海外事業を強化し、新しい技術の開発と優秀な技術者の育成に注力
建設業界の現況を語るキーワードは、私は三つあると思います。一つは「東北復興」で、それに伴う地震や災害に対する防災対策の需要です。二つめが「東京オリンピック」で、その施設建築やそれに伴う幹線道路などのインフラ整備です。そして、三つめが「コンパクトシティ」。これは、人口の減少や高齢化に伴い、広いエリアに分散している住まいを駅の近隣に集約するなど、より利便性の高い場所でコンパクトに暮らせる街づくりをしていこうという構想で、今後はこうした需要も増えていくとみています。
東北復興はこの4、5年でめどがつく予定ですが、防災対策やインフラ整備、コンパクトシティの需要は、中長期的に継続するものと考えています。
人口の減少に伴い、住宅や事務所、生産設備工場などの建設需要の減少は考えられますが、現時点で年間40兆円規模の日本の建設投資がゼロになることはないでしょう。コンパクトシティなどの社会構造変化の基盤をつくっていくのが建設業ですから、今後も時代の変化とともにさまざまなニーズが生まれていくと考えています。
当社は175年前に創業し、その間「洋館建築の鹿島」「鉄道の鹿島」「超高層の鹿島」と、それぞれの時代で異なる枕詞を付けて呼ばれてきました。時代の節目、節目でいち早くその分野を手がけてきたからこそ、このように認知されてきたのだと思いますし、やったことのないことに挑戦しようという「進取の精神」は、現在にも受け継がれています。
本業であるゼネコン事業に加えて、近年は、研究開発やエンジニアリング、不動産開発、ライフサイクルマネジメント(建物の寿命を長持ちさせるための維持管理)などの事業を幅広く展開し、総合力でお客さまに価値を提供しています。
特に注力しているのが、現在3000億円ほどの事業規模を持つ海外事業です。当社は100年以上前から海外事業を手がけており、現在はアメリカ、アジア、ヨーロッパに現地法人を設立し、現地に根づいた事業を展開しています。特に、新興国においては、生活の基盤となる発電所や道路を造ってきた当社の土木事業の技術が生かせることから、アジア方面の土木事業を強化していこうと考えています。
当社は「100年をつくる会社」というスローガンを掲げています。これは、長期にわたって人々の役に立つ建造物を提供していくということ。そのためには、新しい技術を開発し、優秀な技術者を育成し、現代の想像を超える建物やインフラ整備を実現していかなければなりません。こうした事業活動によって人々の利便性を高めていくことが、社会貢献につながっていくと考えています。
喫緊の課題は、技術者や技能労働者の確保と先輩からの技術の伝承
建設業とメーカーとの違いは、工場内で製品を作るのではなく、現地で現物を造っていること。そこに住んでいる人の価値観も違えば、文化風習も異なりますから、現地の地域性に合わせて活動していく必要があります。国内であっても、北海道と沖縄では異なりますから、それは同様です。ですから、この仕事には柔軟性のある対応力や、どの国、どの地域であっても物おじせず、物事や人々にフェアに対峙(たいじ)できる力が求められます。
さらに活動先が海外であれば、言葉の壁があってもボディランゲージで乗り越え、現場の人たちに自ら働きかけていく力も大切。当社では、常時300人以上が海外に赴任していますが、海外では自ら問題解決していく場面が多く、それによって主体性や積極性が養われるので、これからも多くの社員に海外経験を積んでもらいたいと考えています。
人材における喫緊の課題は、技術者や技能労働者の確保と育成です。確保という点では、現在10パーセント程度の技術系女性社員の採用比率を引き上げていきたいと考えています。政府目標や国交省方針に加えて、当社社長が会長を務めている日本建設業連合会でも、「技術系女性社員を5年で倍増、10年で10パーセントに。女性管理職を5年で倍増、10年で3倍に」(※1)という方針を打ち出しています。特に当社では、技術系女性社員の採用比率を上げていく方針です。
(※1)日本建設業連合会が実施したアンケートによると、会員企業の全社員に対する技術系女性社員の割合は、平均3.4パーセント(回答企業33社)、女性管理職の割合は平均1.5パーセント(回答企業37社)。
また、女性の定着率を上げるために、育児フレックス期間の延長、配偶者の転勤や私費留学などに伴う休職など、人事制度の整備も検討しています。労働環境についても、現場のトイレは男性用と女性用を離して設置する、女性用更衣室を設けるなどの改善を進めています。
