、これまで考えてきたことが生かせるなと思ったんです。
―思わぬところに、きっかけがあるものですね。
当時読んだ本に、天職にたどりつくには「チャージ」「チェンジ」「チャレンジ」という3つの段階を踏む必要があると書かれていんたんですよ。うまいこというでしょ。
―本当ですね。
僕の例でいえば、8年間、「どうしてこんなことしなきゃいけないんだろう」と思いながらテレビの仕事をやっていたけれど、今にして思えば、その間に考えていたことが、鉄道の仕事につながる準備だったように思えるんですよ。つまり、「チャージ」していたんですね。
―その後、鉄道のお話があって…。
旅は嫌いだけど、やってみた。つまり、それまでの価値観を「チェンジ」したわけです。そこから「チャレンジ」が始まる。だから、好きじゃないことをしていた8年間がなかったら、旅の仕事には出会えも生かせもしていないんですよね。
「好きなことをしたい」には危険な面も!?
―若い人たちから、「関口さんのように、好きなことを仕事にできたら」と言われるというお話がありましたが。
今、若い人たちの中に「好きなことを仕事にしたい」という人が増えてきている気がするんです。確かに、好きなことを追求して、記録を出している若い世代の人も出てきていますよね。藤井聡太七段とか、大坂なおみ選手とか。
―そうですね。
好きなことを追求するというのはもちろん素晴らしいことだと思うんですけど、僕自身は「巻き込まれ型」なんですよ。好きじゃない仕事をしていた8年間があって、旅は好きじゃないのに鉄道の旅に出て、その結果、自分の天職に出会っているわけだから。少なくとも現時点の天職に。
―自分の意思で選んだわけではないということですね。
予想外の出会いに「巻き込まれる」ことが大事だと思うんです。だって、「好きなことしかしない」と決めていたら、何も予定外のことが起きないでしょ。だから、「好きなことをする」って思い込むことは危険なことでもあるんです。
―思わぬところでチャンスが来ても気づかないと。
そもそも「好きなこと」をストイックに追っていくというのは、どちらかというと個人主義の国によくある考え方という気がするんです。鉄道の旅で、本当に好きなことしかしない国民性の国ってありましたから。
―イギリスを旅されている時に、おっしゃっていましたね。
イギリスもそうでしたし、スウェーデンもオランダも共通するものを感じました。これらの国に共通するのは、まず気候。寒いんですね。だから、家の中で過ごすことが多い。ふらっと街中に出て、偶然に誰かと出会うことが少ないように思うんです。実際、この3つの国は、表を歩いていても、人とふらっと出会うことが難しかったんですよ。
―そうなんですね。
偶然の出会いに巻き込まれる機会が少ないから、ひたすら個人的に自分の好きなことを追求できるのではないかと。そういう国民性だから、イギリスの産業革命やスウェーデンの高福祉国家みたいなシステムが確立しやすいんだと思うんですよ。
―システムで社会がつくられるわけですね。
でも、日本人の国民性はもっと偶然の出会いに流されたり、巻き込まれていく方が性に合っているというか、もともとそういう国民性のような気がするんです。海外を回って帰ってくると、余計にそれを感じるんです。
―確かに、個人が強い主張をするよりは、周りと共に「巻き込まれ」ながら動いていく社会というところはありますね。
ちょっと話が広がりますけれど、日本の文化の深みは、ストイックに「好きなこと」だけを追求して、ほかを削ぎ落としてしまったら、生まれないものだと思うんです。巻き込まれた末に、いろいろなものを経て醸し出されるものだから。なぜこんな話をするかというと、「好きなことを仕事にしたい」と僕のところに来る若い人たちの中に、つらそうに見える人が多いからなんです。
―どういうことですか?
さっきの話に戻るのですが、どちらかというと個人主義で、好きなことを追求し、システムでものを考えがちな人というのは、実は今日本にもたくさんいて、巻き込まれ型の日本には合いづらい部分があるんじゃないかと思うんですよ。
―土壌が違うと?
例えば、今、就活している人たちのおじいさん・おばあさんの世代は兄弟が多くて、同じ部屋を共有していたこともありましたけど、時代が変わって、徐々に個人部屋になって、自販機とかも増えて、ITも登場して、どんどん煩わしい人間関係から解放された。でも、そうやって人間関係から解放されていくほど、かえってつらくなるところがあるんじゃないかと。
―つらそうに見える理由が、そこにあると?
