4歳から舞台に立っている早乙女太一さん「どんな思いをしても、やり続けたことが大きかった」

早乙女太一さんインタビューカット

プロフィール 早乙女太一(さおとめ たいち)1991年、福岡県生まれ。大衆演劇・劇団朱雀の2代目として4歳で初舞台。2003年に映画『座頭市』に出演し、「100人に一人の天才女形」として広く知られる。以降、劇団以外の舞台、映画、ドラマでも幅広く活躍。近年の主な出演作に、舞台『髑髏城の七人』Season鳥・Season月<上弦の月>(17~18)、『SHIRANAMI』(19)、映画『22年目の告白―私が殺人犯です―』『たたら侍』(17) 、『泣き虫しょったんの奇跡』『BLEACH』(18)、『居眠り磐音』(19)、ドラマ『忘却のサチコ』『会社は学校じぇねえんだよ』(18)、『東京独身男子』(19)など。現在、初めて声優に挑戦した映画『プロメア』が公開中。

2019年7月から上演される劇団☆新感線の『けむりの軍団』(http://www.vi-shinkansen.co.jp/kemurinogundan/intro.html)に出演する早乙女太一さん。“痛快娯楽時代劇”ということで、彼ならではの超絶な殺陣にも期待が募ります。そんな早乙女さんは4歳の時から舞台に立ってきた特別な経歴の持ち主。10代の葛藤を経て、自身の境遇を職業として受け入れるまでのお話をうかがいました。

日常の延長として舞台に立っていた幼少期

―早乙女さんは4歳が初舞台だそうですね。どんな子ども時代でしたか?

父が大衆演劇の劇団朱雀を主宰していたので、ひと月ごとに場所を変えて公演するんです。毎日2回公演あって、1カ月のうち1日だけ休みで、その日のうちに車で次の場所に移動するんですよ。

―学校は?

毎月転校していました。2~3時間目まで行って、帰ってきたら昼公演と夜公演。夜は次の日のための稽古をして、翌朝、学校に行って。そういう毎日でした。

―仕事という意識はありましたか?

外の世界を知らなかったので、それが当たり前だと思っていたんです。今でこそ、舞台はお仕事という認識がありますけど、そのころはご飯を食べるのと同じように日常の延長に舞台があったので。

―北野武監督の『座頭市』で、早乙女さんを多くの人が知るようになりましたが、あの映画に出演されたのはおいくつの時ですか?

9、10歳ですね。何もわかっていないころですから、監督のことを『アンビリーバボー』の人だ!と思っていました(笑)。今になると、とんでもなくぜいたくな環境でやらせてもらったんだなと。自分の人生や仕事に覚悟を持ったのは僕、遅いです。22、3歳です。

―きっかけはあったんですか?

家族を持ったことですね。それが、すべてです。

―働くことの意味が変わりました?

今までは目標もなかったんです。「売れたい」とか、わかりやすく「お金が欲しい」とか、そういうのもまったくなくて。ずっと自分が頑張りたいと思える環境が欲しかったんですよ。

―というと?

ありがたいことに『座頭市』で少しずつテレビに出させていただくようになって、どんどん環境が変わって。踊りという習い事が増えたり、そういう変化に対応しきれなくなっていったんですね。13歳の時、家出をしようとして、やめたことがあるんです。

―やめたというのは?

駅で電車が来るのを待っていたら、本当に走馬灯のようにいろいろな人たちの顔が浮かんできたんです。舞台を観に来てくれた人や力を貸してくれた人の顔が浮かんで、その人たちを裏切りたくないと思って。その時に「もう自分の感情はいらない」と自分をだましたんです。

―自分をだますというと?

全部、真逆に捉えるようにしたんです。「これ(お芝居の仕事)が好きなものなんだ」という思い込みをずっと続けて。

―すごいですね…。

もともと「感情を押し殺す」のは慣れているんです。赤ちゃんのころから舞台袖にいましたから。泣いちゃうと客席に声が聞こえてしまうので。

―その後、劇団外の公演も増えていきましたよね。

14、5歳で劇団外の大きな舞台のお仕事が増えていって、並行して劇団「朱雀」の公演も1年間ずっと続いて。ひたすら回数をやっていく毎日で、とにかく今できることをやろうと思うんだけど、頑張れなくなってきた時期があったんです。ものすごく苦しくなって。劇団でやってきた女形にもずっと抵抗があったので。

―当時はどんなことを考えていましたか?

