真山仁さん(小説家)の「仕事とは?」

まやまじん・1962年大阪府生まれ。87年、同志社大学法学部政治学科卒業後、新聞記者として中部読売新聞(現・読売新聞中部支社)入社。89年、同社を退社。フリーライターを経て、2004年に企業買収の壮絶な舞台裏を描いた『ハゲタカ』でデビュー。07年『ハゲタカ』『ハゲタカⅡ(『バイアウト』改題)』を原作としたドラマが大きな反響を呼んだ。近著に「食の安全と農業」をテーマにした『黙示』、3.11後の日本の政治を描いた『コラプティオ』、「地熱発電」をテーマにした『マグマ』など。
公式ホームページ http://www.mayamajin.jp

小説家に「なりたい」ではなく、「なる」と決めていた

「○○になりたい」と夢見ている人の多くは、その職業に就くことが目的、つまりゴールだと考えているのではないでしょうか。でも、実際は、「なってから何をするか」が重要です。私の場合、「小説家」という職業にただ憧れていたわけではなく、小説家になって「自分の問題意識を人に伝えたい、問いかけたい」という強い思いがありました。

そもそも、私が小説家を目指したきっかけは、少年時代の体験にさかのぼります。天の邪鬼(あまのじゃく)な子どもで、いつも人と違うことを言っていました。クラスメイトが同じ方向を向いて盛り上がる中、自分だけ違うところに目が行くことが多かったのです。例えば、学級会でさほど議論が尽くされず、ムードで物事が決まりそうになると、「本当にそれでいいのか」という思いが膨らんでいく。すると、最初は40対1の意見であったとしても、一人ずつを説得し、最後には形勢を逆転させてしまう。そんなことが続くうちに、運動ができるわけでも芸術的な才能があるわけでもない自分に、唯一、人よりも優れている点があるとすれば、「自分の考えを人に伝えて人を動かす力」かもしれない。この才能をどうしたら生かせるのだろうかと模索するようになりました。

小説は何よりも面白いことが大前提ですが、それと同時に新しい価値観が生まれたり、知識を身につけたりできるもの。私は小学生のころから小説が好きだったこともあり、小説を通して何かできるのではないかと漠然と考えていました。それを決定づけたのが、高校時代に出合った、医療過誤問題を扱った山崎豊子さんの小説『白い巨塔』でした。

私には医者になりたかった時期があったのですが、理数系が苦手であきらめ、遠い世界のように思っていたんです。ところが、この作品を読むと、医療とは何か、医師とは何かということを身近な問題としてとらえることができた。医師ではなくても、このようなアプローチで医療に対する自分の考えを人に伝えられるということに大きな衝撃を受けました。

小説はベストセラーになれば何百万もの人に読まれますし、映像化されれば、さらに多くの人に作者のメッセージが届く。私は子どものころから自分の問題意識をみんなに伝えたい、問いかけたいという思いが強い性質(たち)だったので、これはすごいと感じました。ひとりの疑問を多くの人に届ける方法として小説は大きな力を持っている。小説家という仕事は自分が一生を懸けるに値すると思ったのです。

小説家になろうと心に決めてからは、キャリアプランを立てることから始めました。山崎さんをはじめ、海外の小説家も含めて私が尊敬する小説家の多くは記者出身です。小説家になるための第一ステップとしては、わかりやすい文章を書く力と取材力、そして人脈を得ることが必要だと考えました。そのためには、新聞記者になるのが近道だと考えたのです。だから、新聞社に就職する学生が多い大学に絞って受験しました。

大学で政治学を学んだ後、24歳で中部読売新聞(現・読売新聞中部支社)に入社。どの新聞社でも新人記者は地方支局に配属され、「サツ回り」と呼ばれる警察取材を担当します。「サツ回り」を嫌がる記者は多いのですが、私にとっては大歓迎でした。何しろ、小説の題材がゴロゴロ転がっているんですから(笑)。

また、同じく新聞記者の間では敬遠されることの多い高校野球の取材も、積極的にやりました。高校野球は取材に手間がかかるうえ、短時間で仕上げなければなりません。しかも、読者を感動させることまで求められる。この仕事も小説の修業にはもってこいでした。

ところが、仕事をどんどん任されるようになるにつれ、次第に会社と自分の考えにズレが生じてきました。このまま会社から言われる通りに仕事をしていたら、自分自身の問題意識が失われていくのではないかと感じたのです。でも、小説家になるための計画では10年新聞記者をやる予定でしたから、辞めるには早過ぎる。新聞社に入るために支援をしてくれた親にも面目がないと悩みました。

結局、「社会人というのは枠の中でどれだけ自分の力を発揮できるかが勝負なのに、お前はその努力もろくにせず、枠から飛び出すことしか考えていない。辞めるのは簡単だけど、本当にそれでいいのか」と親友に言われ、「あと1年自分が読者に伝えるべきだと思う記事を書く努力をしてみて、それでも会社の考えとは合わないと思ったら辞めよう」と決めました。

