菅 賢治

すがけんじ・1954年長崎県生まれ。日本大学藝術学部卒業後、アシスタントディレクターとして日本テレビエンタープライズ(現・日テレアックスオン)に入社。『酒井広のうわさのスタジオ』をディレクターとして担当。1988年に日本テレビに入社し、『鶴太郎の危険なテレビ』を担当。その後もプロデューサー・ディレクターとして『ダウンタウンのガキの使いやあらへんで!!』『恋のから騒ぎ』『おしゃれカンケイ』『踊る!さんま御殿!!』『笑ってはいけない』シリーズなど数々の大ヒット番組を手がける。2007年以降は制作局次長、制作局総務兼バラエティセンター長、制作局長代理兼チーフプロデューサーなどを歴任。14年3月に日本テレビを退職。現在は「BRAIN BROTHERS GAASU ENTERTAINMENT」のプロデューサーとして幅広く活躍中。

日本テレビを退職し、新たな世界を経験。自らの思い上がりに気づいた

2014年3月に日本テレビを退職。現在はフリーのプロデューサーとして活動しています。日本テレビ時代からの仕事も続けさせてもらっていて、もちろん思い入れがありますよ。入社2年目に始めた『ガキ使』は25周年を超えましたし、特別番組『笑ってはいけない』の大みそかの放送も15年で10年目。『踊る!さんま御殿!!』は19年目に入りました。番組が育っていくことがうれしい一方で、組織の中で立場が確立されていくと、誰かから物事を教わるということができにくくなってしまうんですよね。僕は人から教えてもらうことがすごく好きなので、それがさみしくもあって。フリーになってからは携帯の動画配信サイトで番組をプロデュースしたり、イベントの企画といったこれまで自分のやったことがないことにどんどん取り組んでいます。

 

この1年で新たな世界に飛び込んでみてがく然としたことがあります。何かをやろうとして自分の今までの経験の引き出しを開けてみても、何も出てこなかった。要するに、僕はこれまでテレビ番組の映像のことしか知らなかったんです。例えば、沖縄県那覇市の中心部に吉本興業が15年3月にオープンした「沖縄おもろおばけ屋敷」をプロデュースした時のこと。おばけ屋敷の仕掛けのひとつに鏡張りの迷路があり、そこで流す映像として凝ったものを作ったんですね。ところが、現場で実際に流してみると、まったくそぐわないことがわかりました。

 

映像を作る側としては、どうしてもお客さんにじっくり見せたいというところがあるんですね。さらに言えば、見るに違いないと思い込んでいる。だけど、真っ暗なお化け屋敷で鏡の迷路を通る時のお客さんの心理状態は「とにかく早く出たい」ですよ。ずっと迷路の中にいて、のん気に映像に見入る人なんかいないんです。そんなことすらわからず、映像を作ればお客さんが見てくれると思い上がっていた自分に気づいてショックを受けました。それで、僕は結構落ち込むんです。でも、「じゃあ、編集し直そう」とダメだったところを修正していくうちに面白くなってくる。「ああ、これでひとつ勉強したな。次はこのノウハウを使えるな」って。

 

新しいことに挑戦してうまくいかず、失敗から教わって、できることが増えていく。テレビの世界でも、僕はずっとそれを繰り返してきた気がします。自分の蓄積した経験をふたつ、三つ使って転がせるほど社会は甘くない。ベテランほど、過去の経験則の通用しないことに直面したときに自分を全否定されたようでショックを受けるものですが、そこで「よし、ここで何とかしてやろう」というファイトが湧くからこそボケない。今の僕はありがたいことに「できないことだらけ」ですから、ボケる余裕がありません。「空っぽの引き出し」を何とかしようと思うことが快感で、教わる楽しさをあらためて味わっています。

 

最近、「テレビ業界の元気がない」とよく言われますが、それはバラエティ番組のことだと思うんです。報道の速報性は他メディアと比べて群を抜いていて、インターネットニュースの情報源もテレビだったりしますしね。では、バラエティ番組の元気がなぜないかというと、今は世の中の風潮もあって、笑いを真面目に考えすぎているんです。バラエティ番組は本来「くだらない」と笑い飛ばされるのが最高の評価のはずなのに。

 