自分の好きなことや責任を持てることをやっている方が頑張れるんじゃないかと。もともとの小さい劇場、自分の環境に戻りたいと思っていました。あと、20歳になったら、役者を辞めようとも思っていました。

―ほかにやりたいことがあったんですか?

バンドがやりたかったんです(笑)。舞台と同時にやるという選択肢は僕の中にはなくて、やるからには絶対にそれだけをやりたくて。当たり前ですけど、猛反対されて(笑)。

―そうだったんですね。

バンドはかないませんでしたけど、こうして仕事を続けて、22歳で結婚して、やっと自分の中に「守りたい」という感情が出てきて。それによって今では180度ぐらい考え方も捉え方も覚悟も変わりました。仕事も含め、いろいろなことにものすごく向き合えるようになったんです。

―大きな変化ですね。

どんな思いをしていても、やり続けたことが、ものすごく大きかったなと思っています。正直に言うと、ものすごく苦しい時間がいっぱいあったんです。それを耐えてきた過去の自分を浄化させるというか、幸せなものにするためには、これからを成功させなければいけない。その成功があったら、今までの苦しみが救われるから、というモチベーションもあるんだと思います。

早乙女太一さんインタビューカット

集めたお花を古田さんに渡す感覚⁉

―早乙女さんが劇団☆新感線の舞台に出演されたのは『蛮幽鬼』ですね。当時17歳です。

とにかく緊張していたので、あまり周りが見えていなくて。独特の殺陣も初体験だったので、なじむまでにものすごく時間がかかりました。

―当時、演出のいのうえひでのりさんから言われて覚えていることは?

声が小さい(笑)。後は本当によくご飯に連れていってくれて、おいしいご飯をいっぱい食べさせてくれたっていう記憶があります。とにかく緊張していたから、あまり記憶がないんですけど。

―新感線の皆さんから影響を受けたことは?

影響だらけです。僕、初めて観た舞台が劇団☆新感線なんです。『髑髏城の七人』(アオドクロ)という作品なんですけど。もう衝撃的で、感動して、ずっと鳥肌が立って、こんなにかっこいい世界があるんだと思って。そこから、いろいろな作品を観に行ったり、DVDで見たりして。まさか自分が出られるとは思っていなかったんです。

―そうだったんですね。

『蛮幽鬼』のお話を頂いた時は、本当にびっくりしました。なんで僕のことを知っていて、僕が出られるんだろうって。本当にわからなくて。

―どんな気持ちで臨まれましたか?

絶対にいろいろ吸収して帰ろうと思っていました。新感線の殺陣は立ち位置も間合いもやり方も独特なので、教わった殺陣を自分の劇団に持って帰って、「こういうのやってきた」って座員に教えたりして。

―その後、2~3年おきに新感線の作品に出演されて今回6本目ですけれど、(劇団☆新感線の看板俳優でもある)古田新太さんとの共演は初めてだそうですね。意外です。

そうなんです。やっとご一緒できるのがすごくうれしいです。

―あらすじを拝見したら、二人の浪人がバディ的な感じで、お姫様を守りながら、ある場所へ送り届ける。その道中の冒険譚(たん)みたいですね。古田さんが浪人役で。

そうです。僕はお姫様を追う、追っ手の役をやらせていただきます。

―ということは、古田さんと戦う場面もありそうですね。早乙女さんの華麗な殺陣が楽しみですが、ご自身が楽しみにされていることは?

この感覚、なんだろうなと思うんですけど、いつもの新感線とはちょっと違うんですよ。いつもはチャレンジがすごく大きくて、見つかるかわからないお花を探しに行く冒険みたいな感じだったんですけど。

―お花ですか…。

もちろん今回もチャレンジはあるんですけど、何て言ったらいいのかな…これまで集めたお花を花束にして、古田さんに渡すみたいな感じなんです(笑)。これまで自分が培ってきたものをぶつけるというか。

―ああ、集大成的な…。

一つの目標の到達点ではあるんですよね。新感線の現場だけでなく、今まで自分がやってきたこと、そういうお花を…。なんで、この例えになったのか(笑)。

早乙女太一さんインタビューカット

面接に必要なこと、一緒に考えていただきました

―ところで、就活について少しヒントをうかがいたいのですが、例えば、面接の緊張にどう対処するか。早乙女さんは緊張って…。

します。ただ、特に解消しようとは思わないです。「いい緊張」と「良くない緊張」があると思うんですよ。集中力が高まる緊張と、固まって体が動かなくなる緊張と。

―本当にそうですね。

僕は一番緊張するときって、自分の準備が足りていないときなんです。自分でなんとなくそれがわかっていると、不安になって固まってしまうので、そうならないために、できるだけの準備はしようと思っています。

―早乙女さん、面接のご経験って…。

この前、初めてオーディションを経験したんですよ。お会いするだけと思って行ってみたら、「あれ、これオーディションだな」と(笑)。僕も面接する側になることがあるから、今何を判定しているんだろうとか、これも判定に入っているのかなとか、そっちが気になってしまいました。

―面接する側というのは、ご自分の劇団で?