その後1年は上司に言われた仕事を半分の時間で終わらせて、残りの時間で自分の見つけたテーマを取材し続けました。でも、やはり会社からは「余計なことはやるな」と言われて、入社3年目に新聞社を辞めました。不安はありましたが、今度は迷いませんでした。駆け出しの記者とはいえみっちり仕事はしてきたつもりだし、“取材して書く”という基礎的なスキルは身についた。私の場合、新聞記者として一生やっていくつもりはもともとないのだから、伝えたいことが書けないのなら、そろそろ次のステップを踏んでもよいのではないか、と思えたのです。

その後はフリーライターとして仕事をしながら、小説の投稿を続けました。小説家になれるという保証はどこにもありませんでしたから、不安がなかったと言えば嘘になります。フリーライターを始めたころは年収100万円ほどの時期もあり、ギリギリの生活をしていましたし、仕事が増えてからも、毎日ライターの仕事を終えた後、夜中に小説を書くと決めていましたから、体力的にも厳しかった。歳も取るし、10年たったころからは、周りから「そろそろ書くのをやめれば?」と言われることもありました。

ライター業は生活のためだったので、どんな仕事でも受けました。ゴーストライターもやったし、企業のパンフレットのコンペに参加したり、舞台やライブなどを紹介するエンターテインメント系の記事も数多く書きました。当初は関西を拠点としていたのですが、小説家としてデビューするには大きな出版社とのパイプがないとだめだと思い、東京の出版社とも積極的に仕事をしました。

そして、40歳になったころ、出版社から「共著で生命保険会社の破綻(はたん)を題材にした小説を書いてみないか」というお話をいただいたのです。私にとって共著も経済小説も初めて。経済はもともと苦手で、それまでずっと避けてきたのですが、人生の折り返し地点に差しかかってきたし、せっかくのチャンスを生かさない手はない。「その後にデビューのチャンスをいただけるのなら」とその仕事を受けることにしました。

そして、翌年、ついに自分の作品を出す時がやってきました。「経済小説で」という出版社の注文に応えつつも、とにかく自分が読みたいものを書くしかないと決めて、人間同士の葛藤や対決のようなものを存分に書かせてもらいました。それがデビュー作『ハゲタカ』だったわけです。

デビューできたから言えるのかもしれませんが、私が小説家になれたのは、小説家に「なる」と決めていたからだと思います。「いつなるか」だけの問題だったので、どんなに生活が大変な時も、迷うことなく書き続けられた。デビューできたのはその結果なんです。つまり、私にとって小説家になることが目的ではなくて、その先に「自分の問題意識を人に伝え、問いかけたい」という根本的なやりたいことがあったから、ブレることがなかったのだと思います。職業というのは「目的」ではなく、自分が何かを成し遂げるための「手段」。皆さんが将来の仕事を考えるにあたっては、そのことを忘れないでほしいですね。

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「会社で何がしたいのか」「自分にしかできない仕事は何か」を追求し続けよ

デビュー後、陰謀小説の要素を取り入れた『ベイジン』(2008年)あたりから少しずつ、より自分の書きたいものにスライドしていきました。最近では「食の安全と農業」をテーマにした『黙示』(13年)など私自身の問題意識を反映した作品も多くなりました。『ハゲタカ』シリーズは私の原点なので書き続けていきますが、新しいテーマにはこれからも挑戦していきたいですね。

デビューして10年たちますが、今でも「今月のやり繰りはどうしよう」と頭を悩ませることはあります。小説を書いても売れないと印税は入ってこないし、時給換算にしたら気分が悪くなりそうな世界ですから(笑)。それでも私はこの仕事を一生続ける覚悟です。なぜなら、やはり小説を通じて世の中に問いたいことがあり、自分にしか書けないものがあると信じているからです。

企業名というブランドに憧れて就職する若者もいますが、その企業で「これをしたい」という意志がなければ、離職する可能性が高いでしょう。生活をするために働くのは自然なことです。でも、社会の中で生き残っていくには、「この仕事で何をしたいのか」を常に自覚し、「この仕事は自分にしかできない」という意識を持つことが大事だと思います。

企業というのは誰かが休んでも回るようにしなければいけないし、規模が大きくなればなるほどマニュアルやシステムが整備されているので、現実には、社員は代替可能になりやすいものです。それでも、企業には「この人がいなければ、仕事がうまく回らない」という人が必ず何人かいます。そういう人は企業にぶら下がらず、「自分はこの仕事をするために、ここにいるんだ」という強い意志を持っている人です。これからの時代は特に、その企業で「何がしたいのか」「自分にしかできない仕事は何か」を追求し続けなければ、社会の中で生き残ってはいけないのです。

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INFORMATION

デビュー作『ハゲタカ』から9年。シリーズ第4弾となる『グリード』(講談社/上下巻各税込み1785円)が10月29日(火)に発売予定だ。「グリード」とは英語で「強欲」を意味する。「経済をテーマにした『ハゲタカ』シリーズで私が社会に対して問いかけたいのは、『覚悟』の重要性です。日本人というのは自らの責任を重く考えないところがあり、外資系金融機関を『ハゲタカ』と悪者呼ばわりするのも、その表れのひとつです。これから就職する皆さんにも、自分の仕事が日本経済に影響を与えるんだという覚悟を持っていただけたらと思います」と真山さん。

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取材・文/泉彩子 撮影/臼田尚史

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