林伸太郎さん(義肢装具士)の「仕事とは?」

はやししんたろう・1974年埼玉県生まれ。早稲田医療技術専門学校義肢装具学科(現・人間総合科学大学 保健医学部リハビリテーション学科義肢装具学専攻)卒業。義肢装具士(厚生労働大臣の免許を受けて、医師の指示の下に義肢および装具の装着部位の採型ならびに製作、身体への適合を行う者)の資格を取得し、98年、老舗の義肢製作会社・田沢製作所に入社。2003年、完全オーダーメードで義肢を製作する愛和義肢製作所を東京都練馬区に設立。独自の技術が評判を呼び、全国から月に60件以上の依頼が寄せられる。

理想のものが頭の中にあるのなら、自分で作ればいい

義肢はモノじゃないんです。機能性はもちろん大事ですが、その人の体の一部、その人そのものでないと。例えば、手を失った人のご家族ができあがった義肢を見て「あ、これはお父さんの手だね」「あなたの手よ」と言ってくれるものを作らないと、自分の体の一部として受け入れてもらえない。義肢を作る人は費用負担の少ない既製品を勧められることが多いのですが、既成のものをぽんと受け取っても、それが自分の手だとか指だとは到底思えないですよね。実際、しっくりこなくて使わなくなってしまったという人がたくさんいます。

ちゃんと使っていただけるものをお渡ししたいから、うちの義肢はお客さんと話をしながら、一緒に作っていきます。その人の持つ雰囲気や表情をイメージするために、顔や全身の写真も撮らせていただいたりもするんですよ。その写真を見ながら、指なら指の義肢を作る。指のことだけを見ていても、その人の指には絶対になりません。コミュニケーションを取りながら作らないと、生きてこないんです。

身体にはその人ならではの表情がありますから、義肢はできる限りご本人の身体を基に作ります。例えば、右指を作るなら、本人の左指で型を取り、その人の表情を残したまま反転させるんです。一般的には似た指をモデルに作るのですが、ご本人の指の形を基にした方が自然でしょう? 違う人の指を使うことに違和感があり、この方法を思いついたんです。義肢が体にぴったりフィットするよう、シリコンを薄く加工する技術も試行錯誤しながら磨いてきました。見た目もつけ心地もここまで自然なものはほかにはないと自負しています。

今お話ししたような技術やノウハウは、義肢装具士の専門学校を卒業後に自分で培ったものです。僕はもともと自分のやりたいことがよくわからず、高校を出て1年ほどはアルバイトを転々としていたんですね。当時は今よりは景気が良かったので、配膳の仕事で月に50万円稼いだりして生活には困らなかったのですが、30代、40代になっても目標のないままにフリーターを続けている人たちの姿を見て「このままではいけない」と焦りました。そんな時に本屋さんで義肢装具士の本を目にして興味を持ち、専門学校に見学に行ったら、2日後が願書の締め切りだということで、あわてて応募をしたんです。

そんな調子でしたから、お恥ずかしいことに、義肢装具士の専門学校で何が学べるのかもよくわかっていませんでした。ただ、子どものころから自分なりに工夫をしてモノを作るのが好きでしたから、入学後は義肢づくりにのめりこみました。義肢装具士の専門学校で学べるのは、『ピーター・パン』に出てくるフック船長の義手のような機能性を重視した義肢だけでしたが、1年生の終わりごろから義肢製作会社に出入りさせてもらい、指や人工乳房を作って見た目やつけ心地についても研究しました。

すると「もっと、こういうモノが作りたい」という思いが湧いてくるんですよね。そのための技術を学べるところが国内にはなくて、専門学校を卒業後は勉強のために海外にも出かけました。ところが、自分が理想とするものは結局見つからなくて。オランダでの国際学会に参加した帰りの飛行機で、ふと「俺はなんでお金と時間を使ってこんなことをしているんだろう。理想のものが頭の中にあるのなら、自分で作ればいい」と思ったんです。そこからは迷いがなくなりました。

老舗の義肢製作会社に約5年勤務後、29歳で独立しましたが、特に独立心があったわけではないんです。義肢装具士の仕事というのは既製品を基に義肢を作るのが一般的で、その会社も例外ではありませんでしたが、僕は社長の許可を得て、通常の業務が終わった後にオーダーメイドの義肢を作らせてもらっていました。だから、オーダーメイドの部署を立ち上げるなど僕のやりたいことに集中できる環境があれば独立はしなかったと思います。でも、僕だけ特別扱いしてもらうわけにもいかず、独立して、理想の義肢を追求してみたいと社長に相談したところ、「頑張ってごらん」と気持ちよく送り出してくれました。

義肢製作会社は古くからやっているところが多く、後ろ盾なく独立する人というのは少ないんです。開業当初は今と比べて技術的にも未熟で、振り返ると危なっかしいことばかりでした。だけど、先のことを案じる余裕はなかったです。「もっといい義肢を作りたい」ということしか考えていなかったですね。

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「仕事」って成長していくもの。大きくなったり、広がったりしていく