つまり、若い人たちはある種の孤独から人生が始まっていて、それが自然なので、マスクしたり、イヤホンしたり、ずっとスマホを見ていたりも自然だし、偶然の出会いに巻き込まれる機会が少なくなるのも自然なのではと。なので、好きなことをやっていても、それはある種の孤独から生まれたものだから、やればやるほど自分を孤独にしているところがあるんじゃないかなと勝手ながら心配になるんです。ちょっと古い世代の僕からすると(笑)。
―いえいえ(笑)。
今の若い人たちは、孤独がデフォルトになっている感じがするんです。友達と一緒にいても。だから、もしかしたら、「好きなことをやりたい」と言っている裏には、「自分は好きなことしか知らない」「自分は好きなことしかできない」という、実はネガティブな気持ちが潜んでいるのかもしれない。だとしたら、そのつらさの正体がわかったとき、そんなに好きなことに固執しなくなるかもしれないなと思うんですよ。
巻き込まれながら、出会っていく
―関口さんが主演されている映画の主人公も「巻き込まれ型」ですね。
監督から「巻き込まれ型」だから、関口さんに依頼したと言われて、監督は僕のことをわかっていらっしゃる!と思いました。この映画の主人公は、実在の人物なのですが、もともと東京で会社を経営していた方なんです。
―優秀なエンジニアが東京で見つからなかったことから、故郷の徳島県美波町で求人をされたことが映画の中にも出てきます。
そうしたら、海辺の町だから、サーフィンをしながら働く生活がしたいという人が関東から面接に来たりして。美波町にサテライトオフィス(※)を開設したことから、美波町の地方創生も考えるようになっていくんです。
※ 企業の本社・本拠地から離れた場所に設置されたオフィスのこと。
―「半IT×半X」という働き方が、映画の中に出てきます。「X」は自分のしたい好きなこと。つまり、ITの仕事をしながら、好きなことができる生活ということなのですが、今は本当にいろいろな働き方がありますね。
静岡県の伊東に住んでいるので、たまたま熱海の若い人たちの街おこしを取り上げる番組をやったことがあるんです。空き家を再生させてIT系の会社をやっている人たちのことも取材したりして。その時に学んだことが今回の映画に役立っているんですよ。
―不思議ですね。
本当に思わぬことが、後で役に立つんだなと思います。天職って僕はポンと与えられるものというより、経験して感じたことを縫製しながら近づいていくものだと思っているんですよ。だから、就活生の皆さんもどんどん巻き込まれたらいいんじゃないかと思います。
―可能性を限定しない方がいいと?
勝手なこと言ってると思われるかもしれないけれど(笑)、自分が思っている以外のところに天職が待っていたりするから。結果が出なくてもうダメだと思っていても、それが何かの「チャージ」になっている可能性もあるわけだし。ふらっと何かに出会うのもいいものだと思います。
4月5日(金)イオンシネマ徳島、4月19日(金)有楽町スバル座ほか全国順次公開
東京でセキュリティソフト会社を経営する徳永(関口知宏)は、優秀なエンジニアの採用が難航したことから、故郷である徳島県美波町で採用活動をすることを思いつく。早速向かった地元の役場で同級生・久米(柏原収史)と再会し、地元の起業家・岩佐(宇崎竜童)に助けられ、無事、優秀な人材を採用するが、それは美波町の地方創生と徳永の事業が結び付く新たな始まりだった――。実在の企業「サイファー・テック」の社長・吉田基晴氏のエピソードを基に、『終わった人』(18)などのプロデュースを務めてきた明石知幸監督が映画化。地方創生や移住、働き方改革…今の社会の「働き方」について考えさせてくれる作品。
監督:明石知幸
出演:関口知宏、宇崎竜童、柏原収史、田中幸太朗、伊藤祐輝、宮川一朗太、岩崎加根子、眞嶋 優、大内田悠平、上田 結、三木くるみ、野田久美子、石丸佐知ほか
原案本:「本社は田舎に限る」吉田基晴(講談社)
配給:マジックアワー
(c)2019ポンコツ商会
公式サイト:https://naminori-office.com/
取材・文/多賀谷浩子
撮影/鈴木慶子
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