難しいのは、長時間労働をどう解消するかという課題です。なぜなら、建設工程には途中で中断できない作業もあれば、雨天が続けば別の日に工程の遅れを取り戻さなければいけない事情もあるからです。そこで、育児休業から現場への復職を希望する女性のために、複数人で同じ業務を担当し、交代制にして長時間勤務の負荷を減らすなど、新たな方法を考えています。現在、現場で働く女性社員で結成した「なでしこ工事チーム」が、モデル現場をつくって対応策を検討中です。
もう1つの課題は、先輩から後輩への技術の伝承です。これは、先輩と一緒に現場で作業し、施工の具合を見ながらOJTで学んでいくしかありません。例えば、接着剤は季節や天候によって乾く時間が違ってくる。こうした仕上がり具合は、自分の目で確認し、触診して納得するという経験を重ねて体得していくもの。建築施工系の社員には、入社から半年間、毎週1回の研修に参加してもらい、大学やこの研修で学んだ知識を基に現場でのOJTで技術を習得してもらっています。
建設業界で働く最大の魅力は、自分の仕事が目で見えること。しかも、それは巨大で非常に目立つ存在であり、長い間残ります。「いろいろな苦労はあったけれど、あれが頑張った成果だ」と、建造物を見るたびに再確認できるのです。当社の建造物は、どれも非常に価値のあるものです。社員には、そのことに自信と誇りを持っていてほしいと思います。事務系も欠かせない関係者の一員ですから、竣工したときの喜びはひとしおです。私自身も広島の営業所で勤務していた時、担当していたビルが竣工を迎えた経験があります。建設中は、近隣住民との調整に苦労しましたが、そのビルを見上げるたびに、悔しかったことやうれしかったことを思い出しました。こうした深い感動を何度も味わうことができるのが、私たちの仕事なのです。
学生の皆さんへ
とにかく何でもやってみることです。未経験のスポーツや勉強にチャレンジしてみる、苦手意識のある人と話してみる、嫌いな食べ物を食べてみる、行ったことのない街を歩いてみるなど、何でもかまいません。気持ちがひるむこともあるでしょうが、自分を奮い立たせてチャレンジしてみてください。行動してみると、自分が思い描いていたのとは違う結果が生じることや、想定していた結論を変えることができることを実感できるはず。自分が動くことで、変化を起こせるのです。学生のうちに、能動的に行動するクセをつけておくと、社会人になってからも「頼まれた仕事だから、合格点の評価がもらえればいいや」ではなく、「どうやったら、その仕事の成果にプラスアルファを付けられるか」と考えられるようになると思います。物事に対して“やらされている感”ではなく、“やってやる感”で取り組めるようになることは、社会に出たときにとても役立ちます。
同社30年の歩み
1840年、鹿島岩吉が江戸中橋正木町で創業。80年、鹿島組創立。鉄道請負に進出。99年、朝鮮、台湾での鉄道工事に従事。1923年、関東大震災の復旧工事に従事。30年、株式会社鹿島組を設立(資本金300万円)。東京市京橋区槇町に本店を構え、鹿島精一が社長となる。61年、東京・大阪証券取引所に株式を上場。74年、最高裁判所新庁舎、新宿副都心の新宿住友ビル、KDDビル、新宿三井ビル竣工。78年、サンシャイン60、旧東ドイツ・国際貿易センター竣工。81年、受注高1兆円達成。84年、国技館竣工。
アーク森ビル(東京都港区)、サントリーホール(東京都港区)竣工。ニューヨークに米国統括法人KUSA設立。
オランダに欧州地域統括法人KE設立。
シンガポールに東南アジア地域統括現地法人KOA設立。青函トンネル(北海道-青森県)、本州四国連絡橋(児島・坂出ルート)開通。
阪神・淡路大震災復旧工事に従事。テレコムセンター(東京都江東区)竣工、スエズ運河(地中海と紅海を結ぶ人工運河)トンネル改修。
フジテレビジョン本社ビル(東京都港区)・ニッポン放送本社ビル(東京都中央区)、長野市オリンピック記念アリーナ(エムウェーブ)竣工。
東京湾アクアライン(神奈川県川崎市-千葉県木更津市:写真)開通、宮ケ瀬ダム(神奈川県)竣工。
松下電工東京本社ビル、日本通運本社ビル、汐留タワー、トッパンフォームズタワー、共同通信本社ビル、六本木ヒルズ森タワー(以上すべて東京都港区)、時事通信本社ビル(東京都中央区)竣工。
鹿島本社ビル(東京都港区)、鹿島赤坂別館(東京都港区)、グラントウキョウ ノースタワー・サウスタワー(東京都千代田区)、フジテレビ湾岸スタジオ(東京都江東区)竣工。
創業170年。技術研究所本館実験棟(東京都調布市)、中之島ダイビル(大阪市)竣工。
東日本大震災復旧工事に従事。ドバイメトロ、技術研究所本館研究棟(東京都調布市)竣工。
赤坂Kタワー(東京都港区:写真)、首都高速中央環状線新宿線山手トンネル竣工。JR東日本東京駅丸の内駅舎保存・復原工事完成。鹿島インディア社(インド現地法人)設立。
取材・文/笠井貞子 撮影/平山諭