僕にとって仕事は、常にシンプルなものです。ここに来てくれる人一人ひとりの期待に応え、喜んでもらいたい。そのために「もっとこのカーブをゆるやかにした方がフィットするかな」「指の曲がり具合はこのくらいにしよう」と少しずつ上を目指していく。簡単な足し算で仕事が成り立っているんです。ところが、慣れないうちは仕事を難しくしてしまう。「こういう技術を身につけなければ」とか「社会の役に立たなければ」とか複雑な方程式を立てて。そうなると、何のためにやっているのかという大切なことがすっぽり抜けて、答えを見失ってしまうんです。

そのことを身をもって学んだのは、独立して間もないころ。当時の僕は理想を大きく描き過ぎて思うような義肢を作ることができず、精神的に追い込まれていました。そんな時に難しい依頼があり、引き受けたものの、徹夜を続けて作業しても完成せず、焦れば焦るほど失敗ばかり。納品日になっても満足できるものはできず、あろうことか、店のシャッターを閉めて逃げ出してしまったんです。その時に駅に向かってとぼとぼと歩くお客さんを見て思ったのは、この仕事で生きていくのなら、もう逃げられないんだということです。結局、時間を頂いて仕事を仕上げることはできましたが、二度とこんなことはできない。逃げ出さないようにするにはどうすればいいかを考えた時、「一気に目標にたどり着こうとするのではなく、少しずつ上を目指していけばいいんだ」と気づきました。

うちの会社には15人ほどスタッフがいますが、現時点で主力選手として活躍しているのは僕を含めて4人くらいです。ほかの人たちとどこが違うかと言うと、体の動かし方。「こうしろと言われたからやりました」とか「僕はまだ下手だから、時間がかかります」とか余計なことは頭になくて、人の期待にどう応えるのかというところだけで動いている。そういう人たち同士というのは、歩幅が合うから、チームを組んだときに大きな力が出せるんです。

ただ、期待に応えるためにやるべきことが10あるとして、入り口はみんな違うんですよ。技術を覚えるのは早いけれど、コミュニケーション能力はこれから高めなければという人もいれば、その逆もいる。「新人はここから覚えなければいけない」という順番はありませんから、できることからやっていって、苦手なことは10番目でもいいんです。

「義肢装具士とは」「医師とは」「システムエンジニアとは」など、仕事には定義があると思われがちですが、そんなことはありません。期待してくれる人に応えるためのゴールはいくつもあって、僕の場合、必ずしも義肢を作ることだけがゴールではないと思っています。例えば、先日、高齢の女性がお孫さんの義手を作りたいと相談に見えたのですが、お孫さんは生まれつき片手がなく、まだ幼くてそのことを意識していないとのことでした。

お話をうかがって僕が提案したのは、義手を作らないことでした。「お孫さんのことをかわいそうだと思っているのは周りの大人だけで、本人はかわいそうだなんて思っていない。義手はいつでも作れます。本当にお孫さんへの愛があるのなら、その子のありのままを世界で一番好きと愛し抜いてください」とお願いしたんです。その方は何度もうなずいて、晴れ晴れした表情でお帰りになりました。義手を作らなければ、お金を頂くことはできませんが、僕を頼ってきてくれた人が笑顔になってくれるなら、作らないということも、いいゴールだと思うんです。もちろん、作るべき時はしっかり作りますけどね。

「仕事」って同じことをやっていても、一年一年形を変えて、成長していくもの。大きくなったり、広がったりしていく。だから、やればやるほど、足りないものに気づかされます。昔に比べて少なくなったとはいえ、期待をしてくれる相手に対して十分な解決策を提示できない悔しさを味わうことも、まだありますよ。中途半端なモノを渡すわけにいかないから、そういうときはもう一度来ていただくのですが、申し訳ない気持ちでいっぱいになります。次こそはいい提示ができるようにと頭の中で作戦会議をしますが、その過程は苦しいですね。必死に応えなければいけないし、ごまかせない。僕は自分の意思でこの仕事をしているから、苦しみを乗り越えることも楽しいけれど、「雇われている」「やらされている」という感覚の人にはつら過ぎると思います。

「人の役に立ちたい」「人を喜ばせたい」ってみんな気軽に言うけれど、それができるのは、物事を解決できる人だけなんですよ。技術があっても、気持ちが優しくても、問題を解決できなければ人の役に立ったり、喜ばせることはできません。だから、解決をしたいですよね。いろいろなことを解決できる人になりたい。そのために足りないものはたくさんあって、自分の未熟さ、小ささに打ちのめされそうになることもありますが、一つひとつを埋めていくことをあきらめたくないです。

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INFORMATION

林さんの会社・愛和義肢製作所のホームページ(http://www.aiwa-gishi.jp)。愛和義肢製作所の技術の特徴は本人の手や足から「型」を取り、それを反転させて義肢を作る「反転技術」、義肢を接続する部分のシリコンを半透明にし、継ぎ目がまったくわからないようにする「薄膜加工」、血管や小さな傷までリアルに着色する「調色技術」、装着のしやすさや皮膚へのダメージに配慮した「保持方法」にある。ホームページ内の「ギャラリー」ではこれまで制作した義肢を写真つきで紹介しているので、その技術の高さをぜひ目で確かめてほしい。

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取材・文/泉彩子 撮影/刑部友康

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