そうです。自分が舞台に立つときはお客さんの目線になって、自分がどう観られているかを普段から考えるので、反対側に立ってみる機会は多いですね。ということは面接なら、面接担当者側に立って考えるのもいいのかな…。でも、面接って舞台と同じで本番をしないとわからないと思うんです。いくら練習しても、1回の本番が大きいと思うので。

―心構えとしては、いかがでしょう。

自分自身でいくしかないですよね。仮に相手が求めているものを作っていっても、それはずっと続かないでしょうし。僕は根が怠け者だからかな…今の自分でいって駄目なら仕方ないと思ってしまいますね(笑)。とにかく今ある自分でいくしかないと思います。

―先ほど、早乙女さんの10代のお話をうかがいましたが、自分が頑張りたいと思える環境が欲しいと思っている人、多いと思います。

僕も今になって、やっと目標ができたけど、目標を見つけること自体、なかなか難しいと思うんです。そんなに簡単に見つからないというか。

―そうですね。

僕の場合は、目標がわからない時期に、目の前にやり続けることがあったから、環境的には恵まれていたと思うんです。目標が見えると、一つやりたいことをするために、9我慢できるようになるような気がします。

―「目標ができた」とおっしゃいましたが、うかがってもいいですか?

いっぱいあるんですけど、1つは年末に劇団朱雀が再スタートを切るんです。劇団があると外の世界になかなか行けないので、4年前に一度解散しているんですけど。

―お父さまが立ち上げた劇団ですよね。

僕は2代目なのですが、ずっとトップになりたくないというのがあって。ちょうどいいところにいたいし、責任も負いたくないし、人の面倒も見たくないということで、ずっと逃げていたんですけど(笑)。

―意識が変わったのは?

劇団外の公演にいろいろ出させていただいて、舞台に立つ人のすごさを知ったり、いろいろな人の影響を受けたからこそ、わかったことがいっぱいあったんです。自分の生まれ育った環境について、それまでは否定しかしていなかったんですよ。

―それが外の世界を知ることで…。

あらためて見えてきたところがあって。自分の育った場所である劇団を自ら肯定して、今度は座長として、自分がやりたいもの、今まで応援してくれた人たちが求めているものを、自分が作っていけたらいいなと思っています。

『けむりの軍団』PR画像2019年劇団☆新感線 39(サンキュー)興行・夏秋公演
いのうえ歌舞伎≪亞≫alternative
『けむりの軍団』
劇団☆新感線の旗揚げから39年の「サンキュー興行」として上演される、これまで上演されてきた「いのうえ歌舞伎」とはひと味違った王道娯楽時代劇。舞台は戦国時代。キレ者の浪人・真中十兵衛(古田新太)と謎の浪人・美山輝親(池田成志)が、政略結婚を解消して大名家を飛び出してきたお姫様(清野菜名)やその姫の家臣である雨森源七(須賀健太)を守りながら、奇策を繰り出し旅を続けてゆく。

そこに襲いかかるのは、剣の腕前は天下一品だが妙に口べたな侍大将(早乙女太一)や大名家の権力を握る女ボス(高田聖子)、そして大名家と敵対していたはずのアヤシイ住職(栗根まこと)…。敵か味方か意味不明なキャラクターも巻き込みながら、アクション+チャンバラ+歌に踊り+クロサワ映画のオマージュ…あらゆる楽しみを詰め込んだ劇団☆新感線ならではのエンターテイメント作品。

作・倉持裕 演出:いのうえひでのり 出演:古田新太、早乙女太一、清野菜名、須賀健太、高田聖子、栗根まこと、池田成志ほか
東京公演:7月15日(月・祝)~8月24日(土)TBS赤坂ACTシアター
福岡公演:9月6日(金)~9月23日(月・祝)博多座
大阪公演:10月8日(火)~10月21日(月)フェスティバルホール

公式サイト:http://www.vi-shinkansen.co.jp/kemurinogundan/intro.html

取材・文/多賀谷浩子
撮影/中川文作
ヘアメイク/奥山信次
スタイリスト/平野 彩

(C)2019『けむりの軍団』/ヴィレッヂ・劇団☆新感線

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