高付加価値化、非繊維事業への展開などを通じ、グローバル市場での生き残りを目指す
繊維は、植物や動物を原料とする天然繊維(綿、絹、羊毛など)と、石油やセルロースなどの原料に化学的処理を施し、人工的に生成する化学繊維(ポリエステル、ナイロンなど)に大別される。国内繊維メーカーの代表格としては、東レ、旭化成、帝人などが挙げられる。
日本化学繊維協会によると、2013年における全世界の主要繊維生産量は8566万トンで、史上最高を記録。08年(6435万トン)に比べると、3割以上も増えている。背景にあるのが、人口急増中の新興国で衣料用・産業用繊維の需要が伸びていることだ。これに対し、13年の国内化学繊維生産量は98万トンで前年とほぼ同水準。リーマン・ショック後の09年(83.5万トン)に比べると回復はしているものの、01年(156.4万トン)に比べると3分の2以下の規模に落ち込んでいる。グローバル市場は拡大しているのに、日本企業の生産量は頭打ちの状態だ。
とりわけ、付加価値の低い汎用品の分野で、日本企業は厳しい状況に追い込まれている。ここ数年、中国企業が大規模な設備投資を実施して生産能力を拡大。その結果、世界的に供給過多に陥り、化学繊維の価格が下がっているのだ。値下げ競争では、コスト面で強みを持つ新興国メーカーに対し、日本メーカーには勝ち目がない。そこで各社は、3つの方向で取り組みを進め、グローバル市場での生き残りを目指している。
1つ目の取り組みは「高付加価値化」。技術力がものを言う機能性素材で、勝負をかける企業が増加中だ。特に注目されているのが炭素繊維(下記キーワード参照)。軽くて丈夫という特性を生かし、航空機の素材として利用されるケースが増えつつある。例えば、従来の航空機より高い燃費性を誇る次世代中型ジェット機「ボーイング787」では、東レの炭素繊維材料が全面的に採用されているのだ。また、燃費向上のためにエコカーが炭素繊維を採用するケースも増えているし、テニス用品やゴルフ用品、風力発電の風車、燃料電池の部品などにも利用が拡大中だ。ほかにも、東レがアパレル大手のユニクロと共同開発した、暖かさを保つ繊維の「ヒートテック」、涼しさを保つ繊維の「シルキードライ」なども、高付加価値化製品の一例である。
2つ目の取り組みは「非繊維事業への展開」だ。各社は繊維で培った技術をほかの産業に適用し、新たな収益源を得ようとしている。例えば、帝人と米デュポン社の合弁企業である帝人デュポンフィルムは、照明器具や家電製品などに向け燃えにくいフィルムを開発。また、クラレは電子回路基板に使われる液晶ポリマーフィルムの分野に注力している。さらに、水処理プラントに用いられる膜や、医療分野向けフィルムを手がけ、大きな世界シェアを獲得している企業もある。
そして3つ目の取り組みが「業界再編」である。下のニュース記事で紹介しているように、海外の繊維メーカーを買収することで高付加価値化製品を強化したり、非繊維事業への進出を加速したりするケースが目立つ。炭素繊維の開発には多額の研究開発費と設備投資がかかるため、合併・業務提携によって経営効率化を目指すケースは、今後も十分に考えられるだろう。一方、非採算部門を売却したり、不動産収入を得るために工場跡地の有効活用を進めるなどの手法で、収益改善を図る企業もある。
押さえておこう <繊維業界志望者が知っておきたいキーワード>
カーボンファイバー(Carbon fiber)。鉄の4分の1程度の重さで、10倍の強度を持つ素材。アクリル繊維などに高温の熱処理を加えることで製造する。
RO膜とも言われる。水を通す一方、イオンや塩類などの不純物は透過しない性質を持つ。その特性を生かし、海水の淡水化装置などに用いられる。
直径1~100ナノメートル(ナノは10億分の1のこと)程度の繊維を指す。導電性や熱伝導性が高い、しなやかで切れにくいなどの特性を持ち、さまざまな分野で活用が期待されている。
愛媛県今治市は古くからタオルの一大産地として知られていたが、安い輸入タオルに押され、低迷の時期が続いた。しかし、地場のメーカーが努力と工夫を重ね、高品質タオルとして再起に成功しつつある。
このニュースだけは要チェック <グローバルな業界再編の動きに注目>
・東洋紡がタイ繊維大手のインドラマ社と共同で、ドイツのエアバッグ用原糸メーカーPHP社を買収することで合意したと発表。世界的にエアバッグの普及が進んでいるため、エアバッグ用糸の需要も拡大。買収によって、将来の利益が期待できそうだ。(2014年2月3日)
・東レが、米炭素繊維メーカーであるゾルテック社の買収手続きを完了。ゾルテック社は、風力発電や自動車向けに採用が進んでいる、比較的安価な繊維「ラージトウ」が主力。高機能品の取り扱いが多い東レとしては、買収によって事業の多角化が見込まれている。(2014年3月3日)
この業界とも深いつながりが <航空機、自動車などへの供給が増えそう>
重工メーカー
軽くて強い炭素繊維が、航空機向けの素材として採用されるケースが増加
自動車メーカー
低燃費を目指す「エコカー」にも、軽くて強い炭素繊維がうってつけ
アパレル
「冬でも暖かい」「夏でも涼しい」などの長所を持つ高機能繊維を提供
この業界の指南役
日本総合研究所 主任研究員 吉田賢哉氏
東京工業大学大学院社会理工学研究科修士課程修了。専門は、新規事業戦略やマーケティング戦略、企業のビジョンづくり・組織戦略など。製造・情報通信分野などの業界動向調査や商品需要予測も手がける。
取材・文/白谷輝英 イラスト/坂谷はるか