「しょせん、テレビでしょ」と言われてなんぼなんですよ。視聴者の方たちが楽しい思いも嫌な思いもしながら一生懸命仕事をして帰ってきて、テレビの中に職場と同じような世界が広がっていたって、何も面白くないじゃないですか。だから、僕やスタッフも、ダウンタウンやさんまさんといった一緒に仕事をしてきた芸人さんたちも、「今までにない面白いものを作ろうよ」ということにひたすら力を注いで来た。誰かの役に立ちたいとか、人助けをしたいなんて高尚なことはみじんも考えていませんでした。ただ、結果として、見てくれた人が大笑いしてくれて、誰かが息抜きをしてくれたら、最高にうれしい。それだけなんです。

 

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学歴を忘れて、ゼロになる。それが社会に出ていくということ

日本テレビ在職中は入社試験の面接担当者も7、8年務めました。僕は『ガキ使』にも演出上登場して「ガースー」と呼ばれたりしていますから、会社員としてのイメージが薄いかもしれませんが、組織の中で期待された役割には応えたいという思いがありましてね。さすがにいきなり「経理をやってほしい」と言われても無理ですけど、「菅はこれはできたけど、あれはできないよね」と言われるのはイヤなんです。

 

日本テレビは「会社は人が財産」という考えですし、僕自身も心からそう思っていたので、人事関連の仕事も一生懸命やりましたよ。現在は規模が縮小していますが、志望者に2日間でひとり3分間の番組を作ってもらう最終試験のアイデアを出したのも僕です。以前は10人ほどのグループでひとつの番組を作るという試験だったのですが、その方式だと、自分の意見をはっきり言える強気な人だけが目立つじゃないですか。実際の現場には、口ベタだけど作品を作らせたらうまいという人はいっぱいいる。ひとりずつ作品を作ってもらった方が、その人の良さを判断しやすいと思ったんです。うっかり意見を出したら、「じゃあ、来年からは菅が最終選考をやって」と言われて、「しまった」と思ったんですけど(笑)。

 

会社からは「この人なら、楽しく仕事ができるだろうなと思える人を選んでほしい」と言われていて、最終選考の作品も技術は判断基準にしていませんでした。僕たちが見たかったのは、応募者の物の見方や考え方。作品は10個のテーマから好きなものを選んで作ってもらうのですが、例えば「時間」というテーマを選んだときにその人がどう解釈するのかが見たいんです。その解釈が僕では思いつかないことだったりすると、素の自分に返って「なるほど、そう来たか。面白いなあ」ってつい応募者と面接で話し込んだりして。その会話が弾むと、やはり「この人と一緒に働きたいな」と感じますよね。

 

新入社員研修の最終日の講座も5、6年担当させてもらっていました。毎年、第一声は「今、ここに座った瞬間に出身大学は忘れてください」と。今でこそ東京大学を出たような人もテレビの世界にたくさん入ってくるようになりましたが、大学を出ていなくても素晴らしい仕事をしている人はたくさんいて、学歴は関係ありません。社会に出るというのは、学歴を忘れてゼロになること。すると、「ここでやっていこう」という覚悟ができる。その覚悟があるかないかで、仕事というのは大きな差がつくものですよ。

 

モノづくりというのは、才能のあるなしが語られることも多いのですが、自分に才能があるかどうかは全然わかりません。ただ、中学生のころから自分ほどテレビが好きなヤツはいないと思っていました。日本テレビに入社した時も、職場の同僚の中でテレビが一番好きなのはぶっちぎりで自分だという自信はあった。好きだから努力できるし、好きだから大変なことがあっても「楽しかった」と思える。「好き」というのは究極の才能かもしれません。ただし、世の中には好きではないことを「仕事だからしょうがない」とやっている人がほとんどですから、好きなことでお金がもらえるというのは本当に幸せなことだな、ありがたいなと思いますね。

 

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INFORMATION

著書『笑う仕事術』(ワニブックス/税抜き830円)では、面白い企画の立て方から仕事仲間との信頼関係の築き方まで、菅さんの仕事術を初めて公開している。明石家さんまやダウンタウンなど菅さんが共に歩んできた芸人さんとの秘話も満載。仕事で大事なことは何かを肩の力を入れずに知ることができる。

 

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取材・文/泉彩子 撮影/刑部友康

 

 

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